Chapter15 死線 04

「う、る、ア!」

 グレンの拳が飛ぶ。直線の、有無を言わさぬ初撃。辰巳たつみは難なくこれを弾くが、しかし歯噛みする。オウガの操縦のため、左腕をコンソールから外すわけにはいかない。これでは手枷と同義だ。

「まだまだァ!!」

 そして当然、グレンの攻め手は始まったばかりだ。鋭い三連続のジャブ。流れるような回し蹴り。意表を突く裏拳。打突、打突、打突の嵐が荒れ狂う。

「オラオラオラオルアァァ!」

「ち、い、いぃっ!」

 無論辰巳とて無防備ではない。自由な右腕でもって弾き、打ち返し、時にはコンソールそのものを遮蔽物としてやり過ごす。そうしたやりとりの最中にも、辰巳は抜け目なく状況を確認、整理。懸念事項は、大別して三つある。

 一つ目。烈荒レッコウが分離した残りの機体――デュアルカイザーは、メイのグラディエーター・ジェネラルと向き合っている。ならばそう簡単に突破できまい。ひとまず思考の外へ追いやる。

 次に二つ目。周囲の敵無人機群――は、どうにも今ひとつ動きが鈍い。明らかに攻めあぐねている。

 まあ当然ではある。何せオウガ・ヘビーアームドの右肩シールド・スラスターには、無人とはいえ烈荒が未だ組み付いているのだ。相手からすれば攻めにくい事この上あるまい。いわおが救援しなかった理由もここにある。

 そして三つ目、かつ最大の懸念事項。敵意持つ闖入者を、グレン・レイドウの拳を、辰巳は改めて迎え撃つ。

「シィッ!」

 鋭角な、抉り込むように放たれる辰巳の右フック。

「ルァッ!」

 まったく同じタイミングで打ち込むグレンの左フック。

 鏡写しの軌道。正面衝突する拳と拳。骨、肉、鎧装。全てぎしぎしと軋ませながら、二人の動きは止まった。

 膠着。秒単位。辰巳の思考が走る。違和感。以前にも手を合わせた。実力は知っている。ほぼ互角の筈。しかもこちらは左手が使えぬ。なのに、拮抗している。

 手加減? よぎる思考を、辰巳は瞬時に打ち消す。そんなタマではあるまい。何か迷いでもあるのか。

 ならば、そこにつけ込む隙はあるか。

「二度目だな。こうやって、コクピットに珍客を迎えるのは」

 そうした辰巳の思考を、押し潰すかのように。

「あー、だろうな。有名な話だぜ、ファントム5だったか」

 グレンは、激情を剥き出した。

 バイザーの下、眼が細まる。みしみしと、拳が軋む。

「何故だ」

 唐突に、グレンは問うた。

「ゼロツー。ファントム4……何故、オマエは闘える」

「は?」

 思わず、辰巳は変な顔になった。

「何で、ってそりゃオマエ任務」

「違ェ! オレが聞きてェのは、ンな下らねえ建前じゃねえ!」

 ぎしぎしと押し込まれる拳。崩れる均衡。状況は動いた。

 辰巳は力を反らし、グレンの手首を裏拳で打つ。グレンはつんのめるような恰好となるが、あえて勢いを殺さない。割れた壁に手を突き、身体を浮かせ、アクロバティックな動きで辰巳の頭を蹴りに行く。

「なんでだ!」

「何がだ!?」

 上体を沈める辰巳。その頭上を恐るべき速度の回転蹴りが通過。辰巳は体勢を戻す。同時にグレンが着地。回転の勢いのまま裏拳が飛ぶ。辰巳は右腕でガード。衝撃。予想以上に重い。

「ファントム5はいなくなった! いなくなったんだろ!」

「何を……!?」

 だが。続くグレンの絶叫は、打突以上に激しく辰巳を打ち据えた。

「どんだけ繕った所で同じだ! オレには解る――クソッ! 解っちまうんだ!」

 霊泉同調ミラーリング。それを用いる事で、グレンは辰巳の記憶を知る事が出来る。そもそもグレンはグラディウスを、韋駄天術式を、そうやって識ったのだから。

 そしてそれは、断片的な追体験でもあった。記憶、記録、実体験。辰巳が強く憶えているそれらの情報を、グレンは今まで幾度も見せつけられて来た。

 自分ゼロスリーと同じ顔をした、しかしまったく違う辰巳ゼロツーの記憶を。辰巳ファントム4の半生を。

 辰巳の置かれた環境は、はっきりいって劣悪だった。確かに霧宮風葉きりみやかざはやマリア・キューザックという仲間は現われたが、それはごく最近の話だ。

 保護――という名目の隷属を受けてからの二年間、辰巳は凪守なぎもりに疎まれ、ファントム・ユニット隊長に厭われ、幾度となく死地に立たされた。だが辰巳はそれらを全て切り抜けた。不平一つ言わずに。

 何故だ。どうしてだ。そうした記憶を垣間見る度、グレンは吐き捨てていた。

 アイツはオレと同じ筈だ。こんな仕打ちを受けたなら、ムカつかないハズがないのだ。

 だというのに、ヤツは淡々としている。

 それが、グレンには信じられなかった。信じたくなかった。

 いつしか、グレンは仮面バイザーを被るようになった。鏡を見る度、アイツと同じ顔が映るのが、我慢できなかった為に。

『あらあら、おそろいですね?』

 被り始めた当初、サラはそう言ってくすくす笑ったものだ。

『しゃあねえだろ。鏡を見る度クソヤロウと同じ顔が見えるんだからよ』

『そうですか。では、ずっと被り続けるつもりなんですか?』

『ハ、まさか。まずは見せつけてやるのさ。最初に会った時にな。テメエと同じツラしてても、こんな顔ができるんだ、ってよ。ブン殴れりゃもっとイイな』

 宣言したのは、果たしていつだったか。とにかくその言葉通り、グレンはモーリシャスでそれを為した。切り結びも幾度か行った。

 そして――辰巳は、風葉を喪ったのだ。

 グレンは知っている。あの日、あの後。

 悲嘆。苦悩。懊悩。どれほどの悲しみに、どれだけの苦しみに、辰巳はのたうったのか。

 痛いぐらいに、知っている。識ってしまっている。

 だから、分からない。解れない。

「なんで平然と戦場に出て来れるンだ!? ゼロツウウゥゥゥゥゥゥッ!!」

 自分には無い異質さ。その強さの源を。

 確かめるために。問い質すために。

 グレンは、無謀を打ったのだ。

「そうかい」

 呟く辰巳。吐きだされた言葉は、当人驚く程冷えきっている。

「平然と。してるように見えるか」

 冷徹に。精密に。機械のように。

 グレンが放った打撃の数々を、捌く。捌き続ける。

 手刀、手首を打って止める。足払い、小跳躍で回避。フック、スウェー回避。中段蹴り、同じく中段蹴りで相殺。

「ぬ、ア」

 グレンは呻く。本来、辰巳ゼロツーとグレン《ゼロスリー》の身体能力は同等。だというのに、なぜこれほど差が生じているのか。そんなにも、自分は動揺してしまっているのか――。

 グレンは焦る。攻め手が加速する。拳打。拳打。拳打。蹴撃。だが雑だ。キレが無い。当然その隙を辰巳は逃さぬ。

「ふッ」

 大振りの回し蹴りを、抱え込むようにして止める。同時に視界端で外部モニタを見る。身じろぐグレンはそれに気付けない。

「や、べ、っ」

「正直言うとな。解らんのさ、俺にも」

 ぐるん。

 辰巳はグレンを回転させる。かつて月面で、風葉をレックウごと投げ飛ばした時のように。

「舐、め、ん」

 しかしグレンとて無策ではない。叩き付けられるよりも早く体を捻り、危なげなく着地する。

「な、あアア!?」

 もとい、着地しようとした。

 ぐるん。

 グレンが奇声を上げたのも無理はない。何せ足を付けようとした床――もとい、オウガのコクピットそのものが、百八十度回転したのだから。

 原理は単純だ。オウガが地面に片手を突き、逆立ちしながら蹴り上げたのだ。

 何を? 決まっている。上空から降ってきた氷混じりの残骸――即ち、ハワード・ブラウンが操っていたインターセプターの残骸を、だ。頭上から降ってくるそれを、辰巳はモニタで確認していた。

 そして蹴り返しつつ、グレンを追い出すのに用いたのだ。

「ナああめンなああア!」

 しかしグレンとてやられっぱなしではない。切磋に床の突起へ指をかけ、体操選手のようにぶら下がる。

「ほー。思った以上に食い下がるな、オマエ」

 逆さになりながら、辰巳はグレンを見上げる。コンソールの根元を器用に両足で挟み、左手と合わせてボルダリングのように姿勢を維持しているのだ。

「ハ! ナメんなっつっただろうが! 大体――」

「さっきの続きだけどな」

 するりと。

 辰巳は、グレンの虚を突いた。

「わからないんだよ。本当に」

 ふ、と力無く吊り上がる口端。だが、薄皮一枚。その皮肉の下に。

 深淵。そうとしか言えぬ懊悩の色を、グレンは見た。

 見て、しまった。

「だから。それを、確かめるために。それに、決着ケリをつけるために」

 グレンは動けない。辰巳の目の色に、自分では絶対にありえぬ色に、射貫かれたために。

 その衝撃を知ってか知らずか、辰巳の左手はコマンドを入力し終える。

「俺は、ここに来たのかもな」

 がしゅん。排気音と共に、グレンが指をかけていた突起――レックウの合体用ジョイントが、音を立てて展開。

「な、お、あ」

 衝撃。さしものグレンもふりほどかれ、勢いよく落ちていく。

「ゼロ――!」

 グレンは即座に怒声を噛み潰す。叫ぶ時間なぞない。右腕リストデバイスを操作、烈荒へコマンドを送信。

 烈荒は即座に束縛を解き、シールド・スラスターを蹴りながら疾走、変形。ビークルモードとなった烈荒はグレンの下へ高速移動。ドアが開き、グレンはひらりと滑り込む。エンジンが一際唸る。

 そしてグレンは、頭上の辰巳を睨んだ。

「――いや、五辻辰巳! オレは、テメエに、勝つ!」

 急発進する烈荒。行き先は、まあ間違いなくデュアルカイザーだろう。再合体するためだ。

「こっちも準備せんと、なっ」

 片手跳躍、及びスラスター噴射で体勢を戻すオウガ。その最中に霊力装甲も張り直したので、ダメージはほぼ皆無だ。想定以上に霊力を消耗したのと、頭に血が上って少しくらくらするのが精々だろうか。頭を振り、辰巳は目眩を追い出す。

「ふ」

 追い出しながら、少し笑ってしまう。

 思い返せば、風葉もああやって飛び込んできたのだ。オウガのコクピットへ、何の前触れも無く。

 あの時と同じように、こうして戦っていれば。

 あの時と同じように、バイクごと飛び込んで来るんじゃなかろうか。

 願望、というには余りに儚い妄想。

 しかしてその妄想を補強する実感を、辰巳は憶えている。否、焼き付いている。

 モーリシャス。Eフィールド。霊泉領域。あの時に見た、ツギハギの風葉の姿と言葉。

 改めてそれを思い返しながら、辰巳は唐突に納得した。

「ああ、そうか」

「GYAAAAOOOOOOOッ!」

 烈荒が離れた事で、やかましく接近してくるディノファングの群れ。オウガに鉄拳を構えさせながら、辰巳は呟いた。

「たぶん。初恋ってヤツだったんだろうな」

 余りにも今更な、その自覚を。

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