第5話 二年生

 二年生に進級しクラス替えがあった。

 

 幼馴染男子で同じクラスになれたのはユキと千尋。海と大気はまたもや別のクラス。

 3クラスしかないのに分けるなよ!と思う。クラスが別れると平日の釣りの予定が非常に合わせにくい。


 只今授業の合間の10分休み。

 千尋とユキは今日帰ってから行く釣り場について検討中。

 色々と煮詰まって決めかねていたその時。

 

「なん?自分ら釣りするん?」

 

 意外なクラスメイトが声をかけてきた。

 その声の主は下口朗。ワルソだ。 

 校内ではトップクラスというか、おそらくトップであろうワルソの朗。

 ユキ達もそういった人たちは見慣れているのでビビりはしないが、思いもしない人物だったため一瞬固まった。

 しかし、すぐさま気を取り直し、

 

「するばい。なんで?」


 答えると、

 

「オレも釣り好いちょーっちゃ。」


 だそうで。 

 田舎では娯楽が少ないため真面目もワルソも釣りする人間が多い。だから、ワルソがこんなことを言ってくるのもそこまで珍しいことではなかったりする。

 

「へ~。そぉなんて。」


「場所決まらんの?炭鉱の方っち行ったことある?」


「いや、ないね。」


「そっちの方で釣れる池、オレ知っちょーばい。」

 

「マジ?」

 

「池っちゆーか陥落なんやけど、学校終わって一緒行かん?」

 

 陥落とは石炭を掘った後、地盤沈下したところに水が溜まった池状のものを言う。

 

「いーばい!」

 

 放課後の予定が決まった。

 詳細を聞いて持っていくものを決める。


「ルアー、何使うん?」


「そーねえ…オレはワームもプラグも使うよ。」


「どっちもかぁ…深い?」


「ディープクランクで底叩くぐらい。」


「根掛かりは?」


「たま~に。」


「どげな釣りが効果的?」


「アシ際にノーシンカーとかテキサス落とすの結構効く。あとはー…やっぱアシ際にクランクやらスピナベ通す。」


「なんにしてもアシ際がキーワードなんやね。」


「そーそー。アシの中に入っちょーごたー。」

 訳:アシの中に入っているみたい


 そんな会話をしていると、幼馴染女子チーム(菜桜、千春、渓)が話を聞きつけ寄ってくる。


「なん?今日、帰って釣り?」


「うん。一緒行く?新しい場所ばい。」


「今日は帰りがけお菓子買って駄弁ることにしちょーっちゃ。初めてのとこやろ?よーと釣り方調べてきちょって!次は行くき。」


「了解!」


 朗が不思議な顔でこっちを見ている。


「自分ら、女子と仲いいんやな。」


「幼馴染やきね。今のみんな親も幼馴染。だき、ちっこい時から知っちょーっちゃ。ホントはあと一人おるっちゃけど、東京行ってしもーて…もう会えんか知れん。」


 ユキが僅かに寂しそうな顔をして遠くを見つめる。


「女?」


「うん。」


「好いちょん?」


「…どぉかな?」


 正解だったが照れが出て誤魔化した。

 ちょうどその時休み時間終了のチャイムが鳴った。




 放課後、千尋とユキはチャリで朗との待ち合わせ場所に行く。

 到着するとほぼ同時にやかましい原チャの音。ノーヘルで咥えタバコ、ド派手な刺繍の入ったジャージに身を包み、朗登場。

 合流していざ目的地へ。

 炭鉱住宅が密集している地域を抜けた先。

 一気に視界が開ける。


「へ~。こげなとこに釣れる場所あったんやね。」


「そーなんよ。」


 かなりの規模の陥落。

 遥か彼方、反対岸の風景には見覚えがあった。位置的にもどうやら知っている陥落とつながっているっぽい感じがする。

 朗に聞いてみると


「あ~。雷魚池はあっこ。あの岬ぐるーっと回ってもーチョイ行ったらあの辺が水路でつながっちょー。」


 やはりそうだった。まさかあの雷魚池にまだ奥があったとは。

 それにしてもいー感じだ。岸が所々アシで覆われていて、沖の方にはアシが群生した島みたいなのが幾つもある。


「あっ!ボイルしよーやん。」


 ボイルとは肉食魚がエサを追っている現象。天敵に追われた小魚と追っている魚が水面を割って飛び跳ねる現象をいう。


「トップで出そうやね!」


「あ~。今日は出るかもね。」


 各々、よさげな場所に入り投げ始める。

 すぐに、


「食った!」


 ヒットを告げる声。

 朗だ。

 流石、ここの場所ではベテラン。慣れていらっしゃる。しかもやり取りが上手い。

 上がってきたのは30cmぐらいのバス。


「やるぅ!なんで釣った?」


「クランク。さっきボイルしよったのじゃないやか?」


「やっぱアシ際?」


「うん。あっこらへん。」


 指さす先を見ると、アシの切れ目。

 なるほど。いかにもな場所だ。


「なるほどね。」


「オレもガンバろ!」


 テンションが上がる。


 ユキはバックスライド系。4インチシュリンプノーマルセッティング。浅いのでノーシンカーだ。

 やっぱしアシ際。数投目で糸が走る。


「よっしゃ!」


 程よく抵抗しながら上がってくる。

 またもや30cmぐらいの魚。

 どうやらここのアベレージサイズみたい。


 千尋はトップウォーターをチョイス。

 ペンシルベイト。ラッキークラフトのサミーを使っている。

 ドッグウォーク(左右にルアーを振らせる)させていると、


 バシャッ!


 水柱でルアーが吹っ飛ばされ、食い損ねる


「出た!え~くそ!下手っぴ!」


 気を取り直して、その場で更に動かす。


 バシャッ!


 追い食いしてきた。かなり活性が高いようだ。

 視認できていたルアーが水面から消え、糸が走るのを確認し、アワセる。

 今度はノッた。

 エラ洗いして派手に暴れる。

 上がってきたのはやはり同サイズ。

 カタはどうであれ、釣れるとやはり嬉しい。


 テレビを見ていると、小さい魚を喜ばないプロがいるが、見ていていい気がしない。おそらくカッコつけなんだろうけど、素直に喜べばいいのに、と、いつも思う。


 それはいいとして。


 暗くなってきたので帰る準備をする。

 この日はボッコボコに釣れた。放課後数時間で全員二桁なんてなかなか経験できないことだ。いっぱい釣れたため、両手の親指が歯で擦れてザリザリになった。この傷は、バス釣りする人の勲章だ。酷ければ酷いほど他のバス釣り人に自慢できる。

 この日一番釣ったのは朗。流石にこの場所ではベテランだ。プラグのローテーションからワームのローテーション。見破る前に次々とルアーを変えて30匹近く釣っていた。やり取りも上手いけどルアー交換のタイミングも超絶ウマかった。今後参考させてもらおうと決めたユキと千尋だった。



 帰り道。


「ここ、いっつもこげ釣れるん?」


「ん~。どうかね?オレもここ最近、こげ爆釣したことはないかな?」


「次来てもここまで釣れるとは限らんっちゃろ?」


「そーなんよ。オレもフツーは今日ぐらいの時間やって、いーとこ3~5本っち感じやもんね。」


「は~…それでもそげ釣れるって!」


「ここ、ポテンシャル高いんやね。」


「うん。大事にせないかん。」


「そやね。んじゃ、あいつらにはおしえんがいい?」


「オレの池やないき、それは自分らに任せるよ。」


「そっか。今日はありがとね!」


「うん。また行こうや。」


「うん。」


 今日はホントに楽しかった。

 「釣り」という趣味で、普通なら関わるはずのない人と友達になれた。

 嬉しいと思える瞬間だ。




 次の日。


「ユキ~。昨日、どげんやった?」


 菜桜が聞いてくる。


「ボッコボコに釣れた!すげかったばい!こー。見てん!」


 親指を見せる。


「うわっ!すげぇね。今日、行ってみらん?」


「いーね。でも、いっつもそれだけ釣れるとは限らんらしいばい。」


「いーくさ。」


「何人で来る?」


「う~ん…わからん。」


 話を聞いて既にやる気満々の菜桜。


 後で朗を誘ったら「今日はオレいいよ。幼馴染連れてって楽しんでき。」と気を利かせて参加しなかった。


 そして、放課後。

 用意して釣り場へ。

 男はユキと千尋。女子は菜桜だけ。

 他は委員会で遅くなるから来れないとのこと。


 到着しルアーをチョイス。

 菜桜はスピナーベイトが好きなのでハイピッチャーを選んだ。カラーはナチュラル。

 初めての場所なので、是非とも楽しんでいただきたい。ポイントも一番に選ばせる。

 投げ続けること20分。

 昨日は数投目に釣れたのだが…今日はアタリが遠い。


「う~ん…釣れんね。釣れそうな場所なんにね。」


「なんか条件違うちゃろーね。」


「ルアー変えてみよ。一気にスローダウン。ノーシンカー。4インチセンコー!」


 スナップを使っているためルアーの交換も早い。


「いいかもね。」


「そやろ?」


 すぐにアシの際を狙う。


 ツ―――…フワッ。


 着底し、糸がフケたらもう一度浮き上がらせる。


 ツ―――…


 プンッ!


 サオに振動が伝わる。


「食った!」


 一呼吸おいて大きめにアワセると、重さが乗る。


「ノッた!こっちやったかぁ。」


 強引にリールを巻くと、派手に暴れながらも寄ってくる。

 30cmぐらいのアベレージサイズ。

 抜き上げる。


「おぉ~!いーね!」


 この日は早い動きを嫌うみたい。

 閃きで出した一本。

 大きさよりも何よりも、その判断ですぐに結果が出たことが嬉しい。

 とりあえず記念撮影し、そっと逃がす。


 再びキャスティング。

 数投後にはまたヒット。

 そしてまた。

 どうやらパターンにハマったっぽい。


 バスは時として、機械みたいにシビアな選択をすることがある。

 例えばそれは種類だったり、色だったり、大きさだったり、動きだったり。

 そして、そのお気に入りの条件を見つけ出すことによって連続で釣れることがある。

 これを「パターン」と呼ぶ。


「あんましおっきくはないけど、こげな感じで釣れ続けたら楽しいよね。」


「それっちゃ。」


「贅沢は言われん!こっちは楽しませてもらいよっちゃき。」


「それにしてもいい感じ。」


「うん!」


 おしえてもらった釣り場。

 結局、短時間で5本釣れた。

 菜桜が楽しんでくれたから連れてきた甲斐があった。

 朗には感謝だ。




 あれから朗とはちょくちょく一緒に行く。

 互いにスタイルが違うのでとても参考になる。

 ところで釣りに行かない日はいつも何をしているのだろう?

 とても気になる。

 というのも学校で見ない日が結構あるからだ。

 ワルソなのであんまし無茶はしてほしくない。ケンカとかバイクとか薬物とか、悪い噂をしょっちゅう聞く。どれも命に係わることばかりなので、できれば今すぐにでも足を洗ってほしいと思っている。

 せっかく釣りがキッカケでできた友達なのに、欠けるのは悲し過ぎるから。


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