第35話④ 子供(忘れようとしても)
今日は工学部の澪と二人で昼ご飯を食べてマッタリ。
有喜は寝ている。
と、ドアがノックされる音。
出てみると…山崎だ。
「おぉ~。どぉした?」
「いや、帰省してないって聞いて。どうしてるかなと思って来てみた。」
ジュースとかお菓子の差し入れを持ってきてくれていた。
「そんなことしなくても、フツーに来ればよかったのに。」
「まぁ、手ぶらってのもなんだから、ね。」
「んじゃ、ありがと。遠慮なく頂いとく。」
「私…帰ろっかな。」
「帰るの?ウチ、いてもらった方がいいけど。」
男子と二人きりになるのはなんかイヤなので、澪を引き留めようとするが、思っているのと逆の方に気を利かせている。
学科内では一番仲良く見える男子だけに、そう思われても仕方ないのかもしれない。
澪は帰ってしまった。
結局二人(?)きり。
山崎はとんでもなく優しかった。
今までの言動からみておそらく気がある。
気遣ってくれるし話も上手い。全く暇しないし何より一緒にいて楽しい。
子供が生まれ、心の支えができたとはいえ、ユキのいない心は未だズタボロのままだ。
この人なら心の傷を癒してくれるかもしれない。立ち直るきっかけになるのでは?
と、期待はする。
この日を境に山崎は頻繁に桃代の部屋を訪ねてくるようになる。
ツーショット(?)の時も多い。
なんとなく、「この人ならいいのかな?」という気持ちが湧いてきた…ような気がする…かも?
近くに男手があるに越したことはない。
正直頼もしくて助かる。
とりあえず様子を見ている最中だ。
有喜が生まれて半年。
冬休み。
やはり、帰省する勇気はない。
有喜が活発に動き回っている。
一番免疫力が低い時期が寒くなくてよかったと思った。
幸い身体は強いらしく、大した病気はしていない。
夜泣きも大してしない。激しいのは数回あったのみ。
基本、親孝行な息子である。
ここ数カ月。
歯が生えだした。
前歯が上下二本ずつ。
笑った顔がとても可愛らしい。
しかし困った問題が浮上する。
おっぱいを飲ませていると乳首を噛むのだ。
これがもぅ、でぇったん痛い!
飲ませていると「あ゛ー!」とか「いでー!」とか叫ぶことが多くなってきた。
歯が生えたので、そろそろ離乳食を食べさせてみよう。
ドラッグストアでレトルトの離乳食を色々買ってきて好みを探す。
結局のところ、好き嫌いはないようだ。どれも万遍なく食べるので楽だ。
試しに食べてみたが、超薄味でクソ不味かった。
母の味を!というわけで、たまには自分で作ったりもする。
味噌汁を作り、それにうどんを入れ、柔らかくなるまで煮込み、ふうふうして食べさせる。
初めて食べさせたとき、自分の感覚で長いまんま与えたら、切らずにどんどん飲み込んで、最後に「オエッ!」となって全部吐いた。
大失敗だ。
次からは2~3cmに切って食べさせるようにした。
クリスマス。
女友達と過ごす。
有喜はみんなに懐いて人気者。
可愛がってもらえて幸せ者だ。
ユキくん、どげしよぉっちゃろか?
クリスマスだからこそ普段より強めに思い出す。
とても気になるが、電話する勇気もメールする勇気もない。
もぉ、新しい彼女できたやか?
もしできちょったら…クリスマスやき一緒に過ごしよったりして…それは究極に嫌!
勝手に想像を膨らませて落ち込む。
近況は全く分からない。分かるはずもない。
断りもないまま子供を産んだことを知られるのが怖くて、幼馴染とは積極的に連絡を取ってない。
たまにメールが来るけど、当たり障りのない返事をするだけ。
母親と美咲、渓には言わないよう口止めしている。
別れてから既に一年以上の空白ができている。お互い知らない人生を歩んでいることがたまらなく寂しい。
この先どげんなってしまうっちゃろ?有喜がおるき、耐えられるとは思うけど、でも…。
男は未練ったらしいという一般論。
女はあっさり次の恋を!なんてよく聞く話。
ホントにそうなら羨ましい。
女にも例外はいる…ここに。
というか未練しかないように思う。
ユキに囚われ、もがき苦しんで一年とちょっと。
子供が生まれたのに全く忘れられない。
一日も思い出さない日はない。
依存の度合いがこれほどまでに大きかったとは…。
そんなところに距離感を詰めてきている山崎。
心が「そいつは違う!」と、警告を発し続けている。
自分の気持ちを誤魔化し、彼で妥協しようとしていることに身体が気付いているのだ。
所詮彼はユキの「代わり」であって、ユキではない。
ユキじゃないと欠けた部分を満たすことは不可能なのだ。
いい人ではあるけれど、全く好きになれる気がしない。
ケーキを用意し、お酒も色々買った。
ビールに焼酎、日本酒、カクテル…自宅からウイスキーを持ってきてくれた子もいる。
揚げ物メインのオードブルやピザ。
乾きもの各種。
美咲と渓は帰省した。今集まっているのは小学校と中学校、地元がこちらの大学の友達のみだ。
有喜がハイハイして友達に寄って行き、食べ物をねだる。
あーんさせて、小さく切った唐揚げとかポテトを食べさせる。
何とも微笑ましい光景だ。
今、この一瞬だけ、ユキの呪縛から解き放たれたフリをする。
そんな時、ドアがノックされる。
「はーい。」
出てみると山崎。
「メリークリスマス。」
「うん。今みんなで盛り上がってるけど、一緒する?」
「う~ん…遠慮しとこ。それよりも、ちょっといい?少しだけ出てきてもらえる?」
「ん?いーよ。ちょっと有喜みててね?お願~い。」
有喜は今いるメンバーに対して人見知りはしない。おそらく一日くらいは桃代なしでも大丈夫なくらいだ。
「桃、行っちゃったね。クリスマスだし、アイツ、告るつもりじゃない?」
「多分、そーだよ。アイツ、桃のこと超お気に入りだもんね。」
「可愛そうに。玉砕だよ。桃、まだ全然ユキくんのこと忘れられてないもんね。」
そんなやり取りが桃代の部屋で行われている。
桃代はというと…彼のクルマの中。
「少し走ってもいい?」
「それは…ごめん。子供友達に預けてるし。」
「そっか。じゃここで少し話してもいいかな?」
空気が徐々にそれっぽく変わっていく。
「…ん。いーよ。」
「狭間さんってさ…今、彼氏いんの?」
「…いないよ。」
一瞬の間。
あからさまに表情が曇った。
「そっか。まぁ、この流れで大体わかるよね?」
「まぁ…。」
「ぶっちゃけ、狭間さんのこと好きなんだよね。多分、一年の頃からずっと。」
「そうだったんだ…ありがと。でも、ウチ子持ちで。」
「うん。それも含めて全部好き。結婚を前提とした彼女になってほしいと思ってる。」
感動的な告白だった。
思わず目頭が熱くなり、雰囲気に流されそうになる。
「嬉しいな…でも…ウチ、前の彼氏のこと全然忘れられなくて…今も好きで…悩んでる。」
「知ってるよ。休みで帰省する度、落ち込んでたでしょ?」
桃代のことを好きだから分かった僅かな変化。
隠していたつもりだったのに…
「ウチ、見てわかるぐらい酷かったん?隠せちょらんやったと?」
完全に看破されていたため、焦って思わず故郷の言葉が出てしまう。
「ははは。その方言、オレに対しては初めてだね。可愛いね。」
「いや、その…」
俯いてしまう桃代。
「ね?本気で考えてもらえないかな?今はまだ、元カレのこと忘れられなくてもいいからさ。」
このままこの人に未来を預けるのもあり?OKしてみる?
いよいよ流されそうになったところでユキの顔が鮮明に浮かんだ。
なびきそうだった心が一気に切り替わる。
やっぱりこの人と一緒になることは本意ではない!一緒になれば必ず後悔することになる!
自分の中の冷静な部分が先ほどからずっと警告し続けている。
やっぱり今の気持ちをしっかり伝えよう!
気持ちが決まった時、左の頬に右手を添えられ、彼の方を向かせられた。
キスされる!
顔が迫った時、そっと横を向いた。
それが返事だと理解して、顔が遠退く。
「ごめん。ウチ、やっぱ無理。前の彼氏以外考えられない。ホントにごめん。」
手を合わせて謝った。
「好きって言ってもらえたことは素直に嬉しかったよ?だからホントにありがと。これからも友達でいたいけど、そうもいかないよね?嫌いになっても構わないから…やな女だと思ってもらったって構わないから…」
「そっか。分ってはいたけど…残念。ごめんね。今言ったこと、忘れてもらえれば助かる。」
「ホントにごめんね。」
本気が痛いほど伝わってきただけに、シュンとなってしまう。
「そんな顔、しないでよ。」
逆に励まされた。
「じゃーね…おやすみ。気を付けて帰ってね。」
「うん、ありがと。困らせちゃってごめんね。じゃ、おやすみ。」
去っていくクルマを見送りながら、もう一度「ごめん」と謝った。
部屋に戻ると、連れ出される前のテンションのまま盛り上がりっぱなしだった。
しんみりした直後のこの雰囲気は正直嬉しい。
今あったことについて、根掘り葉掘り聞かれる。
「さっきのって何だったの?」
「なんでしょ?」
「告られた?」
「まーね。申し訳ないけど断った。」
「そっか。桃は一途だね。」
「そーじゃないよ。未練ったらしいだけだよ。」
「でも、勿体ないよね。アイツ、カッコイイからウチの学部だけじゃなくて、余所の学部の女子にもかなり人気あるみたいだよ。」
「ははは、顔じゃないよ。でも、性格もよかったよ。優しいから、すぐ次見つかるんじゃないかな?」
その日は夜遅くまで飲んで、全員桃代の部屋に泊まった。
寝静まった頃、すすり泣く声で美咲が目を覚ます。
豆球が点いているので部屋の中の状況を確認できる程度の薄暗さ。
声のする方へ目をやると…桃代が眠ったまま泣いていた。
「ユキ…く…ごめ…許…して…」
桃…
「…好き…」
!
哀しげな寝言に思わず息が詰まる。
全く前と変わってない。
この子はこの先ずっとこうして泣き続けるんだろうな。
そう思うと、どうにかしてあげたいという感情が沸々と湧き上がってくる。
まだまだ危うい時がある。
冬休みは誰かしら来てくれた。
本当に友達という存在はありがたい。
いつか恩返ししたいけど…できるかな?
甘えっぱなしでホントに申し訳ない。
後期試験は子連れで頑張った。
トップクラスの成績もキープできている。
そして春休み。
有喜がさらに活発になる。
赤ちゃん言葉をいくつか話すようになった。
目を見つめ、指をさし意思を伝える。
桃代もそれが何を意味するのか大体わかるようになった。
ハイハイだけしかできなかったのが、つかまり立ちに進歩した。
テーブルの角とかコンセントが危険なので、赤ちゃんグッズで対策をする。
歯も生えそろいつつある。
ここまで大病をしてないので、どうやらホントに身体が丈夫なようだ。
ケガの心配だけをしていれば済むので、なかなか親孝行な息子である。
日に日に成長していく姿は見ていて飽きない。
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