第36話① ユキ(寂しい日常)

 大学生になった。


 傍らに桃代はいない。

 二度の大きな体調不良。

 そのために受験がことごとくうまくいかず、やむを得ず別の道を歩むこととなった。

 お互いの進路が決まった時、桃代は泣いた。

 しっかり抱きしめ、「4年間、何があっても待つ!毎日連絡する!」そう言い聞かせ、挫けそうな心を励ました。


 桃代は今、関東の大学にいる。


 関東へ向かう日、桃代の心の崩壊は既に始まっていた。



 小倉駅の新幹線ホームにて。

 いよいよ出発という時、人目を憚らず咄嗟に抱きつき口づけ。

 明らかに正常じゃないと感じた。

 そもそも桃代は人前でキスなんかできるような性格じゃない。

 恥ずかしさが勝って絶対に実行に移せないのだから。


 どうにか4年間持ち堪えてほしい!


 心の底からそう願った。




 不安に満ちた大学生活が始まる。


 諸々の説明が行われ、時間割の提出も終わり、ある程度落ち着いた四月下旬。

 新入生の歓迎パーティーなるものが催された。

 毎年この時期の恒例行事らしく、五限目終了後に学食を貸し切って、同じ学科の1~4年の学生と教授たちが集まり、飲んで騒ぐという。

 そう寮生から聞いた。

 高校ではないノリだ。


 このパーティーでユキはある先輩に目を付けられる。

 穐田朝代という四年生の先輩だ。

 朝代はこの時、桃代のことを考え寂しさが思いきり顔に出たユキを見て、


 あの一年生くん、どーしたのかな?


 愁いを帯びた表情が妙に気になり放っておけなくなったのだ。


 なんとなく仲良くなった数人で集まり、まだ未成年なのに酎ハイを飲み、料理をむさぼっていると、えらい綺麗な先輩が近づいてくる。

 警告)お酒は二十歳になってから!


 こげなムサいオトコの集まりに、こげなキレーな人が何の用事かの?


 不思議に思うユキ。

 すると、


「初めまして。それと入学おめでとう。私、4年の穐田朝代と言います。よろしくね。」


 自己紹介され、つるんでいるヤツ全員ビールを注いでもらう。


「「「こちらこそ。」」」


 礼を言うと、ユキは未成年のくせに躊躇なく飲み干した。

 そして、


「自分は小路有機です。」


「自分は~」


「自分は~」


 そこにいた皆も自己紹介。

 その先輩を見ながら、


 綺麗な人やな~。しかもゼッテーできる人やろ。名前、ともよ…桃ちゃんと一字違いかぁ。


 そんなことを思っていると、


「なんか寂しそうな顔してる。彼女と学校離れ離れにでもなったかな?」


 話しかけられ、初対面にもかかわらず看破されてしまう。


 スッゲー、この人。見ただけで分かるんやね。


 感心して、


「鋭いですね。まさにその通りです。」


 苦笑するしかなかった。


 そういやオレ、感情とかダダ漏れやったんよね。


「それは悲しいね。ま、元気出して。学生生活楽しんでね!」


「あはは。ありがとうございます。」


 これでユキと朝代のコミュニケーションは終わり。

 朝代はその場を去っていく。


 一通りみんなのトコロを回り終えた朝代。 

 ショウジユウキくんかぁ…優しくて一途な人。話した感じもいい。誠実さも多分ある。


 先程の短い会話。

 対応と声の調子だけでユキのいい部分をかなりのところまで見抜いていた。

 正直外見は並み以下で、今まで付き合った人とは比べ物にならない程ショボい。 それなのに今の絡みだけで好きになってしまっていた。

 ほぼ一目惚れだった。

 初めての経験だったから自分でもビックリした。


 一目惚れってホントにあるんだ。彼女いるってのが気に入らないけど…まぁいっか。


 自分の中に芽生えた気持ちをどうにかしようとしたものの、学年が違う。学内での行動パターンは学年が違うと他の学校といっていいほど絡みが無くなる。その後、学内でたまに見かけるものの会話する機会は全くなく、何の進展もないまま卒業を迎えてしまう。


 ユキはというと、桃代のことで頭の中が一杯だったため、この日のやり取りも朝代のこともすぐに忘れてしまった。

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