第47話③ 別の道(千尋)

 正月休み。


 あと数日で今年も終わる。

 年末年始の寺や神社の行事のことが書いてある回覧板を隣の家に持っていき、帰っているときのこと。

 家に入ろうとするタイミングで


 パッパッ!


 クラクションの音。同時に背後でクルマが止まる気配。

 振り返るとちょっと古い黒のアトレーエアロダウンカスタム。スーパーブラックのフィルムがスライドドアと荷室に張ってあるため暗くて中が見えない、が、


 ん?なんか見覚えのあるような…誰?


 考えているうちにガラスが下り、


「菜桜!」


 呼ばれた方を見ると…千尋だった。

 千尋は大学を卒業すると同時に福岡で一人暮らしを始めたため、全く会っていなかった。学生の頃よりも精悍さが増し、さらにカッコよくなっている。


「久しぶり!元気しちょった?」

 

「おー、千尋!帰ってきちょったって。元気ばい。仕事は?順調?」


「ん~…どーやろ?悪くはないっちゃけど、やっぱこっちがいいね。一人暮らしして思い知った。年度初めからこっちの関連会社に出向で、しばらく実家から通う。出向終わったら関連会社の社員になることもできるみたいやき、その条件飲もうかと思いよっちゃ。」


「そっか。それがいーね。」


「なんか元気ないね?いつもの勢いは?何かあった?」


 いきなり気付かれる。


 流石幼馴染!しばらく会ってないでも分かるもんなんやな。


 感心する。

 ユキと桃代が結婚した件でショックを受けて以来、ずっと引きずったままなのだ。


「うん…ちょっとね。」


「そっか。んじゃ飯食って風呂入ったらウチに来ん?二人で家飲みしよーや?」


「いーね。じゃ、出れるごとなったら連絡する。」


「分かった。そん時に話聞くよ。まぁ、言いたむないなら言わんでいーばってんが。」


「ありがと。飲んだらでったん愚痴るかもやき覚悟しちょって。」


「ははは、りょーかい。じゃ、またあとで!」


「うん。」


 ということで、家飲みが決定した。



 数時間後。 

 やるべきことは終わらせた。

 いつでも寝れる状態だ。


 話せば少しは楽になるかな?


 これから始まる家飲みに期待する。



 連絡すると、「いつでもどーぞ」とのこと。

 厚手のスウェットの上にドテラ。色気はないが、寒さ対策は万全だ。たとえコタツだけでも大丈夫!

 酒の肴になるような珍味やお菓子をかき集め、千尋の家へと向かう。

 千尋の家は隣じゃないけど、距離的には隣みたいなもの。

 すぐに到着。

 玄関のピンポンを押す。

 千尋が出てきて


「上がり。うわ~!なんかいっぱい持って来ちょーき。ありがと。ウチにも少しはあるけど、今から何か買いにいかなかね~っち思いよったっちゃ。こんだけあれば行かんで済むね。ま、最悪無くなったらコンビニまで歩こ?」


「そやね。食いもんはこれだけあったけど、酒がなかったばい。ある?」


「うん。ビールと日本酒と焼酎がある。苦手なのはある?」


「ううん、何でも飲むばい。今ゆったのは全部イケる。」


「よかった。結構あるき、ジャンジャン飲んでいーよ。ま、それも無くなれば買いに行けばいーしね。」


 久しぶりに入った千尋の部屋。

 ファンヒーターとコタツでぬくぬくだ。

 ドテラは脱ぐことにした。


 参考までに、筑豊の冬は寒い。恐らく県内ではトップクラスだ。部屋の内側から窓が凍ることもある。

 というわけで、コタツに入り飲み開始。


 缶ビールを開け、


「「乾杯。」」


 一本目を飲み干したあと、思いだしたように、


「あ、そーだ。缶詰とか食う?サンマとか焼き鳥とか赤貝とかがいっぱいあるっちゃん。」


「食う食う!持ってこれるしこ持ってき。」

 訳:持ってこれるだけ


「りょーかい。ちょっとあせくってくる。温めたがいい?」

 直訳:ちょっと漁ってくる=「探してくる」みたいな意味


「う~ん…どっちでもいいよ。」


「わかった。ちょー待っちょってね。」


 用意のために部屋から出て行った。


 千尋、優しいな。


 ユキの優しさに囚われ、千尋のそれには気付けずにいた。

 意識してみると、これはこれでエライ心地いい。やはりというかなんというか…幼馴染の心地よさ?的な?


 そんなことをボーっと考えていたら、すぐにいくつか抱え戻ってきた。

 完全に一人の時間が短くて、ヒマしてしまうことがないのが嬉しい。


「今、チンしよーき、もーチョイ待ってね。その間、これ食べよかん?」


 そう言って冷たいサンマ缶を開け、割り箸をわたす。


「うん。なかなか合うね。缶詰いーかも。」


「そーだ!ここにカセットコンロ持ってきて湯せんしよっか?加湿器代わりにもなるし。暖房っち喉カラカラになるやろ?」


「いーね!」


 またすぐに出て行き、温もったサンマと赤貝を皿に出して持ってきて、さらにカセットコンロと水を入れた鍋をもって来て火を点ける。


「ほい、食べり。オレも食おっかね。」


 二人して缶詰をつつく。

 何とも言えないマッタリ感。いー感じだ。


「これなら鍋してもよかったかも。次するときは鍋とか焼肉でもいーね。」


「次があるん?楽しみしちょっていーかね?」


「菜桜が来てくれるなら明日にでもするよ。」


「んじゃ、明日も行く。」


 お!なんかちょっとカップルっぽいぞ!

 打ちのめされた心が少しずつ癒されていく。


「そーいやさっき落ち込んじょったね。っち、今もちょっと元気ないけど話してみる?」


「そやね。」


 何から話したものかと考えていると、


「やっぱ、ユキのこと?」


「!」


 呆気なく言い当てられる。

 ビックリして千尋の顔を見ているとその表情を読まれ、


「ビンゴ?」


「なんで分かるん?」


 隠せていたと思っていた。

 環だけが特別鋭いのかと思っていた。

 でも違った。


「そりゃ、あんだけ一緒におったら分かるくさ。多分お前ら全員ユキ好きやったっちゃない?」


 当然!という顔をされ、かなり戸惑う。


「ウチら全員隠せてなかったと?」


「あれ、隠しちょったと?」


 笑われた。


「そげ分かりやすかった?」


 ずっと前から知られていたのだと分かると、思わず恥ずかしくなってしまう。

 頬が熱い。

 恥ずかしさを我慢して聞いてみると、


「う~ん…そげなワケやないけど…なんとなく?目で追ったりとか、なんかしてもらったときにする嬉しそうな表情とか?長いこと一緒おったらイヤでも目に付くよ。海とか大気も気付いちょーっちゃない?」


 なるほど。


「千尋はそれ見てどげ思った?」


 好意がユキに集中して嫌な思いとかしなかったのか心配になってくる。


「敵わんっち思ったよね。しょーがないっち思った。ユキ、アイツ誰にでも優しいやろ?それがまた素やきタチが悪いんよ。あれやられた女ん子、たまらんやっちょろーね、っち。」


「ウチもそれにやられたもん。」


「男でもそうばい。オレも大気も海も嬉しいっち思ったこといっぱいあるよ。男とか女関係無しやもんね。あげあるき、自然とユキにばっか目が行くやろ?だき、最初っから菜桜達の中の誰かから好かれようとか思わんやった。」


 初めて聞くユキ以外の男チームの考え。


「なんか色々ビックリ。」


「少しは楽になった?」


 気遣ってくれているのが純粋に嬉しい。

 先程からビンビン感じるユキとは違う優しさ。

 何とゆーか、こーゆーのスマート?にできるトコロ。だいぶん違う。


 ユキはもっと不器用で必死で一生懸命やもんな。


「どーやか?楽になったっちゃないやか?でも、やっぱショックっちゃショックやもんな。結婚とか…未練がスゴイっちゃ。」


「結婚したっちいーよったね。もう子供もおるっちね。」


「うん。そのことででったん打ちのめされた。未だにキツいもん。」


「やろうね。オレも菜桜の立場やったらいっとき立ち直れんっち思うもん。幸いなことに?そげな目に一回も遭ったことないけどね。」


「なんで『幸いなことに』が、疑問形?」


「ん?だってオレ、一回も彼女おったことないし。」


「え?ウソやろ?何で?中学やら高校ん時、でったんモテよったやん?」


「あんときは付き合うとかどげでんよかったっちゃんね。興味なかったっちゆーか、釣りの方が楽しかったき。」


「大学から今までは?」


「それがねぇ…困ったことに、既に彼女おるっち勝手に決め付けられちょーみたいでから…高校卒業してからそーゆーことに全く縁がないっちゃん。ファーストキスさえまだやったりする。勿論童貞。ウケた?」


 明るく笑う。

 が、笑えない。


 見た目や性格がいいばっかりに、勝手に彼女持ちと決められる。

 この顔ならそういった苦悩もあるのかな?と納得できる。

 千尋も自分と全く同じ立場だったんだ。

 自分の顔がいいという自覚なんかないが、やはり千尋と同じく勝手に彼氏持ち認定されてしまっている。


「ウケん。全く笑えん。ウチと一緒やんか。理由まで。」


 複雑な表情になってしまっているのに気付けない。


「そーやったって。」


「ユキのことで誰も好きになりきらんで、断りよったらそのうち彼氏がおるっち勘違いされて、今に至るっち感じ。あ~あ…ウチらだいたい何しよーっちゃかね?」


「ホントやね。でも安心した。菜桜も処女やったっちゃね。全然見えん。彼氏おらんとか信じられんよ。でったん可愛いのに。」


「はい?」


 思わず赤面し、


「他のモンには言えんばい。」


 俯いてしまう。

 そのまま、


「ホントに可愛いとか思ってくれよぉん?」


 自信が無いから実感が湧かない。

 でも、


「フツーに可愛いやろ。もしかして可愛くねぇとか思いよん?」


 この肯定がまた嬉しい。


「うん。」


「告られまくりよったくせに。」


「そぉやけど…」


 いよいよ小さくなってしまった。

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