巻きで釣れたらいいよね!
Zee-Ⅲ Basser
中学生編
第1話① 再会
あ~…でったんあちぃき…。
訳:超暑いし
扇風機の風がまるでファンヒーターのよう。ただ寝転がっているだけなのにジットリと汗がにじみ出る。
そんな残暑厳しい夏休み最終日。
午後三時過ぎ。
日もだいぶ傾いてきた。
家の中でこのままゴロゴロしていても暑いだけ。
耳元で悪魔がささやく。
エアコンのスイッチをオンにせよ!と。
誘惑に負けそうになり、リモコンに手を掛けた瞬間、この後に起こるであろう悲劇が頭をよぎる。
こんな早い時間からエアコンなんぞ効かせようものなら確実に母ちゃん大激怒。
得策ではない。
諦めることにした。
他に何か良い方法は…。
しばし考える。
そして…。
そーだ!川に行って釣りすればいーやん!風もあるやろーし、部屋におるよりはだいぶんマシなはず。
なかなかの名案を思いつく。
思い立ったらすぐ実行。
まずはタックル。
既に遅い時間である。
先行者はオニのよーにいたはず。
となると…巻きじゃ不利かもね。
なら、ワームか。
そんな想像から導き出されるタックルは、アルディート721HRB+T.D.ジリオン100H。巻いてある糸はフロロカーボンの16ポンド。
本来はビッグベイト(全長が20cm前後の大きなプラグ)を操作するタックルで、かなりヘビーな仕様。
これにルアーをセットする。選んだのはゲーリーヤマモト4インチシュリンプで、色はプロブルー。
♯1のオフセットフックによるノーマルセッティング(ケツ側からハリを刺す)で、ハリのシャンク(=軸)部には板オモリを3㎝ほど巻き、沈むピードを調整してある。
タックルの準備はできたから、次は服装だ。
只今パンツ一丁、Tシャツ一丁。
これに何を追加しよう?
センスなんか皆無である。しかも大したものは持ってない。なんならこのまんま出てもいいまであるけど、それは流石に世間が許さないだろうから、何か着てやることにする。
暑いので、長袖&長ズボンは却下!
今のカッコ+短パンに落ち着いた。
露出した肌には虫除けスプレー。
首にはタオル。
麦わら帽子もかぶった。
靴は…暑いから却下。便所サンダルでいーや。
よし!バッチシ‼︎
なんか…
裸の大将放浪記の清っぽくなったけど、まぁいっかぁ。気にしますまい。オシャレやらしても釣れんもんね。快適さが最優先!
と、哀しい言い訳。
言い訳やらしても、誰も聞いちょらんばってんがくさ。
訳:言い訳なんかしても、誰も聞いてないけどね
準備完了!
サオを持ち、ルアーの入ったバッグを肩にかけ、いざフィールドへ!
土手を駆け下りる。
蚊に刺され、ヒラクチ(=マムシ)やマダニにビビりながら汗だくになり、必死こいて自分の背丈より高い草を踏み倒して作った道を進む。
魚、今日は遊んでくれるかな?
ワクワクしつつポイントへ。
水際まで到達するとそこには既に先行者の姿が。
真夏の強烈な西日を受け、浮かび上がるシルエット。
川面を渡る風になびくセミロングの髪。
その幻想的な光景に目を奪われた。
逆光でハッキリとしたことは分からない。
女の人…よね?川やらに何しに来ちょーっちゃろ?
訳:川なんかに何しに来てるんだろ?
とか考えていると、
カチッ!
聞き覚えのある乾いた金属音が聞こえてきた。
ん?これっち…クラッチ切った音?
直後両腕が上がった。
へ?バックスイング?っちゆーことは、この人、釣り人?
とか考える間もなく、
ビュッ!
サオを振り切る風切り音。
同時に、
ヴ―――ン…
マグネットブレーキ特有の籠った作動音。
スプールから水しぶきが上がる。
流れるような美しいフォームだった。
長ザオを駆使した力強いキャスティングはまるでオカッパリの名手、村上晴彦氏のよう。
狙うならここしかない!というポイントに吸い込まれるかの如く飛んでゆくクランクベイト。
着水と同時に糸の弛みを制御するため、風上へとサオを倒す。
ここまでの動作を見だけで、相当のベテランだということがわかる。
やっぱ釣り人やん。それにしてもうまいな。
ちょっとした感動を覚えていると、すぐさま次の動作に入る。
リールを巻き始め、食ってくるならここ!と思われる、杭と杭の間をルアーが通過した瞬間…サオ先がひったくられ、大きく絞り込まれた。
「食った!」
小さくつぶやき、サオを鋭くあおあおってアワセを入れる釣り人。
と、この時、
ん?この声…。
ちょっとした違和感が。
というのもその釣り人の発した声にとても聞き覚えがあったからだ。
でも、まさか…。
そんなはずはないと思い込んでしまっている自分。
リールを巻き始めると同時に対岸方向へと突進され、サオがさらに大きく弧を描く。
次の瞬間、
ガボッ!
口とエラブタを目いっぱい広げ、エラ洗い。
極太の水柱と共に姿があらわになる。
でったんふってーき!
訳:超デカいし!
思わず心の中で叫んだ。
飛んだかと思えば、今度は深場に突っ込む。
突っ込んだかと思えばまたエラ洗い。
あらゆる手段で抵抗し、必死に逃れようとする魚。
それをタックルのパワーで強引にねじ伏せる。サオを立て、こちらを向かせたと思ったらゴリ巻き。
暴れながらも一気に足元まで寄ってくる。
掛かり具合を確認すると、サオのバット部(グリップより少し上で、いちばん太い部分)に右手を添えて、
「よっ!」
思いっきり抜き上げた。
河川敷に上げられ暴れ回る魚。
デカい!口にグーが入りそう!
少し離れたところから見ているのにものすごい存在感。
明らかに50cmを超えていることが分かる。
体高があり、肉厚でキレイな魚体。
今、目の前で起こった出来事を脳内でリプレイしていた。
そして、溜息。
どの動作も無駄が無くて、なんというか…とんでもなく上手い。
釣り番組で無理やりやらされた感ありありの、名前すら知らない売れてないビミョーなタレントの方々のそれとは比較なんかできないほどに。
安っぽい言葉だけど、プロみたい。
とか考えている間に、釣り人は先の曲がったラジオペンチで素早くフックを外す。そしてケータイをポケットから取り出すと、カメラを起動した。
サオと魚を並べ一枚。
下アゴを掴んでぶら下げて一枚。
指を広げ、大体の体長を測定したら、サオの模様で詳しく大きさを測る。それが終わると下アゴを持ってそっと水の中へ。
解放してやると、一瞬フワッと漂った後、ゆっくり深場に戻って行った。
「ありがと!バイバイ。」
お礼とお別れを言って逃がした魚に小さく手を振った。
川の水で手を洗い、ぴょん!と立ち上がるとふり返り、
「久しぶり!ユキくん。」
考えもしなかった展開。
…へ?なんでこの人、オレの名前知っちょーん?
訳:オレの名前知ってんの?
半ばパニクる。事態に全くついてゆけていない。
釣りをする女子といえば、幼馴染くらいしか思い当たらない。
それならば姿を見た瞬間に誰か分かっているはずだし、そもそも「久しぶり」ではない。さらに言うなら「ユキくん」呼びではなく「ユキ」呼びのはずだ。
マジで誰?
全然誰か特定できなくて混乱がピークに達する。
逆光の為顔が全然見えないから、全力で考えつつ近付いてみる。
近付くにつれ、徐々に明らかになってくるその人の容姿。
その背の高さ。
その「顔の傷」。
これらの情報が脳内で「ある人」に結びついてゆく。
完全に確認できる距離。ついに正体が明らかになった。と同時に先ほど感じた違和感が確信へと変化する。
理解した瞬間、
「桃代ちゃん?」
極々自然にその人の名を口にしていた。
狭間桃代。
物心ついたころからつるんでいた遊び仲間でお隣さん。
顔には生まれた直後に事故で負ったという大きな火傷の痕がある。顔の左側。目の周辺から頬、コメカミ辺りに広がるそれは、見るからに痛々しい。傷痕が顔面なだけに、塞ぎがちな性格になってもおかしくないはずなのだが、彼女は違う。それが些細なことに思えてしまう程明るくて性格がいい。
勉強もできてスポーツも得意。何をやらせてもハイレベルでこなしてしまう彼女はとても輝いていて…いつしか意識するようになっていった。
が、5年前の春、親の仕事の都合で関東に引っ越してしまう。
参考までに、無傷な右側は各パーツが恐ろしいまでに整っており、今が旬の人気アイドルさえもかすんでしまうほどに可愛らしい。
名前を呼ばれ、
「へへへ。正解っ!ジーっとこっち見よんなったき、誰かっち思ったばい。もしかして惚れた?っちね。あんまし変わっちょらんね。」
訳:こっち見てたから、誰かと思ったよ
嬉しそうに微笑む桃代。
「惚れた?」と問われ、爆発的に跳ね上がる鼓動。
レッドゾーンに突入だ!
一気に熱を帯びてゆく頬。
呆気なく失われる平常心。
ひっくり返る声。
震える身体。
相変わらず情けない自分。
「あ…うン。でも、ナしこっチにおるン?」
訳:なんでこっちにいるの?
「えっとね、お母さん転勤でね、また戻ってこれたんよぉ!二学期からまた一緒ばい。よろしくね!」
「こ、こここちらこそ!」
思いもしなかった再会で完全に舞い上がってしまっている。傍から見ると笑ってしまうほどに挙動不審だったはず。
時間が経つにつれ、引っ越す前までの記憶がだんだんと鮮明になってゆく。と同時にあの頃抱いていた「気持ち」が猛烈に甦る。
その「気持ち」の正体とは?
とか、問いかけるまでもなく、すぐに答えは出た。
好き!
否、でったん好き!!
勿論likeじゃなくて、loveの方。
別れの前日、彼女は「絶対帰ってくる」と言っていた。しかし、5年もの時の流れがその言葉を現実味のないモノへと変化させてしまっていた。もう逢えないものと決めつけてしまい、「好き」自体を無かったものとして、心の奥底へと封印してしまっていたのだ。
が、今、本人を目の前にして再び強く激しく意識しだす。
意識し過ぎてグダグダやんか。情けねえ…もぉちょいちゃんとしようや、オレ!
というわけで、頑張った。
決して高くはないコミュ力を総動員して一生懸命頑張った。
今ここで「好き」がバレるのは恥ずかし過ぎるので、わざとらしいとは思いながらも話題を無理矢理釣りへと戻す。
「さ、さっきのバス、でったンふってかったよネ!」
訳:超デカかったよね
相変わらず声は裏返りっぱなしである。
それでも、
「うん!帰郷一発目に50UP(50㎝超えの魚)げな!ウチ、すげくねぇ?」
わざとらしさには一切触れず、嬉しそうにリアクションする桃代。
さらにはぐらかすためにタックルへと視線を移す。
「うん。すごいよね!っち、なんかでったん激しい道具使いよぉやん!サオ長いしリール※リョウガやし。重くないん?」
とても男らしくて驚いた。
※)09リョウガ2020。
ダイワのベイトリールに於いて、キャスティングがメインになるルアー釣りで、丸型の最上位機種。
新素材と技術の進歩による軽量化が飛躍的に進み、自重が150g以下の機種もあるというのに295gという重量。ハッキリ言って重い。
軽さを捨ててまで得たもの。
それは頑丈さ。
頑丈なボディに精密さを兼ね備え、巻き上げ力とスムーズさに特化したマシン。
2020は最も低いギア比でシリーズ中最大のドラグ力を持つ。とにかくゴリゴリ巻ける。
桃代が言うには、
「でもね、リールが重かったら手元に重心がくるき、軽いサオと合わせたら大丈夫。実は大して重さを感じんかったりするんよね。それよりも巻き心地と巻き上げる力、絶品ばい!さっきげなんと掛ったっちゃ楽勝。安心感が違うっちゃき!」
といったことらしい。
よしっ!食いつきいーぞ!話の流れ、変えられた!
「へ~。そげなモンなんやねぇ。」
「口で説明したっちゃあれやき、とりあえず投げてみてん?でったんいーき!巻き心地、病みつきになるよ。」
貸してくれることになった。
サオはブラックレーベルFM7102MHRB。
ブラックレーベルシリーズでも巻きに特化したモデルがFM。その中でもかなり重いルアーまで対応できるのがコレ。
持ってみると確かに重心が手前に来て持ち重りしない。が、それでも絶対的な重さはあるから女の子が好んで使うタックルとはいえない。
タックルを手に取り、
カチッ!
クラッチを切って、バックスイングからの、
ビュッ!
ヴ―――ン…ポチャ。
なるほど。
小型とは言え一番デカい部類のリール。セットしてあるルアーは10g程度のプラグなのに思ったよりよく飛ぶ。
バックラッシュの気配皆無。
巻いてみる。
!!!
ハンドル一回転目でいきなり実感できる滑らかさ。
衝撃的だった。
ギアの精度、こんなトコに現れるって!
今使っているジリオンはかなり滑らかな巻き心地と言われているが、その比ではなかった。
「どげ?良くねぇ?」
「うん!なんか、今までのとはあからさまに違うね。これは感動モンかも!」
シットリ感がクセになる!
「ねっ!」
一投しただけなのに気に入ってしまった。
このリールがデビューしたのは雑誌やカタログで知っていた。興味はあったけど高価なので正直どうしたものかと思っていたが…これは買わないと。
桃代のタックルボックスに視線を移す。
「プラグとスピナベだけなんやね。ワームはせんと?」
訳:ワームはしないの?
巻き物のみとはなんて強気!と思っていたら、
「実はおしえてくれる人、おらんやったっちゃんね。だき、動かし方やらアタリ、よぉわからんっちゃん。プラグはドーンっちくるき、わかり安いやん?ルアーやりだした頃っち、投げて巻くだけで楽しかったん。んで、やりよるうちに勝手に釣れて…そげな感じ。」
訳:おしえてくれる人いなかったんだよね。だから~よくわかんないんだ。
だそうで。
なるほど。
「あ~、それで。でも、我流でそのうまさ?」
褒められて
「へへへ。そげなことね~っちゃ。」
訳:そんなことないよ。
思わず照れる。
続けざまに、
「ユキくんのはワームやね。ちょーおしえちゃってん!」
訳:ちょっとおしえて。
といった流れになったので、嫌な思いはさせたくない。
「巻きばっかしよって、ワームじれったくないん?」
あえてワームの欠点みたいなものをおしえるけど、
「それはないよ。やっぱ釣りするんやったら、確実に魚の顔見たいやん?はっきしゆーて巻きっちあんまし釣れんしね。」
ということらしい。
「そーね。でも、巻きで釣れたらいいよね!」
「まぁ、得した感はあるよね。」
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