第32話③ 菜桜とユキとでお買いもの
次の駅。
電車に乗って、それからバス。
その間の会話がとてつもなくぎこちないものになってしまっている。
言わん方が良かったかな?これまでの関係、壊れたかな?
そんな気がとてもする。
でも。
このままずっとこの気持ち、押し殺してやっていけた?
答えはNO。
もうすぐ大学受験が始まる。
今の時点でも文系理系でバラバラだ。
大学に入るとさらにバラバラになる。
何らかの形で伝えておかないと、下手すれば一生自分の気持ちは宙ぶらりんという可能性だってある。
間違ってなかった!
今はそう思いたい。
桃代は大切な幼馴染。
大好きだ。
帰ったらすぐに謝ろう。
そう考えている間にバス停に到着する。
運賃を払い降りる。
「ユキ、今日は楽しかった。ありがとね。」
「うん、こちらこそ。オレも楽しかったよ。」
互いに多少のぎこちなさがまだ残っていた。
「桃帰ってきたら謝ってくるき。」
「そーなん?」
「うん。許してもらえるかは分からんけどね。」
「そっか。じゃーね。」
「うん。またね。」
そして、別れ際。
「また一緒行こぉね!」
思いもしなかった誘い。
「…!あげな酷いコトしたんに、また行ってくれるんか?」
「当たり前やん。」
いつもの笑顔。
また…こいつ…
泣きそうになる。
こんなん諦めるのとか、ぜってー無理!
結局諦めるどころかますます好きになってしまっていた。
参ったなぁ…
心の底から困り果てる。
ひとまず買ったものを置きに帰る。
すぐさま桃代にメール。
『桃、帰ってきちょー?』
少しの間を開け返信。
『帰っちょーよ。で、何?』
文字だけだと感情が読めなくて怖い。
でも、それじゃ気が納まらない。
『直で話す。今からそっち行く。』
『分かった。』
すぐに家を出た。
「桃~。」
勝手口を開け、呼ぶと
「は~い。上がりぃ。」
すぐに返事。
「お邪魔しま~す。」
桃代の部屋へ。
「桃…ごめん。」
辛そうな菜桜の顔を見て、
「何?どげしたん?何があったん?」
心配する桃代。
「あの…」
いつもの勢いがまるでない。
「ん?」
俯いたまま、
「ユキに告った…んで…キスした。」
白状しかなり気まずそうな顔をしている。
「バカ!なし、そげなことすると?ユキくんはウチの彼氏よ?」
当然のごとく怒られた。
「いや…その…申し訳ない!優しくされて…我慢できんくなった。」
手を合わせ謝るが、
「もー!ホント、何やってくれよぉん?何もせんっちゆったよね?」
怒りは収まらない。
とはいうものの、こればかりは他人の感情である。自分じゃコントロールできないことはミクや環の件で身をもって知っている。
結局、
は~~~…。
額に手を当て大きなため息。
「ごめん!ホントごめん!」
ひたすら土下座する菜桜。
「で?ユキくん何ち?」
自分に自信が無いため、ユキのリアクションが猛烈に気になる。
「ありがとっち…あと、フリきらんともゆわれた。今の関係が壊れるの怖いっちゃろ。」
やっぱし…
「も~~…ユキくんは~。」
「あんまし責めんでやってくれ。責めるならウチを責めれ。全部ウチが悪いんやき。」
「あ~あ…環が言いよったコト、ことごとくホントになっていきよるし…また心配事が増えたやんかぁ。」
頭を抱え、ベッドに座り込んでしまう。
環?なんで環?環となんかあった?
ものすごく引っかかったが、とても聞ける雰囲気じゃない。
そして力なく俯き黙り込んでしまう。
痛いほどの沈黙が続く。
時間にすれば大した時間じゃないが、気まずい沈黙というのは永遠に感じるものだ。
その沈黙を菜桜が破る。
寂しそうな声でボソボソ喋る。
「…ユキね…お前に完全にベタ惚れやった…桃のハナシ…聞くのツラかったぁ…全く入り込める余地やらねぇし…お前が羨ましい。」
泣きそうになっていた。
「そーなん?」
嬉しいことを言われているはずなのに、素直に喜ぶことができない。
何かキッカケがあれば、すぐにでも捨てられそう。
そんな気がいつもしている。
好きである自信はある。
だが、好かれる自信がどうしても持てない。
顔の傷のことが引っかかってしまうから。
「うん…だき…ちゃんと自信持たんと…もぉちょい信じちゃらな、ユキが可哀想ぞ?」
「分かった。分かったけど…あ~あ…何なん?も~!」
「ごめん…。」
頭を抱える。
二人して困り果てていた。
そして、
「ホント、今日はごめん。絶対盗ったりせんき!」
再度、土下座する。
「分かった。分かったき、土下座やらせんで。」
「いや…こげでもせんと気が済まんっちゆーか…」
なんとも歯切れが悪く、菜桜らしくない。
「信じるよ。」
この言葉で今回のハナシを〆た。
「ホントに…申し訳ない…。」
最後にもう一度力なく謝り、桃代の部屋を後にした。
家に戻り、部屋で一人。
今日のことをぼんやりと考える。
別れや断りの言葉は一切なかった。
ただ、告白した後の二人の態度を見ていれば一目瞭然。
明らかに失恋だ。
お互いが強く思いあっていることを嫌という程再認識させられてしまった。
今後もこちらを向いてはくれない。
付き合えるはずもない。
報われない。
そう考えると、とてつもない寂しさが猛烈に押し寄せてきた。
風呂に入り夕飯を済ませ、あとは寝るだけ。
一人、部屋でボーっとしていると、どうしても考えてしまう。
ツラい。
圧し潰されてしまいそうだ。
そういえば、先程桃代が出した環の名前。
なんとなく気になった。
そうだ。環に話そう。少しは気が紛れるかもやし、さっきの意味も分かるかも。
電話する。
「今からそっち行っていい?」
「いーよ。何かあった?」
「うん。じゃ、行く。」
「はーい。」
歩いて1分ほどの距離。
しかし、夜もまあまあ遅い時間だったので、環は外で待ってくれていた。
「ごめん、遅くに。」
「いーよ。上がり。」
部屋に入ると
「で、何があった?」
すぐさま聞いてくる。
「あんね…ユキに…告って…キスした。んで、そのこと…桃に謝った。」
元気なくポツリポツリと話す。
すると環は、
「そっか。やっぱ菜桜も好きやったか。」
驚きもせず苦笑した。
そのリアクション…
「なんで?環、ウチの気持ち分かっちょったん?ちゆーか『菜桜も』っち…環も?」
看破されていた。
微妙に恥ずかしくなってしまう。
続けて、
「うん。なんとなくやけどね~。で、ウチもユキ好きよ。入院しちょーとき、優しい言葉かけられてね…発作的に抱きしめて告って…桃、泣かした。」
病院での出来事を、気まずそうに話し始めた。
「マジで?そげなことあったん?」
「うん。」
「多分、アイツらも全員好きと思うよ。」
新しく出てきた名前でさらに驚かされる。
そして。
桃が言いよった「環が言いよったコト、ことごとくホントになっていきよるし」っち、そーゆーことなんか!
真実に辿り着いた。
じゃ、アイツらも告白するんか?
そんなことを考えてしまう。
「そーなん?」
「多分、よ?見よったら、なんか『そーなんやないかな?』っち思える瞬間があるんよ。仕草とか行動とかでね。」
「マジで?」
「うん。あ~…それにしてもツラいよね。」
「たまらんやった。ちゆーか…今も…たまらん…言葉じゃ…断られちょらんっちゃけど…ゼッテー無理やし…打ちのめされた。」
目には涙。
必死にこらえている。
「そっか。菜桜は男の人好きになるのユキが初めてやったと?」
「うん。」
「ウチもばい。そっか~…二人して砕け散ったかぁ。ユキも桃もお互い一途やもんね。」
優しく微笑む。
「環…ツラい…」
ついに涙が頬を伝った。
軽く抱き寄せ背中をさする。
「そやね。ウチもまだ全然諦めれんもん。」
「諦めれる気がせん…」
「ウチもよ。次見つかるまで勝手に好きでおらせてもらうことにした。」
「お前…強いね。」
「ううん、弱いよ。未だにどうにかしたい衝動に駆られる。」
「そっか…あ~あ…ユキがいーな。」
「ウチも。桃が羨ましい。」
落ち込んでしまう二人。
しばらくはこの状況から抜け出せそうにない。
明日から桃代とユキにどう接していいか分からなくなってしまった。
ごく狭い、そしてドップリ深い人間たちだけでの恋愛問題。
上手くいけば、いつも一緒にいれるので嬉しいことこの上ないが、環や菜桜のようになってしまうとかなり気まずくなる。
普段一緒にいるだけに尚更ツラい。
この日は遅くまで語り合った。
ユキはというと。
桃代に呼ばれ、今日の出来事を聞かれていた。
菜桜が部屋を出たあと電話する。
「ユキくん?これる?」
何の件かすぐに理解したようで、
「うん。すぐ行く。」
「じゃ、待っちょくね。」
電話を切って数十秒。
勝手口をノック。
「どーぞ。」
ドアを開け、
「お邪魔しまーす。」
部屋に上がる。
「菜桜ちゃんのことやろ?」
「うん…も~…なんでこげなことにかるかなぁ…」
心底困った表情。
環同様、仲良しなので強く出ることができない。
関係を壊したくないので、このような表情になってしまっている。
「なんか…ごめんね。」
申し訳なさそうな顔をしている。
「ううん。ユキくんとしては普通に接しよってこげなっただけやろ?だき文句やら言われんっちゃけど。」
「うん。困ったら助けるとか、当たり前のコトしただけやき。自分でも全く気づかんやった。なんか悲しい思いさせたき申し訳ないで。」
「菜桜、でったん謝りよった。」
「そっか。」
「心配事増えるばっかし。これ、おしえたくなかったけど…まだ告ってない美咲とか渓とか千春も多分ユキくんのこと好きやもんね。」
「はぁ?そーなん?」
「予想。本人に聞いたわけじゃない。ユキくんに対する態度とか見よったらそう思う時がある。環もいーよったし。」
「マジで?」
「うん。だき、盗られんでね?」
「それはない。オレ、桃ちゃんがいーっちゃき。」
「ありがと。ウチも。」
僅かに微笑んでくれた。
そして抱きしめてくる。
抱きしめ返したら、
「菜桜のに上書き。」
口づけてきた。
「実際のところ、ここなんやけどね。」
菜桜にキスされたところを指さす。
ビミョーに逸らしてあったため、ちょっとだけ安心した様子。
そのままもっと安心するために、求め合い、一つになる。
次の日。
昼休み、とりあえずいつものたまり場に集まった。
桃代はすぐに立ち直れなかったらしく、菜桜との接し方がぎこちない。
菜桜も、いつものようにいじったりしない。
ユキはというと…全く普段通り。
これはユキなりの心遣い。
何もしないという優しさ。
そうしないと、菜桜をさらに傷つけてしまうのではないかと思った結果の対応だ。
幼馴染限定で気付けて発揮できるユキの優しさ。
心地よくて、嬉しくて…泣きそうになってしまう。
涙をこらえ、小声で、
「ありがと、ユキ。」
すると、
「どういたしまして。」
そう答ると、また普段通りに他の幼馴染と喋る。
ウチも環みたいにしばらくの間、勝手に好きでおらせてもらっちょこ。
そして、どうしても諦めきれんときは…そん時はまた考えることにしよう。
大学受験第一弾。
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