第31話① むか~しむかし。
これはむか~しむかしのお話。
まぁ「むかし」とはいっても10数年前。
ユキと桃代が生まれたころのお話。
そして、再会前までの物語。
幼馴染達の親達もどちらか片方、もしくは夫婦で幼馴染。
ことあるごとに理由をつけ、集まってはバカ騒ぎ。
そんな仲良し幼馴染達。
最初に結婚した者が、
「全員が結婚し終わってから、一人目の子を作ろう。絶対同級生にしようや!」
と言い出し、この意見に全員賛同。
上手い具合に全ての夫婦が同い年の子を授かった。
【ユキ誕生】
9月。
小路家のイケメンな父ちゃんと美人な母ちゃんから生まれた男の子は、それはそれは地味な顔立ちでした。
どちらにもちゃんと似ているのに全然カッコよくない。
あっれ~?
まぁいっかぁ。
顔なんて二の次だ。
元気に生まれてきてくれたことに感謝!
冷たくて感情のない人間を「無機質な人」と表現することがある。
無機に対して有機。
温かで感情豊かな人間味溢れる子に育ってほしい!
両親のそんな思いの詰まった名前。
「有機」
「有機」と書いて「ユキ」と読む。
なんとも化学技術者らしい名前の付け方だ。
【桃代誕生。そして…】
3月。
狭間家の、こちらもイケメンと美人の間に生まれた女の子。
こちらは両親のいいとこ取り。
これ以上ない!と言えるほどの完璧な融合だ。
今の段階で、赤ちゃんタレントとしてデビューできるほどに可愛らしい。
命名「桃代」
桃の節句の時期に生まれたからそう名付けた。
可愛らしくて元気でみんなに好かれる女の子に育ってほしい。
そんな両親の願いも虚しく数日後、悲惨な事故が起こる。
退院し、家に帰る途中の出来事。
家族が一人増え、これから起こるであろう楽しいこと、嬉しいことを考えながら、幸せな気持ち一杯で家に向かっていた。
市街地で信号待ちの最後尾。大型トラックの後ろに停車する。
そこに運転手が突然死した大型トラックがノーブレーキで突っ込んだ。
後部座席に桃代と乗っていた母親は衝撃で外に放り出され助かったが、父親はツッコんだトラックに押され、前のトラックの下にめり込み、挟まったまま気を失っていた。
間もなく炎が上がる。漏れたガソリンに引火したのだ。一気にクルマが炎に包まれる。桃代もまだクルマの中。
母親は投げ出された衝撃で気を失っている。
事故現場は街中だったため既に救急車は呼んである。
近所の人や、店を経営している人が、消火器を持ってきたり水を汲んできたりして消火にあたる。
少し火の勢いが弱まったところで桃代はなんとか救出された。
顔、左半身と、かなりの面積に及ぶ火傷だった。
間もなく救急車が駆けつけ搬送され、桃代はそのまま入院。
父親は助け出せず焼死。
最大級の悲劇に見舞われた。
病室で目覚めた桃代の母。
身体の色んなところが痛いけど、立てない程ではない。
クルマの後部座席に乗っていて、強い衝撃を受けたところで記憶が途切れていた。
なぜ今、自分が病室のベッドの上なのか理解できない。
爺ちゃん婆ちゃん、要は桃代の母の両親が見舞いに来ているので、どういうことか聞いてみる。
最愛の夫が亡くなった!
そして…
生れたばかりの桃代は重症で、生死の境を彷徨っている。
目の前が真っ暗になった。
あまりにもショック過ぎて眩暈がする。
信じたくない。
この後、夫の両親と対面。
息子を亡くし、完全に打ちひしがれていた。
見ているだけで痛々しい。
同じ病院の霊安室。
焼け焦げてしまって原型が分からない「何か」がベッドの上に置いてある。
この塊があの人?
大きさは人間だが、形がはっきりしないため、まるっきり実感がわかない。
これはあの人なんかじゃない!
目の前にある耐えがたい現実。
理解することを脳が拒絶する。
夫を失い、桃代の命さえも今まさに失われようとしている。
幸せから一転、絶望のどん底に叩き落された。
せめて桃代は!
桃代の命だけは助けてください!
神様!どうか!どうかお願いします!
数日後。
桃代は依然危険な状態が続いているが、辛うじて命をつなぎとめていた。
医師はすごい生命力だと驚いている。
まだ手放しでは喜べないが…よかった…
抱っこしてあげたくて看護師にお願いするけど、火傷が激しく今は無理だという。
せめて一目見たいとお願いし、集中治療室に入れてもらう。
変わり果てた我が子の姿を見て絶句。
左半分が焼け爛れてエライことになっていた。
見ているだけで涙が溢れてくる。
この先、この子は普通の人生を送れるのだろうか?
病院通いから解放されない、だとか、いじめに遭わないだろうか?とか、不安なことしか思い浮かばない。
桃代の母親は軽傷だった。
念のため、体調が急変しないか様子を見たあと、すぐに退院となる。
それからは桃代を見舞うため、毎日病院に通う。
幼馴染達は退院してきた桃代の母親の心の支えになるべく、毎日一緒にいてあげた。
おかげで、心に大きな傷を負ったものの、我が子のために何とか立ち直ってみせた。
事故から数か月後。
桃代は無事退院し、やっとみんなの仲間入りを果たす。
元気はある。健康ではあるのだが…女の子の命ともいえる顔に大きな火傷の痕が残ってしまった。
いじめられなければよいが。
毎日のように思う。
これから先、一番の心配事だ。
月日が経ち、病院とも一応は縁が切れた。
とても元気がいい。
今日もみんなと仲良く遊んでいる。
物心つく前から一緒だった幼馴染達は、桃代の顔の傷を見て育ったため、そのことについて疑問に思う者は誰一人としていない。傷痕も幼馴染達にとっては特徴の一つでしかなかった。
例えば瞼が一重か二重かの違い。
例えば髪の長さの違い。
その程度にしかとらえていない。
だから、桃代は幼稚園に入るまで、顔の傷に関して一切考えたことがなかった。
幼稚園に入ると、初めて幼馴染以外の子と接することとなる。
その子供達は傷痕がどうしても気になってしょうがない。
怖がられたり、気持ち悪がられたりしてしまうのだ。
その反応に最初こそ戸惑ったが、話してみると分かってくれる人が大半だった。
そうしているうちに慣れて、持ち前の明るさを発揮しだす。
優しくて、性格もいいので、友達がたくさんできた。
と、同時にいじめも受け始めることとなってしまう。
子供特有の残虐性が表れ始めるのだ。人と少し違うという理由だけで始まる理不尽ないじめ。それでもやめてほしいと意思表示をするとほとんどの場合、収束する。が、中には何度言っても止めてくれないヤツがいる。そんなヤツらは相手にしないに限る。無視する、受け流すという方法を取ると、つまらなくなるから止める方向に向かう。
意外となんとかなるものだと思えた。
しかし、最終的にどうにもならないやつらというのがごく稀にいる。
あろうことか暴力を振るってくるのだ。
そんなヤツらに対してもできる限り暴力で返すことはせず、こちらが悪くなくても謝る。
負けるが勝ち。
悔しいけど、何も解決してないけど、これ以上何も起きなければそれでいい。
そこまでして堪えても、どうにもならない場合。
「負けるが勝ち」が通用しないヤツら、というのが「最終的にどうにもならないやつら」の中に、本当にごくまれに存在する。
その時に限り、徹底的に叩き潰す。
桃代は力が強い。クラス内でも圧倒的に。物理的なパワーなら、三つ年上の男くらいと対等にやりあえるほどの力がある。
それは小学校に入学し、お友達もたくさんできた一学期のある日。
私立の幼稚園から上がってきた、何かにつけて他人にイチャモンをつけてくる意地悪い男がいた。
力が強いことが自慢で、気に食わないとすぐに手が出る嫌われ者。
クラスの何人もがやられており、恐れられていた。
そいつが楽しくお喋りしていた桃代を叩き潰しにかかったのだ。
誰とでも仲良くできるからお友達が多い桃代。自分はというと嫌われ者で新しいお友達が全くできない。幼稚園から一緒だったいじめっ子仲間しかいない。羨ましいと思った。思いが膨れ上がりすぎた挙句、羨ましさをこじらせ憎しみへと変わっていった。心底気に食わない。叩いて泣かせてやろうと考えた。
そしてついに、
「お前、気に食わんったい!顔、キモいし。」
実行に移してしまう。
理不尽なことを言われ、胸倉をつかまれ殴られた。
いきなり始まった暴力に戸惑いオロオロする桃代。
そいつを含めた仲間たち数人から袋叩きにされている。
うずくまって耐える。
すぐに止めてくれるだろうと思っていたが、一向に終わらない。
一緒にお喋りしていた友達がドン引いている。
とりあえず、
「ごめんなさい!」
悪くもないのに謝る。
しかし、
「うるせー!死ね!」
聞く耳なんか持ちゃいない。
やりたい放題殴り、蹴る。
「痛い!やめて!」
お願いしているのに納まる気配が全くない。
このまんまじゃ大けがするやん。
いよいよ自分の身が危なくなってきたと理解した桃代。
同時に怒りが込み上げてくる。
え~くそ!ウチ、なんも悪いことしてないのに!
理不尽にもほどがある。
流石に我慢も限界に達し…ついに爆発する。
無言のまま立ち上がったと思うと、フルパワーで殴りかかった。
パンチは頬の辺りにまともに入る。
ゴキッ!
鈍い音がするとともに呆気なく崩れ落ちるリーダー格。軽い脳震盪を起こしていた。
周りで見ていたクラスメイトも唖然とする。
でったん強い!
殴られた男は尻餅をついたまま、口から血を流し茫然としている。
口の中がザクザクに切れていて歯も何本か折れている。あまりの痛さに、烈火のごとく泣き出す嫌われ者。
初めて人を本気で殴った桃代。
内心、人はここまで簡単に崩れ落ちたりするのかとビックリしていた。
滅多打ちにしてやろうと思っていたけど、これ以上叩くと死んでしまいそうな気がしたので引き下がると、逆上した仲間たちから袋叩きにされた。
たまたま通りかかった先生に見つかり止められたため、大したケガにはならなかった。
翌日、殴った男から報復を受ける。
休み時間が始まり担任が職員室に戻ったところを確認し、仕掛けてきた。
「死ねこら!」
不意打ちで背後から蹴りを入れ、倒れたところを腹の上に馬乗りになって顔をグーで連打。
昨日に続いて起こった喧嘩にクラス内が騒然となる。
殴られている桃代は冷静に相手の力量を見ていた。
昨日も思ったけど、コイツ全然強くないよね。
確信した瞬間、すぐさま反撃に移る。
馬乗りされた状態から急に立ち上がると、あっけなくバランスを崩して頭から床に落下した。おかげで後頭部を強打。床はコンクリートの上に張ってあるフローリングなのでとても硬く、それはもう痛い。あまりの痛さでうずくまっているところに、蹴り。後頭部にまともに入ってまたもや意識が遠のきかける。でもこの一発では終わらなかった。続いて顔面から側頭部、後頭部にかけ万遍なく蹴りと踵が入る。起きあがろうとするけど踵で踏まれ、床との強打の連続だから起き上がらせてもらえない。
力の差があり過ぎる。
一方的な滅多打ちだった。
意識がなくなりぐったりと横たわるリーダー格。死んだと思い、恐ろしくなった仲間が先生を呼びに行って止められた。
その後、救急車が来て運ばれていった。
両方の親が学校に呼ばれ、話し合いの場を設けられ事細かに理由を聞かれた。
相手の両親は人間的にレベルが低かったため、自分の子供のことは棚に上げ、都合のいいようにしか言わない。感情的になり、桃代のやったことだけ猛烈に抗議してきやがる。聞く耳を持たないから全く話し合いにならなかった。桃代の母親は「だからこのような子どもに育ったのだ」と理解した。
喧嘩を売ってきた人間はどうにか意識が戻り、一週間後登校してきたが、恐ろしくて桃代に近づくことができない、というか教室にすら入れない。
その日は早退し、次の日からは登校拒否になった。
どうしても怖くて学校に行けないため、転校する羽目になった。
この事件以来、桃代に喧嘩を売ってくる同級生はいなくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます