第9話② 嫉妬(確定)

 次の日。

 登校してすぐユキに、


「昨日はありがとね。」


 送ってもらった礼を言う。


「どういたしまして。もう遅くなりたくないね。」


 ニコッと笑い返事。

 やっぱ笑顔いいな。


「そやね。」


 ホントはまた一緒に帰りたいけどね。


 礼を言い終え席に戻る。


 あれ~?なんか変。


 気付いてしまった。

 またさらに好きになっている。

 昨日よりもずっとずっと。

 礼を言ったときの態度を思い返してみる。

 僅か、ほんの僅かだがぎこちない。

 意識したら昨日までの態度ができなくなっていた。


 そして、そのやり取りを見ていた桃代が気付いてしまう。


 …ミク…もしかして、ユキくん好き?


 確信はない。ただの直感である。でも、焦りと心配がごちゃ混ぜになり、なんかもう…。

 気付いてしまい意識してしまうと、とてもじゃないけど平常心ではいられない。

 ミクを見ていたら、授業中も休み時間も確かに目で追っている。

 さっき感じたことが確信へと変わる。


 一方ユキは?


 全く気付いてない。


 それだけが唯一の救い…なのか?


 今後、どう出る?告ってきたりする?


 ミクは、釣りこそしないが仲のいい友達である。

 できれば丸く収めたい。


 けど、キレイゴトじゃ済まんのかな?


 不安が急激に膨らんでいく。



 下校時間。

 桃代の班は接客担当なので、基本早く帰る。

 でも、ユキはものづくり担当だから、文化祭前日までは遅くなる可能性がある。


 今日も一緒に帰れない。

 不安で胸がいっぱいになる。



 帰り道。

 心配があからさまににじみ出ていたのだろう。菜桜から、


「桃?お前、何かあった?」


 気付かれ心配されてしまう。

 口を開けたら何か言う前に泣いてしまいそうだ。

 どうにか伝えようとするものの、


「…ユキくんが…ミクが…」


 ダメだ。

 既に全然言葉が出てこない。

 ついに涙が溢れる。


「大丈夫っちゃ!ユキ信じちゃらんか!」


「…うん…でも…ミク…」


 言葉がまとまらない。完全に冷静でいられなくなっている。


「なん?ユキ、告られたん?」


「ううん。」


「なら、いーやねぇか。」


「うん…でも…」


 でも、もう限界。


「菜桜~…」


 大泣きだ。

 菜桜に抱きついて泣きじゃくる。

 落ち着くまで頭を撫でてやる。




 文化祭は、準備期間を含め気が気じゃなかった。

 終わるまで不安を抱え…


 そして、うちあげ。


 お約束の後夜祭でキャンプファイヤー&フォークダンス!は無くて、教室で飲み食い。

 しばし盛り上がる。

 ひと段落したところで、ミクが桃代のところにやってきて、


「ちょーいい?」


 声をかけてくる。

 この世のものとは思えないほどドキッとした。

 外に行こうと手を引かれる。

 もう、ホント嫌な予感しかしない。


「何?」


 声が暗い。


「あたしね、小路のこと好きなんよね。」


 やっぱし!


「なんでウチにそれゆーと?」


 不安で声が震えだす。


「なんでっちあんた、小路のこと好きやろぉもん?多分小路もね。両想い…羨ましいよ。フラれんの分かっちょーばってんが、ウチもずっとこげな気持ちのまんまじゃイヤやし、我慢もしたくないきね。今から告ってくるばい。とりあえずあんたに隠すのはよくないっち思って。」


 嬉しいことを言われているのに全く喜べない。

 何故なら確信がないから。

 そして、勇気あるミクを羨ましく思う。


 それに比べ自分は…。


 ヘタレ続けて行動に移してない結果がこれだ。

 今までに感じたことのない大きな大きな脅威。


 もしもユキくんがミク選んだら?


 絶対に無いとはいえない。


 もし、そんなことになったとしたら?


 想像してみる。


 無理!絶対に耐えられるわけがない!


 胸が締め付けられるような感覚に陥った。

 怖くて足が震える。

「行っておいで。」なんて、とてもじゃないけど言えない。言えるわけがない。

 何か阻止するための言葉を探している間にミクは、


「んじゃ、行ってくんね!」


 言い残してさっさと行ってしまう。

 制止することすらできなかった。

 引き留めようとして伸ばそうとした手が、中途半端な位置で止まっている。


 今にも涙が溢れそうで教室には戻れない。

 その場にしゃがみこみ、一人途方に暮れてしまう。


 ミクはというと。


 ユキに近づき、他の人には気付かれないよう、


「小路?ちょっといい?」


 小声で呼び出す。


「ん?何?」


「ちょっと来て?」


「うん。」


 人気のないところに連れ出した。

 いつになく緊張した表情。


「どげしたん?」


 優しく尋ねると、


「あ、あの…あのね!えっと…」


 緊張のため、言葉が出てこない。


「うん。」


「えっとね!小路のことが好きなんやけど!」


 顔を真っ赤にして震えている。

 心配そうな眼差しで見つめられる。

 とてつもなく可愛い。


「え?マジで?」


 突然の展開に固まってしまうユキ。


「うん、マジ…ダメかね?」


「えっと…ありがと。こげなしょーもない不細工好きになってくれてありがとね。でったん嬉しいばい。」


 しかし、次に続く言葉は「でも…」。

 そして「好きな人がおるんよね。ゴメン。」と続くはず。それが流れで分かってしまう。


 やっぱしダメか。


 それにしても低い自己評価。

 だから、


「顔やらカンケーないよ!全然しょーもなくもないし!小路の人間性を好きになったっちゃき!」


 ホントに好きな理由を明かす。


「ありがと!あの、オレ…」


 続けようとするも圧倒されてしまっていて、そのまま黙り込んでしまう。

 なので、先手を打つことにした。


「桃やろ?」


「あの!その!…」


 ホントのことなので、動揺しすぎて言葉が出てこない。


「分かっちょった。」


「なんか…ゴメン…」


「ううん。言いたいこと言えたきウチは満足。」


 そんなわけない!彼氏になってほしい!


 でも、ユキを見ていると、必死こくのがバカバカしくなるほど桃代への愛が溢れている。それがひしひしと伝わってくるのだ。


 二人の間に割って入るのは絶対に不可能だ。


 終わった…。


 ユキはというと、


「あ~あ…せっかく知り合えたのに…。長谷さん、ちゃんと話してくれるき、でったん嬉しかったっちゃ。でも…オレがこげな風にヘタレやき…ちゃんと…」


 落ち込んだ顔をして泣きそうになっている。


「そげなこと…ないよ。」


 涙を溜めて優しく笑う。


「ホントは…これからも…仲良くしてほしいけど…そげな虫のいい話はない…よね?…諦めるの…ツラ…。」


「諦めんで!」


 言い終わる前にミクの方から遮った。

 そして、


「友達でいい!友達でもいいき!」


 強く言い放ち、返事は聞かずその場を後にした。




 ミクはそのまま桃代の元へ。


「ははは…やっぱダメやったばい。なんか、好きな人おるっぽい。」


 結果報告。

 目には涙。寂しそうな笑顔。


「せっかく知り合ったっちゃき…これからも友達でおってほしいっち言われた。勝手なことゆーなっち怒るヤツもおるかもしれんけど…ウチは嬉しいな。そうしてもらうようにウチがゆったし。でったん優しいよね、やっぱ。あの優しさ…知ったら…誰でも…好きになるよ。まいったなぁ…ウチ…諦めきるやか?」


 あまりの真っ直ぐさをこれでもかと言わんばかりに見せつけられ、呆然としてしまう。

 眩しすぎる。


 ただただ情けないと思った。




 突然のライバル出現。

 そしてそのライバルがフラれたのに、全く手放しで安心できない。

 それどころか前例ができたことによる不安要素が増えた。

 別の子が、いつまたユキの優しさに気付くか分からなくなったからだ。


 他の女子が気付き始めている。


 桃代にとって最大級の緊急事態。

 ホント、この先気が重い。




 うちあげも終わった帰り道。

 怖くて聞けないでいた。

 が、ユキの方から、


「さっき、長谷さんから告られた。」


 先に切り出してきた。


「うん…知っちょー。行く前、ウチのトコに告るっち言いにきちょったもん。断ったのも知っちょーよ。」


「そぉやったって。ビックリしたばい。なんかオレ、ヘタレやきどげすりゃいーか分からんでテンパった。」


「女の子に告られるのっち初めて?」


「もちろん。オレ、モテんし。桃代ちゃんは?」


「ウチは…あるよ。向こうで何回か。こっち戻れるっち分かっちょったき全部断った。」


 これは半分ウソ。


 ホントはユキくんが好きやきばい!


 その一言が言えない。

 だから今回みたいなことになった。


「やっぱ?桃代ちゃん、可愛いし。」


「そげなことない。顔、こんなんよ?」


「そこばっか見よるヤツだけやないよ。男ん中でかなり人気あるっち知っちょった?」


「うそぉ?」


「ホント。」


 気が気じゃないのはユキも同じ。

 桃代のこと、いいと言っていた男子は一人だけじゃない。

 そのたびに焦っていた。


「そのうちまた告られるかもね。」


「え~。よぉ分からん。そぉいやミク、ユキくん好きな人おるっぽいっちいーよった。誰なん?」


 ミクが告ることを知らせに来た時、ズバリ言われて知っているのにあえて聞く。本人から直接聞いたわけじゃないので、確信が持てていないのだ。


「そ、それは…。」


 猛烈にドキッとした。

 返答に困り、超絶赤面する。

 好きな人とは当然桃代のことだ。

 しかし、いまだに決定的な一言が言えてない。

 言えてないから悩まなければならない。


 もし今言えたらどんだけ気が楽になるだろう?


 でも…


 すぐ悪い方に考えてしまう。

 肝心な時にヘタレる悪い癖。

 ダメダメだ。

 考え抜いた末、どうにか本人に分かるようなニュアンスで、


「今は勇気無いき言いきらん。ダメダメやなオレ…ヘタレ過ぎ。勇気が出たらおしえる…多分。そんときは桃ちゃん、心して聞いてね?」


 あ!呼び方変わった!


 流石に意味がわかったらしく、


「わかった。楽しみしちょく。」


 やっと微笑んでくれた。

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