第24話② 告られる(ユキの場合)
ごく稀に、ユキの身にもそういったことが起こる場合がある。
桃代の件も一段落し、ボチボチ夏休みも意識しだすある日の昼休み。
もうすぐチャイムが鳴るので、ユキは友達数人と教室に戻っていたら、
「ちょー待て!その人と違ぁ…!」
背後から女子の叫び声。
直後、
「カンチョー!」
の声と共に衝撃。
ケツの割れ目に荒々しく指が入ってきた。
突然の出来事に、
「ぅわっ!」
ビックリして声が漏れた。
まるでドラマ「トンボ」の最終回、エイジが背中を刺されるかの如くグッサリとカンチョーされたのだった。
振り向くと、小さくて可愛らしいメガネっ娘。
学年組章を見ると一年生。
両掌を合わせ、人差し指だけを立て、カンチョーの指にしたまま顔が青ざめ、茫然と立ち尽くしている。
「ご、ごめんなさいっ!間違えました!ホント、すみません!」
どうやら仲良しと間違えてやってしまったらしい。
泣きそうになっていた。
その顔を見て思わず苦笑いするユキ。
横にいた友達からも大爆笑される。
これ以上絡むのは酷な気がしたので、
「いーよ。」
優しく声をかけ去っていく。
教室に戻る途中、
「あ~ビックリした。全然知らん、しかも上級生やった。」
心臓のバクバクがおさまらないメガネっ娘。
「バーカ。顔も確認せんでそげなことするき罰が当たるって。いい人で助かったぞ。」
友達から呆れ果てられていた。
「…うん。」
しょぼくれて返事する。
この会話からもわかるように、まあまあそそっかしい子らしい。
それから数日。
掃除時間。
焼却炉の周りを掃除して、終わったので後片付けをして戻っていた時のこと。
「あ…鍵かけるの忘れた。先行っちょって。」
「わかった。」
「あ~あ、面倒くせ~。」
他の者を先に返し、あと戻るユキ。
半分以上のところまで来て気付いたので、それなりに時間がかかる。
施錠し終わり戻っていると、前から満載されたゴミ箱が歩いてくる。
焼却炉までは上靴で行けるよう、コンクリートのブロックで道が作ってある。
幅はそんなに広くなく、すれ違うにはかなり一杯一杯だ。
直前まで来たときユキは泥の上に避けてやる。
向こうも気付いたらしく避けようとして…
「うわっ!」
コンクリートと地面の境目の段差で足がグネり、ゴミ箱の中身をまき散らしながら派手にコケた。
まあまあお約束だ。
「大丈夫?」
顔を見ると…
「あ…はい。っち、カンチョーの先輩!」
この間のカンチョー後輩くんだった。
気まずそうな顔。
「?…あ~。その節はど~も。」
礼を言うと、
「この前はホントにすみませんでした!」
アワアワと挙動不審になるカンチョー後輩くん。
「いえいえ。それよりもゴミ拾わんと。あ~あ、全部出たね。もうチョイ早目に避けちょったらコケんで済んだのに、ごめんね。はよ拾お?風で飛んでいきよぉばい。」
「あっ!ありがとうございます。」
動きがやたら小動物チックでなんだか癒される。
立とうとすると、突然、
「いてっ!」
「どげした?」
「足、グネりました。」
これまたどうしようもないくらいにお約束な展開。
何の漫画?ホントにこんなことあるんやな。と、逆に感心してしまう。
その間にも風でゴミが吹き飛ばされ、散らばっているので、
「マジでか?ちょー、じっとしちょき?オレがするき。」
「でも!」
「無理せんとよ。」
拾い始めると、申し訳ない顔でコチラを見ている。
全て拾い終わり、焼却炉にぶち込むと、
「立てる?」
「あ…はい。いてっ!」
「ダメっぽいね。保健室いこ?」
しゃがんでおんぶする体勢に。
「え?いーんですか?」
恐縮するカンチョー後輩くん。
「いーよ。歩くのツラそうやん?あっ!お姫様抱っこの方がよかったとか?」
「い、いや…そうじゃなくて…」
一気に赤面する。
見ていて面白い。
「ごめんごめん。冗談。」
「もぉ…。」
恥ずかしくなり俯いてしまう。
おんぶして保健室に連れて行く。
コンコン。
ドアをノックし、
「失礼しま~す。」
開けると誰もいない。
「ちょっと職員室行って保健の先生おるか見てくるね。」
「あ!ちょ…先輩!名前…」
「ん?あ、小路。んじゃ、ちょっと行ってくるね。」
数分後、保健の先生を連れて戻ってくる。
状況を説明すると、
「分かりました。あとはいーよ。」
「は~い。失礼します。」
去っていく。
教室に戻ると、
「ユキ、遅かったやん。」
「うん。ハプニング発生。戻りよったら一年がコケてゴミ箱でんぐり返しなったき拾っちゃりよった。」
「ふーん。だき遅かったって。」
「そ。足グネッて痛そうやったき保健室連れて行ってきた。」
「それはよいことをしたね。女?」
「うん。」
「可愛かった?」
「うん。ちっこいで小動物ぽかった。そうそう!この前カンチョーしてきた子。」
「あ~。感動の再会やな。」
「そーね。何か恩返しあるかもね。」
「期待しとかんと。」
「なんやか?一発させてもらえるとか?」
相変わらずヤラシイ。男はいつもバカである。
「それ、いーね。」
「そげなことしよったら、桃さんから怒られるぞ。」
「それはいかんね。」
しょーもない話をしているうちに帰りのホームルームが始まり本日も無事終了。
都合の付く幼馴染と合流し、帰宅した。
その場に桃代もいたのだが、別に大したことじゃなかったので報告はしていない。というか、帰る頃には完全に忘れていた。
その後、カンチョー後輩くんはというと。
校内でユキを見かけるたび、目で追うようになっていた。
保健室の件で好きになってしまっていたのだ。
もうすぐ夏休み。
一カ月以上会えなくなる。
さてどうする?思いを伝えるべきか?
そんなことをいつも考えている。
あと数日で夏休み、学校の帰り道。
バスに乗って帰宅中。
いつも渡っている橋で信号待ちの停車中。
あ…小路先輩。
サオを持って橋の上から水面を覗き込むユキを見つけた。
釣りするって。学校から近いし、歩いてここまで来て偶然を装い会話する!
お近づき大作戦を思いつく。
次の日。
早速実行に移す。
橋の最寄のバス停で降り、川に行くと…やはりいた。
既に釣りしている。
「小路先輩!」
いきなり呼ばれ、ビクッとして振り返る。
土手をものすごい勢いで駆け下りてくるカンチョー後輩くん
認識したユキは、
「お~!どげした?」
「面白そうなことをしているので見に来ました。」
「釣りに興味あると?」
「はい。」
ウソである。したことなんか一切ないし興味もない。
「ふ~ん、珍しいね。女子はあんましせんのにね。」
「そーなんですか?」
「うん。」
ユキは会話が終わると釣りに集中。
カンチョー後輩くんはユキの横に座り、その様子をジーッと見ている。
しばらくすると、
「ユキく~ん。」
女の子の声。
桃代登場である。
「お~。やっと来た。」
嬉しそうな顔になるユキ。
あれっち…狭間先輩?
一年生の間でも可愛いことで有名な桃代。
嬉しそうに駆け寄ってくる桃代と、そちらを振り返ったユキ。
互いの表情を見ると、
両想いなんやん…。
秒で気付いてしまい、表情があからさまに曇る。
ユキの隣りには見たことのない制服女子。
当然桃代は
「釣れた?っち、こちらはだ~れ?」
不審に思い聞いてくる。
「一年の…そーいやオレ、名前知らんやったね。」
名前すら知られてなかったことが悲しさに追い打ちをかける。
「あの…えっと…。」
緊張と悲しさで言葉が出てこない。
「ユキくんとは?」
「ちょっと…前…友達と間違って…カンチョーしてしまいました。」
これっち…。
表情と今の状況からこの女の子がユキに気があることは明確だ。予防線を張ることにした桃代は、
「あはは、何それ?そっかぁ。ちょっといい?」
「はい…。」
この場から引き離す。
そして、
「ユキくんのどこが好きなん?」
ズバリ聞く。
会ってすぐなのに本心を見破られ、
「え?なんで分かるんですか?」
驚く後輩くん。
「分かるくさ。だって思いっきし顔に出ちょったもん。」
優しい微笑みで答える桃代。
「そーなんですか?」
「ちゆーか、顔に出らんでもこんなとこにおる時点でそぉゆーことやん?」
言われてみればその通りなのだ。
釣りでもしない限り、川に用事のある女の子なんかそうそういるわけがないのだから。
お近づき大作戦、大失敗。あまりの浅はかさに自分が嫌になってくる。
「あの…小路先輩…コケた私を保健室まで連れてってくれて…それで…」
半泣きで経緯を話しはじめる後輩くん。
「そっか~。それで!ユキくん優しいもんね。」
納得すると共に、
それにしてもなんで?自分は全部おしえよるのに、なんでおしえてくれんの?
不満が爆発する。
「はい…で、狭間先輩は?小路先輩とは?」
「ウチは彼女。」
これ以上ないほどの明確な答え。
終わった…告白する前に終わってしまった。
「そーなんですか…」
「うん。大事な人やき。ウチにはユキくんしかおらんき。」
優しく、しかし真剣に伝える。
この言葉の中に、大きくて重いものが詰まっているのが感じ取れる。
この人には敵わない。
直感した。
全く入る余地がない。
諦めるしかない。
涙が溢れそうになる。
「泣かんで?」
焦る桃代。
「どげしたん?」
いつの間にかユキが傍にいた。
「あ…あの!」
どうせダメなんだ。ここで思いだけ伝えて玉砕しよう。
「ん?」
ユキの目を見つめる強い視線。
「先輩のことが好きで!」
ビックリして目を見開くユキ。
思いもしなかった展開に桃代も横で驚いている。
「え?そーやったん?それはまた…こんな不細工を。ありがとね。嬉しいよ。ちゆーことは、その涙…桃ちゃんからオレらの関係、聞いた?」
「はい…こんなの絶対無理じゃないですか…諦めきれないけど…諦めるしかないですよ。」
「ごめんね。好きになってくれてありがとね。ホントありがとね。」
手を合わせ謝るユキ。
「優しくしないでください!ツラいです!」
逃げるようにその場を走り去る後輩くん。
「なんかよさげな子やったね。ウチ、可哀そうなことしたやか?」
「いや、いずれ分かることやきしょーがないよ。それにしてもビックリしたぁ。」
とゆーワケで、ここからは追及の時間。
「そぉよ、ユキくん!なんでそぉゆーことあったんなら言わんかな?ウチ、ちゃんと報告しよぉやろ?」
突如、厳しい口調に変わる。
「だって、大したことしてないもん。今の今まであの子のこと完全に忘れちょったし。」
「は~~~。もぉホント、ユキくんは…詳しくおしえて。」
「詳しくっちゆってもねぇ…もぉだいぶん前のことやき思い出せんかもよ?」
「いーき!何が起こったん?」
普段と全く変わらない態度のユキ。
この温度差がさらに桃代をヒートアップさせる。
「ん~っとね~…学校のゴミ焼き場あるやん?」
「うん。」
「あっこ掃除して教室に戻りよったらね、さっきの子とすれ違ったんよ。そしたら目の前でコケて、ゴミバラまいて。コケた時足グネッたみたいで立てんくなっちょったき、おんぶして保健室連れてった。それだけ。」
「それだけっち…そらぁ充分好きになるよ。それがユキくんにとって大したことやないわけ?」
「うん。だって、目の前でコケて立てんごとなっちょったら流石にほたって行けんやろ?」
訳:流石にほったらかしにして
「そら、そうやけど!…あ~もぉ~!」
あまりにも正当な理由過ぎる。
ユキにとっては当たり前のことをしただけなのだから、本当にそれ以上でもそれ以下でもない。そして、大したことしてないと思っているものだから、忘れていてもおかしくないのだ。
責めようのないところがまた桃代の感情を荒立てる。
気付かないうちに、
「じゃ、なんでウチにそのことゆってくれんやったわけ?」
最初の質問へと戻っていた。
「大したことやなかったきすぐ忘れた。」
同じ答えが返ってきたところでやっと気付く。
「も~~~!」
追及することが無くなった。
いよいよただの焼きもちになってきてしまっている。
それでも結果的に隠したカタチになってしまっていたので、
「でもごめんね。怒らんでくれたら嬉しい。」
素直に謝った。
「あ~あ…自分でも気付かんで優しくして、好かれて…バカ。」
完全にブーたれモードだ。
ふて腐れたまんまルアーを投げ、巻き取っている。
「でもね。桃ちゃんだって告られよぉやん?あれはオレ、心配でたまらんのばい?」
「だって!」
言われて気付いた。
自分のことは棚に上げていた。
それに気づかないまま感情に任せ、ユキを責めていた。
しまった!
桃代のことを最優先に考えてくれるユキ。
そのことに甘えていた。
突然の恋敵出現に焦って我を忘れていた。
「ごめんなさい…。」
「いーよ。」
ニコッと笑い安心させる。
「なんかウチ…ダメダメやん…」
落ち込んでシュンとなっている。
「もうこの話はおしまい。さ、釣りしよ?」
「うん。」
すぐには立ち直れないけど意識して笑った。
ぎこちなかったけど、その笑顔をみせてくれたことに感謝。
夏の夕方。
デカいのが来る予感。
二人、無心に投げて巻く。
そして。
「食った!」
ユキが大きくサオをあおる。
サオの曲りからしてデカそうだ。
川の真ん中辺りで魚がエラ洗いする。
首を振り、突進し、フックを外そうともがく。
隣で桃代も
「来た!ダブルヒットやね!」
「うん。バラさんごと!」
「うん。」
ユキが先に抜き上げた。
写真を撮り測定する。
41cm。
綺麗な魚体のオス。
続いて桃代。
フックの掛りを見て抜き上げる。
お腹の凹んだ、そして餌を食って少し回復したメス。
写真を撮り、測定。
44cm。
2本とも逃がすとそろそろ晩御飯の時間。
「釣れたし、帰ろっか?」
「うん。」
「今日は心配かけてごめんね。」
「うん。しょーがない。ウチ、ユキくんのことになったら冷静でおられんくなるみたい。いかんね。」
「いーよ。そんだけ好きっち思ったら、そーゆーのも嬉しいよ?」
「ホント?」
「うん。ホント。」
「でも、もぉちょいコントロールできらなウチ的になんかイヤ。」
「ま、それはそれで。無理せんで?自然体が一番やき。」
「わかった。少しだけ努力してみる。」
「そやね。でも、無理はダメ。」
「ん。」
夕暮れ。
二人並んで歩いていく。
一年の時はいつもユキと一緒にいたため、誰一人として(環という例外はあったが)告白なんかしてこなかった。だが、クラス替えがあって離れた途端、告られることが多くなった。
二年になって顔見知りになった人間もいる。ということは、二人が付き合っていることを知らないわけで。
三年で同じクラスになれないと、こういった事件が増える可能性も否めない。
モテない人間には贅沢な悩みなのだろうが、平穏に過ごしたいと思っている二人にとっては迷惑でしかない。
特に桃代は激しい焼きもち焼きで、ユキへの依存が強いから気が気ではなくなってくる。
三年生。
どうか二人、同じクラスになれますように!
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