Chapter12 激闘 07

「良いでしょう、好きにさせてやりなさい。設営にフォースアームシステムが必要な段階は、もう過ぎたからね」

 グレンの一部始終を伝えてきたサラに、ギャリガンが返したのは短い頷きだった。

 流石のサラもここまで気前の良い対応は予想外だったようで、仮面越しでも隠しきれない呆気がギャリガンの目に映った。

 薄く笑いつつ、右手の立体映像モニタを見やる、そこには格納庫内でいそいそと烈荒レッコウの調整を行うグレンの姿があった。フォースアームシステムを拡大展開する装置から、己の愛車を引き剥がすべく躍起になっているのだ。

「ふふ。まったく可愛いヤツだ」

 コンソールを操作し、烈荒のロックを外すギャリガン。グレンは少し驚いた後、手近の監視カメラへサムズアップを返す。

 もっとも、ギャリガンの繋げているカメラとは違ったのだが。

「つむじでなく顔を見せて欲しかったがな……まぁ良い。ああ、それからサラとペネロペ。キミ達も行くと良い」

「あら、私達も宜しいのですか?」

「もちろんだとも」

 頷きつつ、今度は左手の立体映像モニタ群を見やるギャリガン。

 タイプ・ホワイトを撃墜するセカンドフラッシュ。タイプ・ブルーを撃ち抜く赫龍かくりゅう。タイプ・レッドを叩きのめす迅月じんげつ、等々。

 グロリアス・グローリィからすれば、少々芳しくない光景が映っている。

 更に隣のモニタでは、敵味方機の分布を光点で表すリアルタイムマップが表示されており、敵方を示す赤い点――即ち凪守なぎもり側の戦力がグロリアス・グローリィの青い点と拮抗、場所によっては押してすらいる有様を示していた。

 まぁ、当然ではあろう。凪守の拠点コンテナは現在、I・Eマテリアルによる膨大な霊力に物を言わせ、此方に匹敵しうる量の雑兵を作り続けている。無論きちんとした霊地で無い以上、早晩貯蔵霊力は尽きるだろう……が、少なくとも今この瞬間は拮抗しているのだ。

 そして凪守側にはファントム1を筆頭とした小隊長がいる。拠点コンテナには指揮官すらいるだろう。つまりこちらよりも高度な指揮系統が組み上がっているのだ。

 そうした指揮を元に野良のまがつを退治する事なぞ、それこそ凪守の十八番だ。勝ち目なぞあろう筈も無い。

 故に、グロリアス・グローリィも切る必要があるのだ。より強力な手駒カードを。

 だから手駒グレンがこのタイミングで自己申請して来たのは、ギャリガンとしては寧ろ渡りに船であり。

「キミも試したくて仕方無いんだろう? 新型機の性能をさ」

 ギャリガンはあくまで穏やかに、サラの背を押した。

「……ふふ。お見通しでしたか」

 仮面越しでも丸分かりなくらい、サラは満面の笑みを浮かべた。



「おっと、出て来るな?」

 戦場の重要そうな地点を拡大する立体映像モニタ群、その一枚を見やりながら、利英りえいは口角を吊り上げた。

 敵陣中央、スレイプニルⅡの近く。防衛陣形を構成していたタイプ・ブルーの部隊が、二つに分かれたのだ。急ぎ利英は立体映像モニタをもう一枚呼び出し、その近辺の映像を拡大。

 最大望遠で映りだしたのは、いかにも頑健そうなスレイプニルⅡの外壁。相変わらず空へ堂々と舳先を向けているその脇腹が、ゆっくりと開いていく。音は流石に拾えないが、近付けば盛大な金切り声が聞けた事だろう。

 そうして口を開けた暗がりの中から、獰猛に飛び出してくる機影が一つ。迅月にも匹敵しうる速度と獰猛さを備えた獣は、しかし四足でなく四輪を備えていた。

 即ち、烈荒である。

「ハハん、釣れた釣れた」

 笑みを深める利英の眼前、モニタ内の烈荒は莫大な霊力光を噴出しながら加速。目を細めれば拠点コンテナからすら見えただろうそのロケットスタートは、タイプ・ブルー部隊が開けていた道を一秒で走破。鮮やかな流線型の車体は、瞬く間に戦域中央へと躍り出る。車体下部スラスターを噴出し、ガンナーの砲撃をかいくぐりながら飛び上がる。

 そして、変形システムが解放される。

 車体前部が装甲を展開させ、下半身を形成。車体後部も装甲を展開させ、上半身を形成。

 かくて人型の――と言っても零壱式れいいちしきより一回り以上は小型の――大鎧装へと変形した烈荒は、今まで溜まった鬱憤を右足に乗せ、たまたま近くに居たストライカーへと叩き付けた。

「うるアァぁァッ!」

 スラスターの推進力すら加味した、目の覚めるような回し蹴り。自動制御のストライカーでは到底反応できない一撃は、その頭部をサッカーボールのように蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた頭部はそのまま撃力を伝える砲弾へ代わり、近くへ居た不幸なディノファング・ガーダーへと突き刺さる。

「GAAAッ!?」

「うるッせェエエ!!」

 甲高いガーダーの悲鳴を、なお上回るグレンの激昂。それと同時に烈荒が取り出したハンドガンは、しかし恐ろしい程の冷徹さでガーダーの眉間を照準。射撃。貫通。

 爆散するストライカーとガーダー。四散する鉄と霊力の混合物を背に、烈荒は片膝立ちの姿勢で着地。

「さぁーてどこだ! どこ行きやがったァっ!」

 周囲状況の把握もそこそこに、烈荒はグラディウスを持ったグラディエーターを、ファントム4が乗っているだろう機影を探す。そのついでとばかりに、激情のま手近の機影へも躍りかかる。味方の状況なぞ気にする素振りすら見えない戦い方だ。まさに狂戦士バーサーカーである。

 まぁ味方と言っても無人機のグラディエーターとディノファングである現状、気にする方が馬鹿らしいのではあろうが。

 そうした一部始終を、利英はニヤニヤと眺めた。

「取りあえずは予定通りだヌェー。重畳重畳ゲフェフェフェフェ」

 小刻みに頭を振動させながら、しかし的確にコンソールや立体映像モニタを操作し続ける利英。精密機械もかくやと言ったその操作に呼応して、拠点コンテナ前方に待機していたストライカー小隊二つが前進を開始。烈荒が周りのディノファングを駆逐するのと入れ替わりくらいのタイミングで辿り着けるだろう。

「キモい声で笑ってる場合じゃ無いぞ、利英」

 通信機越しに聞こえて来たのはメイのツッコミ。直後、艦橋内へけたたましいアラートが跳ね回る。

「ホラまた捕まった」

 今現在も拠点コンテナ前へ絶賛停車中のレックウに跨ったまま、冥は空を見上げる。右上方、未だ無傷で残っている特火点トーチカ。こちらの航空戦力を寄せ付けぬ厚さの防衛部隊に守られた火砲の数々が、何度目かになる霊力充填を終えたのだ。

 唸りを上げる砲口群。満ち満ちてゆく霊力の弾頭。立体映像モニタの一枚へ拡大されるそれらの光景へ見向きもせず、利英はコンソールの赤いレバーを思い切り引っ張った。

霊力障壁バリヤァ! 最大出力で展開せよ!」

「自分で操作してんのに何で命令口調なのさ」

 そう冥がぼやくと同時に、ドーム状の霊力障壁が展開。レックウごと拠点コンテナを覆う半透明の壁は、一秒後に着弾した特火点の弾幕から、どうにか冥と利英を守った。

 轟、轟、轟。雨粒のように間断なく、かつ容赦なく叩き付けてくる爆発の雨霰。それを防ぐ障壁の原動力たるI・Eマテリアルの状況を、利英は血走った目で睨む。

「うッはは! わかっちゃいたが思ってた以上にきびスィーぞう!」

 口端こそ歪に吊り上がっている利英だが、コンソールを操作する指先の動きは鬼気迫るものがあった。

 まぁ、さもあらん。利英は今、自身の――いや、ファントム・ユニット全体の命綱たるI・Eマテリアルの状態を見ているのだから。

 ――この二年間、いわおがあらゆる手段を使って貯蔵し続けて来た霊力。それを詰めに詰め込んだI・Eマテリアルの総数は、実に二十七個。五番コンテナのハンガーへ搭載されているのは、このうちの二十四個。一個一個が莫大な霊力を貯蔵しているこれらを全力稼働させたなら、成程確かに小規模な霊地にも匹敵する霊力を扱う事は可能だろう。

 しかして。事はそう簡単に運ばない。

「あーもー十二番の消耗が予想以上にハゲスぃ! 一旦補修に回すとして他の経路へ回したいトコだけど他のも他のでカツカツだし二十番以降はみんなの補給用とかでなるべく手付かずにしときたいしそうなるとココんトコをこんな感じでこうしてこうじゃァ!」

 ぜいぜいを肩で息をつきながら、利英はI・Eマテリアルへ繋がる霊力経路を切り替えていく。主に霊力障壁へ繋がるラインを調整しているのだ。

 だがなぜそんな事を、切れる前の電池を入れ替えるような真似をしているのだろう。

 理由は単純だ。そうしないとI・Eマテリアルは損壊、悪くすれば爆発するリスクを抱えているためだ。無論、通常仕様ならそんな事は起こらない。

「ぐるるあアアアアっ!」

 今もああして元気にディノファングを駆逐している迅月なぞ、まさにその証左だろう。ではなぜ、五番コンテナに満載されたI・Eマテリアルだけがそんなリスクを抱えているのか。

 これも理由は単純だ。作成者である利英が独自のウラワザを使って、I・Eマテリアルの許容霊力量を大幅に引き上げたからだ。

 この魔改造により、拠点コンテナは小規模な霊地に匹敵する大量の霊力を、この決戦の舞台へ持ち込む事が出来た。そしてその無茶と引き替えに、不安定性というリスクを抱えてしまったのである。

 I・Eマテリアル内へ閉じ込められた膨大な霊力は、それ自体が強烈な爆弾だ。利英の的確かつ精密な制御の賜物で半ば無理矢理に安定させているから良いようなものの、一歩間違えば拠点コンテナは即座に消し飛んでしまいかねない。

 酒月利英はそんな綱渡りをこの短時間に何度も、しかも完璧に踏破しているのである。ある意味、前線で戦っている大鎧装よりもとんでもない所行であった。

 今もまた幾度目かになる綱渡りを終えながら、利英は独りごちる。

「ッたく! オリジナルのEマテリアルなら、こんな面倒は起こらないんだがなぁ!」

 ――二年前、鹵獲したレツオウガの残骸に装着されていた謎の装置。今でこそEマテリアルと名付けられ、I・Eマテリアルという模造品すら造られる程に解析されたこの装置は、しかし酒月利英の知性を持ってすら模造出来ぬ点があった。

 それは、貯蔵限界キャパシティだ。

 オリジナルのEマテリアルには、およそ霊力の貯蔵限界というものが無い。

 ……いや、本当は存在するのかも知れない。だが少なくとも、利英はついぞそれを確かめる事が出来なかった。

「まったく。個々に術式をツッコんでも、問題無く動作する霊力貯蔵装置なんてなァ……どんな術式の構造してるンだってのさァ!」

 ようやく止んだ特火点からの集中砲撃。その隙間を速やかに突くべく、利英はコンソールを叩いた。



「あン?」

 何機目になるか分からぬストライカーの残骸を蹴倒した後、一旦動きを止める烈荒。そのコクピット内で、グレンは眉をひそめた。

 さもあらん、拠点コンテナがすぐさま霊力障壁を解除したとあらば。

 今までは砲撃が止んでも、用心するようにしばらくは展開していた――実情は利英が解除を忘れかける程制御が逼迫していたのだが――というのに、だ。

「何か、企んでるのか?」

 周囲に補給を待つ友軍機が居るワケでもない。特火点の集中砲撃がいつまた再開するかも分からぬのに――そんなグレンの疑問は、一秒後に蒸発する。

 セカンドフラッシュ・フォートレスの推力へ大いに貢献していた一対の大型翼。その基部に備えられた大型砲二門が、おもむろに砲身をもたげたのだ。

 どこかを、砲撃する算段なのだ。

「ハ! そういうの見せられるとよォ!」

 ストライカーの繰り出すナイフ連続突きを最小限の動きで避わし、懐へ潜り込んだカウンターのゼロ距離射撃を脳天へ叩き込んで粉砕。

「邪魔したくなッちまうよなぁ!?」

 爆煙に紛れてビークルモードへ変形した烈荒が、拠点コンテナ目がけて突貫――したのと同じタイミングで、コンテナの翼上へ霊力線が走る。

 それぞれ左右の大型砲と連動する術式はI・Eマテリアルへも伸び接続、連動。莫大な霊力を引き出す。今までを遙かに超える出力の霊力弾が、翼の術式陣内で練り上げられていく。

 そんな大出力に応えるべく、砲身自体へすらも術式が走る。葉脈のように絡みついた霊力線が砲身を補強した上、二つに割れた砲口内部から延長砲身が展開。天来号の射出カタパルト機構を応用した二本のレール内に、紫電を伴う霊力光が充ち満ちる。大出力霊力弾が装填されたのだ。

「あっ、クソ、この」

 スラスターを全開にしようとするグレン。その視界の端を、グラディエーターの機影が掠める。

 グラディウスを携えた、ファントム4が乗っているだろうグラディエーターが。

「このタイミング、でッ」

 どうする。仇敵アイツがそこにいる。だが凪守てきの大出力砲がどこかを狙ってもいる。

 どうする。どっちへ向かえば――などと、そんな逡巡をしている間に。

 轟、と。

 最大出力モードとなった霊力砲は吼えた。

「しま、ッ」

 グレンは慌ててハンドルを切るが、もう遅い。ディノファング群の向こうへグラディウス持ちのストライカーが消えるのと入れ替わりに、大出力弾はそれぞれ左右の上側特火点群へと着弾。

 盛大な爆発が、赤い空に咲き乱れた。

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