第40話④ マイカー(納車のお話)
帰って早速ユキに報告する。
「クルマ、決めたよ!」
「へー。何にしたん?」
「平成4年式のグロリアワゴン!」
「マジで?それっちY30やん!よーあったね。スゲーやん。」
「あれY30っちゆーって。この前の日産にあったよ。多分一緒行った時もあったけど気付かんやったっぽい。キャラバンの向こう。いちばん奥の端っこにあった。木目が入ってカッコイイよ!」
「そーやったって。キャラバン、値段見てそれだけやったもんね。色は?」
「茶色。」
「そらまた渋いね。今から楽しみやん。」
「うん。10日後には納車ばい!」
「なんかオレも楽しみになってきた。」
自分のクルマじゃないのにユキまでテンション上がりまくりだ。
そして10日後。
今日は、納車の日。
いつもとはテンションが違う桃代。
「あの~…今日っち残業ないですよね?」
朝っぱらからソワソワして、課長に残業したくないアピール。
「なんか?ユキとデートか?」
好きがダダ漏れである。
わざとらしい真顔で聞かれ、
「いや!そーじゃなくて!」
顔を真っ赤にして否定している。
一カ月ほど前行われた歓迎会以来、いじられまくり。
「クルマが…その…」
「おっ!桃ちゃん、クルマ買ったんね?」
「はい。それで…今日納車で…立ち合いたくて…。」
「なんね?初めてのクルマね?」
「はい。」
「そっかー。今んとこ、緊急の分析はないき大丈夫ばい。何か入ったらユキにさせるき安心しちょき!」
「はい。」
本当はユキと一緒に迎え入れたい。
なので、あとは神頼み。
結局は何事もなく一日が終わり、ホッとする。
「ユキくん、はよ帰ろ!」
手を引っ張りハイテンション。
最早子供みたいになっている。
タイムカードまで一目散。
一児の母なのに小さい時と変わらない。
こんな感じだからいじられるのだ。
その様子を歓迎会に出席していた総務の先輩から見られ、
「桃?何そげ慌てまわりよるんね?手までつないで。」
声をかけられる。
「いや!これはその!」
恥かしくなったらしく、反射的に手を離す。
先輩はニヤケながら、
「はは~…これからラブホやな?」
かなり容赦ない。
「~~~っ!」
顔を真っ赤にして俯く。
肯定しているようにしか見えない。
「頑張れ!ファイトォ〜!6発!」
応援される。
「今日、納車なんですよ。」
ユキがフォローを入れ、その場はなんとなく治まった。
しかし、見ている方は全員ラブホであってほしかったと思っている。
だって、そっちの方が面白いから。
「な~んか。桃、焦っちょーき我慢できんごと溜まっちょーんかっち思ったばい。」
「ははは。自分としては、それも嬉しいですけどね。」
ユキはアホな受け答えをする。
「もー!バカ!先輩の前で何いーよんか!」
顔を真っ赤にして涙目でぶっ叩く。
実は、帰郷してからこれまで一回もしていない。
そういう雰囲気になれないのだ。
有喜がいるから、というわけではない。
拒絶の恐怖と亡き人への嫉妬から、互いが良くない方に考えてしまっており、一つになれないでいる。
面倒臭い二人なのだ。
「それじゃ、失礼しま~す!」
明るく挨拶したのはユキ。
桃代は、
「失礼します。」
恥かしさのあまり、声が小さい。
「は~い。お疲れ様。また明日ね。」
帰る途中、ユキのクルマの中で。
ケータイが鳴り、
「はいもしもし。どーも。はい。はい。はい。分かりました。よろしくお願いします。」
中古車センターの担当の人だ。
今からこちらに向かうという。
家に着き、着替え、ワクワクしながら部屋で待つ。
20分ほど待っただろうか。
庭にクルマが入ってくる音がする。
部屋の窓から有喜が顔を出す。
「お母さん!クルマ来たばい!はよいこ!」
外を指差しはしゃぎまくる。
磨き上げられてピカピカになったグロリアワゴンがついにやってきた。
「おぉ~。古いっち聞いちょったばってんが、なかなかキレーやん!」
「ホント!展示してある時もそんなに汚くはなかったけど、こげキレーになるっちゃね!」
2人して感動中。
有喜は、
「おっきーね!」
購入を決めた時、一緒じゃなかったため今初めて目にする。
家のクルマは2台とも軽自動車だし、ユキもそうなので、有喜にはとても大きく感じるらしい。
「こんちわー。」
担当の営業マンが降りてくる。
「どーも。」
「クルマの説明はもういいですよね?」
「はい。」
「じゃ、その他のことですが車検は2年ついています。任意保険も切り替えときました。あとは補償についてですが、半年もしくは5千キロという事で。何か不具合があればいつでも持ってきてくださいね。」
「はい。」
「説明は以上ですが、何か聞きたいこととかありますか?」
「特には。」
「ま、何か気付いたことがあれば、遠慮なく聞いてください。それでは。」
担当の営業マンに現金を渡すと、確認した後、一緒にきていた営業マンのクルマに乗って帰っていった。
改めてマジマジと観察する。
そして、桃代はビックリさせられた装備について自慢げに説明しだす。
「知っちょった?この車8人乗れるんばい!」
「マジで?」
ユキも、どんな内容のクルマかという事までは詳しく知らない。
ハッチバックを開け、
「こーやって。ね?」
シートを作る。
早速有喜がよじ登り、座って喜ぶ。
「お~!すげ~!これで8人乗りて。」
「あとはねー。」
荷室のピラーの鍵穴にキーを刺し、半回転。
「おぉ~!ただのメッキの飾りやなかったんやね!」
「内側からもその窓開けれるんばい。」
「なんか、すげー。」
「ウチ、店で感動しまくったっちゃき!そーだナンバーは…。」
目が点になった。
69て…。
しばし呆然とする。
ラッキースケベの名残なのだろうか?
「うそやろ…また先輩達からいじられるやん。」
力なく座り込む。
ユキは…爆笑しそうになって、肩を震わせながらあっちを向いている。
「もぉ!ユキくん!笑いごとやないんばい!」
「いーね。希望ナンバーやないでこの番号。桃ちゃんモッてる女やね。」
爆笑である。
「バカ!そげ笑ったら乗せちゃらんきね!」
顔を真っ赤にして叫ぶ。
「ごめんごめん。」
謝りながらも笑う。
「もぉ!バカ!」
しばらく大笑いした後、
「任意保険も今日からやし、ちょっとだけドライブしてみよ?」
「いーね!」
チャイルドシートを積み込み、3人で乗り込んで、エンジンをかける。
キュキュキュガオーンカラカラカラ…
「おぉ~!一発始動。なんかいーね。」
「イスがフカフカ!」
有喜は、はしゃいで二列目シートで転げまわる。
「いーやろ?」
「うん!」
大喜びだ。
直にシートに座っていた有喜をチャイルドシートに乗せる。
ブレーキを踏んで、セレクトレバーを「D」に入れ、サイドブレーキをリリース。
瞬間、結構な速さで前に出る。
まだ、ブレーキペダルを離してもないのに。
「うわ!」
思わずフルブレーキ。
ガクンと前にのめる。
「うぉ!どげしたん?」
「あ~、ビックリしたぁ。」
クリープ現象が思ったよりも強く、ブレーキを軽く踏んだだけじゃズルズルと前に出ろうとする。
「クリープ現象でったん強い。」
「そぉなん?」
「まぁすぐに慣れるやろうけど。それじゃ行ってみますか。」
アクセルを踏む。
直列6気筒の「シャーン…」というモーターみたいな音が室内に響く。ディーゼル特有のカラカラ音は少しだけ。
「静かやね。」
「ホントね。」
庭から歩道へ頭を出す。ウインカーを上げて左へ出た。
夕方の帰宅ラッシュも一段落しておりクルマはまばら。少しきつめにアクセルを踏む。
フォ~~~…。
直6サウンド。
加速は…至って普通。流れに置いて行かれない程度。劇的に速い訳ではなかった。
しかし、そんなぶっ飛ばすキャラのクルマじゃない。ユッタリマッタリ走るのが良く似合う。
合格点だ。
交差点にて。
左折してバイパスに乗ろう。
信号は青なので、減速して再びアクセルを踏み込む。
ブワオ~!
エンジンが唸る。
交差点で曲がるときは一速までキックダウンするみたい。
首がガクンとなるほどの衝撃だ。
「今、なんかすごかったね。」
「うん。会社のハイエース、こげなことならんよ。」
スピードを上げ、ちょうど60キロ付近のスピードで走行している。
アクセルペダルから足を離し、再度踏むと必ず3速までキックダウンする。
微妙に首が揺れて気分が悪くなりかかる。
「このクルマ、このくらいのスピード苦手かも。」
試しに少し踏み込んで、スピードを上げて定速走行し、同じことをしてみるとキックダウンしない。減速してみても同じ。ちょうど60キロでの定速走行が苦手のようだ。
「なんか変なクルマ。でもいーや。好きで買ったクルマやき何でも許す!」
「そやね。内装はカッコ悪いけど外はカッキーしね。」
「ユキくんもカッコ悪いっち思った?」
「うん。でも素材は高級そうではあるよね。」
「ウチとおんなしこと思っちょったんやね。」
「そーなん?」
「うん。最初見た時、あまりのカッコ悪さに目が点になった。でもこれもご愛嬌。」
「そうそう。オレはこのクルマ好きよ。」
「ホント?好きになってくれる?」
「勿論!」
自分たちのことでこれくらいのコトが言えれば、夜中泣かなくても済むのに。
という話は置いといて。
信号で止まる。
大型のトラックが多い県道である。アスファルトが停止線の前10数メートルにわたり波打っている。いつも軽トラで通過するとき跳ねまくるポイントだ。減速しながらそこに差し掛かると、前の足回りは柔らかくて跳ねないのに、後輪は固くて跳ねまくる。そして止まる瞬間、前がおもいっきし沈む。
「何これ?」
不思議な乗り心地。
降りた後で見てみると、後輪は板サスだと分かった。
そりゃ跳ねるはずだ。
「明日は会社行くとき、ウチがクルマ出すね。」
「ありがと。楽しみしちょこ。」
クルマの挙動をある程度理解するため、しばらくドライブして家に帰る。
次の日。
早速ユキを乗せて出社する。
駐車場でいつもいじられる、ガスクロ担当と総務の先輩に遭遇。
「「おはよ。」」
「「おはようございます。」」
「桃、あんたクルマ買ったん?」
ガスクロの先輩が聞いてくる。
「はい!昨日納車で。」
「へ~。なんか古そうなクルマやね。何ちゆーと?」
「グロリアです。」
「あ~。聞いたことあるよ。ちょっと前まであったね。今のフーガやね。」
「そーみたいです。」
中を覗かれ、ベンチシート&コラムATに気付き、
「流石桃!えっちシートやん!これでユキと何するとね?」
朝っぱらから下ネタ炸裂だ。
ユキは分かっていたのでそっぽ向く。
桃代は何のことか意味が分からず、
「え?何でですか?」
聞き返した。
「あんた、分かっちょって買ったんやないとね?」
「何がですか?」
頭の上に、はてなマークをいっぱい浮かべている。
「このイス、間に何もないでぺったんこやき、そのまま隣の人のチン●ねぶりたおされるやん。」
ニヤニヤしながら説明する。
ソッコー理解し大赤面。
「いや…そんなこと…」
「その反応はホントに分かってなかったみたいやね。いーこと聞いたっち思ったやろ?早速今晩実行するんやないとね?」
「………。」
赤面し、黙り込む。
再びクルマに目を移す先輩たち。
昨日恐れていたナンバーについて、早速突っ込まれる。
「桃これ!ナンバー!」
二人して爆笑。
「流石桃!」
「あ~あ…知られたむなかった…。」
さらに赤面して俯き、黙ってしまう。
先輩たちが行ってしまったあと、
「ユキくんはシートのこと知っちょったと?」
ユキに聞いてみた。
「まぁ。定番のネタやもんね。」
「ウチ、知らんやった。これからずっとスケベ扱いやん。」
「でも便利よ。車道に止めた時、反対から出れるし。」
「そぉやけど…。」
知らなかっただけにダメージが大きかった。
真実を知ってしまったら、「エロい女」と自ら言いふらして回っているみたいな気がして、ビミョーに恥ずかしい。
その日より、同僚や先輩からことあるごとにいじられることとなる。
タイムカードを押し、作業場に入る。
既にガスクロの先輩は作業場にいて、
「桃、クルマ買っちょったばい。」
みんなに言いふらしまわっていた。
「何買ったと?」
「グロリアのワゴンです。」
「そらまた渋いクルマを。」
「へへへ。」
「ベンコラやったですよ~。しかもナンバーが69!」
ニヤケながら情報を提供する。
「先輩!」
叫ぶ桃代。
「ほぉ。それは楽しかろう。なんか盛りだくさんのクルマやね。」
「も~先輩!勘弁してくださいよ~。」
「あんた、やること全部美味しいよね。」
「狙っているわけじゃないです!」
「だき面白いんやんか。」
全く反省してないご様子。
「う~…先輩の意地悪…」
ベンコラネタでしばらくいじられる桃代だった。
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