Chapter01 邂逅 05

 先に仕掛けたのは辰巳たつみの駆るオウガだ。鋼に秘められた機構が唸りを上げ、青色の巨体が疾駆を開始。対するキクロプスもオウガ目がけ、一直線に走り出す。

 足下の一年生達を当然のごとくすり抜ける両者の激突地点は、丁度グラウンドの中央だ。

 無造作に踏み出される武骨で巨大な両足は、本来ならそれだけで校庭に巨大な穴を穿っていただろう。だが、ここは幻燈結界げんとうけっかいの内側。霊力によって常識から隔絶された戦場で、そんな心配をする必要は毛頭ない。

「ひぃやあああああああっ!? 落ちる!? 落ちるーぅ!?」

 ないのだが、ただ一人それが分かっていない風葉かざはは、オウガのコクピットで力いっぱい悲鳴を上げていた。

 まぁ無理もない。確かにエミュレートモードによって、オウガは巨大ロボットとしての形を完成させた。

 が、それを確認できるのはコクピットの外から見た時だけだ。

 骨組みとなったワイヤーフレームも含めて、霊力装甲はパイロットの視界を確保するために透過処理が施されている。

 要はマジックミラーだ。触ればそこにある事は分かるが、外見は装甲展開前の剥き出しと同じなのだ。

 加えて牽引トラクタービームのそれよりも遥かに安定した重力、及び慣性制御術式で守られているコクピットは、巨人が暴れまわる幻燈結界内において、最も安全な場所だと言って良いだろう。

「おろしてえええー!?」

 巨人のぶつかり合いを目の前で見せられる事を除けば、だが。

「ハアッ!!」

「WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOッ!!」

 どうあれ、激突するオウガとキクロプス。

 青と赤、激突する鋼と肉の拳。真正面からぶつかり合う両者の鉄拳は、それだけで幻燈結界をぐらりと揺らした。

「WO、OOッ!」

 痛めた拳を引き戻し、逆の拳によるショートフックを繰り出すキクロプス。オウガはこれを右裏拳で捌き、左手で抉り込む軌道のボディブローを放つ。

「――ッ!?」

 が、 すぐさま引き戻す。足も一歩引く。

 直後、左拳があった空間をキクロプスの立ち膝蹴りが薙ぎ払った。直撃すればただでは済まなかったろう。

 けれどもかわした。そしてキクロプスが片足立ちでバランスを崩している、今こそ好機。

「貰ったッ!」

 強く踏み込みながら、辰巳はオウガの左手を胸部の巨大青石――Eマテリアルへと伸ばす。

 オウガの胸、両肩、両手首、背中、両膝、両足首、それから辰巳の左腕。大きさは違えど、それぞれ嵌め込まれているEマテリアルの機能は、主に三つ。

 一つ、システムを維持するための霊力循環。

 二つ、各種術式を運用するための霊力大量貯蔵。

 そして三つ、外敵を攻撃するための機能を、辰巳は起動する。

「セット! クナイ!」

『Roger Kunai Etherealize』

 指示に従う胸部Eマテリアルがにわかに閃き、中空へ青い光を照射。霊力装甲と同じワイヤーフレームとなって編み上がるその青は、コンマ一秒もかからぬ内に銀色の刃――クナイとなって実体化した。

 これこそEマテリアル三つ目の機能、霊力武装である。あらかじめ組み込まれた術式通りに霊力を武器として組み上げるこの機能は、オウガの白兵戦闘能力を拡張する主武装なのだ。

 かくして組み上げられたのクナイを、オウガは真上へ振り上げる。逆手に握りながら、アッパーカットにも似た鋭い一撃は、しかし浅い。切磋にキクロプスが上体を逸らしたのだ。故に、銀の刃は皮一枚を裂くに留まる。

「WOOOOッ!」

 更にキクロプスは状態を反らす。ブリッジするように両腕で身体を支えると、返礼とばかりに両足で蹴り上げる。

 狙いは胸部。回避は、不可能。

「チッ! セット! ジャンプ!」

『Roger Rebounder Etherealize』

 舌打つ辰巳はオウガを跳躍させつつ、左腕でガード体勢を取る。直後、強烈な衝撃がコクピット内部を揺さぶった。

 オウガが、真上に吹き飛んだのだ。

「損害報告!」

 言うが早いか、辰巳の周囲へ浮かび上がる立体映像モニタ群。霊力を介して投射される半透明の画面は、オウガの機体状況を素早く表示する。

 流れる空を背景に映し出されるダメージ状況は、しかしごく軽微。防御が間に合った事と、跳躍で蹴りの衝撃を受け流せた事が何より大きい。

 両足首のEマテリアルへ切磋に展開させた跳躍術式、リバウンダーのおかげだ。

 図らずも距離を取った辰巳は、反撃とばかりにクナイを眼下のキクロプス目がけて投擲。霊力武装は役目を終えるか、あるいは制御を離れた五秒後に消滅するようプログラムされている。

 だが、オウガの膂力をもってすればそれで十分。

「WOOOOOOOッ!?」

 クナイは丁度立ち上がったキクロプスの右肩口に突き刺さり、すぐさま消失。形を失った霊力が青い粒子となって飛び散り、直後に開いたキクロプスの傷口から赤い霊力光が噴出。血風のように辺りを染める。

 その光景を見ながら、悠々と着地するオウガ。小型ロケット形状のリバウンダーが消失すると同時に、辰巳は改めて拳を構える。状況を俯瞰する。

 オウガは左前腕装甲が軽くひしゃげた程度だが、キクロプスは右肩口に大きな裂傷。しかも右の五指はだらりとぶら下がっている。霊力経路が損傷したか。

 戦力差は明白。加えて二人の保護対象も抱えている辰巳は、ここで一気に勝負に出た。

「セット! ガトリング! 並びにランチャー!」

『Roger GatlingGun LocketLauncher Etherealize』

 キクロプスへ向け、一直線に突き出されるオウガの両腕。その両手首に嵌め込まれているEマテリアルが輝き、光のワイヤーフレームを腕上に生成。

 針金細工のように絡み合い、組み上がっていく青色の格子は、やはりクナイの時と同じように形を与えられて顕現する。

 右手には円柱状の銃身を備えた連発銃、ガトリングガン。

 左手には弾頭を覗かせる無骨な直方体、ロケットランチャー。

 かくしてオウガに二つの火器を構えさせた辰巳は、前方のターゲットに向けて無造作に引鉄を引き絞る。

 雨のように降り注ぐ弾丸が、余剰霊力を白煙代わりになびかせる弾頭が、キクロプス目がけて殺到した。

「WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOッ!?」

 無慈悲に直撃し、炸裂する弾丸と弾頭の雨霰。容赦なく周囲に飛び散る爆音と爆煙は、キクロプスの悲鳴ごとその巨体を覆い隠してしまった。

「ちとやりすぎたかな」

 大した感慨もなさげに鼻を鳴らす辰巳を、風葉はぎくしゃくと振り仰ぐ。

「や、やったの?」

「だと思うがな。まあ煙が晴れれば分かるさ」

 役目を終えたガトリングガンとロケットランチャーを消去した後、改めて構える辰巳。

 きっかりその十秒後、晴れた煙の向こうからキクロプスは姿を現す。一つ目を固く閉じている巨人は、全身に酷い損傷を負っていた。身体のあちこちが焼け焦げ、穴が空き、右腕に至っては肘から下が消し飛んでいる。

 切磋に右腕を盾にしたようだが、その程度でどうにかなる厚さの弾幕ではなかったワケだ。

 だが、だからこそ辰巳は眉をひそめた。

「何っ?」

 キクロプスに傷はある。探すまでもなく、身体の至る所に。

 だが、ならば。

「どうして霊力が流れていない……!?」

 そう。本当にダメージがあるなら、赤色の霊力が傷口から吹き出しているはずだ。先程クナイが刺さった右肩口のように。

 それが、無い。と言う事は。

「構造が、変わってるのか?」

 訝しむ辰巳の眼前で、キクロプスがカッと目を見開く。

 同時に、全身がぞわりと蠢動する。

 水面に落ちる波紋のように、ゆらゆらと波打つキクロプスの全身。センサーで感知するまでもない異常事態だ。

 それを見逃す理由は、どこにもない。

「セット! ランチャー!」

『Roger LocketLauncher Etherealize』

 左手首のEマテリアルから光の格子が再噴出し、先程と同じロケットランチャーを形成。それを突き付け、照準し、引き金を引く――よりも先に、キクロプスの変貌が先んじた。

 欠損していた右腕が一際激しく蠢いた直後、新たな腕が唐突に生えたのだ。

 それもオウガへ向けて、一直線に。

「何ッ!?」

 反射的にオウガの身を屈めて回避する辰巳だが、ロケットランチャーは新たなキクロプスの右腕に砲口を潰された。

「くっ!? カット! ランチャー!」

『Roger LocketLauncher Return』

 あわや誘爆する直前、制御を解除してランチャーをただの霊力へと還元するオウガ。二回大きく跳躍し、キクロプスに対して距離を取る。

 そうする合間に、前方のキクロプスは変貌を終えていた。

 先程までの欠損はもうない。赤い体には全身に霊力が満ち、明らかに強靱になっている。もう一度一斉射撃を叩き込んだとて、恐らく通じまい。

 だが何より辰巳と風葉の視線を釘付けたのが、キクロプスの新たな右腕だ。

「なに、あれ」

 呆然と見据える風葉の視線の向こう、キクロプスの右肩口。

 つい十数秒前までクナイの傷跡があったその腕は、太く、長く、柔軟に身をすくめる竜の首に置き換わっていたのである。

「SHAAAAA……!」

 キクロプスとは別の唸りを上げながら、オウガを威嚇する右腕の竜。凶暴な瞳と牙を剥き出しにするその身体は、岩石のように尖った鱗に覆われている。

「あの竜は、カドモスの……?」

 センサーで竜の解析をしつつ、自分の記憶から似通った異形の姿を推測する辰巳。

 だがそれらが終わる暇を、キクロプスが待つはずもない。

「WOOOOOOOOOOOO!」

 闘志に満ち満ちた唸りを上げ、右腕の竜をまっすぐに突き出すキクロプス。突き出された竜は巨大な口を全開にし、剣山のような牙の群れをオウガへと向ける。

「SHAAAAAッ!」

 そしてその牙が、咆哮とともに射出された。

「何ッ!?」

 さしもの辰巳も予測していなかった牙の銃撃は、オウガの表面装甲に容赦なく突き刺さる。

 切磋にオウガを真横へ走らせ、回避を試みる辰巳。だがガトリングガンのように連射される牙の雨から逃れるのは容易ではなく、竜の砲口は正確にオウガを照準して追跡する。

 両腕を交差させて致命傷は避けているが、牙の弾雨はオウガの装甲を秒単位で削り落としていく。

「ちぃ、セット! ジャンプ! 並びにクナイ二本!」

『Roger Rebounder Kunai Etherealize』

 止む無く辰巳はリバウンダーで跳躍し、更に二本のクナイを連続投擲。対するキクロプスは連射を中断、飛来するクナイを左手で払い落とした後、再びオウガへと竜の首を向ける。

 またもや発射される牙の雨。その射線軸を、オウガはリバウンダーによる連続跳躍で撹乱回避。

 四方八方にばら撒かれる竜の牙。幻燈結界のそこかしこへ散乱し始めるそれを横目に、辰巳はキクロプス攻略の糸口を改めて画策する。

 遠距離攻撃手段を手に入れ、反応速度が向上した上、十中八九頑丈さも上がっている。中々厄介な状況だ。

 だが、付け入る隙はある。例えば、キクロプスが先程から一歩も動いていない点だ。

 息をつかせぬ牙の弾幕で圧倒し、こちらを寄せ付けずに撃ち倒そうとしている。一見すれば、確かにそんな戦法にも見える。

 しかし、恐らくそうではあるまい。

 主たる術者の指揮も無ければ、霊地からの霊力供給もなし。いくら日乃栄高校の霊地から大量の霊力を引き出したとはいえ、ただ存在しているだけで霊力を消費するキクロプスに、そう余裕があるはずもない。

 いわばこの牙は、己の血をばら撒いているのと同義である筈だ。

 ならばキクロプスは、この血をどこから捻出したのか。

「試してみるか――セット! クナイ四本!」

『Roger Kunai Etherealize』

 幾度目かになる跳躍の最中、辰巳は生成したクナイをキクロプスへ向けて連続投擲。上空から飛来する霊力の刃に、しかしキクロプスは回避の構えを取る事すらしない。

「WOOOOOOOOッ!」

「SHAAAAAッ!」

 事実クナイは体表に全て弾き返され、あるいは牙の弾幕を浴びせられて撃墜される。

 だがそれでいい。辰巳が狙ったのはクナイによるダメージではなく、牙の射線が逸れる一瞬だったのだから。

「セット! ジャンプ! 並びにパイル!」

『Roger Rebounder PileBunker Etherealize』

 着地もそこそこに辰巳はリバウンダーを再生成、再噴射。爆発的な突撃で間合いを詰めつつ小跳躍。オウガは右膝を振りかぶる。跳び膝蹴りだ。

 それもただの膝蹴りではない。膝頭にあるEマテリアルが輝きを発し、螺旋状の円錐を形成したのだ。至近戦用の術式、パイルバンカーである。

「WOOOOOOッ!?」

 驚愕を叫びこそすれ、キクロプスは一歩たりとも動く気配を見せない。

 正確には、動けないのだ。足を動かす霊力を、牙の弾丸と体表の硬化に回した為に。

 予想通りだ。だが辰巳は大した感慨も見せず、代わりに裂帛の気合を吐き出す。

「く、ら、えッ!」

 かくて打ち込まれたのは、オウガの重量と速度、更にパイルバンカーを伴った必殺の膝蹴り。

 無防備なキクロプスの胴体を深々と穿ち穿ち、杭による追撃で大穴を開け、戦闘は問題無く終了する――はずだった。

「何ッ!?」

 確かに膝蹴りは命中した。爆音が轟き、霊力の杭が大穴を穿った。

 だが、それはキクロプスにではない。右腕の竜にでもない。

「GI、GI……」

 突如としてオウガとキクロプスの間に割り込んだ、巨大な骸骨に穿たれたのだ。

 まるで、キクロプスを庇うかのように。

 卵の殻のようにやすやすと砕け散り、霊力の残滓となって吹き散っていく骸骨の欠片。その光を辰巳は目で追う。

「あれは、まさか」

「実験棟の骨格標本……こんな立派になって……」

「いや違うから。正気に戻るんだ霧宮さん」

 思わずツッコむ辰巳。注意が一瞬逸れる。その隙を突き、右腕の竜がオウガを噛み砕かんと口を開く。

「SHAAAAAッ!」

「――ッ! ち、ぃッ!」

 切磋にその首を右手で打ち払う辰巳だったが、竜はしぶとく手首に巻き付き、オウガを拘束。それを待っていたかのように、キクロプスが追撃の左拳を打ち下ろす。脳天を狙うハンマーパンチだ。

「WOOOOOOッ!」

「甘いッ!」

 だが、辰巳はこの一撃を左拳で迎撃。廊下で対峙したリザードマンと同じように、カウンターで手首を打ち据える。

「WOOッ!?」

「SHAAッ!?」

 たたらを踏みつつ、同時に顔をしかめるキクロプスと竜。更にオウガの束縛も緩んだ辺り、どうやら感覚を共有しているらしい。

 何にせよ束縛を振り払った辰巳は、切磋に両肩のEマテリアルへと手を伸ばす。

「セット! ブレード!」

「Roger Blade Etherealize」

 肩に回した掌の上へ、両肩のEマテリアルから注がれる光のワイヤーフレーム。オウガがそれをしっかと握ったのを合図に、光は二振りの刃へと姿を変えた。切っ先から柄頭まで、銀一色に染め上げられた直刀である。

 その二刀を、辰巳は迷いなく振りぬく。

 キクロプスをX字に斬り裂く、ためではない。左右から奇襲する二本の刃を受け止めるためだ。

「GIGI、GI」

「GI、GIGI」

 先読みされ、剥き出しの歯を軋ませる二体の巨大な骸骨。先程パイルバンカーを受けて消滅したものと同型らしい骨達を、辰巳は鋭く睨む。

 頭のてっぺんから爪先まで、肉の一欠片すら見当たらない見事なまでの人骨。

 古代ローマ兵に似た鎧を着込むその手には、円形の盾と肉厚の両刃剣グラディウス

 窪んだ眼窩に目ななく、代わりに爛々と燃える敵意がコクピット越しに辰巳を見ていた。

「やっぱりな……セット、ジャンプ!」

『Roger Rebounder Etherealize』

 鍔迫り合っていたグラディウスを巧みにいなしつつ、リバウンダーで上空へと退避するオウガ。それを狙い、立ち直ったキクロプスが追撃の牙を放つ。

「WOOOOOOッ!」

「もう一度セット! ジャンプ!」

『Roger Rebounder Etherealize』

 すり抜けようとした電線を緊急の足場とし、更に大きく再跳躍するオウガ。期せずして広範囲を見渡す位置に来てしまった辰巳は、レーダーと肉眼で二重に確認した。

 総勢十四体の巨大な骸骨が、キクロプスを守るように周囲を取り囲んでいるのを。

「な、なんでこんなにいるの!? ていうかいつから、どこから来たの!?」

「予想はついてる。十中八九、こいつらは――」

 叫ぶ風葉へ辰巳が答えようとした矢先、解析システムがその結果を立体映像モニタへと表示。

 内容は、辰巳の予想通りのものだった。

「――やっぱり、竜牙兵ドラゴントゥースウォリアーか」

 あるいは撒かれたもの《スパルトイ》とも呼ばれる異形の戦士達を見据えながら、辰巳は手近な民家の屋根に着地する。

 ギリシア神話の一説、カドモスの竜退治伝説に登場し、その名の通り竜の牙から生まれる屈強な闘士、竜牙兵。

 媒介は、やはり今までキクロプスがばら撒いた牙だろう。攻撃方法を飛び道具に切り替え、撃った弾丸は新たな味方へ組み替える事で無駄をなくす――キクロプスはそんな戦法を選択した、ようにも見える。

「気に入らないな」

 だが、だからこそ辰巳は一層眉をひそめた。

「何が?」

「辻褄が合わないからさ」

 自身の考えを整理する事も踏まえて、辰巳は風葉に説明する。

「そもそもキクロプスの目的は、日乃栄高校から吸い出した霊力を、スペクターのいる場所へ届ける事の筈だ」

 だというのにキクロプスはオウガと積極的に交戦し、自らの構成を変えて竜を生やし、更には手駒を大量に生産した。

 更にこれらの行動は、術者であるスペクターを撃退した後に行われている。

 つまりスペクターは、キクロプスが最初からこう動くように術式を組んでいたのだ。

「けど、これじゃ凪守なぎもりにケンカを売ってまで霊力を引き出した意味が無い。ただの無駄使いじゃないか」

 存在するだけで霊力を消耗するキクロプスに、更なる霊力を湯水のように使わせている。それも、身体能力の一部をカットしてまで。

 概算だが、キクロプスの保有霊力量は半分を切っているだろう。

 愉快犯としては度が過ぎるし、確信犯としては目的が見えない。

 あの時言い切った夢とやらに何かのヒントが隠れているかもしれないが――どうあれ、するべき事に変わりは無い。

 疑念は全て頭の奥に押し込み、改めてキクロプス達を見据える辰巳。

 その闘気を嗅ぎとったのか、各々の武器を構えるキクロプスと竜牙兵軍団。

 一触即発。触れれば切れそうな空気が充満する中で、風葉はおずおずと手を挙げる。

「ねぇ、五辻くん。今足場にしてる家にすり抜けたりしないの?」

「しないよ、というか出来ない」

 おざなりに言いつつ、辰巳は戦闘体勢を取る。

「悪いけどあのデカイ連中と先約しててさ。話があるなら後にしてくれ」

「ん、ん。わかったよ……」

 納得半分、不満半分と言った表情を見せながら、風葉はオウガの足元を見下ろす。どうやら斜め下にある一軒家が気になっているらしかったが、今の辰巳にそこまで気を回せる余裕は無い。

「セット。ジャンプ、並びにブースト」

『Roger Rebounder RapidBooster Etherealize』

 踝と背中のEマテリアルがワイヤーフレームを形成する合間、辰巳は右の刃を逆手に構え直す。改めて白兵戦を挑む、突撃の構えだ。

 対するキクロプスも竜牙兵軍団を指揮し、自身の正面へと壁のように配置する。迎撃の陣形だ。

 竜牙兵の武器は全て盾と剣のみで、射撃武器を持っている者は居ない。流石にそこまで術式を仕込む余裕はなかったのだろう。

 だが盾を構えて隙間なく待ち構える陣形は、堅牢な城壁にも似ている。正面突破は容易にいくまい。更には竜牙兵達の隙間から、右腕の竜が待ち構えているのだ。さながらトーチカである。

 そんなキクロプスの布陣に、しかし辰巳は顔色一つ変えない。

 既に、勝機が見えているからだ。

「三時間目には出たいしな」

 学生としての本音をぼやきつつ、辰巳は背中のブースターが生成完了したのを確認。しかる後、手始めに左のブレードを投擲。

 狙いはキクロプス。だが直線上に居た竜牙兵がすぐさま反応し、ブレードを防御。盾の中央に刃が突き刺さり、貫通した刃が竜牙兵の眼前で止まる。

 ダメージはない。が、目論見は通った。キクロプスの視線が盾で遮られたのだ。

 時間にすればほんの僅かでしかない空白。だが辰巳にはそれで十分。

「ああそうだ。霧宮さん、今すぐ歯を食いしばってくれ」

「ふぇ?」

 と、風葉が首を傾げたと同時に、凄まじい衝撃がコクピットへと叩きつけた。凪守の技術を持ってしても相殺しきれない重力が、オウガの躯体そのものを揺るがせたのだ。

「――ッ!?」

 声をあげる間もなく風葉が目を瞬かせた直後、目の前には盾を掲げる竜牙兵が立っていた。

 竜牙兵が一気に近づいた、というわけではない。

 オウガが、超高速で突撃を敢行したのだ。

 ごく短距離、かつ正面方向のみに限られるが、その代わり稲妻のような超加速を実現させる――それが背中の霊力武装、ラピッドブースターなのだ。

「フンッ!」

 かくて辰巳は竜牙兵の盾に掌打を叩き込む。超高速突撃の速度をそのまま乗せられた一撃は、盾ごと竜牙兵を粉微塵に粉砕した。

 さながらショットガンのようにばら撒かれる骨の欠片。それを浴びせられ、たたらを踏むキクロプス。

「WOOOOッ!?」

「GI!?」

「GIGI!?」

 ここでようやく他の竜牙兵達がオウガに気付いたが、辰巳はそれに対応する暇を与えない。

「セット! ランチャー!」

『Roger Launcher Etherealize』

 振りぬいた手のひらを真上に向け、生成したばかりのロケットランチャーを一斉発射。ターゲットは残り全ての竜牙兵、照準は睨み合いの合間に済んでいる。

 いずれ落ちてくるだろうミサイルを、しかしターゲット達は気にもとめない。

「GIIIIIッ!」

 自陣の真正面へ現れた敵へ向け、一斉に剣を振り被る竜牙兵。

「WOOOOッ!!」

「SHAAAAAッ!」

 キクロプスも体勢を持ち直し、右腕の竜と共に格闘戦をしかける。

 が、そうした有象無象達のどんな行動よりも、辰巳の斬撃が先んじた。

「遅いッ!」

 片手、逆袈裟斬り。オウガの膂力のみならず、リバウンダーの跳躍力を上乗せした斬撃。その鋭さは凄まじく、刃の軌道上に飛び込んできた竜の首ごと、キクロプスの胴体を斜めに両断せしめた。

「WOO、OO――ッ」

 力なく響き渡る断末魔を眼下に、高く高く跳び退るオウガ。そのすぐ脇を、先程放ったミサイルが掠めて落ちていった。

 直後、背後で轟く爆発音。それを振り向く事無く、オウガは緩やかに着地。

 爆音に混じって竜牙兵の声が聞こえた気もしたが、辰巳は無視してブレードの制御を解除、ただの霊力へと還元する。

 戦闘は、終了したのだ。

「これにて排除完了、と」

 言いつつ、辰巳は小さく息を吐いた。

 細々とした後始末や、スペクター本体の捜索等、やる事自体は色々と残っている。が、今はとりあえずファントム3にオウガの回収を頼み、幻燈結界を解除すれば終了だ。

 まずは日乃栄高校に戻って――と、オウガの足を向けた矢先、辰巳は先ほど風葉が何か言いかけていた事を思い出した。

「そういや霧宮さん、さっき何か言ってたよな。何なんだい?」

「……、ぅ」

 振り向く風葉は、なぜか口元を押さえながら両手に涙を溜めていた。

「ど、どうしたんだ霧宮さん!? まさかフェンリルの影響が――!?」

 うろたえかける辰巳だったが、しかし風葉はゆるゆると首を振る。

「さっきので、舌、噛んだの。足も、痺れてつらいの」

 さっきの、とは考えるまでも無くラピッドブースターを使った時だろう。そうでなくともずっといずみを膝枕していたのだから、相当しんどかっただろう。

「……そうか。なんかこう色々と、ごめん」

 キクロプスと戦っていた時よりも遥かに神妙な顔で、辰巳は大きく頭を下げた。

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