第29話② お買いもの(ユキの場合)

 次の週末。

 休みの前日、菜桜は「桃代の服を買うから似合うかどうか見てやってほしい」と、幼馴染男チーム全員に頼んでいた。

 が、来れるのはユキだけ。

 千尋と大気と海は、家の用事でどこか行くらしくて参加できないとのこと。

 普段あまりこういった用事で誘われることのないユキは喜びまくり。

 釣り以外でみんなとウロウロするのがなんとも楽しそうだからだ。


 菜桜の部屋にて。

 菜桜は私服姿のユキをイメージしていた。

 普段の小汚いカッコしか思い浮かばない。


「ユキ、小汚いカッコしか見たことないっちゃけど。今日もあのカッコでくるっちゃない?」


 と言うと、そこにいた全員が揃って頷く。

 連れてまわったら100%恥ずかしい思いをさせられる。

 気にし出したら居ても立ってもいられなくなり、ちゃんとしたものを着せるため、ユキの家に押しかけた。


「ユキ~?用意できた~?」


「うん。いつでも行けるばい。」


 嫌な予感が的中する。

 張り切って部屋から出てきたユキは、案の定小汚いカッコ。

 ヨレヨレになったシャツに短パンを穿いただけだったため、


「ちょっと待て!」


 全力で止められた。


「ん?なん?」


「お前、そのカッコで行くつもり?そげなカッコされたら一緒におるウチらが恥かしいわい!」


「そぉなん?じゃ、どげすりゃいー?」


 ものすごく素直だ。


「服、どげなん持っちょーか見せれ!」


「うん。じゃ、上がり。」


 今まで着たことのない服がタンスの中に眠っていることを期待する。のだが…

 タンスの中を見るものの、桃代よりさらに少ない。

 ジーンズすら持っていなかった。

 あるのはスウェットとジャージが何種類かと防寒着。

 短パン、ハーパンが何着かある。

 あとはTシャツが何枚かとパンツ。


 これでどうしろと?


 完全に余所行きなど考えていない私服のバリエーション。

 桃代をどうこうする以前の問題だった。

 行く前から既に躓いている。


「困った…お前、ホントに何も服持たんのやの。」


 菜桜の表情が暗い。


「正解!」


 得意げにサムズアップ。

 終わった。




 無いものはしょうがない。

 連れて歩く恥ずかしさを精一杯我慢することにした。


 最悪、他人のフリを決め込もう。


 そう思った。

 何というか…「ダサい」以外に当てはまる言葉が見つからない。

 年頃の、標準的な感覚を持つ男子高校生とは全くかけ離れていた。


 そうだ…ユキも自分の評価が低かった。


 結局、最初に見た全力で止めたカッコがいちばんマシとか…。

 その服を着て行くことになった。




 家を出るとき事情を聴いたユキ母から、


「ごめんね、菜桜ちゃん。コイツ、服持たんき困ったっちゃろ?服に興味ないくせに、買ってやったら『好かん』とかゆーて着やがらんき、全部人にやってしもーたもんね。恥ずかしいなら連れて行かん方がいーばい。」


 頼まれた。親からも完全に諦められていた。


「とりあえず連れて行くごとしちょったし。本人行く気満々やき…。」


 額を押さえ、深刻な顔でこたえる菜桜。


「はよいこーや!」


 ユキはものすごくノリノリだ。


「は~~~…。」


 幼馴染達は大きくため息をついた。




 いざ出発する段になり、ユキの足元を見ると、劣化した茶色の便所サンダル。


「おい!お前それで行くつもり?」


「へ?なんで?おかしい?」


「は~~~。」


 心の底からため息が漏れた。

 ダメだ。

 それがおかしいということさえ分かっていなかった。

 重症だ。

 菜桜は、


「おばちゃん…靴は?」


 無いと分かっていても、とりあえずユキの母親に聞いてみる。


「この頃買ってないき、学校の革靴しか無いね。納屋に行ったら畑に行く作業靴が何足かあるはず。」


「ユキの靴が無いのっち…」


「そ。服と一緒。」


 服装に関してユキは親から完全に見捨てられていた。


 この男だきゃ…


「ユキ?納屋に靴取りいこ?」


「え?この暑いのに靴やら履かないかんの?」


 あまりにもあまりな質問。

 発狂しそうになる。


「お前はいーかもしれんけど、連れてまわる者の身にもなれ!どんだけ恥ずかしいか。」


「このカッコっち恥ずかしいん?」


 素で分かっていない。


「うん。連れてまわりたむない。」


 美咲が顔をしかめる。


「そこまで?」


 本気で驚いていた。

 その顔を見て、


「もぉいーよ…好きにし。」


 完全に心が折れた菜桜。

 変な目で見られたら他人のフリしよう。

 固く心に誓った。




 桃代を呼びに行く。

 既に疲れている。


「桃~。」


「は~い。」


 すぐに出てきた。

 先週末とあまり変わらないカッコ。


「遅かったね。」


 ユキが酷過ぎるだけに、桃代が100億倍まともに見える。


「うん。ユキに手こずった。服、何も持ってなかった。いっつも見るあれで全部やった。おばちゃん完全に諦めちょんなった。」


「ユキくん、服無いもんね。」


「お前からなんかゆーてやれ。もしかしたら聞くかもしれんし。」


「じゃ、今日どげかしてみよーや?」


「実はおばちゃんから金預かっちょー。」


 別のモノに使わないよう、菜桜にお金を預けていた。

 幼馴染ならなんとかできるかも、と思った母親はなかなかいい判断だと思う。


「そっか。なら、カッコイイの選ばんとね!」


「それはいいけど、お前、今日はちゃんと女パンツ穿いてきたか?」


「勿論!」


 自信満々に答える。


「じゃ行くぞ。」


 行く前から帰りたくなった菜桜だった。




 涼とミクと舞は現地集合。


「ユキ…」


「小路、ダサ!」


「………。」


 一目見て三人からも呆れられた。




 とりあえず先週盛り上がった店に行き、目を付けておいた品があるか確認する。

 全部あるようだ。

 まずは菜桜が選んだミニスカート。

 着替えさせた。


「ユキ、どげ?」


 それを見て、


「いーね!捲りやすそう!短いき、穿いたままセックスされるね!」


 違うポイントで大喜びのユキ。

 聞くんじゃなかった。

 早速頭が痛くなる。

 

 ダメだ!コイツ全く役に立たん!


 センス以前の問題だ。


「いや、そーやないで!お前から見て、これ穿いた桃が可愛いかどうか。」


「うん!いーよ!」


 即答したものの、なんか捉えているニュアンスが求めているヤツと違う。絶対違う。


 多分コイツ、何着せても「いーね」しか言わん。


 それ以降、ユキに意見を聞くのを一切諦めた。


 何のために連れてきたんやろ…意味ねぇ~。


 結局桃代の分は女子チームで強引に決め、無理矢理買わせた。




 そして。

 朝、新たに浮上した本日の課題。

「ユキをどうするか」だ。

 ハッキリ言って超難問である。


 男物の店に移動する。

 とりあえずジーンズなら無難なカッコになると思い、ウエストのサイズを聞き、よさげなヤツを試着させる。

 桃代とは違い、素直に応じる。


「穿いたばい。」


 得意げに、勢いよくカーテンを開けたユキ。

 驚愕する幼馴染達。

 店員さんもビックリしている。

 何とゆーことでしょー!

 ジーンズが全く似合わない!


「なんで?普通、どげな人間でもある程度は様になるよね?」


「そげおかしい?」


「うん。全く似合っちょらん。ちゆーか、でったんおかしい。違和感しかないばい。これは無い!っち感じ。」


「お前、ジーンズ似合わんげな…ある意味すごいね。」


 この時点で既に心が折れかけている。

 試着させようと思って持ってきていた全てのジーンズは、そのまま何もせず元の棚に戻した。

 無難なところから攻めたつもりが立ち直れない程叩きのめされた。

 …困った。


 ジーンズを一つも持っていないユキ。


 実は、似合わないコトが分かっていた?


 となると、ある意味鋭い感性の持ち主?

 そんな考えが湧いてきた。


「自分で選んでみる?」


 任務を放棄しそうになる。


「いや。無理無理。オレ、服、全く興味ないき選んでもらわんと何も分からん。」


「そーよねぇ。困った…どげんしよ?何選んでも似合う気がせんっちゃけど。」


「うん。桃、選んでやり?」


「え~!ウチ、センス無いき、服やら選びきらんよ?」


「そぉよね。じゃ、店員さんに聞いてみよ?」


 プロの目を頼ることにした。


「すいません。コイツに似合う服、選んでもらえないでしょうか?」


「はい。じゃ…」


 ユキを見た途端、言葉が詰まり、目が泳いだ。

 ダメだと直感する。

 でも流石にプロ。

 とりあえず、何種類か無難と思われるモノを持ってきた。

 試着するユキ。


「どげ?」


 店員さんが「え~!」っという顔になる。

 幼馴染は、


「似合わんね。」


「全くやね。」


「むしろおかしい。」


「服単品はオシャレなのに、ユキが着たら全くそうは見えん。」


「ズボン長いのに短パン姿と同じ香りがする。」


 一体どういうことなのだろう?

 ユキには服が一切似合わない。


「誠に申し訳ありません。私じゃ力になれる気がしません。」


 店員さんが投げた!

 そこまでか!

 自分たちは店員さん以上のことをしようとしているのか?




 意地になる幼馴染達。


「別の店に行ってみよう!」


「そやね。」


 内心、


 どこに行っても無駄だ!


 そんな気がしている。

 視点を変えてみることにした。


「よし!消去法で行こう。どげな服が好かん?」


「そやねぇ…窮屈いの。素肌に引っ付くげなんとはイヤ。上も下もゆったりしたのがいい。」


 一般の若者が好んで着いているスリムなジーンズや、ピチッとしたシャツなんかが選択肢から消える。

 しょうがないのでリクエストに合うものを探すことにするが、需要があまり無いため極端に品数が少ない。


「無いやん…」


「桃の方がよっぽど楽やった。」


 そう。

 桃代は恥ずかしくて着れないだけで、何を着せてもよく似合った。だから、似合うと思った服は強引に買わせるだけでよかったのだ。

 おかげで任務は無事終了した。


 それに引き替えユキはどうだ?

 用意したものは嫌がらずに着るが、ことごとく似合わない。

 似合わないならまだいいが、超絶おかしい。

 100人が100人、口を揃えて「おかしい」というレベルなのだ。

 試しにマネキンが着ている一式、同じものを持ってきて着せてみた。

 恐らく今流行っているカッコなはずだ。

 でも…なのである。

 マネキンが着ているときは確かにカッコイイ。

 しかし、ユキが着ると…無いのだ。

 着るだけで「これは無い」感が漂ってくる。

 マジで不思議だ。

 今日着た服の中で「これならなんとか我慢できる」というレベルのモノさえ未だ何一つ見つかってない。

 ここまで難しいとは正直思ってもみなかった。


 服が着られることを拒絶している?


 そんな気にさえなってくる。


「どげしよっか?」


「困ったよね。」


 あてもなく、というか、あてはあるけど途方に暮れつつ彷徨い続ける。

 楽しいはずの買い物がお通夜のようだ。




 ワルソが好みそうな店が目に付く。

 一か八か入ってみる。

 どれも似合わなそうな服ばかり。

 真っ黒でキラキラ金属光沢のある生地に、昇り竜やトラの刺繍が入ったジャージの上下。

 ものすごくダボダボだ。

 特に下は、鳶のニーチャンが穿いている寅一のニッカズボンみたい。

 俗にいうボンタンジャージというヤツだ。

 菜桜は手に取り、


「着てん?」


 ユキに差し出す。

 半ば自棄になっていた。


「りょーかい!」


 ノリノリで試着室へ。

 そもそもユキはヤンキー顔じゃない。

 誰が見ても薄く、特徴といった特徴はない。

 ひたすら優しく薄い顔をしている。


「着たばい!」


 張り切って勢いよくカーテンを開けた。

 おかしいにはおかしいが、今までのオシャレ服よりはちょっとまし。


「ん~…今までの中では少しマシ。ギリおかしいぐらいで留まっちょー。」


「ほんとね。おかしさが和らいだ。」


「こっち方面ならなんとかなる?」


 ケツに和風の生地のポケットが縫い付けてあるジーンズ。これもニッカズボンみたいだ。

 穿いてみる。


「どげ?」


「ん~…似合ってはない。でも、さっきの爽やか系の服よりはなんぼかマシ。」


 これ以上試着してもよくなる気がしない。

 あと数点試着してみたがどれも同程度。

 これ以上が望めなかった。

 限界だ。

 ダボダボで身体が締め付けられない服、という条件だけで揃えた。

 ユキは眩しい笑顔で喜んでいた。




 結論。


 ユキに服は似合わない!


 服が似合わないって…


 結局ヤンキー屋さんでジャージの上下を2点とジーンズ、シャツ、ちょっとした上着を買って終わりにした。




 あとは靴。


「お前、靴も無いっちゃろ?」


「うん。普段はこれだけ。」


 便所サンダルだ。


「買わないかんな。どげなんがいーんか?」


「ヒモのないヤツ。作業靴みたいなんがいい。」


「もっとスニーカーとかに目は行かんのか?」


「スニーカー、底が厚いきタイルの継ぎ目に引っかかってコケる。危ないよ。」


「履きよったら慣れるばい?」


「ん~…でも地面の感触にダイレクト感ないき好かんね。買っても多分履かんばい。」


 それじゃ意味がない。


「そっか。じゃ、ぺったんこ靴で探そう。」


 流石にすぐ見つかる。


「こげなんとか?」


「そやね。これにしよ。」


 紺色の作業靴っぽいデザインのヒモの無い靴。

 これを買ってユキの買い物はなんとか終了した。




 帰り道。


「疲れたぁ~。」


「服選ぶのがここまで苦痛とは思わんやった。」


「服が似合わんっちどーゆーこと?」


「よかったねユキくん。服増えたね。」


 桃代だけがファッションのことを分かってなくて、ポジティブ?な会話をしている。

 ユキは、


「ありがとね!みんなに選んでもらえて嬉しかったぁ!」


 純粋に感謝していた。

 菜桜は、


「お前、もしかして服が似合わんの分かっちょったき、おばちゃんから買ってもらっても着らんやったと?」


 疑問を投げかけていた。


「う~ん…どーやろ?直感やき分からんね。好かんっち思ったき着らんやっただけ。」


「じゃ、最初らへん行った店の服とかどげ思ったん?」


「ん?一目見て似合わんっち思ったばい。でも菜桜ちゃんたちが選んでくれるのが嬉しいでね。楽しかったき着てみた。面白かったばい!今日買ったのは大事にする!」


 感づいていたんだ!

 やっぱ感性は鋭いんだ!


 似合うのは分からないけど、似合わないのだけはちゃんと分かっていた。


 じゃ最初に言えよ!

 

 とも思ったが、最後の言葉を聞いてユキが愛おしくなって言えなかった。

 楽しんでくれていた。


 面白かったばい!


 大事にする!


 この言葉が菜桜にとってどれだけ嬉しかったことか。




 行きがけユキを責めたことを後悔する幼馴染達。

 別れるとき、


「また連れてってね!」


 の言葉を聞いて、次もまた誘うことを決めた。

 恥かしいカッコはもう責めないでおこう。

 ユキはこれでいい。

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