社会人&子育て編
第37話① 就職…ユキの場合(彼女)
4月1日。
今日は入社式。
桃代とユキは同じ会社に就職していた。
しかも、二人とも原子吸光光度計の担当。
好みとか性格からして全くあり得ない話ではなかったりする。
これから研修ということになっている。
今の時点では、事業所が異なるため互いにまだこの事を知らない。
入社して初めてのニアミス。
会社は家のすぐ近所。
クルマで約10分の場所にある。
九州事業部という名称だが、ここが本社で社長や面接した幹部社員のほとんどはここにいる。
業務内容は様々な廃棄物を回収して無害化し、処分したり、リサイクルしたり、新しい技術を確立したりと結構盛りだくさん。
今期、九州事業部の新入社員は全部で10人。
入社式の前、新入社員同士で色々話していると、処理プラントのオペレーターと営業が4人ずつ、分析と事務が1人ずつ。オペレーターと営業は高卒と大卒がそれぞれ2人ずつ。事務は高卒ということが分かった。
全員素直で特に癖が強い人間は見当たらない。
すぐに仲良くなることができて、一気に気が楽になった。
社長の言葉が終わり、新入社員はベテラン社員に連れられ会社の施設を見学する。
かなりの規模の施設だったので、説明を聞きながら一通り見終わった頃には昼食となった。
午後からは配属部署に顔見せだ。
ユキが配属された分析課は5人。
男性3人、女性2人。男性3人の内訳は30代、40代、50代が1人ずつ。女性は2人とも20代だ。
「この度分析課に配属されました小路有機です。早く業務に慣れて、力になりたいと思っています。」
と自己紹介。
「私と組むことになります。穐田です。」
自分の直属の上司は、無機微量分析において達人ともいわれるほどヤリ手らしく、穐田朝代さんという。
セミロングの茶髪で背も高く、スタイルもものすごくよい、とてもキレイな女性だ。
理系っぽい地味さが全くない。
第一印象。
なんか…とっても冷たい感じがした。
次の日からOJT。
オン・ザ・ジョブ・トレーニングという実務による訓練だ。
その一発目。
「キミ、学生の時一体何やってたの?」
いきなり激しく怒られた。
メモを取りながらメゲずに頑張る。
しかしまぁなんというか…マイッタ。
何か一つ行動を起こす度に何か一つ怒られる。
先輩社員達がドン引いている。
休み時間。
先輩社員たちと一服。
コーヒーを飲み、タバコを吸いながら雑談しているのだが、
「いや~…穐田さん、あげん激しい人とは思わんやった。」
「そーなんですか?」
「うん。キツい表情とかはたまーにするけど、ここまであからさまに感情むき出して怒鳴り散らすことやら入社してから今まで一回もなかったよ?」
「はぁ。」
ショックだった。
それを聞いてさらに凹む。
なんかオレ、彼女の生理的に受け付けんタイプの人間なんやろーな。
そう理解して、今後この上司と分かり合えることを放棄した。
怒鳴られまくる日々は続く。
一向に治まる気配がない。
それどころか、日が経つにつれ業務以外の私的な感情と思われるような怒り方も増えてくる。
完全に嫌われた!
いい加減、理不尽とさえ思うようになってきていた。
入社して数日後の出来事。
作業中、電話が鳴る。
ディスプレイには「関東事業部」の文字。
「小路君!電話とって!お願い!ちょっと今手が離せない!」
朝代から頼まれ、
「はい。九州事業部、小路です。」
出ると、
「お疲れ様です。関東事業部の狭間です。穐田さんお願いします。」
狭間っち…関東事業部、桃ちゃんと同じ苗字の人おるって。
意識したら、声が似ているような気がしなくもない。
とか思いつつも時間を稼ぎ、朝代に電話をつなぐ。
こんな感じで関東事業部からはしょっちゅう電話がかかってくる。
最初は少し意識したけど、そこまで珍しい名前でもないし、互いに「いるわけない」と思っているため、すぐにそういう考えはしなくなる。
分からないまま会話する日々が続く。
またもやニアミス。
入社して約一カ月。
本社兼九州事業部で歓迎会が催される。
家の近所の居酒屋が定番だそうだ。
新入社員で固まろうとしたら、当然のように穐田先輩の隣に座らされる。
あ~あ、飲み会の席でも隣げな…心折れそ。始まったらタイミング見て逃げよ。
ユキは、朝代のことがすっかり苦手になっており、恐れていた。
横でビミョーな顔をして縮こまる。
朝代はビールを注ぎながら、
「こら。そんな顔しない!」
微笑んでいる。
「はぁ…。」
あれ?なんか、先輩優しくね?なんで?
全く意味が分からない。
仕事と仕事以外はキチッと分ける人なのか?にしても、入社して以来初めて優しくされたかも。
入社してから一回も笑顔を見たことがなかったため、破壊力がハンパない。
何なん?でったん可愛いやんか!これ、ホントに同一人物なんか?普段からもっと笑っちょったらいいのに。勿体無い。
なんてこと考えながらビールを注ぎ返すと、
「ありがと。」
やっぱし微笑んでくれる。
あれー?
調子が狂いっぱなしで、ますます混乱してくる。
社長の言葉のあと、乾杯。
注がれたコップを空にする。
新入社員がビールの瓶を持って、一人ずつ注いで回り、注いでもらって各々から一言ずつありがたい(?)言葉を貰う。
歓迎会、特に新入社員にはよくある光景だ。
一通り回り終え、元の場所に戻ってきたら…穐田先輩は、完全にできあがっていた。
他の社員から聞いた話によると、アルコールにはだいぶ弱いため、飲み会に顔は出すが、あまり飲まないのだとか。
辛うじて起きてはいるが、顔が真っ赤でフラフラしていて、見るからにベロンベロンだ。
テーブルに両肘をつき、頭を抱え、グッタリしている。
脇には空になったビールのコップ。
「ただいまです。」
声をかけ、隣に座るとふて腐れた顔でこっちを向く。
あれ?さっきまでの可愛い笑顔はどこ行った?
などと思う間もなく、
「小路君…なんで何も言ってくれないワケ?わざとなの?」
絡んできた。
…は?
固まるユキ。
…何それ?
先輩は、というと…涙を浮かべていた。
予想をはるかに上回る事態に全くついて行けていない。
「え…と…何が?」
何のことを言っているのか、さっぱりわからない。
ユキは焦りまくる。
「冷たいな~…ホントに忘れちゃったんだ…。」
絶望したかのような顔。
ふて腐れ度がさらに増す。
涙声だった。
決壊寸前だ!
「あ、あの…何のことを言ってるのか、自分にはさっぱり…」
普段、クールで一分の隙もない美人が酔って新入社員相手に絡んでいるとか、あまりにもキャラじゃない。
想定外の出来事に社員全員、飲んでいるフリしながら事の成り行きを見守っていた。
かなり体裁が悪い。
「私のこと…ホントにわかんないの?」
目を見つめ、必死で思い出させようと試みる朝代。
「ホントにすみません。あの、『忘れた』って言ってましたけど、どこかで自分と会ったことあるんですか?」
オロオロしながら、失礼を承知で再度聞き直す。
すると。
キッと睨み、
「も~、大学!大学で会ったでしょ!キミが入学してきた時の新歓パーティーで、お酒注いだでしょ!」
爆発した!
バンバンとテーブルを叩く。
もう一度よ~く考えてみる。
すると。
徐々に思い出してきて…。
そういえばっ!
「あ~っ!あの時の先輩!あれ、穐田先輩だったんですか?」
微かに覚えがある…様な気がする。
「も~っ!思い出すの遅すぎ!なんで入社式の日、思い出さないかな~。」
涙を浮かべたまま不満をタレる。
この流れ…もしかして。
第一印象が究極に冷たかったのも、今までのあの厳しい態度も気付かなかったからか?
だとしたら。
まぁ納得…なのか?
って、分かり辛いし!
っつーか、なんで怒られるん?
これじゃまるで…。
「すんません!自分、今も思い出せてません。てゆーか、ホント申し訳ありません。全く顔覚えてないんです。」
ビシッ!とばかりに土下座する。
「うぅ~…そんなぁ~…酷過ぎるぅ~…。」
力ない言葉のあと、ついに決壊。
涙が頬を伝う。
マジ泣きされ、ものすごい罪悪感だ。
社長を含め、社員全員「珍しいものを見た!」という顔している。
「穐田さん、泣き上戸なんやね。初めて知った。」
周囲からそんな声が聞こえる。
と同時に、
「小路君は悪い男やなぁ。この女泣かせ!」
ニヤッと笑いながら、先輩社員がいじってくる。
「え~!なんでそげなことになるんですかぁ?」
「今の流れ聞きよった人間全員そげ思うよ。ねぇ?」
周りに同意を求めると、
「「「うん。」」」
声を揃えて頷かれた。
初の社会人飲み会で「女泣かせ」の称号頂きました…トホホ、である。
で、先輩は…まだ泣いていた。
「先輩!先輩?ごめんなさい!ホントごめんなさい!」
隣で必死に謝るけど、
「もう知らない!」
全然泣き止んでくれない。
腕で顔を隠し、テーブルに突っ伏したままである。
…まいったな。
そのままの状態で、社長が〆の言葉を言って飲み会はおひらき。
先輩は…起きたけど、かなりブーたれている。
みんなでタクシーを待っている。
近いし、歩いて帰ろうかな。
そう思っていたら、先輩から腕をひっ捕まえられ、
「今から家に来るように。これは絶対!先輩命令!」
小声だけど、キツく言ってきた。
連行決定!
間違いなく説教だ。
でも、コレはしょーがない。
思い出せんやったのオレやし、素直に怒られよう。
覚悟し、
「分かりました。」
頷いた。
その場にいた全員が「あ~あ説教」という顔をしている。
渋々と一緒にタクシーに乗り、店を後にする。
気が重い。
10分もせずに先輩の家。
思ったより近い。
釣り場に行くときよく通る、県道沿いの比較的新しいアパートだった。
ここ、よく通るな。
そんなどうでもいいことを考えつつも、覚悟を決めて先輩についていく。
ドアを開け、中に入った瞬間、
!
ふり返りざまに抱きつかれ、キスされていた。
どういう状況なのか、全く意味が分からない!
やがて唇を離し、目を見上げてくる。
「あの…先輩?」
「好きだったの!ずっとずっと好きだったの!分かってよ!」
…え?…好き?
ますます意味が分からなくなり、混乱してくる。
居酒屋で絡んでいた時、まさかと思ったことがホントになっていた。
「なんで?かなり前、一回だけの、それも数分程度の絡みだったでしょ?」
「時間とか回数カンケ-ないの!一目惚れだったの!面接でキミ推したの私!他の人が候補に挙がってたけど、無理押し通して採用させたの!来てもらいたかったの!」
この会社に採用されたのは、先輩のおかげだったのだ。
会社では「できる上司」なのに、今は駄々っ子みたいになってしまっている。
「それは、どーも…何もかもありがとうございます。でも、オレ…。」
「何?あの時の彼女?」
睨んでくる。
「いや、そーじゃなくて…フラれました。」
「じゃ、いーじゃん!」
「ちゆーかオレ、情けなくて…いまだにその子のこと引き摺ってて。未練タラタラなんです。こんな気持ちのままじゃ、先輩に申し訳ないですし。ね?」
正直に今の心境を打ち明ける。
「別れちゃったんでしょ?今、つながってないんでしょ?その子のこと、今は好きでも全然いーよ。私が忘れさせてあげるよ!絶対こっち振り向かせてみせるから!」
強い言葉だった。
素直に感動した。
この人なら忘れさせてもらえるかも。
そう思える何かを持っているように思えた。
苦しい思いし続けるの、もうイヤやし。
これが、正直な気持ちだった。
そんな気持ちから解放されるためにも、一歩前へ。
だから。
「じゃ…お言葉に甘えさせていただきます。」
「まかせてよ!」
優しい笑顔だった。
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