第25話① 毒虫(ゴマダラカミキリと遊んだお話)

 一学期の期末考査が終わるとクラスマッチなるものが開催される。

 

 スポーツ大好きな人間にとってはこの上なく楽しいイベントなのだけど、苦手な人間にとっては地獄以外の何物でもない。

 それはユキも例外ではなくて。

 とにかくリズム感が皆無なユキは大変ぎこちなく、見ていてカッコ悪いし危なっかしい。コケたり直撃したりとしょっちゅう足を引っ張りマクり、無様な思いばかりする。

 スポーツの中でも特に嫌いなのは野球とかソフトボールで、これらはもはやアレルギーといっても過言ではないくらいに嫌いなのだ。

 なぜそこまで嫌いかというと、小さい頃父親にキャッチボールの相手をさせられ、あまりにも思い通りにならなくて挙句の果てに激しく怒られたため心がボキボキに折れ、トラウマとして深く心に刻み込まれてしまったからだ。それ以来ボールを見るのさえ嫌いになってしまった。

 それだけならまだ個人レベルの好き嫌いで済まされるのだが、ソフトボールは体育の授業に取り入れられており、強制的にやらされる。それだけでも十分苦痛なのに、無理矢理やらさせられた挙句、できないことに関して文句を言われる。大多数の人間から面白いと思われている競技だから、「嫌い」が認められない。もしそのことを口にしようものならば、人間性を否定される。

 そんな理不尽がまかり通ってしまうから嫌いなのだ。


 ちなみにユキ以外の幼馴染達はというと、ほぼ全員スポーツが好きで得意だったりする。海は体力面で若干劣っているものの、ユキほど壊滅的ではない。


 といったコトを踏まえ、クラスマッチ。


 6時間目のロングホームルーム。

 クラスマッチのメンバー決めがあった。

 種目はソフトボール、バスケットボール、バレーボール、サッカーの四つ。

 ユキはどの競技も超がつくほど苦手なため、できれば参加したくない。だから、最後まで選ばなかった。間が持たないので便所に逃避して、うんこするふりをする。終わった頃を見計らい教室に戻ると、あろうことかソフトボールに決められてしまっていた。

 これから始まるであろう練習と本番が思いやられる。


 その日の帰り道。

 珍しく幼馴染全員と涼と舞が合流。

 早速クラスマッチの話題になり、


「ユキ、何になった?」


 菜桜に聞かれる。

 超絶不満そうな顔をして


「ソフトボールばい…最悪やき。」


 答えると、


「ヤベーやん!お前、大丈夫なんか?」


 心配される。


「大丈夫なわけないやん。既に憂鬱さMaxっちゃ。当日仮病の発作で休もうかと思いよる。」


「まぁ、そげなるやろーね。」


「ちゆー訳にもいかんめぇばってん…あ~あ、したむない。」


 拒絶っぷりがハンパない。


「明日から練習始まるやろ?」


「うん。なんかそげいーよったね。」


「ケガせんごとね?」


 桃代が心配そうに言ってくる。


「そっか!ケガしたら出らんでよくなるやん。正当的な理由!」


 顔がぱあ~っと明るくなるユキ。でも、ホントに実行しそうなものだから、


「もぉ!ウチはケガせんごとっちいーよーとよ?」


 少し感情的になってしまう。

 溺れて死にかかったとき以来、異常なまでにユキの病気やケガに神経質になっているのだ。

 それなのに、


「でも、嫌々やるわけやき練習中とか本チャンでやらかすかもばい?」


 さらにくだらない言い訳をするものだから、


「それはそうやけど…今、わざっとケガしようとした!そんなんは冗談でもイヤ!聞きたむない。」


 怒られる。

 原因は自分なので


「ごめんなさい。」


 素直に謝った。桃代が怒ったり泣いたりすることには滅法弱いのだ。


「気を付けて練習せなばい?」


 本気で心配されている。


「わかった。」


 とりあえず頑張る意志は見せた。




 翌日。

 放課後、練習が始まった。

 全学年一斉にするのでソフトボールだけでも相当の人数。

 とりあえずキャッチボールすることになってしまった。

 相方のクラスメイトと距離をあけ向かい合うと、早速トラウマが炸裂する。

 この時点で既に腰が逃げていた。

 それでも一応は頑張ってみるのだけど、怖いものは怖い。

 目を瞑ってしまうから全く何も見えていない。

 相手はそんなこととも知らず、普通にある程度の勢いで投げてくる。

 直後、


 ゴキッ!


 骨にダイレクトに響く衝撃を感じ、仰向けにぶっ倒れた。

 グローブにかすりもせず、そのままの威力で顔面に直撃したのだった。

 その様子を見て、


「あ~はっはっは!大丈夫か、小路?」


 大爆笑する相方。しかし、次の瞬間あまりにもひどい出血で、周囲は騒然となる。

 鼻から口にかけてヒットしたので、唇の裏が上下ともザクザクに切れていた。


 たまたま近くにいて、瞬間を見てしまったミク。

 心配して駆け寄り、


「小路っ!」


 声をかけてきた。

 顔面の下半分血だらけのユキ。


「あ…長谷さん。」


 恥ずかしい場面を目撃されてしまい、思わず苦笑い。


「血ぃ凄いばい?保健室行こ?」


「あ…うん、ありがと。なんか、情けないね。」


「ううん、そんなことない。立てる?」


「ん。大丈夫。」


「小路っちスポーツ全然ダメなんやね。」


「そーばい。知らんやった?」


「うん。今までマジマジと見る機会っちあんましなかったきね。」


 体育の授業は基本男女別なので知らなかったらしい。


「見れるのっち体育祭ぐらいやない?」


「そっか。そーよね。」


 なんてこと話している間に保健室に到着。


「センセー。ボール当たって血ぃ出した。お願いしまーす。」


 保健の先生に手当を頼むと、


「ちょっと桃呼んでくるね!」


 とんでもない展開に。


「あっ!ちょっ…」


 走って行ってしまった。


 ヤバい!また心配される!


 一気にブルーになった。



 ミクは桃代を探す。

 とりあえず教室をみてみるものの…いない。

 ちょうどそこにいた中学時代の友達に、


「ねぇ。桃どこおるか知らん?」


 聞いてみるものの、


「狭間は~…アイツ何出るんやったかね?」


「え~っと…分からんけどソフトボールやないき体育館と思う。」


 ハッキリとした居場所は分からなかった。


「ありがと!」


「どーいたしまして。」


 とりあえず体育館に向かうことにした。


 背が高いき探しやすいはず。


 ドアを開け、グルッと見まわすと…。


 おった!


 競技中の桃代に、


「桃っ!」


 呼んで手招き。

 気付いた桃代は、


「なぁ~ん?どげんしたん?」


 返事をすると、


「小路、顔にボール直撃してでったん血ぃ出しよったばい!ウチの横でそげなったき保健室連れてった。すぐ行ってやって!」


 とんでもないことを聞かされる。

 その瞬間、顔色が豹変した。

 居ても経ってもいられなくなり、


「はぁ?なんそれ!ごめん!ちょっとウチ、保健室行ってくる!」


 断りもソコソコに猛ダッシュ。

 走っている間、昨日怒ったことを激しく後悔した。

 恐らく無理して頑張った結果だ。

 申し訳ない気持ちでいっぱいになり泣きそうになる。

 保健室に到着し、


 コンコン


 ノック。


「どーぞ。」


 保健の先生の声。


 ガラッ!


「失礼しま~す。」


 ベッドの上にユキが寝転がっていた。


「…よっ。」


 気まずそうに笑うユキ。

 口の周りが腫れていてジャージが血まみれ。


「ごめんなさい!」


「なんで?」


「ウチが昨日あげなことゆったき…。」


「へ?何が?」


 あえて分からないふりをするユキ。


「昨日ウチが怒ったき…」


「あ~…違う違う。オレがヘタクソやったき。ただそれだけ。」


 心配させないようにウソを言う。

 ホントはちゃんと頑張っているところを見せて桃代を安心させたかった。


「ホント?」


「うん。ホント。」


 ことさら大げさに笑って見せた。


「痛い?」


 鼻のてっぺんから顎の辺りまで内出血で色が変わっていた。


「うん。でったん痛い。でももぉ血は止まったっぽい。」


「よかったぁ~。」


 ホッと胸をなでおろす桃代。


「まぁ、もぉちょいどーにかしてみるよ。」


「出らんで済むんならそっちのがいい…。」


 半泣きになっていた。


「それができたらその方がいいけど…無理じゃね?」


「あ~あ…もぉこんな目に遭ってほしくない。」


 落ち込んでいる。

 こうなるのは分かっていたからミクには悪いが呼んできてほしくなかった。

 しばらく落ち込むことが容易に想像できる。

 不甲斐ない自分に嫌気がさす。




 その頃。

 ユキは絶望的な鈍さとセンスのなさに、


「何なんアイツ。全く使えねぇ!あげなんいらんばい。」


「捨てよぉや。」


「うん。それがいいばい。あげなんがおったらウチのクラス負ける。」


 ソフトボール組全員からドン引かれ呆れられていた。

 完全に目を瞑り逃げ腰だったので、流石にこのまま練習させてもまたケガするのは目に見えている。

 すぐさま危険と判断され補欠ですらなくなった。

 戻ってくるなり、


「小路、お前、クビ。もぉ出らんでいー。」


 冷たく言い放たれる。


 これこれ!これなんよ!


 できないと悪者扱いされる。ケガして痛い思いしたのにこの扱い。


 だき、好かんっちゃ!


「分かった。」


 参加しなくてよくなった。両手を上げて大喜びしたかったけど、それをやると間違いなく非難されるので、空気を読み残念な表情で落ち込んだフリをした。

 勿論心の中では、


 よっしゃ!痛い思いをしただけあった。出らんで済んだ!


 大喜びである。




 そして、クラスマッチ当日。

 ユキは応援もせず、一人プラタナスの木でゴマダラカミキリを探していた。


 ゴマダラカミキリ(胡麻斑髪切 Anoplophora malasiaca)

 コウチュウ目(鞘翅目)カミキリムシ科に分類される甲虫の一種。

 大型でいろいろな木を食べるため、日本に分布するカミキリムシの中でおそらく最もよく知られた種類である。

 成虫の体長は2.5cm-3.5cmほどで、全身が黒い。特に前翅は光沢のある黒色に白い斑点が並んでいてよく目立ち、和名もこれに由来する。前翅以外の部分はあまり光沢がなく、腹側や脚は青白い細かい毛で覆われる。触角は体長の1.5倍ほどで、触角を形作る各節の根もとにも青白い毛があるため、黒と青のしま模様に見える。

 日本全土に分布。

 ※ウィキペディアより引用。


 木の幹には直径1cm程の穴がいくつも開いている。


 これ、最近ほげた(開いた)穴やな。絶対おるはず。


 上を向き、枝を凝視すると…


 おった!


 外掃除用の箒で突いて落とす。落ちてくるとき羽を広げ飛ぼうとするのを軽くはたいて落とす。

 触角が長い体長3cm程の立派なオスだ。

 指でつまむとキイキイ音を立てている。

 這わせて遊んでいると、すぐに飛ぼうとする。


 そうだ!


 いいことを思い付き、焼却炉へ。

 燃え殻の中から糸を発見する。結構長いので、1mくらいに切ってカミキリに結びつけた。


 これで飛んでも大丈夫やな。


 グラウンドのスタンドに一人座り、糸を結んだカミキリムシと熱心に遊ぶ。

 その光景を菜桜が見つけ、近寄って行く。


「ユキ?お前、一人で何しよぉん?」


「ん?ソフトボールクビになったきゴマダラに遊んでもらいよぉ。」


 桃代達の試合を見ていて終わったから出てきたとのこと。まだ勝ち進んでいるらしい。

 ちなみにバスケだ。


 菜桜と二人、座って話す。


「口んとこ、真っ黒になったね。」


「うん。みっともなかろ?」


「なんか漫画の泥棒みたい。」


「ははは。ホントやね。」


「菜桜ちゃん、出番は?」


「一回戦で負けた。何もすることないきフラフラしよる。」


「そーなんて。今からどげするん?」


「さー…どげしよっか?分からん。」


「他の人は?」


「他は多分まだ試合中。」


「見に行かんと?」


「気が向いたらね。」


 そういえば、最近菜桜と一緒に釣りに行ってない。クラスが離れてからイマイチ予定が合わないのだ。


「釣りは行った?」


「行っちょらん。」


「また行きたいね。もうすぐ夏休みやき行こうや。」


「そーやね。そーだ!今日行ってみる?」


「うん。他の人は?」


「みんな用事。とりあえず戻ろっかね。帰ったら連絡ね。」


「わかった。またあとでね。」


「ん。」


 菜桜は手を振って去っていく。


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