第52話 幼稚園

 桃代達が帰郷した翌年の春。

 

 有喜が幼稚園に入園した。

 ユキも桃代も、というか幼馴染全員が通った近所の町立幼稚園。

 

 我が子が自分たちの後輩になる。


 なんとも感慨深いものである。




 入園式当日。

 桃代は周囲への影響を考え、髪が捲れないよう厳重にピンで固定してユキと一緒に式に臨んだ。

 二人とも、保護者の中では最も若い部類。

 若いというだけでそれなりに注目されるのだが、特に桃代は傷痕を隠すと人気アイドル並みに可愛いため、余計に目立ってしまう。

 今現在、他の保護者達から視線を集めてしまっている。

 たまに話しかけられたりするものだから、頷いたりした拍子に傷痕が見えてしまわないかと冷や冷やしていた。

 保護者に見られるのは全然かまわない。むしろ知っておいてほしい。が、園児たちに見られると怯えさせてしまう可能性が高い。

 

 今後、起こり得るであろう傷痕についてのことを考えてみた。


 例えば。


 友達を連れてくる度隠さなくてはならないのでは?


 とか、


 後で偶然分かってしまい、虐められてしまうのでは?


 等々といった心配事が浮上する。




 自分に対して何か起こる分はいい。しかし、有喜がツラい思いをするのは哀し過ぎる。

 この時ばかりは傷痕を恨んだ。




 入園式は滞りなく終わった。

 その日の午後。

 帰ってからも悩んでしまっていた。

 自身に降りかかる問題としては対処できるのだが、余所の子供に与える影響を考えると話しは別である。

 関東にいた頃、保育園で何度か他の園児からビックリされ、泣かれてしまったことがあった。

 まだ小さい子供には顔の大きな傷痕が怖く見えてしまうのだ。そんな経験があるからこそ、余計神経質になってしまう。


 ユキに相談すると…。


「う~ん…難しい問題やもんね。他人が感じることやきなんとも言えんよね。いっとき様子見よ?まだ虐められたわけじゃないし。」


 確かにそうだ。

 まぁ、実際様子見しか方法が無いのだけど。


 有喜にはお母さんの顔のことで嫌がらせなどが起こるかもしれないと、しっかり伝えておいた。

 すると、


「分かった!」


 元気よく返事する。

 別に気にも留めていない様子。

 祈るような気持ちで毎日を過ごす。


 幼稚園には喜んで行っている。

 毎日のように新しいお友達の名前を聞くようになり、その日の楽しかった出来事を話してくれる。

 人間関係は上手くいっているようだ。




 入園時のゴタゴタも落ち着き、連休も終わった土曜日の午前中。

 ついに想定していた幾つかの事象のうちの一つが起きてしまうことになる。

 突如、勝手口のドアが開き、


「お母さん!友達連れてきた!お部屋で遊んでいい?」


 有喜の声がしたので、別の部屋でくつろいでいた桃代は即座に髪を纏めていたゴムを外す。

 部屋から顔を出し、勝手口の方を見ると3人の男の子がドアの外で待っている。


「いーよ。あんまし散らかさんごとね。」


「は~い。上がり?」


 家に上がらせる。

 すぐに笑い声。


 あまり暴れまわってないところを見ると、ゲームか何かしているのかな?


 昼になり、


「焼飯しよーと思いよーけど、お昼ご飯食べていかんね?」


 友達に聞いてみると


「「「うん!」」」


 元気な返事。

 なかなか微笑ましい。


 早速用意する。

 ご飯を作る時、下ろした髪は邪魔になるから後ろで一纏めにする。

 調理も終わり、できあがったモノをお盆に乗せて持っていく。

 いつも通り後ろで髪を纏めたまま。


「は~い、できたよー。おかわりもあるきね~。いっぱい食べりーよ?」


 そう言いながら部屋に入ると、桃代の顔を見るなり固まった。中には泣きそうになっている者もいる。

 一瞬何のことか分からなかった。

 が、目線を追って…。


 しまった!


 気付いたときには遅かった。

 3人とも完全に怯えきっていた。言葉すら出なくなってしまっている。

 有喜はこの時、先日言われたお母さんの言葉の意味を知る。

 もう遅いが、これ以上怯えさせないためにも、


「あ!ごめんごめん。怖かったね。ほら!こげしたら怖くないやろ?」


 桃代は焦りながらもできるだけ優しく、明るく、笑顔で語りかけ、纏めたゴムを外し、傷を見えなくすると…ほんの少しだけ怯えの色が薄くなる。


 今まで散々こんな目に遭っている。だから、このような事態に陥った時、即座に安心させる術を身につけているのだ。

 まだまだ硬い雰囲気を和らげるべく会話する。


 幼稚園での話を聞くことにした。

 お遊戯のコト。

 お絵かきのコト。

 粘土遊びのコト。

 お友達のコト。

 話していくうちに、声のトーンや持っている雰囲気で桃代が優しい人間ということが分かってきだす。すると緊張もほぐれ、最初来た時とほとんど変わらない状態になっていた。

 そして聞いてくる。


「おばちゃん、顔どげしたん?」


「これはね、おばちゃんが赤ちゃん時、事故で燃えたん。でも、おばちゃん、赤ちゃんやったき分からんと。」


 ありのままを離す。


「ふーん。痛い?」


 人差し指で火傷の痕を触ってくる。


「痛くないよ。」


 微笑むと安心がさらに伝わっていく。

 3人とも完全に和らいだ表情になった。



 お友達が帰って思う。


 今日みたいに直で話すことができれば怖い気持ちを和らげてあげることができる。しかし、話せない場合どうなるのだろう?


 理不尽に傷つけられることもあるだろう有喜に対して申し訳ない気がしてきだす。


 やっぱり隠すべきじゃないのか?

 最初から曝しておくべきなのか?


 結論は出なかった。




 しばらくして幼稚園にもだいぶ馴染んだ頃、恐れていたことが起こる。

 有喜と一緒に買い物に行った時、あまり関わりのない同じクラスの子に見られ、幼稚園でからかわれたらしい。

 帰ってきた途端、


「今日、『お前のお母さんバケモノ』っちゆわれた。」


 悲しげに報告する。

 内心、「ついに来たか」と思った。

 その表情から、大説明したことが手に取るように分かってしまう。

 どう対処したか聞いてみる。


「ホントね。んで、ユーキは何ちゆったと?」


「ん?お母さんが小さいときケガしたっちゆった。」


 さらにもう少し詳しく話を聞くと、やっぱり桃代におしえてもらった、赤ちゃん時代のことを事細かに説明していた。

 どうやらそれで納得してもらったみたい。

 そんなコトができるのか!と感心する。と同時に、その場をやり過ごすだけの生返事で、またあとから何かされたりするんじゃないか、と心配にもなってくる。

 最悪の場合、連絡帳にそのことを書いて、親同士の話し合いに持っていくことはできる。しかし、そのことにより有喜の築いた人間関係に変化をもたらすのは気が引ける。ホントにどうしようもないときの最終手段に取っておきたい。 


 もどかしい。

 実際に起こっても、結局はこんなふうな対処療法しかできない。

 だが、その子はホントに納得してくれたらしく、それ以上は何も言ってこなかった。

 そのやり取りを見ていた子達も思うところがあったらしく、有喜のお母さんについて、悪口を言うものはなくなった。

 有喜の完全勝利だ。

 心底安心できた。


 有喜は特別口がウマいというわけではない。ただ、一生懸命に物事を伝えようとする。

 桃代とユキが結婚に踏み切るきっかけを作ったのがいい例だ。だから、その一生懸命が、絶対ではないだろうけど他人の心を動かすことができるようだ。


 そんな一生懸命さはユキに似たのかな?


 それにしても…やるな!有喜!流石我が子だ!!



 こうして平和な幼稚園生活を築き上げたのだった。

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