第2話① 再会…桃代の場合(あっちでの話)

「桃…ちょっとおいで。」


 夕方、いつものようにテレビを見ながらお風呂の順番を待っていると、お母さんから呼ばれる。

 普段とは違う真剣な表情。

 とてつもなく嫌な予感がする。


「あのね…」


 言葉がすぐに出てこない。目線を逸らされた。

 何か考えている雰囲気。

 再び目線を合わされ、


「えっと…お仕事の都合で引越しせないかんごとなった。」

 訳:しなくちゃならなくなった

 

 一瞬、意味が分からなかった。と言うよりも、分かりたくなかった。

 

 引続き、詳しい話しを聞かされる。しかし、ショックで内容が頭に入ってこない。

 辛うじて理解できたこと。


 それは…


 とても遠いところに行かなければならない、ということ。

 しばらくは帰ってこれない、ということ。


 そして。


 みんなとはお別れ、ということだった。


 イヤばい!そげなん寂しすぎるっちゃ!絶対に行きたくない!

 

「そのうち戻ってこれるき!約束するき!ごめんけど…いっとき我慢して!ね?」


 必死に手を合わされ、頭を下げられ、これ以上ないくらい申し訳なさげにお願いされてしまう。

 こんな表情のお母さん、多分生まれて初めて見る。

 どうしたらいいのか分からなくなって、涙が溢れてきた。

 しばらく泣いた後、

 

「…わかった…戻れるんなら我慢する。」

 

 究極に受け入れたくないけど、仕方なしに受け入れた。

 

 小学3年生ももうすぐ終わる、ある日の出来事。

 

 

 

 引越ししたくない一番の理由。


 それは…


 大好きな人がいるから。

 

 その人の名前は小路有機くん。

 お隣さんで同い年の幼馴染。

 有機と書いてユキと読む。

 有機とは、炭化水素的な意味の他に「生命が宿る」という意味があるらしい。

 あと、冷たく感情のない人のことを「無機質」と表現するが、有機はその逆。

 温かな人、感情が豊かで人間味がある人。

 そうであってほしいという親の願いが込められているのだそうだ。

 遊んでいるとき自分の名前の由来の話になり、本人から直接聞いた。

 子どもながらに素敵かも、と思った。

 

 何故大好きなのかというと。

 とにかく残念過ぎる自分を親身になってフォローしてくれるから。

 自分は調子に乗ってはしゃぎ過ぎる癖がある。こっちの言葉で言うところの「トンピン」がそのまま当てはまる。

 コケたり落ちたりしてよくケガをする。ウケを狙ってやりかぶり、恥ずかしい思いをすることも多い。頻度は幼馴染の女の子の中じゃ圧倒的一等賞。

 やらかした時、真っ先に動いて助けてくれる。その姿は不器用だけど、ひたすらに一生懸命。

 それがたまらなく嬉しかったりする。

 

 だき、でったん好き!

 

 ただ、ちょっと気になるのは、この「一生懸命」が自分だけに向けられてないこと。特に、幼馴染に対してはその傾向が強い。


 そげなことしたら、他の女の子もユキくんのこと好きになってしまうやん!それはでったんイヤ!ウチだけのユキくんであってほしい!

 んで、ユキくんもウチのこと好きやったら…でったん嬉しいのにな。

 



 関東に引っ越し。

 転校初日から友達ができた。

 仲良くする方法が自分なりにわかってきたから、人間関係は割とうまくいっていた。

 おかげで、何度か告られたりもした。

 ユキくんがいるし、故郷に帰る気満々だったから、申し訳ないが全部断った。

 

 そんな中、バス釣りに出会う。

 親たちは昔からやっていたと聞く。だから、やったことはあった。楽しいとも感じたのだが、タックルを持ってなかったし、近所の川や池にはいないせいもあり、釣りたいときに釣られない。だから、とても身近な釣りとは思えなかった。

 本格的に興味を持ったのは、いちばんの仲良しに誘われたことと、テレビのロケに遭遇したこと。

 プロが間近で釣ったのを見て純粋にカッコイイと思った。

 このことがきっかけとなり、仲良しと一緒にのめり込んでいく。

 普通なら、ぼちぼち本格的にオシャレに目覚め、興味を持ち始める年頃だが、顔の大きな傷痕のせいでどうしても躊躇してしまう。だから、お小遣いはオシャレに使わず、全部釣具につぎ込んだ。いきなりベイトリールを買って、バックラッシュに悩んだ。糸をいっぱいパーにした。

 

 バスの居る川が近かったので毎日のように通う。ここは例のロケ現場でもある。

 バックラッシュも少なくなって、なんとか様になってきたある日。

 クランクベイトを巻いていると、サオに突然衝撃を感じた。

 すぐに魚だと分かった。

 夢中でリールを巻く。

 ファイトすること数十秒。

 上がってきたのは30㎝ぐらいのバス。

 誰の助けもなく、一人で釣ったことに只々感動した。

 これまではただ投げて巻くだけで楽しかった。今でもそれは変わらないけれど、一度釣れるとどうにかしてまた魚に会いたいという欲が湧いてくる。釣り方や、ルアーの種類にもこだわるようになった。こだわりだしてからは魚に会える回数も爆発的に増えた。


 ケータイを買ってもらってからは、幼馴染である菜桜と千春とメールのやり取り。

 ある日、「前の川でバス釣れるよ!」とおしえてもらう。

 続けて、「お前の愛するユキもしよるよ。」とのこと。

 吹きだしそうになった。顔が熱を帯びてくるのが分かる。

 どうやらウチの気持ち、誤魔化せてなかったみたい。

 …恥ずかしい。

 

 その話を聞いた日から帰郷したいという気持ちが一層強くなる。


 早く帰ってみんなと一緒に釣りしたい!

 

 

 

 悲しい別れから5年。

 中二の一学期の期末考査も無事終わり、あとは夏休みを待つだけ!といったそんなある日。

 待ちに待ったその時が来た!

 お母さんが帰ってくるなり、

 

「元の部署に異動が決まった!帰れるよ!二学期からは向こうの学校!」

 

 嬉しそうな声でおしえてくれる。

 その言葉を聞いたとき、涙が出そうになった。

 

 やっとみんなに会える!

 そして…

 ユキくんに会える!

 

 余程、嬉しい顔をしていたのだろう。お母さんが、ニコッと笑って「よかったね!」と言ってくれた。

 

 引越しは8月下旬という事になった。

 まずは、その場でメール。

 特に仲のいい友達数人にそのことをおしえると、思っていたよりもショックが大きかったみたい。

 次の日学校に行くと、いきなしその話題。中には涙ぐむ友達もいた。

 そんなふうに思ってくれる友達を持てて幸せだと思う。

 これからもずっと大切にせんとね!


 そして終業式。

 前に出てお別れの挨拶をした。

 その日の学校帰り、通い慣れた通学路で最後の帰り食いをした。

 親しんだ街並みが急によそよそしくなった気がした。

 

 夏休みに入ってからはホントよく遊んだ。

 海に行った。

 遊園地にも行った。

 夏祭りに花火大会。

 買い物しに街にも出た。

 楽しかった。

 思い残すことはないと言えばウソになるが、いい思い出がたくさんできた。

 

 外出しないときは、引っ越し準備。

 お母さんが仕事に行っている間、友達を呼んで梱包を手伝ってもらう。 

 初めて買ったサオとベイトリール。

 この仕掛けで初バスゲット。

 中古だがまだまだメインとしても使える。

 新しく買ったリールと長めのサオは今のお気に入り。

 百戦錬磨のルアー達が入ったタックルボックスが数箱。

 洋服関係は、年頃の女の子にしてはかなり少ないと思う。可愛い服とか嫌いな訳じゃないんだけど、顔にコンプレックスがあるため、どうしてもオシャレから逃げてしまう。なんか、着ちゃいけない気がして躊躇してしまうのだ。

 これがその結果。

 おかげで、すぐに片付いた。

 1週間足らずで、最後の日まで必要なものだけ残して全部片付いた。

 荷物を送ると部屋がガランとなり、しみじみとした気分になる。

 

 帰郷前日。

 最後の思い出作りのため、昼間は街でブラブラ。

 人が多く集まるところに行くときは、傷痕が見えないように髪をおろし、ヘアピンでガッチリととめる。

 暑いし、視界が悪いのでやりたくはないのだが、周囲の反応が気になるからしょうがない。


 だって、これでもイチオー女の子ですから!


 なんとなく街を歩いていると、スカウトに遭う。

 相手は傷痕のことなど知らないから仕方ないけど、これでもお年頃の女の子だ。真実を知られてガッカリされたり謝られたりするとマジで凹む。こんなことに時間を取られたくないという気持ちもあって、すぐに傷痕のことバラす。すると、いつもの如く、ものすごく謝られて去って行った。この5年間でそんなことが何回もあった。


 しかし、関東最終日にスカウトとは…ウチ、「もってる女」やな。


 思わず苦笑した。

 

 

 夕方から仲良し数名でお別れパーティー。

 フライドチキンとかピザとかジュースとかお菓子を買って、お母さんが料理してくれて、駄弁りながら最後の夜。

 そろそろおひらき、というタイミングで友達の一人がプレゼントを出してくる。

 袋から出してみると、いろんなタイプのルアーだった。

 パッケージを見てみると、すべてに寄せ書きが!

 でったん嬉しい!

 涙が出た。

 このルアー達は使わないで大切にしまっておこう。ウチの宝物だ。

 

 次の日、出発時刻近く。

 数人の友達が、新幹線のホームまで見送りに来てくれていた。

 予期せぬ出来事にビックリして、感動のあまり涙ぐむ。

 他のお客さんの邪魔にならないように写真を撮りまくる。

 話も尽きないが、ボチボチ発車の時刻。

 お互い近くに来たときは必ず連絡する!という約束を交わしたときベルが鳴る。

 一生の別れじゃないんだから、最後ぐらい笑顔で…できるはずもなく泣いてしまう。

 ドアが閉まり、手を振る。

 走り出し、見えなくなった。

 

 関東の生活が終わった瞬間。

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