Chapter15 死線 13

「GGGGGYYYYYYYAAAAAAAAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOッッッ!!!!!!」

 吼え猛るスレイプニルⅡ。その口腔から放たれる熱線――メガフレア・カノンが、またしても戦場を薙ぎ払った。下方から弾き飛ばされたゴールド・クレセントが何枚か、射線に飛び込んで蒸発する。恐るべき熱量だ。直撃すればただでは済むまい。

「う、お、あっ!?」

 故に、雷蔵らいぞうはそれを全力で回避する。フルブースト。だが熱線は容易くおぼろを追う。じりじりと装甲が焦げ、巻き込まれた無人機が爆散していく。そうした一部始終を、メイはセカンドフラッシュの背から見ていた。巡航モード大型ブースターの背に、未だグラディエーター・ジェネラルごと乗っているのだ。

「おおー、凄いなありゃ。大迫力だ」

 感嘆の声を上げる冥。しかもこの戦場の見所は、あそこだけではないのだ。

「それを、その理由をっ、見抜けなかったオレ自身なんだよなあァァァァァッ!!」

 斜め下方では、因縁を剥き出しにして激突するアメン・シャドーⅡとネオオーディン・シャドー。遠くには、やはり激しく打ち合っているオウガ・ヘビーアームドとフォースカイザー。因縁の対決が同時進行しているという訳だ。どちらも非常に見応えがありそうである。

「さてさて、どっちを観戦したものかな」

「観戦、てファントム3、そんな悠長な――きゃあ!」

 叫び、反射的に操縦桿を捻るマリア。その二秒後、セカンドフラッシュがいた空間を極大熱量が薙ぎ払った。メガフレア・カノン第二射。照準は此方にも向くという事か。

「ま、当然ではあるか」

 とは言え、その照射も長くは続かない。約十秒。推進力にモノを言わせてどうにか振り切るセカンドフラッシュの背で、冥は冷静にカウントする。そして立て膝姿勢の乗機にガトリングガンを構えさせる。

 発砲。唸る火線が近付いていたタイプ・ホワイト部隊を迎撃。大火力で敵軍に穴を開け、撃ち漏らした敵機を無人機で潰していく。あのバハムートはそういう運用方針なのだろう、本来は。

「だと、すると」

 セカンドフラッシュがブレイズ・アームを構え、迎撃に加わる。瞬く間に広がっていく爆煙。それを切り裂き、バハムートとはまた別口の砲撃がセカンドフラッシュを狙う。バレルロール回避しつつ、マリアは歯噛みする。

「そういえば、まだ残っていましたね」

 地上に残っていた特火点トーチカの片方、左のものが攻撃して来たのだ。無人機群相手にかかりきりだった筈だが……どうやら、相当損耗しているらしい。利英りえいは今まで以上にオクターブの高い奇声を上げている事だろう。

 しかして、今はそちらに思考を振り分けている余裕は無い。改めて、冥はスレイプニルⅡ・バハムートモードを見やる。考える。

 メガフレア・カノンは確かに強大だ。当たれば一撃蒸発、掠めただけでも相当なダメージを見込めるだろう。

 だが、あれが大鎧装を狙うだけのものとは考えにくい。朧とセカンドフラッシュが初見で回避したのが根拠だ。サイズと運動性が違いすぎて、照準が今ひとつ合わぬのだろう。

 では支援が目的なのか、と仮定しても今ひとつしっくりこない。威力が高すぎて味方機ごと吹っ飛ばしてしまいかねないからだ。

 となれば、恐らく今までのは牽制を兼ねた試射。本命の狙いが別にある。

 だとすれば、それは。

「ま、アレ狙いだろうな」

 ガトリングを一旦止め、冥は振り返る。

 丁度宙返りの途中、上下逆さになった視界。その先に、防御障壁で守りを固めた拠点コンテナが鎮座している。

 凪守側通信網の要であり、無人機群の頭脳も司っているあれを破壊されれば、状況は一気に傾いてしまう。やらせるわけにはいかぬ。

 だが今、その阻止に動けるのは――。

「――たまには矢面に立つのも悪くない、か」

 にやと笑う冥。ふかすアクセル。セカンドフラッシュが水平飛行に戻ったのを見計らい、グラディエーター・ジェネラルが立ち上がる。

「そう言うワケだ、後は頼むよファントム6」

「へっ!? どういう事ですか!?」

「こういう事、さっ!」

 言うなり、グラディエーター・ジェネラルは跳躍。更にスラスター全開。その進行方向は――あろう事かスレイプニルⅡである。当然マリアは泡を食う。

「なっ、何を!?」

「なに、ちょっとした置き土産をね」

 言いつつ、冥はレックウごとグラディエーター・ジェネラルから離脱。同時に立体映像モニタを表示し、まっすぐ突っ込んでいく乗機へコマンドを入力。

「離れたまえ、ファントム6! 僕は僕でどうにかする!」

「――! っ、了解っ!」

 何かを察し、急旋回で離脱していくセカンドフラッシュ。スラスターから尾を引く霊力残光。それを背にしながら、グラディエーター・ジェネラルは変形を開始。霊力装甲が解除され、骨組み状となった駆体の手足が折り畳まれる。

 かくて完成したのは、この戦場へ最初に現われた時と同じ待機モードの立方体。下部スラスターだけは稼働しているそれが、即席の大質量弾となってスレイプニルⅡへ襲いかかる。無人機群が迎撃しようとするが間に合わぬ。メガフレア・カノンはまだチャージが終わっていない。

「コイツで多少は打撃を」

「GGGGGYYYYYAAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOッッ!!!」

 咆吼。スレイプニルⅡが左右の特火点を含んだ異形の翼を振るう。すると装甲の一部が割れ、内側の肉が間欠泉じみて噴出。かくて現われたのは、先端に巨大なカギヅメを生やした長大な触腕だ。びょうびょうと、嵐のように振るわれる。

 莫大な質量を伴うそれは、石ころのように立方体弾を弾き飛ばす。圧壊、爆散。

「ありゃあ」

 ほんの少し、冥は顔をしかめる。こうなる可能性も予想してはいた。だがやはり乗機が破壊されるのは悲しいものだ。それがどんなに短い時間だったとしても。

「でも、無駄じゃあないぞ」

 呟く冥は、既に術式陣の敷設を終えている。仕掛けはヘッドライト。慣性制御術式と鎧装のスラスターを併用し、フロント側を地面へ向ける。ヘッドライトには術式陣の投射機構が仕込まれており、真下には冥のコマンドで盾を真上に掲げたディノファング・ガーダーが待っている。冥はこの盾に、ヘルズゲート・エミュレータを照射展開したのだ。

 本来は壁面等に使うものだが、まあ大差あるまい。座標も既に設定済みで、後は――。

「一旦転移して新しい機体に乗ってくる、と。上手く考えたものだな」

 ――不意に。

 そんな声が、冥の耳朶を叩いた。

 右を見る。タイプ・ホワイトの肩上。ゆらりと、そこに立っていたのだ。

 襤褸じみたローブを纏った人影。無貌の男フェイスレスが。

 目が合った。いや、合ったような気がした。奴の顔はフードの影に隠れている。

「ち」

 舌打つ冥。どうあれ今ヤツにかまけている暇なぞない。利英に通信を送りつつ、スラスター推力全開。紫の転移術式目がけ、迷い無く垂直降下。

 その背に、無貌の男は笑いかける。

「悪いな、ファントム3。先に使わせて貰ったぞ?」

 そう言い終えるより先に、冥はレックウごと術式陣を潜って消える。その直後、無貌の男はタイプ・ホワイトごと爆散して消えた。地上のグラディエーター・ガンナーが撃ち抜いたのだ。利英による遠隔操作である。

「やったか……とは到底言えない相手ですけどもなァ……!」

 真正面、未だ吼え猛るスレイプニルⅡを見据えながら、利英は冷や汗を拭った。


◆ ◆ ◆


 上書きオーバーライド完了。記憶の連続性に不具合無し。一秒程度の最適化を終え、彼女はゆっくりと目を開いた。

「正直、意外ですね。こんな所に来るとは」

 こきこきと、手足を回して具合を確かめる。ついでに手鏡も取り出し、顔色も確認。

 エミリー・ターナー。ヘルガ・シグルズソンを捕獲するべく未だ動いていた端末に、無貌の男は意識と記憶のデータを送信したのだ。ヘルズゲート・エミュレータで空いた穴を通って、のうのうと。先に使わせて貰った、とはこの事だった訳だ。

 なお、ヘルガは未だ見つかっていない。部屋の隠し通路は通ってみたが、トイレの天井から落ちただけだった。恐らく着替えか何かを用具入れにでも隠しており、何食わぬ顔で姿をくらましたのだろう。周到な事だ。

 だが、もういい。今はそれより重要な事がある。思考すべき敵がいる。

「ファントム3は何かを取りに来た。それは間違いない」

「では、それは何か?」

 こつこつと。横合いから歩いてきた黒人の男が、言葉を続ける。唐突極まりないが、ターナーの顔に動揺は無い。この男もまた、標的ターゲットSに浸蝕された潜入工作員スリーパーなのだから。

 そしてそれは、彼一人だけではない。

「スレイプニルⅡがバハムートとなる前、術式陣越しに撃って来た砲撃」

「あれを為したモノを持って来るつもり、と考えるのが妥当でしょう」

 続々と、ターナー女史の周囲に集まってくる老若男女。世界規模の混乱への対応がため、彼等のように寄り集まって話し込んでいる部署はいくつもある。

 だが、誰が知ろう。今この廊下の一角で立ち話している有象無象どもこそ、この混乱を、引いてはアフリカの人造Rフィールドを構築した者達の一派なのだと言う事を。

「ですがそれは別の場所にあります。位置も特定済みです」

「恐らくそれは未だ秘匿されている新型大鎧装、ないし大鎧装用の火器と思われます」

 何故それを看破出来なかったのか、と糾弾するのは酷な話だ。標的Sという通称が広がるずっと前から、浸蝕は行われていた。そして彼等の意識の奥底、霊泉領域の中で眠り続けて来たのだ。

「ですが、それが何故この場所と関係しているのでしょうか」

「行方知れずのアリーナ・アルトナルソンに関連しているともとれますね」

 彼等の受け答えはどうにも機械的というか、単調だ。が、それも無理からぬ事ではある。潜伏状態での隠密性を高めるという事は、即ちデータ容量の軽量化と同義だ。いくら宿主の意識を乗っ取ったとて、基礎となる思考能力は高くない。今の今までアリーナの行方を突き止められなかったのが、その証左だ。

 だが今。ヘルズゲート・エミュレータを介して、ターナー女史には無貌の男の思考データが改めて上書きされた。彼女は他の浸蝕者達の指揮官となり、改めてこの合同監視拠点を徹底的に調べ上げた。

 そして、見つけたのだ。設計データと食い違う、不自然な空白がある場所を。

 だから、集まったのだ。この合同監視拠点に配備された浸蝕者達を集め、一挙に制圧すべく。

「では改めて。そうした疑問を解消すべく、彼女へ問い質してみる事にしましょうか」

 右手。いつのまにか逆手に持っていた大振りのナイフが、ターナー女史の横顔をぬらりと反射する。他の面々も、銃器や刀剣を着々と構える。

「え? あ、あなたがた? 一体何をするつもりなんです?」

 ここでようやく異常性に気付いた眼鏡の一般職員が一人、足を止めた。

 が、もう遅い。にたりと、ターナー女史達は笑う。

「下がっていた方が良いですよ? 危ないですから」

「ひ」

 眼鏡の一般職員は立ちすくんだ。ターナーの後ろの男が霊力武装のバズーカを構えたから、だけではない。ターナー達の浮かべている笑顔が、まったく同じカタチをしていたからだ。

「な、ん」

 ぱたりと、眼鏡の一般職員の手から落ちるタブレット。それと同時に、バズーカの引金は引かれた。斜め下、床に向かって。

 轟。

 それまで文官達の苛立ちと焦燥しか無かったオフィスに、突如として響き渡る大爆音。吹きさらす熱と煙は職員の眼鏡のみならず、辺りの器物を根こそぎに吹き飛ばす。

「なっ、何だ!?」「爆発!? 敵襲!?」「敵って誰だよ!? てか何でここに!?」

 たちまち辺りは混乱の坩堝と化し、一般職員は気絶する。だがターナー女史達は、そんな騒ぎになぞ目もくれない。

「では皆さん、行きましょうか」

「ええ」「はい」「うむ」

 ひょいひょいと。ターナー女史を筆頭に、彼等はバズーカが開けた穴へ躊躇無く飛び込んでいく。

 落下、着地。周囲は完全なる闇だが、彼等の動きに淀みは無い。戦闘機一機分が格納出来る空間があると、既に割り出していからだ。各々警戒しながら、ターナー女史達は口を開く。

「そもそもこの拠点となったモジュールユニットは、BBBビースリーが用意したものでした」

「ディスカバリーⅣを運用するための、設置型簡易拠点、だったかな?」

「その試作型を作戦に合わせて急遽改造した」

「その手引きにスタンレー・キューザックが一枚噛んでいたとしても、何らおかしくはない」

 彼等の言葉は質問というより威圧に近い。あるいは音の反響で室内の計測でもしているのか。

 どうあれ、彼女はその疑問に応える事にした。

「……そうですね。イイ線いってる推理だと思いますよ、ホントに」

 点灯する照明。ターナー女史達は目を細めつつ、声の主を見据えた。

 アリーナ・アルトナルソン。いつのまにかオフィスから消えた人物が、鎧装姿で壁を背に立っていたのだ。

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