Chapter15 死線 05

 さて。今までの戦況は概ねファントム・ユニット側が優勢で進んで来たが、そうでない場所も無論ある。

「おひょヒョー! 撃っても撃ってもキリがありませんぞなもし!」

 それは拠点コンテナ。利英りえいがいつもの奇声を上げながら無人機群を指揮し、どうにか防衛陣地を築いている。だが悲しいかな、多勢に無勢の上、そもそも利英は技術屋だ。いかな天才とて、付け焼き刃の指揮では限度がある。今もそうだ。利英の指揮下にあった無人機がまた一機、分断され、集中砲火を受け、爆散してしまう。

「ああーッダンダン数の少なくなりつつあるストライカアくんがまた一機やられてしまったァーッ! そしてそこのキミ! 青いヤツ! その穴を突くキだないやらしい!」

 口調とは裏腹の精妙な操作で、的確な霊力障壁を展開する利英。直後、タイプ・ブルーの砲撃が障壁上で炸裂した。損傷無し、されどびりびり震える空気。背に走る冷たさを振り払うように、利英は叫ぶ。

「ぬはははは! どうやら間一髪間に合ったようでごわすなドスコイ!」

笑う利英だが、しかし額の汗を拭う暇すらない。今のでまた霊力を損耗してしまった。I・Eマテリアルはまだ余裕があるとは言え、生命線であるそれを無駄にして使って良い筈も無い。まして先程のタイプ・ブルーは、未だ拠点コンテナへ照準を合わせており――。

「やら、せるかッ!」

 その時、射線上に割って入るディノファング・ガーダー。盾は長時間の戦闘で大分損耗していたが、それでもどうにか拠点コンテナへの直撃を防いだ。そして続く第二射を、ガーダーの指揮官こと田中三尉は許さない。

「百舌谷二尉! 撃ち返せ!」

「了解!」

 百舌谷の駆る零壱式れいいちしきが膝を突き、背部の二連装大型キャノン砲を展開。タイプ・ホワイトが上空からそれを阻もうとするが、田中三尉の零壱式によるアサルトライフル射撃が接近を許さず。

「捉、えたっ!」

 引かれる引金。轟く砲声。放物線を引いて飛ぶ光の弾丸は、敵機の垣根を跳び越え、過たずタイプ・ブルーへと着弾。更に生じた爆発が、周囲の敵機を何機か巻き込んでいく。

「おほヒョー! これまたタマヤカギヤな漢字でごわすなあ! 的確なインターラプト痛み入りますですハイ!」

「いえ、これが自分達の任務ですので」

 利英の奇声にまったく動じず、きびきびした敬礼を返す田中三尉。砲撃姿勢から戻った百舌谷二尉は、対照的に溜息をついた。

「でも、一体いつまで続くんでしょうか、この戦闘」

「弱音を吐くな百舌谷。前線にいるファントム・ユニットの方々は、我々よりももっと困難な状況で、尚且つ優勢の戦果を重ねているのだぞ」

「そりゃあ」

 装備の差があるからですよ、という愚痴を百舌谷はすんでのところで飲み込んだ。そんな事をうっかり言えば、一体どんな説教が始まる事か。

 なので、百舌谷二尉は矛先を変えた。

「――あー。ところで、そのファントム・ユニットの方が一機こっちに来てますよ」

「何?」

 田中がレーダーを見やると、確かに近付いて来る味方の反応が一つ。見上げれば、そこには一直線にこちらへ飛んでくるディスカバリーⅣの姿があった。

「あ、自衛隊出向部の方々ですね。お疲れ様です」

 ブレイズ・アームによる牽制射撃で周囲の敵機を牽制しつつ、マリアの駆るディスカバリーⅣ――セカンドフラッシュ・フルアームドは拠点コンテナの近くへと着地。

「お疲れ様です。しかし」

 一体何故、どうして今ここに。田中がそう疑問を挟む前に、利英は叫んだ。

「おっヒョ! ようやくいらっしゃられましたかファントム6にファントムX!」

「ファントム?」

「エックス?」

 ほぼ同時に首を傾げる田中と百舌谷。

「あの、まだ誰か居たのですか?」

「居るに決まってンだろ! このオレがよォ!」

 田中の疑問へ答える何者かの叫び。それと同時に、セカンドフラッシュの頭部が勢いよく開いた。

「んなっ、なんだぁ!?」

 驚く百舌谷を余所に、頭部は更に展開。内部機構がスライド展開し、厳重に格納されていたモノが姿を現す。

 それは電子的にも、霊力的にも、ディスカバリーⅣの制御系と完全に隔絶していたモノリス。まだこの機体がフレームしかなかったあの時、利英はこのモノリスを情報収集用ブラックボックスの類だと思っていた。だが違う。

 このモノリスには、大量の霊力とある人物の意識が封入されているのだ。

 だがそんな事なぞ露知らず、田中は呟く。

「何だ……? 御影石?」

 ある意味で正解だ。セカンドフラッシュの頭部から現われたそれの母材は、間違いなく御影石だからだ。

 素材名はインパラブルー。かつてザイード・ギャリガンから贈られた石材の表面には、厳かな古代文字――ヒエログリフが浮かび上がっており。

 その中央。最も目立つ場所に彫られた大きな文字が、霊力光を脈動させている。

 堪らず、百舌谷は呻いた。

「な、なんでそんなのを格納してたんです?」

「ハ。そんなのとはご挨拶じゃねえか若造!」

 どこからか通信が届く。同時に脈動が激しさを増している。百舌谷は直感した。この御影石が喋っているのだ、と。

「い、一体なんなんだ……?」

 顔を見合わせる二人の自衛官。その困惑を、利英はベストタイミングで助長させる。

「でわ! 遂に最後のTOBIRAを開いてみましょおかねい! と言う訳でポチッとな」

 ごうん。

 轟音と共に、閉じられていた拠点コンテナ最後の扉――「5」のナンバリングが施された扉が、ゆっくりと開く。

 吹き出す蒸気の奥、一対のヘッドライトで周囲を睨めながら、それは――その車輌は、姿を現した。

「「なっ」」

 田中と百舌谷は、同時に絶句した。さもあらん。五番コンテナから満を持して現われたのは、あろう事かオウガローダーと同型の六輪装甲車だったのだ。百舌谷は瞠目する。

「こ、コレってオウガローダーですよね!?」

「違ェな。コイツはフレームローダー改だ。まぁオウガの予備パーツをかなり使ってる手前、ある意味アタリでもあるか」

 ごうん。

 別方向から響いた駆動音に、またもや首を巡らす二機の零壱式。そのカメラアイが捉えたのは、宙に浮いている御影石の姿だった。

 セカンドフラッシュ頭部から己の意思で離脱、術式で浮遊する御影石。その直下へ、フレームローダー改は音を立てて移動し。

「ンじゃまァ、始めますかねェ」

 紫電のように余剰霊力光を散らしながら、御影石は――ヒエログリフでトゥト・アンク・アメンの碑銘を浮かび上がらせるモノリスは、術式越しに叫んだ。

「モードチェンジ! スタンバイ!」

『Roger Silhouette Frame Mode Ready』

 オウガローダーと同じ電子音声を鳴らしたフレームローダー改は、やはりオウガローダーと同様に車体下部のスラスターを噴射。

 ゆっくりと直立していく巨大な車体。その合間にも、各部の装甲には亀裂が走る。内部機構が、展開していく。

 コンテナ状の車体後部が分割し、角張った脚部を形成。運転席部が分割し、展開した内部機構と併せて力強い腕部を形成。

 そうして露わとなった胴体部、やはりオウガと同様に胸部から上が欠損しており。モノリスはその上へ音も無く浮遊移動。

 その直下。オウガならばコンソールがあった位置に、備え付けられているのは黒い石造りの椅子。肘掛けはあるが、背もたれは無い。一体どこにあるのか。

 その答えを、モノリスは証明した。椅子の後ろ。展開したジョイントに接続し、自ら背もたれとなって椅子に一体化する事で。

 かくて完成したのは、椅子……というより玉座と言った方がしっくりくるだろう、恐ろしく重厚な黒曜石のコクピット。その背もたれとなったヒエログリフが明滅し、深く座り込んだパイロットの姿が編み上がる。

 額に一文字の傷跡を負った、浅黒い肌の屈強な男。ファントムX――ハワード・ブラウン。

 真正面。聳え立つスレイプニルⅡを睨めながら、彼は叫んだ。

「フレームローダー改! シルエットフレームモードッ!」

 システムは応える。コクピットの四隅から、オウガと同様に霊力の柱が立ち上る。柱は瞬く間に分割し、網目状となり、コクピットを覆い隠す。やはりオウガと同じように。

『Get Set Ready』

 かくて準備完了を、システムは告げた。

 即座に、ハワードは命ずる。

「ウェイクアップ! アメン・シャドーⅡ、エーテライズッ!」

 励起するフレームローダー改のシステム。活性化した術式は霊力を奔らせ、瞬く間に頭部及び胸部を形成。更に胸部、肩部、膝部と言った機体各所に装備されたI・Eマテリアルが活性化し、霊力光を投射。

 光は編み上がる。かつてのアメン・シャドーに似た、曲線主体の霊力装甲となって、アメン・シャドーⅡの各部へ装着されていく。

 かくて完成するのは、オウガローダーの同型を軸としながらも、まったく違う曲線主体のシルエットを持った大鎧装――もとい、神影鎧装。その背部と胸部に装備されたI・Eマテリアルが、一際強い輝きを発する。

 背部の輝きは円形に寄り集まり、かつてアメン・シャドーの背にあったものとほぼ同型の光輪――コロナ・シューターの発射装置を編み上げる。

 同じように胸部前へ集束した霊力光は、長柄の武器――かつて雷蔵が熊手ソードと揶揄したゴールド・クレセントとなって実体化。その柄を、アメン・シャドーⅡは掴む。風車のように振り回しながら、機体の状況を確かめる。

 状況、良好。いっそ忌々しいくらいに良い反応を返してくる機体を制御し、ブラウンはゴールド・クレセントの回転を止める。右脇へ、抱えるように構える。そして名乗ったのだ。

「アメン・シャドーⅡ! ここに降誕だぜェ!」

「な」

「何だってぇーッ!?」

 と、素っ頓狂に叫んだのは田中と百舌谷である。まぁ当然だ。彼等はこんな増援がある事なぞ夢にも思わなかったのだから。

「ハ、なに驚いてンだ自衛隊。予期せぬ状況なんてなァよくあるハナシだろ? こと戦場だったら尚更よ」

「それは、まぁ、その通りなのですが」

 流石に言葉を失ってしまう田中。だが混迷する状況は、そうした困惑すら容易く塗り潰していく。

「ま、丁度良い。オマエらならまずノーマークだろうし」

「あー。なんか、イヤな予感が」

 ぼやく百舌谷。ブラウンは耳ざとく拾う。

「ま、そう言うな。ファラオの勅命をくれてやるってだけなンだからよ」

 にやりと笑いながら、ブラウンはスレイプニルⅡの方角を見た。

 丁度そのタイミングで、秘密格納庫から現われた敵機が、オウガの放った光線を斬り払っていた。

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