第57話 畑
親父と有喜とで畑を耕した。
これからオクラの種を植える。
今は5月。ゴールデンウィーク真っ只中である。
オクラは育つのが早いから7月には収穫できる。
ちなみに先月から夏野菜の種蒔き&植え付けラッシュ。先月はトマトを植えて順調に成長中。この後トウモロコシ、きゅうりと続いてゆく。
何を作るかは、幼馴染達(親)で話し合い被らないようにする。
各自多目に栽培し、みんなで分け合うのが毎年の決まり事。
収穫すると、夕飯前各家庭に配るのだ。
2週間前に苦土石灰、1週間前に堆肥を撒いて耕した。
苦土石灰を撒いたときのこと。
三つ又のクワを使っていたが、イマイチ深く入らない。
畝の1/4も耕してないうちに心が折れ、剣スコップに持ち替え再開。
その一発目。
スコップに体重をかけて深く刺し、掘り起こした直後のこと。
「あ!ちょっと待って!何かおった!」
ユキの足元を指さして叫ぶ有喜。
一気にテンションMaxだ。
何事かと思い見てみると、地虫型の幼虫がウニウニしていた。
「お父さん!これカブトムシの幼虫?」
確かに似ているが、カブトムシのそれよりもはるかに小さい。
「いや、違う。これは…コガネムシやね。」
「虫かごに入れちょっていい?」
「おぅ。入れちょけ。」
満面の笑顔。
大事そうに虫かごに入れた。
それからというもの、出てくる度に作業を中断させられ、虫かごに入れまくっている。
かなりの数、捕まえていたように思う。
休憩の時、大切に抱えた虫かごの中を見てみると、エライことになっていた。土なんか入れちゃいない。幼虫だけを放り込んでいた。蠢くそれは思いの外グロくて…。
入れ過ぎて、なんか悲惨なことになっている。
「おい!有喜!幼虫同士が噛みあいよる。虫かご何個かに分けて、泥多目に入れちょけ。汁が出よるのはもうダメやき虫かごから出しとけ。」
かなりの数の幼虫から体液が出てしまっていた。こいつらはもうだめだ。
「あ~あ、いっぱい汁が出よぉ。お父さんこれ…。」
「うん。もうダメ。死んでしまう。入れちょってもダメやきゴミ溜めにでも逃がしてやれ。」
「あ~あ。」
悲しそうな顔をして傷ついた幼虫を見ている。
選別し、ゴミ溜めにそっと逃がしていた。
可哀想と思う気持ちがかなり強いようだ。
この様子ならば、他人の痛みを理解してあげられて、思いやりのある人間に育ってくれるはず。
思わぬところで有喜の優しさを感じることができ、なんだか温かな気持ちになることができた。
ノルマは一人一畝。
ユキ父は早くも終了。
ユキは息も絶え絶え耕し、そしてまた休憩。
疲労具合が余裕で限界を突破していた。
父親はスポーツマンで力持ちなのだが、ユキは相変わらず絶望的にショボい。
まだあと少し残っているというのに、既に立つことさえままならないくらいにグダグダだ。
ユキは思う。
そういや…近所のホームセンターの園芸コーナーに小型の耕耘機が展示してあったな、と。
今まで散々農作業から逃げ回ってきたため、キツさを把握できてなかった。こんなキツイ思いは二度としたくないので、冬のボーナスで買うことを固く誓うユキだった。
ギブアップ寸前といったタイミングで桃代が
「ユキく~ん!おとーさ~ん!飲み物買ってきたよー!」
助かった…5月とは言え今日はどっピーカン。
初夏のような気温。
ソッコー駆け寄り、コップに注いでもらったコーラを一気に飲み干した。
あ゛~。
デカいゲップ。
生き返るぅ~…。
有喜も
あ゛~。
真似する。
「またユーキは!真似せんと!」
桃代から怒られる。
男はホント、バカである。
しかし、桃代も高校生までは率先してこんな下品なことをやっていた。
炭酸飲料飲んでゲップしたり、人前で平気で音を出して屁をこいたり。
今では、酔った時限定でゲップのアイウエオを披露するくらいまでには落ち着いている。
勿論このことは有喜には内緒だ。
過去を知るユキは、注意している桃代を見ながらイヤ~な笑みを浮かべる。
「な~ん?何がいーたいワケ?」
ユキを威嚇する。
「いや、な~んも。」
全く動じた風じゃない。
「もぉ…バカ!絶対言わんでよ?」
「分かった分かった。」
返事が超適当。
「お母さんがなんち?」
二人のやり取りを見た有喜が察してしまう。
「ん?お母さんも…」
ベシッ!
ぶっ叩かれる。
「いで!あははは!」
「ゆった傍からバラそうとする!」
じゃれ合っていた。
結局、
「お母さんもゲップしよったし。」
バラす。
「あ~!もー!」
すると、
「僕、知っちょーばい。お母さん、よぉ麦茶飲んでゲップするし。お風呂やら台所で屁ぇふるし。」
有喜がバラす。
「もー!バカユーキ!」
完全におちょくられている。
畑の方はというと、この後桃代が戦力となったため、思ったより早く片付いた。
数日後。
畝にマルチ(畝を覆う黒ビニール)を張って、種を蒔くカ所に穴を開ける。
1mほどの幅の畝に2列の穴を開けていく。
隣との間は3~40cmぐらいか。
そしてさらに数日後、種蒔き。
開けた穴に種を3粒ずつ蒔いていく。
蒔き終わるとそこに堆肥で蓋をする。
この作業は力がいらないので有喜も参加。
喜んで手伝った。
興味を持ってもらい、好き嫌いが減ってくれたらという願いを込めて、畝の端っこ数本を有喜のオクラという事にした。
余程嬉しかったらしく、この日から畑に行くことが日課となる。
朝、幼稚園前に見に行き、幼稚園から帰って見に行く。
芽が出るまでは乾燥しないように水をやるのだが、これも自ら進んでやっていた。
育っていく過程を毎日のように観察。
最初のうちは芽が出にくくてヤキモキしていたが、芽が出てからの成長は早く、本当に2カ月で花が咲き、収穫できるようになった。
初めての収穫。
暑いので、日が落ちだしてから作業に入る。
剪定鋏でいい感じの大きさになった実を取っていく。
取ったらその下の葉っぱはちょん切った方がいいらしいので、早速実行した。
生えている毛が皮膚の弱いところに触れると人によっちゃ激しくカブレる。
だから収穫時は長袖長ズボン。
カッパを着るとなお良いというハナシなのだが、今は真夏である。
そこまで気合は入れない。暑さで心折れる前に止めればいいだけのことだ。
10数mほどの畝が2本。
桃代とユキと有喜で収穫。
いい感じの収穫量になった。
早速みんなの家に配りに行く。
まずは環の家。
玄関の戸を開け、
「幸ぃ~!」
呼ぶと走って出てくる。
「はい。」
ビニール袋に入れたオクラをわたすと走って環のところに持って行く。
「ニーチャン来た!」
環と話しているようだ。
晩御飯の準備中だった環。
台所から出てきて、
「おー!ユーキ!ありがと!はいこれ。」
お菓子を貰った。
「ありがと!」
元気にお礼を言う。
「今日は触らんでいーか?」
大好きな乳を指さすと、手を伸ばす。
「こら!バカ!環もいらんごとせん!この頃どんどんスケベになっていきよるんぞ!」
二人とも怒られる。
「ははは。また今度の。」
「はーい。」
少し残念そうだ。
「今度じゃねーぞ!バカ!」
ご立腹の桃代であった。
環の家は冬野菜担当になっているので今日は野菜無し。
次は大気の家。
盆休みはまだだいぶ先なので大気はいない。
そのことは分かっているのでピンポンを押す。
お母さんが出てきて
「あ!※畑レンコン。今日から採れるごとなったんやね。ありがと。」
今度はお菓子とカボチャを貰う。
※筑豊ではオクラのことを畑レンコンという人が多い。方言なんかな?
「カボチャ、デカ!ありがと!」
有喜が持ち切れなくなったので一旦帰る。
次は海の家。
「海ニーチャーン!」
玄関の戸を開け大声で呼ぶ。
「お!ユーキ!」
涼が出てきた。
「あ!涼ネーチャン!」
やっぱしお菓子を貰う。そしてニガウリ。
「これ苦いけど栄養あるんぞ。ユーキも我慢して食べれよ。」
そういって微笑んだ。
涼は只今絶賛育児中。
つい数か月前、赤ちゃんが生まれたばかりで、やっと首が座ったところである。ちなみに男の子だ。涼に似てかなり可愛いが、海にもちゃんと似ている。
友達の子供を見る度、「うちの子はオレに似てない」と落ち込むユキだった。顔が薄すぎて、似ているのだろうが分からない感じなのだ。
長居してしまうと配り終らないため、子育てとかのことでしばらくお喋りしたいのだが、とりあえず次へ。
次は菜桜の家。
玄関を開けるなり
「菜桜ネーチャン!」
大きな声で呼ぶ。
「お!ユーキ。なんか?畑レンコンか。」
「うん!僕が採った!」
「そらー美味しかろ。ちょー待っちょけの。」
そう言って台所に行くとニラを持ってきた。
「わ~!いっぱい!」
レジ袋一杯のニラに感動するユーキ。
「卵とじしてもらえ。美味しいぞ。」
「分かった!じゃーね!」
一撃で持ち切れなくなって再度家に戻る。
近所とは言え、オクラを持ったまま何往復もするのはキツイものがある。でも、配らないと終わらない。
次は千尋の家。
「千尋ニーチャン!」
玄関を開けて呼ぶと、
「ユーキか?」
「畑レンコン!」
「お!できたんか?」
「うん!僕が作った!」
「んじゃ、今日は湯がいてご飯にかけろっかね。」
「そげしたら美味しい?」
「なんか?自分で作ったのに食べたことないんか?お母さんに作ってもらわないかんの。」
「うん。今日食べてみる!」
「すぐに大きくなるぞ。」
「ホント?」
「ホントくさ。ちょー待て。」
冬野菜係なのでお菓子の詰め合わせを持ってきた。
「ありがと!じゃーね。」
「お。また釣り行こうの!バイバイ。」
「うん!絶対ね!じゃ、バイバイ!」
手を振って別れ、次へと向かう。
次は渓の家。
「渓ネーチャン!」
ピンポンがあるのにわざわざ玄関の戸を開けて大きな声で呼ぶ。
「は~い。」
奥から声がして、走ってくる。
「おっ、ユーキ。できたか?」
「うん!僕が作ったヤツ。」
どうしてもこれが言いたいようだ。
「そっか。そらー美味しかろ。」
「うん。美味しいよ!」
「ちょっと待ての。」
そう言って奥へ走って行く。
スナック菓子とビールを6本。
渓の家は冬野菜担当。
「ありがと!」
「おぅ。また遊ぼうの。バイバイ。」
「うん。じゃーね!バイバイ。」
そのまま美咲の家へ。
玄関の戸を開け、
「美咲ネーチャン!」
大きな声で呼ぶ。
ピンポンあるのに…。
「なんか?ユーキ。」
「これ食べて!僕が作った!美味しいよ!」
まだ食べてないのに…。
「ホントか?そらー美味しかろ。今日食べないかんの。ちょー待っちょけ。」
「は~い。」
持ってきたのはピーマン。
「げっ!ピーマン!」
猛烈に苦手である。
「そげ言わんで貰ってくれ。一生懸命作ったっちゃき。ネーチャン作ったっちゃき美味しいぞ?」
「ホント?なら食べる。」
桃代以外の幼馴染にはまあまあ素直だったりする。
「ユーキお前…お母さんのゆーこともそれぐらい聞けっちゃ。」
あえて無視。
プチ反抗期だ。
思わず溜息の桃代であった。
最後に千春の家。
「千春ネーチャン!」
「は~い。なんか?」
「これ!僕が作った!」
「ほぉ!美味しかろ。今晩天ぷらやの。」
「天ぷらしたら美味しい?」
「おぅ。美味しいぞ。お母さんにしてもらえ。」
「分かった。」
千春んちも冬野菜。
だからお返しはお菓子。
「ありがと!」
「おー。また釣り行こうの。」
「うん。じゃーね!」
小さな手を振り帰っていく。
やっと終わった。
いっぱいお返しを貰い、3人とも両手いっぱいだ。
なんとか家に辿り着く。
自分で育て、収穫した野菜。
有喜は台所で愛おしそうに眺めている。
食わず嫌いの多い有喜だが、果たして食べてくれるのか?オクラは初体験だ。
とりあえず茹でてみる。
刻んで酢醤油をかけ、ご飯にぶっかける作戦だ。
あとはド定番の天ぷら。
今夜のオクラ料理はこんな感じ。
初めてなので絶賛警戒中。
茹でて刻んで酢醤油をかけたヤツを箸でいじくりながら
「うわ~…ネバネバ!」
遊んでいる。
「食ってみてん?」
爺ちゃんから言われて、
「ちょっとでいー?」
「おぅ。」
箸で少しだけつまみ、口に入れた。
「うん。美味しい。」
大丈夫だったみたい。
「それ、お前の育てたのぞ?」
あえて今この言葉を出し、テンションを上げさせる。
「ホント?」
目を輝かせ食いついてきた。
「栄養があるっちゃきいっぱい食べれよ?」
「うん!」
「なら、おっきくなれる。千尋ニーチャンいーよったろ?」
「うん。じゃ、いっぱい食べる。」
ご飯にかけた。
美味しそうに食べている。
天ぷらも揚がる。
アツアツのホクホクだ。
天つゆにつけて、
「ほら。フーせぇ。暑いけど美味しいぞ。」
吹かせてあーんさせて齧らせる。
「うん。美味しい!」
オクラはネバネバが強いだけで、臭いも味もキツくないからそこまで難易度が高いわけじゃない。思いの外すんなりと食べてくれたのでホッと一安心。
好き嫌いが多い有喜だが、野菜作りに参加したことにより、オクラはめでたく好きなもののレパートリー入りした。
この調子で、好き嫌いを減らしていってもらいたいものだ。
飽きさせないためネットでどんな料理があるのか調べてみた。
結構いろんなのが出てくる。
中でも豚バラスライスを巻いて炒めるのはウマそうだ。
今度やってみよう。
他には…床漬けや、生でも結構イケるらしい。
あの時採取したコガネムシはどうなったかというと、やはり根切り虫と呼ばれ、食欲旺盛で激しい害虫扱いされるだけあって、虫かごに入れた草だけじゃ足らなかったようだ。残念なことに全滅。ネットで検索して、イメージできていただけに本物の羽化の様子を見てみたかった。
残念である。
結果的に害虫駆除をした形になった。
そのおかげで作物はうまく育ち、毎日、とまではいかないながら、いいペースで食卓に上っている。
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