第45話 ホントのこと

 やっとのコトで思いが通じ合った。

 長い道草をした分余計に嬉しい!!

 幸せとはこのようなコトを言うのだろう。

 もう、あの悲しい夢を見ることもなくなるはず。

 そしたら有喜を心配させなくて済む。

 事実、その日を境に悲しい夢は一切見なくなり、泣くこともなくなった。

 心がだいぶ安定したように思う。




 ユキはその日のうちに両親に結婚することを告げた。

 桃代には既に子供がいる。

 そのことで反対されるかもと思ったが、特に何か言われることもなく「頑張りなさい」とだけ言われた。

 桃代の母親にもその旨を伝え、了承してもらった。

 

 しかし、まさかまさかの展開だった。

 有喜がキッカケを作ってくれるとは。

 本当に感謝。

 こんなこと予想なんてできるワケないから、少し前に新車を買ってしまっていた。

 おかげで、お金の持ち合わせが少々心細くなってしまったため、書類上の手続きだけ先に済ませることにした。

 お金が貯まり次第式は挙げよう、ということになっている。

 結婚してからは両方の実家で生活する。

 気が向いたとき、気が向いた方の家で生活OKというわけだ。

 家を出てアパート暮らしをしようとしたが、「無駄な家賃を払うくらいなら実家に住んで金貯めろ!」と言われたのでその要求をすんなり飲んだ。

 この意見は両方の親たちの建前。

 実際は子供や孫と離れるのが寂しいため、出て行ってほしくないというのが本音。

 親離れはできているが、子離れできていなかったりする。

 

 

 

 思いが通じ合った日から数日。

 安心したら、別れていた間のことが妙に気になりだす。

 桃代の焼きもちが、以前にも増して絶好調なのだ。

 何も起こってないことを期待して、恐る恐る聞いてみるのだが、果たして結果は…。

 

「ユキくん?ウチがおらんやった時のコトおしえて?穐田先輩以外で彼女とかおった?」

 

「いきなりどげしたん?」

 

「ん?なんか気になってね。怒らんきおしえて?ウチのこともおしえるき。」


「今更前のコトとかどげでんよくねぇ?」

 訳:前のコトとかどうでもよくない?


 かなり気が進まないご様子のユキ。

 

「そぉやけど…でも、知っちょきたいやん?なんかの拍子に偶然知ってしまったらウチ、また凹んでしまうっち思うっちゃ。あと、変に疑われるのもイヤやし。」

 

 まぁ…何といいますか…メンタル面の弱い桃代らしい提案。

 正直ユキは、桃代の向こうでの恋愛話なんか聞きたくなかったりする訳だけれど、それで気が済むのならと思い、渋々要求を飲むことにした。

 

「そぉなん…まぁ…それで…桃ちゃんの気が済むんなら…話しても…いいよ?」

 

 あからさまに歯切れが悪い。

 間違いなく何かあったっぽい。


 やっぱ、聞かん方がよかったかな?


 後悔するが、勇気を振り絞って聞くことにする。

 

「ウチが言い出したっちゃき、ウチのことからおしえるね。」

 

「ん。わかった。」

 

「んっとね…告られたのは何回かあった。結果からゆーと、別れちょった間は誰とも付き合ってない。勿論えっちもなんもしちょらんよ。」

 

「そぉなん?」

 

 ホッとした表情になる。

 

「ただね、一回だけ付き合いそうにはなった。」

 

「ふーん。で?」

 

 話しを先に進めるように促す。

 

「入学したときからずっと喋りかけてくれよった人おったんね。で、ユキくんと別れたあとからなんか彼氏っぽくなって…3年のクリスマスん時、告られて…キスされそうになった。」

 

 話を聞いて、ハッキリとした嫌悪が現れた。

 

「してないでもそげな話し聞いたら、そいつぶち殺したくなるね。」

 

 桃代のことを大切に思っているからこそキツイ表現になる。

 普段が優しいだけにとても冷たく、そして激しく聞こえた。

  

「嬉しいことゆってくれよったけど、キスされる直前にユキくんの顔が浮かんで…やっぱ無理やった。」

 

「そーやったって…別れちょったんに…ありがとね。嬉しいよ。で、今そいつから何か連絡とかあったりとかするん?」

 

「ううん。全く何もないよ。」

 

「そーなんて。安心した。でも、それ聞いたらオレ…ちょっと…いや…だいぶん言いにくくなるばい。」

 

 申し訳ない感じがひしひしと伝わってくる。

 とてつもなく嫌な予感がする。


 聞くの怖い…止めよっかな?でも、やっぱ…

 

「ユキくんは何があったん?」

 

「話す前に約束してほしいっちゃ。オレにはなんぼ怒ったっちゃいいばってんが、相手の人恨んだりとか仲悪くなったりとかは絶対せんでね?」

 訳:いくら怒ってもいいけど

 

 流れだけで誰のことなのか分かってしまう。

 ショックだった。


 やっぱりこんな話しなければよかった。


 だいぶ後悔した。

 

「わかった。約束する。」

 

 幼馴染の中の誰かであってほしくない!


 心から願う。


「それっち…やっぱし…環とのこと?」


 最も可能性があり、そうであってほしくない名前を出してみた。

 返ってきた言葉は、

 

「…うん。」

 

 いきなしビンゴだった。

 

「は~~…」


 特大のため息一つ。


「で、何があったん?」

 

「…した。」

 

 衝撃的な言葉を口にする。

 更なるショックが桃代を襲う。


「は~~…。」


 先程よりもさらに大きなため息。

 眩暈がした…気がした。

 悔やんでも悔やみきれないことが起きていた。


「マジで?」


 認めたくなくて、もう一度聞きなおす。


「うん…。でも…環ちゃん、怒らんでやってね?悪いのはオレやき。病んでおかしくなっちょった時、優しくしてもらって雰囲気に流されたっちゃき。」


 環を庇う。

 最悪な展開だった。


「怒らんっち約束やき怒らんけど…は~~~…それ…どげな状況やったん?」


 大きな大きなため息。

 その時の状況をポツリポツリと話し出す。


「桃ちゃんと別れて…何日か後に…菜桜ちゃん達全員そろって部屋にきてね…オレがあんまりにも情けないもんやき…でったん怒られたんね。そんとき…環ちゃんだけ怒らんでね。次の日…一人で慰めにきてくれたん。オレ…そのことがでったん嬉しいでね。あんとき…ホントにオレ、ダメダメで…」


 辛かったことを思い出しながら話す。

 桃代はあの時発作的にやってしまった行動を心の底から悔やむ。

 あの時判断さえ間違えなければ、ユキと環との間にそのようなことは起こらなかったし、回り道もしなかった。

 これだけは確実に言えること。

 ほとほと自分が嫌になる。

 泣きたくなってきた。


 ユキはさらに続ける。


「環ちゃん、大学卒業して全く会ってないき、今は治っちょーか分からんけど…あんときはまだ足がだいぶん不自由でね。とりあえず歩けるっち感じで…でったん不便そうやったき心配で心配でたまらんくなってね。そのこと話しよったら…自分の心配せんか!っち言われて抱きしめられて…それからそのまんま…っち感じ。した後、罪悪感がでったん酷いでね。環ちゃんとのそれ一回だけ。あとは誰とも…穐田先輩ともしてないよ。」


 何ともユキらしい話だった。

「そりゃ、そーなるわ」と、納得してしまう。


 ―――4年間、絶対何があっても待つ―――


 そう言ってくれていた。

 寂しいながらも必死で耐えてくれていた。

 桃代と別れてしまい、心の拠り所を失い、絶望のどん底に叩き落され、流されてしまっていた。

 責めることなんて絶対にできない。


「んで、今は?連絡とかある?」


 こんな話を聞いてしまうと、その後のことが心配でしょうがなくなる。


「うん。たまにね。また今度どっかに転勤になるっちいーよった。」


「そっか。ウチ、大学以来何も連絡取ってないまんま。会う機会あったら平常心でおれんかも。」


 あ~あ…どうしようもないな…自分。


 しばらく落ち込んだあと。


「他の幼馴染とは?」


「連絡あるのは美咲ちゃんと渓ちゃん。あとは千尋くんと大気くんと海くん。菜桜ちゃんと千春ちゃんは桃ちゃんの件で怒られて以来一切付き合い無くなった。この前飲み会で美咲ちゃんたちがいーよった通り。あれは寂しいね。二人とも会いたいのに。」


「会わんでいーよもぉ…またなんかあったらウチ嫌やもん。」


 泣きそうな声。

 結婚を決めてもなお、自分に自信が持てないでいる。

 帰郷後しばらくして、女子会をしたとき菜桜と千春には会った。二人とも驚くほどキレイになっていた。特に菜桜はずば抜けていた。


「結婚決めたっちゃき、昔以上に何もないよ?あれだけ仲良くしよったのに何もなくなってしまうのは悲しいよ?」


 ユキは桃代を安心させようとする言葉をかける。


「でも~~~…」


 愚図る。

 かなり愚図る。

 何を言ってもしばらくこの調子だった。



 とりあえず、警戒しなくてはいけない幼馴染の現状は分かった。

 そのことについては、ひとしきり愚図った後、なんとか大人しくなる。

 が、まだもう一人。幼馴染以外に警戒すべき人物がいる。

 ミクだ。

 これまた可愛い系。明るくて性格が良くて爆乳(←桃代的にいちばん恐ろしい武器)。

 久しぶりに会うと、大人の魅力までバッチリ備えていやがった。

 持っている武器が多くて、しかも強過ぎる。

 全く勝てる気がしない。

 告白し、玉砕した後も一緒につるんでいたが、ことあるごとにハラハラするアプローチをしてきていた。

 今回買ったクルマの担当でもある。


「ミクは?クルマ、担当やし。」


「何もないよぉ。そもそもそげなエロDVDみたいな展開あるわけないやん。」


「でも、再会して名刺貰って嬉しそうやったよね?」


 だいぶ前のことを蒸し返し、心配しだす。


「またそんなことゆー。結婚決めちょーんばい?何もするわけないやん!」


 苦笑。


「だってミク可愛いし性格いいし、おっぱいおっきいし。昔、何かしてきよったやろ?この前の飲み会の時だって、ユキくんにおっぱい見せようとしよったし、またしてくるかも知れんやろ?」


 心配しだしたら止まらない。どんどんエスカレートしていく。

 それにしてもこの自信なさ!

 ここまで来たらもう、立派な芸の一つである。

 感心するしかない。


 こればかりは持って生まれたものだから、しょーがないのかな?


「まぁ、心配すんなっちゆってもしてしまうんやろぉき、あとはオレが行動で示すよ。それを見て安心してくれたらいーっちゃない?」


 ということにして、このハナシを終わらせた。

 そんなユキに、桃代はそっと口づけた。






 有喜の本当の父親のコト。

 本題ともいえる、大事な大事なお話である、

 はっきし言って重い話題だ。

 言いたくても、嫌われるのが怖くて言い出せなかった。

 しかし婚姻届も提出して夫婦になった今、このタイミング以外無いのでは?

 まぁ、妊娠のタイミングからして誰でも分かるようなハナシなんだけれど。

 そんなわけで、ユキも薄々感づいている。

 ただ、確信が持ててないだけなのだ。



 婚姻届を出した日から数日経ったある日の午後。

 桃代の部屋に呼ばれ、いつもの如くマッタリお茶をしていた。

 有喜はいつもの如く桃代の爺婆がどこか遊びに連れて行っている。

 お喋りもひと段落し、普段通りだった桃代の表情がにわかに緊張してくる。

 そして恐る恐る、


「あの…ね…ユキくん…」


 話しを切り出してきた。

 実に気まずそうな雰囲気。


「ん?何?」


「あの…大事なコトと言いますか…えっと…その…」


「ん?どげしたん?」


「あの…怒らんで聞いてくれる?」


 ビミョーにかしこまり、上目使い。

 これがまたなかなか可愛い。


「まぁ、内容にもよるけど。」


 怒る気なんかサラサラないが、その言い回しからよくないことを告げられそうな雰囲気を感じ取り、若干身構える。


「ちゆーか怒られて嫌われてもしょーがないことなんやけど…えっと…有喜のコトなんやけど…。」


「うん。ユーキがどした?」


「あの…有喜のお父さんが誰かっちゆーハナシ…なんやけど。」


 絵にかいたような不安な顔。

 逆にユキはものすごく期待する。


「うん。」


「有喜のね…ホントのお父さん…」


 なにしろ断りも無しに勝手に産んでしまった子供だ。


 言えば嫌われてしまう!これが原因で別れてしまったりとか?有喜だけ引き取られて、自分一人捨てられてしまう?


 ついつい最悪な結末ばかりを想像してしまい、恐怖する。

 そこまで言って、耐えきれなくなり俯いてしまう。


 この反応で確信を持つことができた。

 だから、俯いてしまった桃代を見て


「もしかしてオレ…とか?」


 先手を打つ。

 安心させる意味を込め、できる限り明るい表情で問いかけた。


「!」


 呆気なく言い当てられ、ポカンとなってしまっている。


「当り?」


 嫌悪とか、そういった負の感情は見受けられない…ように思う。

 それまでの緊張から一気に解放され、表情が柔らかくなる。

 少し目が潤み、


「うん…ごめんね。ユキくんの知らん間に…許しも何も無いまんま勝手に産んで…。」


「んじゃ、やっぱユーキは本当のオレの子っちゆーことなんやね?」


 一層笑顔が明るくなった。


「うん。正真正銘ユキくんの子供。」


「マジかぁ。でったん嬉しいっちゃけど!」


 飛びあがりそうな勢いで喜んでいる。


「ウチ…こげな滅茶苦茶したのに…喜んでくれると?」


「当たり前やん!」


 申し訳ないことをしたという自覚はある。嫌味の一つでも言われるだろうから本気で謝るつもりだった。しかし、純粋に喜ばれたため、意表を突かれた格好になり言葉を失う。

 一呼吸置いたあと、


「そっか…よかった…」


 本気の安堵。

 嬉し涙が頬を伝う。




 有喜と初めて会った時のことを思い出すユキ。

 初めてなのに、ずっと前から知っていた様な感覚。

 すぐに懐いたこと。

 不思議な感じの正体はこれだったのか、と納得する。


「向こうで誰とも付き合っちょらんっちゆった時点で気付かないかんやったね?オレ、鈍過ぎやな。ごめんごめん。」


 頭を搔きながら申し訳なさそうに笑う。

 本当に嬉しそうだ。


「んで…名前の件やけど…」


 再び気まずそうな表情に戻りそうになる。


「もしかして、オレから取ったとか?」


 秒でバレてしまった。


「!」


 気まず過ぎる!

 またもや言葉が出ない。


「当り?」


「…うん。勝手に使ってごめんね。もう二度と逢えんっち思ったら寂しいで…」


「別にいーくさ!そっかそっか。これで全部納得。そっか~…ありがとね、産んでくれて!」


「怒ったりせんの?」


「なんで?自分的にはこの上なく嬉しいっちゃけど!」


「そっかー…よかったよぉ。ずっと怖かったっちゃ。なんかの拍子にバレて嫌われたら、っち考えたら気が気じゃないでね…ホントよかった。」


 安堵の涙を流しながらそっと抱きついた。

 ユキはそっと髪を撫でる。

 しばらくそのまま泣いた。




 落ち着いてしばらくすると有喜が帰ってくる。

 勝手口にユキの便所サンダルを確認すると、バタバタと騒がしい足音を立て部屋までダッシュ。

 バン!と勢いよくドアが開き、


「ユキオイチャン!」


 飛びついてくる。


「おっ!おかえり!」


「ただいま!」


 元気な我が子。

 真実を知ると、究極に可愛らしい。

 桃代に今言ったことを伝えてよいか、そっと耳打ちした。

 返事はOK。

 早速有喜におしえてあげる。


「ユーキ、いいことおしえちゃっか?」


「ん?何?」


「あんね~、ユーキのホントのお父さんのハナシ。」


「僕の…お父さん?」


 なんでユキオイチャンが僕のお父さんのこと知っちょーっちゃろ?


 不思議そうにユキの目を見つめる。


「うん。ユーキのお父さん、ホントはおったんよ。」


「そーなん?どこに?」


 いない、と言い聞かされていたためテンションが上がる。


「ん?それはねー…ここ!」


 ユキは自分を指さした。


「ホント?」


「うん!オイチャンがユーキのホントのお父さんなんっち。お母さんからさっき聞いた。」


「やった!ホントのお父さん!」


「嬉しいか?」


「うん!」


「今から『ユキオイチャン』やないで、『お父さん』っち呼ぶんぞ。いいか?」


 婚姻届を提出し、一応「お父さん」になったとはおしえていた。しかし、それからまだ数日しか経ってない上、「お父さん」と口に出す会話の流れが全くなかったからまだ呼んでもらえていないのだ。

 だから改めて。


「分かった!お父さん!」


 初めてのお父さん呼び!

 予想以上に嬉しかった。

 本当の我が子として有喜を抱きしめる。

 有喜も抱きしめ返してくる。

 本当の父と子になれた気がした。


 望んでいたことが全て現実になった。

 こんな喜びは、生まれてこの方味わったことがない。

 この間の婚姻届提出に輪をかけて幸せだ。

「欲を言えばもう少し、自分に似ていてほしかったかな?」とか、「育児に参加してみたかったな」と、ちょっとだけ贅沢なことを考えてみたりするユキなのだった。

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