第36話④ ユキ(絶望。そして卒業)
寂しさを誤魔化すため、趣味に没頭する日々。
釣りに行き、クルマをいじる。
たまにバイトをし、釣具を充実させる。
ある日。
よく利用している中古釣具屋で10フィートのボートが売りに出ていた。
フットコンとバッテリーと充電器のセットで10万円。
免許がいらないので買ったらすぐに乗れる。
冬休みバイトして、クルマにはルーフキャリアーを付け、ボートを買った。
これを機に遠賀川に出る日が続く。
行動範囲が広がってボーズがめっきり減った。
シャコタンだからスロープまでの凸凹で簡単に腹を擦りマクる。
何回か行くうちにもっと違う手段で運びたいと思った。
具体的にはボートをクルマの中に入れる。
となると、ワンボックス。
200系ハイエースに目を付けた。
200系ハイエース&レジアスエース。
カスタムベースのワンボックスでは最も人気のあるクルマ。
数々のドレスアップパーツが存在し、専門の雑誌も多い。
プラモデルとかラジコン、ミニカー、チョロQまで存在する。
アニメでもよく登場する。
商用車としては異例ともいえるほどの人気だ。
前の型である100系の頃は、E24キャラバン&ホーミーと人気を二分していたが、フルモデルチェンジして圧倒的カッコよさで差をつけた。
とはいえE25キャラバンも十分イケていると思うけど…。
4ナンバーの標準ボディであるロングバン。
後部シートを倒したときの荷室の長さがちょうど3m。ボートがすっぽり入る室内長だ。E25キャラバンも考えたが、標準ボディでは室内長が20cm程足らず、スーパーロングだと1ナンバーになり高速に乗るとき料金が高くなる。車体価格も高くなるので却下。
中古価格を調べてみると、あり得ないほど高額だった。しかも思っていたよりもはるかにボロい。走行距離が10万キロ超えなんてザラ。
このクルマは中古で買うもんじゃない。諦めて、卒業後新車で購入することに決めた。
とりあえず近い未来の目標は決まった。
卒業したら金貯めてハイエースかレジアスエース買う。
全ては釣りのため。
彼女なんかいらない。
彼女を乗せないなら、乗り心地や内装のショボさは関係ない。
学生の間、クルマを買うのは無理だと分かった。
そうなると、バイトして手が届きそうなのはボートのエンジン。
10フィートのボートには2馬力のエンジンが装着できる。
釣具屋で値段を聞いてみたら12~3万とのこと。
なんとかなりそうだ。夏休み、必死こいてバイトしてその金をエンジンにつぎ込む。
ボートにエンジンが着いた。
早速遠賀川でエンジンを試す。
給油口にある通気ノブを緩め、カバー下にある燃料コックを「運転」に合わせ、スロットルを始動位置に合わせる。落水した時にエンジンが切れるよう、キルスイッチにカールコードの付いたクリップを装着し手首に着ける。
チョークを引いて数回、プルスターターのヒモを引き始動動作を行う。チョークを戻し、エンジンがかかるまでスターターを引く。
エンジンがかかりスロットルを開く。
速さは全開にしても人の小走り程度。
それでももしエレキのバッテリーが切れた時には心強い。一回の満タンで、20分ほど走れる。
いつも車から見ていた、ボートがあれば撃ちたいと思っていたカバーとかストレッチ。
早速ボートで向かった。
ポイント手前でエンジンを止め、フットコンを水に浸け、操作。カバーから5mほど離れ平行に移動しながら撃っていく。
ルアーはラバージグ+ドライブクロー4インチ。
アシ際に落すと底を取り、数回跳ねさせて回収。これを延々と続けていく。
カバーが切れる。
巻きの出番だ。ワイルドハンチを岸に沿って引いてくる。
魚探あった方が深さわかっていいかも。
バスプロの気持ちが少しわかった気がした。
たまに根掛かりするけど、サオが届く範囲ならほぼ確実に回収できる。回収器も買ったから、深いトコロに根掛りしても回収できる。高い木に引っ掛けない限りルアーはほとんど無くさない。
しかし、なかなかいる場所にあたらない。
反対岸に移り、再びカバーを撃っていく。
カバーと木が沈んでいる複合的なポイントに差し掛かる。
誰もが狙うであろうポイント。
スレて入るだろうがいたら勿体ないし、勝負が速そうなのでのでとりあえず撃ってみた。
コンッ!
弾くようなアタリと共に糸が走り、サオ先が絞り込まれた。
活性が高い!
アワセを入れると重さが乗った。
カバーの中に突進しようとするのでサオを立てて阻止。
糸はフロロの20ポンドで、サオはHアクション。かなり無理はきく。
強引にこちらを向かせた。
今度はボートの下に潜ろうとする。
かなり頭がいい。
糸は切れないだろうが、口が切れそうな感じだったのでドラグを緩める。
ジワジワと糸が出る。
突進が止まったのでドラグを締め、巻きとりを開始する。
徐々に寄ってきてボート際。
なおも抵抗。
数回のエラ洗い。
またもや突進。
サオの弾力で持ち堪え、リールを巻いて抜き上げた。
45cmの立派な魚体。
フックを外し、記念撮影。
逃がしてあげる。
この日はあと3本追加した。
用意と片付けは大変だが、根掛かりの回収率が高いのと狙える範囲が広いのは大きなメリットだ。
オカッパリと違う景色が見れるのも気分転換になる。
ボートを買って正解だ。
桃ちゃんと一緒にボートで釣りたいな。
叶うはずのない夢を抱きつつ、今日もまたボートを出す。
この頃、既にパパになっていたことをユキはらない。
桃代との間にできた子供である。
知ることができたなら…何か変わっただろうか?
大学の授業は落第しない程度、テキトーに流す。
4年生。
卒業研究のため研究室を選ぶことになる。
研究室は規模にもよるが3~10人程度の人数になる。
ユキは環境分析研究室を選択した。
割と小規模なので5人という人数だ。
自然界における重金属の測定がテーマとのこと。
授業で習った原子吸光光度計を使用するらしい。
この時点で桃代と似たような研究テーマを選んでいるとは思ってもいない。
でも、考えてみれば全くあり得ない話じゃないわけで。
何せ性格や好みがモロ被りであり、もはや一卵性双生児と言ってもおかしくないレベルで一致する。
自分の意思を優先した結果、同じものを選ぶことは今までにもよくあった。
連休明け、就職活動が始まる。
何社か受けて、採用通知も受け取っている。
が、しかし、今のところ「これ!」といった決定的な会社がない。
採用を貰っているところに妥協して決めるか、もう少し頑張って他を探すか、悩みどころである。
そんな時、担当の教授から「共同研究している会社があるから受けてみないか?」と提案される。
詳しいハナシを聞くと家から車で10分程度。何度も前を通ったことのある会社だった。
内容は環境関連。
廃棄物処理の新たな技術開発、回収や処理、再生、販売、そして分析といった事業を日本全国に展開しているとのこと。
何か感じるものがあったため、二つ返事で承諾し、面接を受けた。
面接にて。
趣味の話からクルマの話に飛んだ。
社長が軽自動車大好きで、5速MTのダイハツエッセクールが愛車だという。しかもセカンドカーとかじゃなく、それ一台だけ。
なんか社長のイメージをいい意味で壊す人だった。
一緒にいた会社側の人間(おそらく幹部クラス)も腰が低く、威圧感がない。いい印象を受ける人ばかり。もしこれが素の対応ならば、ホントにいい会社だ。
採用されたい。
純粋にそう思えた。
10日ほど過ぎた頃、会社から封筒が届く。
採用通知だった。
入社することに決めた。
選んだ会社までもが桃代と被る。
話しを合わせたわけでもないのに再び同じ道を歩み始める。
卒業前。
最大のイベント。
卒論発表会。
視聴覚教室で一人ずつ前に出て、OHPを使用しながら研究成果を同じ科の同級生の前で発表する。
ユキの発表は初日の真ん中らへん。
内容的には目新しいことが全くなく、誰からも興味を持ってもらえず、ただネタ帳読んで用意したデータを順番に説明しただけで、誰の心にも響かなかった。何ともユキらしい地味な発表だった。ちなみに雨と大気の年間を通したモニタリング的な内容だった。
無事に終わってあとは卒業を待つだけ。
卒業式。
退屈極まりない。
全く印象に残らなかった。
式が終わり、教員免許の授与。
2年で落とした教育原理。3年で再履修できなくて諦めた。
桃代と別れてしばらく勉強が手に着かなかった頃の出来事だ。
免許証を貰う同級生を羨ましく思いながら見ていた。
終わって仲が良かった県外の友達と最後の飲み会をした。
友達と別れるのは確かに悲しいが、二度と会えないわけではない。連絡も取れる。
泣くほどではないことなのだが…気付いたら涙がこぼれていた。
実のところ桃代を思い出していた。
詳しいことを話すのは嫌だから、この場にいる人と別れるのが寂しいことにし、誤魔化した。
ドラマチックな大学生活だった。
桃代とは正直結婚できると思っていた。
が、まさか離れることであそこまで壊れるとは思いもしなかった。
悔やんでも悔やみきれない。
離れることは寂しいが、いなくなるともっと寂しい。
いなくなることにより楽しいはずの大学生活が虚しいものに豹変した。
別れる前に時を戻せたら。
そんな出来もしないことをしょっちゅう思う。
それほどまでに今でも大好きなんだ。
しかし、やり直す意思を伝えて断られたとしたら?
そうなると、おそらく一生立ち直れない。
今よりもさらに苦しむことになるだろう。
考えると恐ろしくなって行動に移すことができない。
ヘタレは全く治っていなかった。
そういえば大気は愛知、千尋は福岡、海は地元に就職が決まって、大気と千尋は一人暮らしをするらしい。
旅立つ前に飲もうと思う。
女子チームは…気になるし、会いたいけど…会えんかな。
桃代と別れた時にこっぴどく怒られて、それ以来顔を合わせ辛くなって会ってないのだ。
結局、誰がどのようになったのか分からずじまい。
唯一、環には会った。
旅立つ日の前日、部屋に来た。
本社は県内なのだけど赴任先が広島の営業所。仕事は販売促進なのだそうだ。
日本全国の営業所を転々とさせられるみたいで、いつ帰ってこれるか見当もつかないとのこと。
いよいよ別れの時。
「ちょくちょく連絡するき。」
そう言って微笑んだ。
可愛らしい笑顔だった。
「わかった。オレもする。気を付けて行ってらっしゃい。」
「ありがと。行ってくんね。」
ふり返りざま、キスをされた。
あれだけ仲が良かった幼馴染達。
完全にバラバラになった。
色んな県に散ってしまった。
これも運命だからしょうがない。
これから先、また全員で会える日が来るっちゃろか?そげな日がきたらいいな。
心の底からそう思う。
春休み。
菜の花が咲き、暖かくなってきた。
土手ではツクシを取っている人。
一人で釣りに行ってみる。
中学の時、桃代と再会した対岸のポイント。
田んぼのシーズンまではあと少し。
水は少ないが、深場ではギリギリ釣りが成り立ちそう。
水温も上がっただろうから浅場に差してきているかも。
それを期待しての、桃代からもらった思い出の黒金ワイルドハンチ。
乱杭の隙間を一本ずつ丁寧にトレースしてくる。
数投後、ガツンとサオ先がひったくられる。
アワセを入れ、リールを巻く。
激しく抵抗。
エラ洗い。
40cmはありそうな立派なバス。
杭に巻かれないようサオを立て、強引に引き離す。
頭がこっちを向く。
横に走り、抵抗しながらも徐々に近寄ってくる。
フックの掛りを見る。
前後のフックがガッチリ口に掛っている。
俗にいうハーモニカ食い。
大丈夫!
一気に抜き上げた。
フックを外し、写真を撮り、サイズを測り、抱えて水にそっと浸けてやる。
手を離すとゆっくり深場に戻っていった。
(ありがと!バイバイ。)
桃代の声が聞こえた…気がした。
今年初の巻きで釣ったバス。
4月1日からは社会人だ。
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