第61話 ニギリとチラシ

 夕飯も終わり、寝転がってテレビを見ているユキ。

 有喜はユキの身体に寄りかかって一緒に見ている。

 マッタリとした時間。

 いつもの光景。

 幸せな日常。

 

 今日はスゴイアワー初回放送の日。

 河辺プロが大きいのを釣って「シャキーン!クイックイッ!」とキメのポーズをしている。

 有喜はちょうど骨盤辺りにガッツリ寄りかかり、テレビに集中している。


 と、ここでいらんことを考えつく。

 思わず声を出して笑ってしまいそうになる、が、必死に我慢。

 そして、

 

 ぷぅ~~~…

 

 ゆっくり力を入れ、できるだけ長く放出した。

 それは、ちょうど胸の辺りに直撃。

 振動がダイレクトに伝わってくる。

 有喜はビクッとなり、

 

 「ぅわっ!もーっ!おとーさん!」

 

 大爆笑しながらケツをグーで殴りまくる。

 

 「あはは!痛い痛い!」

 

 「でたんクセ~!」

 

 大げさに掌で扇ぎまくっている。

 台所で後片付けをしていた桃代が戻ってきて、

 

 「またユキくんは!なし、そげなバカなことばっかしするん?」

 

 怒られる。

 でも、


「おとーさんに怒りよーけど、おかーさんも僕に屁ぇかけるよね?」


 思わぬ反撃を食らう。

 桃代の場合は大抵台所。

 有喜は晩御飯の準備中、よくつまみ食いしにくる。

 桃代が包丁を使っているときや揚げ物をしているとき、少し頂こうと思い、足元にベッタリまとわりついてくる。

 そんな時、顔がちょうどケツの真ん前に来たタイミングでやられる。

 両親共にアホだから、しょっちゅうこんな目に遭っているのだ。


「ウソばっかり言いよきなさいよ!そんなことしてないやろ?」


 明らかにウソである。

 にもかかわらず否定している。

 ユキは思わず苦笑する。

 夫婦になったとはいえ、ユキに対する「好き」は未だに冷めてない。

 アツアツのままだから、第三者にバラされ、本人に聞かれると若干恥かしい。

 少し赤くなりながら隠そうとする。


「ウソじゃないもん!僕が後ろにおったら顔の前でするくせに!」


 有喜は納得いかないのでムキになる。

 そもそも台所はすぐ隣なので、音まで丸聞こえ。

 そのやり取りのことも知っているのだが、それでも隠そうとする。

 ちなみにユキの前では平気で音を出してする。

 子供からバラされるその行為が恥ずかしいのだ。実に矛盾だらけだったりする。

 ユキは、その矛盾と必死さが見ていてとてもおかしくて、理不尽やな~と思いながらもヘラヘラしながら楽しんでいる。




 この日の晩ご飯はニギリ。

 近所のスーパーの見切り品だ。10個入って800円。これが18時を過ぎると半額になる。このイベントに目を付けている人は多いため、残っていることなんか滅多にない。というか、そもそも内容がいいため、見切り品になる前に売り切れてしまうという人気の品。そんなレアなアイテムを、運よく人数分ゲットできたため、テンション上がりまくりだったりする。

 帰りつくと同時に、


「今日はこれがあった!」


 満面の笑顔でソッコーレジ袋からだし、テーブルにズバーン!と並べる。

 桃代の声を聞きつけ、テレビの部屋から顔を出し、戦利品に目を向けると、


「うわっ!この前のお寿司やん!」


 コチラもテンション爆上がり。

 有喜もこの寿司は好きなのだ。程度にもよるが、ワサビが入っていても食べることができる。キラキラとした眼差しを向け、しばし喜びに浸っていた。


 

 上がったテンションもどうにか落ち着き、今は風呂待ち。

 再放送のバーニング帝国があっている。

 ちょうど夜出なくてはならない用事があり、見逃してしまった回。

 ユキと有喜、揃って熱心に見ている。

 謎のオサーンが、牛丼のいっぱい入ったレジ袋を両手に持ったままスロープでコケて落水。ライフジャケットが膨張し、牛丼が全て台無しになったところで大爆笑中だ。

 桃代は風呂待ちの間、ちょっとしたおかずを作る。今日はメインがシッカリしているから簡単なものでよい。

 ここで。

 ユキ夫婦の離れのプレハブにはちゃんとしたキッチンがある。

 両方の実家で一緒に作ればよいのでは?

 という疑問を持つ人もいるだろうが、両家の親が食材のお金を受け取ってくれないため申し訳なくなってしまい、後付けオプションで付けたのだ。

 調理まではできるようにしたのだが、子離れできていない両家の親は大変寂しがった。それもまた申し訳ないと思い、風呂とトイレは実家に頼るようにした。ユキの実家とプレハブを短い渡り廊下でつなげたので、雨でも濡れることはないし、夜中一人でトイレに行くのもそんなに怖くはない。


 といった、どうでもいい家事情はさておき。


 各々風呂も終わらせ食事の時間。

 有喜の好物はエビとマグロとサーモン。

 両親から貰って大満足だ。

 口いっぱいにほおばってモグモグしているのが可愛らしい。と思いながら見ていると、顔をしかめた。どうやらワサビが効いたらしく、直後、口いっぱい頬張ったままクシャミ。食卓の上に盛大にぶちまけ、桃代から怒られ中。

 粗方片付け飯再開。

 有喜は好物の他に何個か食べたらお腹いっぱいになったらしく、ギブアップ。

 残したのはユキと桃代で分けて食べる。ビミョーに足らない感じなので、ご飯と先程作ったオカズでお腹を満たし、ごちそうさまでした。




 しばらく経ったある日。

 また見切り品の寿司。

 今回は、エビやマグロやイカが載ったちょっと豪華版のチラシ寿司だ。

 ホント、極たま~にこういったいいモノが手に入る。

 帰ってテーブルにズバーン!と並べ、有喜に見せて喜ばす。

 素直だから、本当に嬉しそうにしてくれる。

 今日も大好きなエビがのっているので、


「おとーさん!エビちょーだいね!」


 早速予約する。


「分かった。いっぱい食べなぞ。」


 子供がいっぱい食べてくれるのは嬉しいものなのだ。

 風呂を終わらせ食卓へ。



 今日はインスタントのお吸い物(マツタケ風味)付。

 上げ底かと思いきや、トレーの底はまっ平ら。食ってみると結構なボリュームだ。

 有喜は好物を食べ、ご飯を半分強食べたところでギブアップ。

 いつもの如く、ユキと桃代でたいらげる。

 今日も充実の晩ご飯でした!

 ごちそうさまでした。




 それからしばらく経ったある日。

 いつものように風呂待ち中。

 寝転がり、釣りビジョンをボーっと見ている。

 今日は磯釣り。

 磯釣りは何度かしたことはあるが、テレビで見るよりも実際にやった方がはるかに面白い。映像で見るのはイマイチウキの動きが分かりづらく、風景もほぼ波立つ海面だけなので、面白みに欠ける。かといって、フツーのテレビはクソしょーもないヤラセ感に満ち溢れたバラエティー番組しかやってないので見る気にもならない。

 有喜はテーブルで大人しくお絵かきしている。


 そんな中、ユキがまたもやいらんことを思いつく。


「ユーキ、ニギリとチラシどっちがいー?」


 質問すると、


「ニギリ!」


 躊躇なく答える。

 

 やっぱし!


 思った通りだ。既に用意はしてある。準備段階で、無音かつ肛門がカッ!と熱くなる激しいヤツ。しかも、パンツ越しじゃなくて直に握っている。高い効果が得られるはずだ。

 またもや笑いが出そうになるのを必死で堪える。

 疑問に思った有喜は、


「でもなんで?今日お寿司やなかったよね?」


 不思議そうに首をかしげる。

 ユキは、


「それがあるんよ。はい、ニギリ。」


 握った右手を有喜の鼻の直前へ。

 そして、パッと開くと、一瞬の間を置き


「ぅわっ!何これ?くっせ~!屁の臭いする!」


 掌でパタパタしながら大騒ぎ。

 そんな光景をいつもの如く桃代に見つかり、


「また!ホントユキくんは!やめちょかな、幼稚園でマネするばい!」


 怒られる。

 今のやり取りは全部聞こえていたらしい。

 隣で大爆笑しているユキ。

 全く反省の色が見られない。

 さらに怒られた。




 ニギリ事件後。

 夕飯も終わり、片付けも終わった。

 3人そろって釣りビジョン中。

 有喜がニヤッとしながら


「はい、おかーさん。ニギリ。」


 グーを差しだし鼻の前でパッと開く。

 臭くもなんともないのだが、


「ユキく~ん。見てん。ユーキがマネしだした。」


 怒られる。




 また別の日。

 やはり夕飯後のマッタリタイムで。


「ユーキ?ニギリとチラシどっちがいー?」


 ユキが選択肢を出す。


「じゃ、チラシ。」


 この前のニギリで懲りていた。

 ユキが片ケツを上げ

 ブリッ!


「はい、散らし。」


「ほらね。どーせ屁と思った。ふつーに屁ぇふっただけやん。」


 呆れられていた。

 

 畜生!面白くなかったか。何か考えなくては。

 

 しばらくして、


「ユーキ?」


「ん?」


「ニギリとチラシどっちがいい?」


「もう屁はイヤ!」


 バレバレだ。

 キッパリと断られた。

 なのに…

 パンツの中に手を突っ込み


 ぷぅ~。


 直に握り、強行手段に出た!

 嫌がる有喜を押え付け、顔の前でその手を開放する。


「もー!おとーさん!うわっ!臭っ!」


「ユキくんはっ!たいがいにしーよ!」


 また怒られた。

 ユキは爆笑している。

 もう、ホントにどうしようもない親だ。




 またあるときは。


 やはり夕食後。

 有喜と二人、並んで寝転がって釣りビジョンを見ている。

 体勢を変えるように見せかけて、有喜の鼻の前に肛門を接近させ、真ん前で


 ブリッ!


「うわっ!もー!おとーさん!」


 笑いながら、


「どげしたんか?」


「『どげしたんか?』じゃない!屁ぇしたやろ!」


「うんにゃ。しちょらん。足が床に擦れて音がしただけ。」


 認めない。


「ウソばっかし!顔に臭い風来たし!」


「そーか?」


 意地でも認めない。


「『そーか?』やないよ!」


 ケツをバシバシ叩く。


「あ痛ぁ!」


 はしゃぎまくっている。

 そして、


「こら、もぉ!いい加減にしーよ?」


 桃代に怒られて終息する。




 冬はコタツで。

 有喜は電気コタツが大好き。

 潜っていつもユキや桃代の足の裏をコチョコチョしたり、カンチョーしたりして悪戯する。

 たまーにどちらかが寝返った瞬間、顔面に蹴りが入ってしまって大泣きするような罰が当たる。


 会社から帰ると、夕飯の支度。

 何やら揚げ物をしている様子。


 唐揚げ?それとも、とんかつ?


 それまでコタツでゴロゴロしていた有喜はワクワクが止まらなくなり、つまみ食いに出撃する。

 いつもの如く調理中の桃代にまとわりつくと、


 ぷぅ~。


「うわっ!おかーさん!」


「ごめんごめん。後ろにおるっち知らんやった。」


 見え見えのウソをついて、


「あ痛ぁ!」


 ケツにパンチを連打されていた。


 できたヤツを一切れ貰い、口をモグモグさせながら走って戻ってくる。

 前にも述べたが筑豊の冬は極寒だ。

 コタツなしじゃ生きていけないまである。


 早く潜らないと!


 というわけで、滑り込むようにしてコタツに顔まで潜りこむ。

 すると、


「うわっ!でったんくせぇ!」


 叫んだかと思うと急いで顔を出す。


「どげしたんか?」


「おとーさん!コタツで屁したやろ?」


「いーや、しちょらんよ?」


 平然と答えた。


「ウソばっかし!んじゃ潜ってん?でったん臭いっちゃき!」


「そーか?」


 潜ってみると、吐き気を催しそうなくらいスゴイ臭いになっていた。

 なのに、


「イチゴの臭いしかせんぞ?」


 真顔でウソをつく。


「ウソばっかし!屁の臭いがする!」


 ムキになって認めさせようとするその一生懸命さが可愛らしくて愛おしくて。

 どうしてもからかいたくなってしまうのだった。


 やっていることは下品かつサイテーなコトなのだが、これもまた紛れもなく幸せな日常。

 子供とじゃれ合いながら今日という日が終わっていく。

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