第24話① 告られる(桃代の場合)
二年生。
クラス替えがあった。
クラス替えの内訳は以下の通り。
ユキと海は1組、桃代と千尋と大気は2組。
菜桜と千春が3組、環とミクが4組、美咲と渓と舞が5組である。
この学校は普通科5クラスのうち、1・2組が理系、3・4組が文系、5組が文系数学受験クラスである。
ユキと桃代は、関東時代を除いたら初めて別々のクラスになった。
桃代はユキと他の女の子の関係が心配で心配でたまらない。
「ユキくん、浮気とか絶対せんでよ。」
ミクや環の件で、これまでにないほどの警戒モード。
「せんよ。っちゆーか理系やきほぼ男クラやし。そもそもオレ不細工やき、恋愛対象やらならんっちゃ。それゆーなら桃ちゃんの方が心配やし。」
関東では複数回告られている桃代。ユキが心配するのも当然だ。
「ウチはせんよ。自信あるもん!」
桃代がフラットな胸を張って言う。
相変わらず制服の下はタンクトップのみ。
ユキからモロに先っぽを突かれ、
「ンあ…」
またまた人前で色っぽい声が出た。
「もぉ!バカ!」
大赤面しながら叩かれた。
いつもの光景。
周囲のヤツらの眼差しが生温い。
全員、あんだけ両想いなのに何か起こるわけねぇやろ!としか思っていない。
考えるだけバカバカしい。
何かあってもお互い断るから大した問題じゃない。
それも悲しいが、クラスが離れてしまったことが悲しくて仕方なかったりする。
貼りだされているクラス替えの貼り紙を見た時、ちょっと…いや、だいぶ泣きそうになっていた。
ともあれ、本人たちは浮気なんかあり得ないわけだが、どうしてもそこは相手のあるハナシ。
なかなか思うようにいかないのがお約束というもの。
進級直後の慌ただしさもひと段落した連休明け。
早速桃代が告られる。
相手は初めて同じクラスになった男子。
北九州の筑豊寄りにある中学出身だ。
背は高く、顔はユキより遥かにカッコイイ。
都会っぽい雰囲気が漂い、俳優やモデルにいそうないかにも万人受けする見てくれである。
性格も良く、かなりモテるしそのことを何気に自覚している。
スクールカースト上位グループに所属し、何度か告られたというハナシも聞く。
同じクラスになって一カ月と少し。
名前くらいは知っていた。
しょっちゅう会話するわけでもなく、全く親しい間柄じゃない。
桃代が彼氏持ちだとは知らなかったらしく、例の写メの件もあり一年の時から目を付けていたという。
桃代は目立つ。
顔の傷以外にも、頼まれた用事や人の嫌がる役などをできる範囲ではあるが、ちゃんとこなし、クラス内でも割と人間的に評価が高い。
ユキや菜桜たちとクラスが離れ、休み時間ごとにバカ話してうるさい訳じゃないし、取り乱したりもしない。
教室では下品な話やヤラシイ話はしないから落ち着いて見える。
かといって暗いワケではない。喋りかけられれば愛想もよく、丁寧な受け答えをするから好印象を与えるのだ。
そして顔の右側。
高校になってからは、髪を自然におろすようにした。邪魔な時に限り後ろで一纏めにする。
おろすと無傷の右側が強調されるため、顔を好きになる男子も多い。
桃代に恋愛感情を抱いている男子は少なからずいるのである。
という訳で放課後。
「狭間…ちょっといい?」
帰ろうとしていた時に声をかけられる。
「へ?何?」
「ちょっと来てもらえる?」
「うん。いーよ。」
明るく返事すると、校舎裏の人気のないところに連れて行かれる。
「いきなしで悪いっちゃけど…あのね…」
緊張した顔で切り出してくる。
これは!
このあと何を言われるか見当がついてしまい、ついてきてしまったことに後悔する。
向こうにいた時も何度か味わったこの雰囲気。
多分、告られる?
「オレ…一年の時からずっと好きやったっちゃ。」
やっぱし。
「うん…ありがと。」
緊張で顔が強張る。
何度味わっても慣れるものじゃない。
「付き合ってもらいたい。」
せっかく好きになってもらっているのに…。
申し訳なさでいっぱいになる。
でも断らなくては。
かなり勇気がいる。
「好きになってくれて嬉しいよ。でも…ウチ…付き合いよぉ人がおるん。ごめんけど、付き合えん。ホントごめんね。」
「そぉなん?」
驚いている。
「うん。」
「ちなみに誰?」
「1組の小路君。」
「誰、それ?」
ユキは地味だし存在感がないので、同じ学年でも知らない人が多い。
「地味やきあんまし目立たんもんね。」
「そうなんかー。じゃ、しょうがないね。ごめん!困らせて。」
素直に引き下がってくれた。
「ううん、こっちこそ。ホントごめんね。」
しょんぼりする。
フッた後の後味の悪さときたら…マジ、勘弁してほしい。
足早に去っていく彼の後ろ姿に謝った。
教室に荷物を取りに戻る途中、ユキと会う。
「おったおった。どこ行っちょったん?」
なんか…ビミョーに気まずい。
「ちょっとね…帰りながら話す。」
ここで隠すと自分自身が許せなくなるから正直に話す。
ユキには隠し事をしたくない。
荷物を取ってきて並んで歩き出す。
帰り道。
「さっきの話やけどね、同じクラスの男子に告られた。もぉホント、ビックリした。」
「マジでか!やっぱモテるんやね。あ~あ…また心配事増えたし。」
驚き、心配するユキ。
浮かない表情の桃代。
「で、何ちゆったん?」
「彼氏おるき付き合えんっちゆった。」
「そっか。彼氏かぁ…嬉しいよね。何ちゆっても響きがいー!」
そこだけは純粋に喜んでいるユキ。
「嬉しいっち思ってくれる?」
付き合ってはいるものの、自分にはとことん自信がない桃代である。
「当たり前やん。」
「嬉しいな。顔、こんなんでごめんね。あと…おっぱいもちっちゃいし…。」
「オレはどっちも好きやけどね。」
「へへへ…」
やっと少し笑ってくれた。
とても可愛らしい笑顔だった。
キョロキョロ周りを見渡して…
チュッ!
「何回しても嬉しいね。」
そして、
チュッ!
「お返し。」
「ははは。ありがと。」
やっと身長が追い付いた(厳密にいうと桃代の方がまだ数ミリ高い)ユキ。
背伸びしたり、屈んでもらったりして合わせる必要がなくなった。
何気に嬉しかったりするユキである。
手をつなぎ、歩く。
幸せな時間。
ずっと続いてほしいと切に願う二人であった。
それからしばらくして、またもや桃代が告られる。
今度は別のクラスの名前すら知らない男子。
クラスの用事を引き受け、なんとか終わらせ帰宅するため教室に荷物を取りに行き、下駄箱で靴に履き替えていた時、不意に声をかけられた。
菜桜たちが公園で待っている。
釣りに行かないときは、この公園でたむろして喋るのが、もう一つの日課みたいなものなのだ。
特別急いではいなかったのだが、意識は完全に公園にいるみんなの方に向いているため無防備な状態で、突然話しかけられてモーレツにビックリした。
「は、狭間さん。あの~…すこしいいかな?」
爽やかな感じの、やっぱしユキよりもはるかにカッコイイ男子。
かなり緊張気味に話しかけられる。
「うわっ!あ~びっくりしたぁ。なん?」
「ごめん!驚かせた?」
「あ…うん。ボケーっとしちょった。ははは。」
身体が思いっきりビクッとなったところを見られて恥ずかしくなる。
「ちょっといい?」
「うん。」
「こっちきて。」
やっぱり校舎の裏に連れて行かれる。
もしかして…。
「多分…はじめまして…よね?」
「うん。」
「ちょっと聞いてもらいたい話があって…時間、大丈夫?」
「うん、いーよ。で、何?」
「あの…その…え~っと…ずっと前から好いちょったっちゃ!付き合って!」
やっぱし。
「そーなん?ありがと。嬉しいけど…ウチ、彼氏おるっちゃ。ごめんけど付き合うことはできんよ。」
あからさまに表情が曇り俯く。
「そこをなんとか!別れてほしい!」
食い下がってくる。
「ごめんね。それは無理。ウチ、今の彼氏やないとダメなんよ。他の人とか考えることできんき。」
「どうしても?」
「うん。ごめんね。」
「ちなみに誰?」
「1組の小路君。」
「全然知らん。」
「そっか。地味やもんね。でもウチ、どうしようもないくらい好きなん。だき…ホントごめんね。好きになってくれてありがと。」
「諦めきれんよ。一年の時からずっとやもん。」
「そげ言われても…。」
次の言葉が浮かばない。
困り果てて、俯き黙っていると、
「桃?どげしたん?」
千尋だ。
たまたま通りかかったら、桃代が困って俯いているのが見えたので、助けるために声をかけてきた。
「あ!千尋くん!」
「誰?」
「ん?同じクラスの幼馴染。ホントごめん。ごめんね。ウチ、そろそろ帰らんと、友達待たせちょーき。じゃーね!」
申し訳ないと思いつつも、このままじゃずっと解放してもらえそうにないので、逃げるようにその場を立ち去った。
帰りながら、
「桃?さっきのあれ、何やったん?」
聞いてくる千尋。
「告られよった。」
「お前、モテるね。」
「ははは…なんかね…」
乾いた笑い。元気がない。
「ユキが心配するわけて。」
「ユキくんなんか言いよった?」
「いっつも言いよるよ。桃が心配っち。」
「そっかー。ゆったらまた心配かけるね。」
「そやね。お前モテるきしょーがないね。」
「何か分からんけど…どこがいーっちゃろ?」
「さーね。ユキはどげしよん?」
「分からん。今日は会ってない。」
「報告しちょかな。また心配するぞ。」
「うん。しちょく。」
家に着くとメールした。
すぐに返信。
既に帰宅している模様。
着替えてユキの家に行く。
「ユキく~ん。」
「は~い。」
「上がり。」
「うん。」
ユキの部屋に入るなり。
「ウチ…さっき告られた。」
「は?また?」
「…うん。断った。全然知らん人やった。千尋くんから助けてもらったカタチになって、その人置き去りにして逃げてきてしまった。」
「モテるねぇ。明日から何もなかったらいいね。」
「うん。ウチ、モテんでいい。だいたいウチのどこがいーんやろか?」
「モテんでいいとか贅沢な悩みやな。まぁ顔も性格も両方いーっちゃやない?実際オレは全部好きやきね。他の男もそーなんやろ。」
「そんなんはユキくんだけでいーんに。」
「しょーがないよね、可愛いし。オレは心配でたまらんけど自慢でもある。」
モテる彼女に心配しながらも、満更でもないユキ。
「ウチは…もぉゆわれたくないな…断るの申し訳ないし、恨み買ったりせんとも限らんし。ユキくん心配させるのが一番イヤ。」
「そっか。そぉよね。でも、ありがとね。オレの彼女でおってくれる限り、告られるのは我慢する。」
「でも…心配させるのはイヤ。」
「うん。」
頷き、桃代を落ち着かせるためにそっと抱きしめ、唇が触れるだけの口づけをする。
なんとなく力の入った身体が緩んだ気がした。
柔らかな表情になった。
次の日から置き去りにした男子の視線が気になる。
そうしょっちゅう校内で遭遇するわけじゃないけど、会うと必ず目で追われている。
完全にカタをつけないまま逃げてしまっているから仕方ない。
今後、再度呼び出しも覚悟しておかなければならないだろう。
いらん心配が増えてイマイチスッキリしない。
そんなことを考えながらモヤモヤしていたある日、ユキと二人で仲良く帰っているところを偶然見られ、何かを察したらしい彼はそれ以来目で追うことも無くなり、一切の縁が切れた。
やはり彼氏と仲良くしているところを見てしまうと、流石に諦めざるを得なくなるのだろう。
一件落着といった感じである。
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