第60話 オールドリール

 ファントム。

 親父が小中学生の頃のダイワ製ルアー専用ロープロファイルベイトリール。

 その中でもSTは最も低いグレードで、小中学生でもどうにか手が届く価格だったらしい。低グレードとはいうものの、本格的な使用に耐えうるだけの性能が盛り込まれてあり、かなりの人気だったとのこと。

 

 ダイワの場合STが最もベーシックなグレードで、GS、SSと上がっていく。

 しかし、ファントムの遠心ブレーキ仕様のモデルはその法則には従っておらず、ST、SM(縛ってロウソクをたらす大人の遊びの方じゃなくて、スーパーミリオネアの頭文字)となり、SMが最上位機種となる。

 STは5、10、15。SMは5、10、15、20というサイズの設定があり、大きいほど幅が広く、太い糸が巻ける。

 STはボディが銀で、スプールベアリングはカーボン。SMはボディが黒で、スプールベアリングはボールベアリングといった差が付けてある。

 SMのハンドルノブは木目調で、工芸品的な高級感が漂っている。


 1980年代に入りファントムは、遠心ブレーキの他に無接点電磁誘導ブレーキというシステムを搭載したモデルが加わり、進化していくこととなる。これは、電車のブレーキ装置である渦電流式ディスクブレーキ(ECB)と同じ原理で「マグサーボ」と呼ばれる。

 最初に搭載されたのがファントムマグサーボSSで、10と15のサイズがある。価格は1万5千円と超高額。とてもじゃないけど小学生には手の届かない代物だった。

 その後GSという廉価版が登場し、マグサーボが一気に普及することとなる。価格は1万円以下(9千円くらい)で、一生懸命頑張ればなんとか手にすることができる。このGSは、スプールベアリングが両方カーボンで、サイズは5~15。大ブレイクとなった。

 マグサーボの普及とともに、ダイワのキャスティングがメインのルアー用ベイトの遠心ブレーキ仕様はほぼ消滅することとなる。そして、マグサーボはマグフォースと名称を変え、現在に至る。

 マグブレーキが熟成していくと、今度はレベルワインドの放出抵抗に着目するようになる。そこで登場したのがゼロフリクションレベルワインド。クラッチを切ると、レベルワインドが左右に別れ、キャスティング時の糸への抵抗を減らすことができる。ベアリングとスプールシャフトによる摩擦はどうしようもできないが、レベルワインドとの摩擦は実質0である。これを搭載する機種は名前の後に「ZERO」と付く。凝った機構故に効果はあったが故障が多く、短い期間で消えてしまった。

 しかし、考え方としてはよかった。

 というわけで、別方向からのアプローチ。別方向とはいえ、ゼロフリクションレベルワインドのノウハウは活かす。

 そして完成したのがTWS。

 形状こそ違うものの、目的は同じ。30数年の時を経て、新方式ゼロフリクションレベルワインドが見事復活することとなる。

 


 といった歴史的な細かいことはさておき。

 初代のファントムはSTですら安物っぽくなくて、とにかくカッコイイのである。

 スマホでなんとなく検索していたら、そのカッコ良さが偶然目に留まり、見てみるとちょっと面白い記事だったため、父親に話を聞いてみた。というのがこの話の始まり。

 とても詳しくて、しかも一台所有していた。大切にしていて今でもたま~に実釣で使ったりしているみたい。知らなかった。

 現物は画像で見るよりもはるかにカッコイイ!

 中古で見つけたら一つ買ってみようと心に誓うユキだった。




 それからしばらく経って中古釣具屋に行く機会がやってくる。

 有喜は例の如く爺婆に奪い去られた。

 なので桃代と二人で釣具屋デート。

 夫婦になっても「デート」という言葉は使いたいものなのだ。


 中古リールのショーケースを見てみると…いきなしあった!しかも複数。

 この並べ方には覚えがある。前回来た時の陳列とさほど変わってない。という事は、前回もあった可能性が高い。

 意識して見てないだけの話だった。

 値段もそんなにしない。

 相当の数出回っていただけのことはあり、STだと3000円台からある。程度のいいヤツや、当時の箱まで揃って傷の少ない個体は流石に高いが。

 弄る楽しみも考え、安いヤツを買うことにした。

 買ったのはフルノーマルで傷だらけのST-10。一応ブレーキカラーも2個だけ入っている。




 帰って早速分解。

 と、その前に。


 現状の性能は?


 ハンドルの回転は…少し重い気がする。

 スプールの回転は…クラッチを切って指で弾いてみる。大してよろしくない。すぐに止まった。

 レベルワインドのグリスなんか完全に切れてしまっていて、ウォームシャフトの端っこの方に黒いのが少し付着しているだけ。

 長いこと放置していたのを処分した品とみた。

 ビスに傷が入ってないところを見ると、これが初バラしなのだろう。


 いじり甲斐があるぜ!


 横では桃代と有喜が興味津々で分解の様子を見守っている。

 ハンドル側の2個のスクリューを緩めると、ギアケースがフレームから分離する。この時点でギアケース、スプール、フレーム+レフトサイドプレートになる。

 今の方式とは逆やな。

 今のリールはマグ側(ハンドルとは逆側)が外れてスプールが取り出せる。これはシマノも同じ。

 説明書なんか無いため、部品を組む順番を忘れないよう、スマホで写真を撮りながらバラすコトにした。といっても今のリールに比べるとかなり部品が少ないように思う。気を付けるのはドラグワッシャーの順番くらいか。


 先ずハンドルを外す。

 ハンドルを固定してあるナットを覆うキャップのビスを外し、ナットを緩める。ハンドルを外し、スタードラグを外し、ギアケースのビスを2本緩め、カバーを外すと中の構造が丸見えとなる。

 流石に自分よりも年上のリール。

 各パーツに付着しているグリスは黒変し、固まってしまっていた。これじゃハンドルの回転も重いはずだ。

 基本構造は今のリールと変わらないみたい。大きく違うところといえば、インフィニットストッパーのワンウェイベアリングじゃなくて、摩擦式のストッパー。

 クラッチがオートキャストクラッチ(投げるとき親指でスプールを押さえると同時にクラッチを切ることのできるタイプで今の主流)じゃなくて、オートクラッチ(利き手の親指でスプールを押さえ、逆の手の親指でクラッチボタンを押す)。ただ、このクラッチも押さえる位置が違うというだけで、ギアケース内の構造は共通部分が多い。


 ヨーク(ピニオンギヤのホルダー)を押さえるスプリングを外す。


 ヨークを外す。


 小さい方のドラグワッシャー、ドライブギヤ、ラチェット、ストッパーを外す。


 ギアシャフトを固定してあるCリングを外し、ライトサイドプレートに固定してあるシャフトから引き抜く。

 ここも今のとは少し違う。

 今のリールはプレートからのシャフトが無いためギアシャフトの中心に穴がない。真鍮の棒から削りだした無垢なのだ。その根元を金属プレートで押さえて固定する方式を採用してある。


 両サイドのスプールベアリングを押さえているスプリングを外し、ベアリングを取り出す。ただのプラスチックの輪っかだった。これは近いうちボールベアリングに交換したいな。


 部品を無くさないよう、組んであった順番が分かるよう、もち吉の煎餅の缶に入れていく。


 クラッチの一部分は圧入されたピンで固定されているため、ライトサイドプレートから分離できない。


 分解はここまで。



 各パーツをパーツクリーナーや灯油で丁寧に洗浄し、古い油脂を完全に取り去る。




 ここからは注油しながら組んでいく。


 バラして気になったこと。

 長年の使用で、ストッパーについているラチェットを挟む金属の板の摩耗がかなり激しい。今の時点で問題ないものの、既に絶版となって久しいため部品を取り寄せることは不可能。多目にグリスして大切に使おう。それでもダメになったときはお金を出してもいい。クラシックな道具を復活させる店に相談しよう。


 ギヤ、ドラグワッシャー、ラチェット、ハンドルシャフト、クラッチ周り、レベルワインド周りにはグリスを塗布。

 スプールベアリングにはオイルを注す。

 組みあがり、ハンドルを回してみると…


 おぉ~!


 バラす前とは雲泥の差。

 軽~く回る。

 クラッチを切り、スプールを弾く。しばらく回って徐々に回転が落ちてゆき…止まった!

 ボールベアリングの回転のように滑らかではないが、かなりいい感じ。


 これ、メインで使えるんじゃね?使いたい!早速釣りに行こう!


 それくらい一気にテンションが上がるほどの復活具合だった。


 14ポンドナイロンを巻く。

 当時はギヤ比4.7:1でハイスピード。

 誇らしげにレフトサイドプレートに書いてある。

 糸を巻いていて気付く。

 大概遅いと思っていたリョウガ2020よりも時間がかかることに。

 早速昔感全開だ。

 とはいえ遅さが苦にならない。

 むしろ楽しい。


 空いていた6.6フィート、ミディアムアクションのサオにセット。

 ガイドに糸を通す。


 今は夏。

 どんなルアーでもイケるはず。

 何でもできるようにスナップを結びつけた。

 サオはバーサタイルなので、巻きも撃ちもできる。

 プラグとスピナベの一軍が入った箱を一つ。

 ワームはジグヘッドとオフセットフックにセットできるものを数種類。

 準備完了だ。

 いざフィールドへ!


 と、その前に。

 千尋と海と大気に自慢したくなったので、写真を撮ってすぐに送信。

 全員から「何そのリール?」とのリアクション。

 詳しいことを送信すると、千尋だけが「オレも行く」とのこと。行こうとしている場所をおしえ出発した。

 場所は中学の時、桃代と再会したポイント。

 今年もユキが蛇にビビりながら草を踏み倒して道を作った。




 釣り場に着き、ルアーをセット。

 まずは巻きから。

 信頼のワイルドハンチ、黒金だ。

 記念すべき第一投。

 スプールに右手親指を当て、クラッチを左手親指で切る。

 ココが古いリール

 ワンアクション多いのだ。

 でも、そんなに苦になる操作じゃない。


 バックスイングを取り…投げた。


 ヴ―――ン…


 カーボンベアリングが唸る。そして、


 ポチャ。


 問題ないくらいに飛んだ!というか、よく飛ぶ部類!


「おぉ~!」


 何これ!こんだけ飛んだら上等ばい!メインでも充分使えるやん!ボールベアリングへの交換はまだいいや。


 これが第一投目のユキの感想だった。


「飛ぶねー!ユキくん?どげ?」


 興味津々のご様子。


「なんかいー感じ!ハイスピードっち書いちゃーけど遅い。巻き用にいいね。普通にメインタックルで使えると思うよ。」


「マジで?ウチも買おっかなー。」


 マネしんぼさんが発動していた。


「買う?バラすときは手伝うよ。さっきので大体どげなもんか分かったし。」


「うん。明日にでも買いにいこ?まだもう何個かあったよね?」


「うん。」


 既に購入計画を進めている。



 釣りは続く。

 プラグの巻き心地は確認できたので次はワーム。

 スナップが着いているのでノーシンカーを試すことにする。

 ルアーはシュリンプの4インチ。

 沈む速度を調整するため、ハリのシャンクに3cmの板オモリを巻いてある。

 スナップにセットし投げる。


 カチ!


 ヴ―――ン…ポチャ。


 今のリールと変わらないくらい飛んだ。


 ツィ―――…


 ハンドルを回すとクラッチが戻る。

 1/4回転程回さないとクラッチが戻らないことに気付く。

 最初のシャクリ。


 ガクッ。


 ハンドルが僅かに逆転する。

 インフィニットストッパーじゃなく、目の大きいラチェット+摩擦を利用したストッパーなので、作動するのにタイムラグが出る。

 とはいえ気になるほどの不快感ではない。

 むしろ、オールドタックルを使用しているという実感に繋がって、なんかいい。



 と、ここで千尋合流。

 勿論菜桜もいる。

 海は子育て真っ只中、大気は有給を利用して澪のところに行っており不参加だ。


「古いリール、使い心地は?」


「なんかいーね。」


「ユキくん。ウチにも投げさして!」


「ほい。」


 桃代にわたす。

 千尋と喋っている間にキャスト。


「おぉ~。ちゃんと飛ぶ!マジでメインに使えるね。」


 楽しそうにキャストを繰り返す。

 菜桜が桃代の横についてマジマジとファントムを見ている。


「レトロやね。使いやすい?」


「うん。シャクッたらハンドルがガクガクするけど、あとはそんなに今のリールと変わらん。菜桜もしてん?ほら。」


「ん。」


 タックルを受け取り、


「クラッチがなんか違うんやね?」


「うん。左手使うよ。」


 そして、


 カチッ。


 ヴ―――ン…ポチャ。


「ホント。これしか持ってないでもいいっち感じやね。ウチも明日買おっかな。」


 いきなし気に入っていた。


「菜桜?そげいいん?」


 千尋が興味深そうに聞いてくる。


「なかなかいーよ。」


「千尋くんも投げてん?みんなでハマろ。」


 今度は千尋の番。


「ホントね。マジでメインに使えるやん。オレも買お。」


 ファントム軍団結成の瞬間だ!

 この少しあと、千春と美咲と渓が加入。

 さらに環も帰郷してこの軍団に加入することとなる。


 それにしても安価なオールドタックルは面白い。

 躊躇なくバラして整備する楽しみまであるのだから。



 結局この日は釣れなかった。

 魂を込めることができたのはそれから数日後の話。

 ファイトも問題なくできた。

 ドラグの性能は試すことができなかったが、ベイトリールに於いてよほどの大物か、細糸使用時でない限りフルロックで使用する。なので、スピニングみたいな滑らかな滑り出し云々はそんなに問題にはならない。全て満足いく性能だった。




 今、「ファントム」という名前はシーバス用のサオ(低グレード)と、メタルジグの名前に使用されている。



 できることならば、バス用のサオ&リールとして復活してもらいたいものである。

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