Chapter15 死線 06

 その、少し前。

「GYAAAAOOOOOOOッ!」

「たぶん。初恋ってヤツだったんだろうな」

 呟きながら、辰巳たつみは構える。見据える。正面。迫り来るディノファングの顎牙。眉一つ動かさず、辰巳は告げる。

「セット。クラッシュパイル」

『Roger ClashPileBunker Etherealize』

 電子音声が応える。ギャリガンが睨んだ通り、未だ伏せられていたオウガ・ヘビーアームドの武器ギミック――右足の追加装甲がスライド展開。内蔵されていた術式の発振システムが唸りを上げ、霊力が足裏へと集束。

「GYAAAAOOOOOOOッ!」

「鬱陶しい」

 溜息、呟き、小跳躍。流れるような動作で、オウガはディノファングの下顎を蹴り上げる。

 ただし、左足で。

「GYAっ!?」

 顎を支点に脳を揺らされるディノファング。いつぞやのリザードマンじみて脳震盪をおこしかける巨体へ、辰巳は本命の追撃を仕掛ける。

「ふッ」

 スラスター噴射、中空で身を捻るオウガ。その右足、霊力漲る蹴りが、ディノファングの鼻先へ叩き込まれる。

「GYYAAっ!?」

「爆、ぜ、ろッ!」

 間髪入れず、術式発動。

 かつてオウガの膝に搭載されていた術式、パイルバンカー。その発展型であるクラッシュ・パイルバンカーが、唸りを上げた。

 轟。

 叩き込まれた一撃は、ディノファングの鼻先どころか胴体までをも貫通破壊。結構な威力。何よりパイルバンカーより格段に使いやすい。着地しつつ、辰巳は軽い口笛すら吹いた。

「GYAOOOOOOOッ!」「GYAOOOOOOOッ!」「GYAOOOOOOOッ!」

 だが当然、ディノファングの群れがその程度で途切れる筈も無い。その動きに恣意的なものが見える辺り、頭上の指揮者が誘導しているのかも知れない。

「上等」

 ならば、引きずり下ろすまでだ。

「セット、ロングブレード二つ」

『Roger LongBlade Etherealize』

 ヘビーアームドの新たなギミックが起動。左右のシールド・スラスター内側の一部が展開し、棒状のものが突き出す。何かの柄だ。

 躊躇無く、オウガはそれを握る。それと同じタイミングで、脚部、背部、更にはシールド・スラスターまでもが光る。唸る。

 そして爆裂。生み出された莫大な推進力は、瞬きする間にオウガの巨体をディノファング群の只中へと放り込む。

「GYAッ!?」「GYAGYAッ!?」

 必然、標的を見失ったトカゲ共は狼狽える。辺りを見回そうと首を巡らす。

 その首が、ぐるりと、百八十度回転する。

「GYAAAAAAAAAAッ!?」

 トカゲ共は見た。真後ろ、片膝を突いて着地するオウガ・ヘビーアームドの姿を。その両手に握られている新たな武器、ロング・ブレードの輝きを。

 刀身自体はかつてのブレードと同じ――いや、少し短いくらいだろうか。肉厚なその刃には、霊力光が滴るように輝いており。

 それが消えると同時に、ディノファング共の首は悉く落ちる。霊力光へと還っていく。そうした一部始終を、ギャリガンはつぶさに観察する。

「成程、いつもいつも独創的な霊力武装だ。斬撃と同時に霊力を放射、攻撃範囲を瞬間的に拡大するワケか。まるでウォーターカッターだな」

 造りとしてはラピッドブースターの機構を応用したか。威力は凄まじいだろうが、反動も相応の筈。オウガ本体はともかく、刀身自体は耐えられまい――そんなギャリガンの読みは的中する。残心するオウガ・ヘビーアームドの両手、構えていた二刀が爆ぜ砕けたのだ。

「やはりな。霊力武装だからこそ出来る使い捨て戦法という事か。だが」

 その程度で無人機群の戦線は崩れない。そもそもオウガ・ヘビーアームドは、グロリアス・グローリィ陣地の真っ只中にいるのだ。

「GYAOOOOOOOッ!」「GYAOOOOOOOッ!」「GYAOOOOOOOッ!」

 襲い来る第二波のディノファング部隊。しかも今度はタイプ・ブルーやタイプ・レッドといったグラディエーターも混じっている。更に上空にはタイプ・ホワイト部隊が銃口を向けつつある。

「さてどうする? どう捌く?」

 笑うギャリガン。それに呼応するかの如く、三匹のディノファング・ナイトが先んじて飛び込んだ。顎牙と増設クローアームを合わせたコンビネーション。三方から襲い来るそれを、辰巳は鼻で笑う。

「ふん」

 オウガが腕を交差する。肩部シールド・スラスターが突き出される。

 そして、射出される。

「ほう?」「GYAOOOOOOOッ!?」「GYAOOOOOOOッ!?」

 ギャリガンとディノファング・ナイト二匹は、同時に目を剥いた。更にディノファング共の方は、目を剥くだけでは済まなかった。さもあらん、突っ込んで来た盾が鼻面に激突したとあれば。

「GYAAAッ!?」「GYAAAAッ!?」

 大質量を叩き付けられ、もんどりうつディノファング・ナイト二匹。そうさせた二枚のシールドは、霊力線で本体のオウガ肩部と繋がっている。ギャリガンは目を細める。

「今度は有線式のカルテット・フォーメーションか。だが」

「GYAOOOOOOOッ!」

 当然、最後の一匹には関係が無い。振りかぶられた三本爪が、オウガを引き裂くべくぎらと光る。

「ヌルい」

 しかして当然、そんなものに後れを取る辰巳の筈もなし。僅かに半身を反らし、ディノファング・ナイトの突きを避わす。同時に間合いを詰め、顎に拳打を叩き込む。

「GYAッ!?」

 短い悲鳴。たたらを踏む巨大トカゲ。その隙に、辰巳は告げる。

「セット。モード・ダブルヴォルテック」

『Roger Double Vortek Buster Ready』

 電子音声が応える。両腕部の複合盾が展開し、霊力光が渦を巻き始める。ツインペイル・バスターを彷彿とさせるそれが、しかし解き放たれるより先にディノファングが復帰した。

「GYAOOOOOOOッ!!」

 今度こそ振り下ろされる顎牙。頭部を豪快に食い千切らんとする一撃を、オウガはスラスター噴射込みのバックステップで回避。更に中空で身体を捻り、今度は蹴りを顔面へ叩き込む。

「ふッ!」

「GGGYYAAAAッ!?」

 再度打撃を叩き込まれ、もんどり打って倒れる巨大トカゲ。その合間に肩部から伸びる霊力の線が鳴動、射出されていた二枚のシールド・スラスターを引き戻す。肩部に再合体。そして着地。

 直後、辰巳は両手突きを放つ。二つの光の渦が、解き放たれる。

「ダブルヴォルテックッ! バスタアアーッ!!」

 轟。

 唸りを上げて直進する二条の螺旋。それ自体も絡み合う撹拌霊力砲術式は、もんどりうったディノファングを手始めに、射線上へいた全ての敵無人機群を薙ぎ払った。

 爆散し、爆散し、爆散するディノファング。あるいはグラディエーター。もうもうと立ちこめる爆煙と霊力光の中に、敵機の反応はまったく無い。

「よし」

 その中へ、辰巳は躊躇無く飛び込む。スラスターを全開させたオウガが、霞の中へ消えていく。

「ふむ、何のマネかな?」

 立体映像モニタ越しにそれを見ていたギャリガンは、つい、と画面をスワイプ。コマンドを打ち込む。無人機群は即座に反応。ディノファングが、グラディエーターが、霞の中のオウガへと殺到していく。

「GYAOOOOOOOッ!!」

 かくて最初にオウガへ到達したのは、ディノファング・ルークとたまたま随伴する恰好になっていたタイプ・レッド。辰巳は僅かに目を細める。

「また、弄ったな」

 煙を切り裂き、的確に此方を狙うディノファングの牙。回避。だが動きは鋭い。明らかに意志の介在する動き。三連装キャノン砲をこちらへ向けようとする。

「セット、ロングブレード右」

『Roger LongBlade Etherealize』

 迫る砲身。左拳で打ち払う。同時に右腕は抜刀。居合いの要領で頭部を切り裂く。

 その隙を縫うタイプ・レッドの刃。絶妙な一撃。オウガはシールド防御。軋む機体。膠着は、しかし僅かに一秒。

「ふッ」

 鋭い呼気。沈むような体捌き。盾へつんのめるように姿勢を崩すタイプ・レッド。踏ん張る。その軸足をオウガの足払いが刈る。一瞬浮くタイプ・レッド。即座にオウガはスラスター噴射。更に辰巳は告げる。

「セット、クラッシュ・パイル」

『Roger ClashPileBunker Etherealize』

 霧散する元ディノファングの霊力光を吹き散らし、オウガは推力で強引に機体を回転。姿勢を立て直しつつ、大振りの回し蹴りをタイプ・レッドの胸倉へ叩き込む。更にその足裏には、術式の杭が生成済みであり。

「ブッ飛べっ!」

 クラッシュ・パイル発動。爆散しながら吹き飛ぶタイプ・レッドの残骸は、ショットガンのように射線上の無人機群を薙ぎ払う。別のタイプ・レッドが、ディノファングが、撃ち抜かれて倒れ伏す。

 だが足りぬ。敵の物量に対しては、まるで火力が足りない。ディノファングが、あるいはグラディエーターが、空いた隙間を瞬く間に埋める。

 それらを睨みながら、辰巳は告げた。

「セット、ホーミング」

『Roger Homing Shooter Ready』

 電子音声は答えた。そして同時に、敵軍は襲いかかって来た。

 ディノファングの顎牙。跳躍回避し、腕部ガトリングを浴びせる。タイプ・レッドの斬撃。ブレードで巻き上げ、カウンターの打突を打ち込む。タイプ・ブルーの射撃。シールド・スラスターで防御しつつ、ブレードを投擲して黙らせる。

 まさに八面六臂。だが物量差は圧倒的。遅かれ早かれ押し切られるのは必定。

 だから、そうならないように。

『Charge Complete』

 辰巳は、術式を起動していたのだ。

「良し、砲身展開!」

 ヘビーアームド背部の増加装甲がスライド展開し、二本の砲身が首をもたげる。その砲口には、既に充填された霊力が光をたたえており。

「観測データ……同期完了! ホーミング・シューター! 行けッ!」

 躊躇無く、辰巳は引金を引いた。

 かくて放たれた二本の光線は、未だ漂っていた爆煙と霊力光を吹き飛ばす。上空へ昇る。そして数十もの細い光線へと分岐し、シャワーのように無人機群へと降り注いだ。

 これこそはホーミング・シューター。かつてアメン・シャドーに搭載されていた武装、コロナ・シューターの類型術式だ。『一応は協力関係な手前、この程度はしてやんねェとな?』とはハワード・ブラウンの弁である。

 本元のコロナ・シューターと比較すると、射出されるビームの数は大幅に増えている。が、当然一発ごとの出力はさほど大きくない。零壱式れいいちしきのアサルトライフルと同じくらいだろうか。だがその光矢は、無人機の急所のことごとくを貫いていく。

 まぁ当然だ。拠点コンテナから送られた観測データと、今までの切り結びで得た交戦データ。それらを複合し、急所と思われる場所へ誘導弾を叩き込んでいるのだ。ホーミング・シューターの名に恥じぬ性能である。

「成程。しかし、チャージとロックオンにはそれなりの時間がかかるはず……ああ、だから煙幕に隠れたのか」

 一人納得するギャリガン。その耳朶へ、突如飛び込む接近警報。

「おや」

 見れば、ホーミング・シューターの内の一発がスレイプニルⅡ艦首秘密格納庫へと迫っているではないか。

「意趣返しか。なんとも小癪な」

 苦笑するギャリガン。その笑みは即座に消える。

 一閃。ネオオーディン・シャドーの携える長槍が、ホーミング・シューターの光弾を両断。明後日の方向で爆散する光が、神影鎧装の威容を照らし出す。

 そうして、ギャリガンは呟いた。

「では、そろそろ僕も出るとしようか」

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