第35話⑤ 子供(成長)
学年も一つ進み四年生。
卒業研究が始まる。
環境分析の研究室を選択し、原子吸光光度計を使用した重金属の分析をすることになった。
原子吸光分光法 (Atomic Absorption Spectrometry, AAS) は、試料を高温中(多くはアセチレン-空気炎中や黒鉛炉中)で原子化し、そこに光を透過して吸収スペクトルを測定することで、試料中の元素の同定および定量を行うものである。通常分析対象とするのは溶液であり、工場排水などの水溶液中に含まれる微量元素の検出などに用いられる。
本法は特定の元素に対し高い選択性を示すため、多くの分野で無機質分析の公定法として採用されている。
しかしながらAASのスペクトル幅はきわめて狭いため、光源としては目的元素に特化したホロカソードランプを用いなければならない。したがって、測定したい元素の数だけランプを用意しなくてはならず、多成分の試料を同時に測定するには難がある(機種によっては、複数のランプを装着したマガジンを回転させることで同時分析を可能にしたものも存在する)。
また、目的元素によっては混入した他元素によって妨害を受けることがあり、試料の前処理等にも配慮する必要がある。
化学炎で原子化させるフレーム法(フレーム発光)と化学炎を用いないで原子化するフレームレス法(FL-AAS)がある。フレームレス法の代表的なものに黒鉛(グラファイト)炉内で電気的な加熱により原子化するファーネス法がある。ファーネス法はフレーム法より高感度でppbレベルでの分析が可能である。
※ウィキペディアより。
計量士の資格は取っている。
将来はそっち方面で考えよう。
ある程度、未来の方向性が決まってきた気がする。
感動の瞬間は突然やってくる。
進級直後の慌ただしさも一段落したゴールデンウィーク真っ只中。
友達と昼ご飯を部屋で食べ、洗い物をしていた時の出来事。
有喜はテーブルを囲む友達と遊んでいた。
つかまり立ちは既にベテランの域に達している。
テーブルにつかまり友達の間を行ったり来たり。
ふとお母さんに目をやる。
みんなどうするか見ていた。
すると…
そっとテーブルから手を離し…立った!
「桃!立ったよ!」
美咲が叫ぶ。
「へ?」
振り向き、
「わっ!ホント!」
思わず真ん前に駆け寄ってしゃがむ。
ヨロヨロしながら立っている。
思わず嬉し涙。
パタッとコケる。
思わず抱きしめた。
さらに日は経ち、有喜一歳の誕生日。
いつもの仲良しでお祝いする。
学校から帰ってみんなでケーキを買いに行き、有喜の好きそうな食べ物を何種類か買う。
クルマに興味があるらしいので、プレゼントは押して遊べるデカいチョロQみたいなのを買ってあげた。
寮に帰って買ってきたものを並べ、用意する。
みんなで盛り上がっているところに寮母さんから「荷物が届いた」との連絡が入る。受け取りに行ってみると母からの荷物。開けてみると知育セット各種。
気にしてもらえて嬉しい限り。
電話して礼を言う。
そのうちまた会いに来る、と言っていた。
初めて立った日から一カ月余り。しっかり歩けるようになった。というか、既にかなりすばしっこい。
ユキは運動まるでダメなので、桃代に似たのだ。
子供の成長は早い。
この頃乳離れも進んだ。
言葉もだいぶ理解するし、理解できる言葉もいくつか話す。どんどん楽になっていくが、活動範囲が広くなりケガや事故など、別の心配事が浮上する。
例えば買い物。
自分と有喜二人で行ったときは要注意。ちょっと目を離したすきに勝手にどっか行ってしまい迷子になる。大体お母さんを見つけられなくなり、大声で泣くからどこにいるのかすぐ分かる。それくらいならいいが、外に出てクルマにはねられでもしたら大変だ。ちょっと犬の散歩みたいにはなってしまうが、ハーネスを買って装着することにした。これでこの件は解決したのだが、見ず知らずの人から「子供は犬じゃない」と怒られたことがあった。でも、クルマとかの事故が心配なので外すつもりはさらさらない。
大学に連れていくときも、実験の時は心配だ。
お母さんが触っているモノにはどうしても興味を持つ。
放っておくと、むやみやたらと薬品のビンに手を出そうとしたり、加熱しているモノに触ろうとしたりするからとても危険なのだ。
こんな時はおんぶしてウロチョロしないようにする。
硫化水素などの有毒ガスが発生する実験も多いので、その時は断りを入れて一旦外に避難する。
ともあれ学校でも人気者の有喜。
科の誰かしらが気にしてくれて、何とかうまいことやれている。特に、数少ない女子は全員で相手にしてくれていて、万遍なく懐いているといった状況だ。
みんなの世話になりながら、卒業研究に精を出す。
一生懸命頑張った。
おかげでいくつかの大発見をさせてもらった。
成果は研究室の教授のモノになるが、論文に協力者として名前が出ることとなった。
就職活動。
帰郷するのが怖い、という気持ちは未だ拭い去れていない。
関東で就職しよう。
そう心に決めた。
既に何社か面接し、内定をもらったところもある。
でも、なんかイマイチピンとこない。
面接を受け続ける日々が続く。
そして、ついに理想と思われる会社に辿り着く。
卒業研究で培った技術をまんま活用できる環境系の会社。
日本全国に業務を展開していて、地域への貢献度も高い。
説明を聞く限りでは、やりがいのある仕事だった。
面接時、社長や担当となるかもしれない部署の人は、子供のことを言うと、気遣ってくれた。顔のことも聞かれたが、嫌な気分にならなかったのは不思議だと思った。
社長は貧乏性でクルマ好き。
軽自動車のエッセがマイカーとのこと。金にモノを言わせて超高級車を乗り回す、よくある社長とは違うらしく、妙に好感が持てた。
素直にこの会社のお世話になりたいと思った。
採用されたらいいな。
面接も終わり、帰ろうと社屋を出たところで澪と会った。
「あれ?澪?」
「お~、桃!」
「澪もこの会社受けてたんだ?」
「うん。事務関係でね。桃は技術?」
「そーだよ。分析の方。」
「へ~。ここの会社よかったよね?」
「うん。採用されたいと思えた。」
「あたしもそー思ったよ。いっしょに採用されるといーね!」
「うん。これからどうする?一緒帰る?ウチ、子供預けっぱだから、とりあえず帰らないとだけど。」
「じゃ、帰ろっか。」
駅まで今日の面接のことを話しながら歩く。
仲の良い友達が一緒の会社にいるのなら、そんな嬉しいことはない。
ますます採用されたいと思った。
それから10日ほどして会社から郵便物が届いた。
開けてみると採用通知。
嬉しかった。
澪はどうなった?
電話してみると採用とのこと。
勿論その会社に決める。
よかった。
仲良しがいるだけで、この先も心細くない。
あとは卒業するだけ。
大学の4年間。
大きな出来事がいくつかあった。
ユキと別れた。
この悲しみは一生引きずる予定だ。
「好き」が全く消えない。それどころか、ますます大きくなってきている。
だから、次の恋なんか絶対に無理。
別の人を選択するなんかあり得ない。
そんなユキとの間に子供ができた。
最愛の人との間にできた子供。
一番の心の支えだ。
だから、この先子供さえいれば寂しさはなんとか我慢できるだろう。
我慢はできるだろうが本心では逢いたい。
でったん逢いたい。
できることならば謝って元の関係に戻りたい。
自分で切りだしといて、都合よすぎると思われるだろうが、別れた直後からその気持ちはずっとある。
しかし、謝って拒絶される可能性は十分にある。
その恐怖に耐えられない。
そしてユキに何の断りもなしに産んだ子供。そのことに対しても決していい顔はしないであろうから、それもまた怖い。
二つの巨大な問題が先に立ち、未だ前に進めないでいる。
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