Chapter13 四神 01

 ごごう、ごごう――恐るべき威力の衝撃が、遠く離れたグレンのコクピットさえも軽く揺らす。

 見上げる。カメラアイでわざわざ拡大せずとも、大鎧装の二、三機程度軽く飲み干せるだろう巨大爆炎が踊っている。竜巻じみて荒れ狂う炎は、赤い天蓋から聳えていた二箇所の特火点トーチカ、その砲台部分をあらかた消し飛ばした。

「チ。掘っ立て小屋がバカみてえな火力出しやがって」

 舌打ち、しかしグレンは笑う。レツオウガが居ない今、恐らくあれが凪守なぎもりの出せる最大火力だ。その位置が分かった今、しかも動けぬ事も分かったなら、対策の立てようなぞ幾らでもある。

 例えば。

 ごごう、ごごう――グレンの思考を引き裂いて、二射目の砲撃が唸りを上げる。先程とは射角の違う、地上の特火点を狙った砲弾は、しかし当らない。

 右側の砲弾は縦一文字に斬り裂かれて、あらぬ方向で。左側の砲弾は真芯を撃ち抜かれて、空中で。それぞれ無意味に爆散したからである。

「やれやれ。挨拶のノックなら、もう少し優しくして頂きたいですね」

「スね。でもまーキレーな花火になったとは思うスよ?」

 どちらも恐るべき達人の技。それを為した者達の名を、グレンは知っていた。

 サラとペネロペ。恐るべき技量を持った、ヴァルフェリアの二人である。

「ちょっと遅かったんじゃねえのか? オマエら」

「おあいにくさま。女の子の身支度は、色々と時間がかかるものなんです」

「今までと系統の全然違う新型機スからねぇ。つーか、勝手にスッ飛んでったのはグレンじゃねっスか」

 ディノファングやグラディエーターに道を空けさせながら、ゆらりと現われたのは二機のシルエットだ。

 その姿を一言で表すなら。

 それは、白い虎と黒い亀であった。

 白い虎は、ビーストモードの迅月じんげつ以上に虎らしい形状をしていた。刃のごとく鋭角的な装甲に身を包んだその虎は、右前足を上げて舐めるような仕草を見せる。その爪には、霊力光の長大なブレードが発振していた。これで拠点コンテナの砲撃を両断したのであろう。

 黒い亀は、虎とは対照的で極端に角張った形状をしていた。足で無くキャタピラで接地しているため、雰囲気としてはむしろ戦車か、あるいは――オウガローダーに近いだろうか。背中に背負った分厚い装甲がなければ、新型の支援車両と言っても通じそうな外観であった。

 その背にはバズーカのような砲が二門、装甲を割りながら顔を出している。これで拠点コンテナの砲撃を撃ち落としたのであろう。

「ぶっつけ本番の出撃になりましたが……アーマー1『ビャッコ』良い仕上がりになりましたね」

「アーマー4『ゲンブ』も問題無しスよ」

 かくて烈荒レッコウの支援機たる半自律型大鎧装――フォースアーマーユニットのコクピットで、サラとペネロペはそれぞれ操縦桿を握り締めた。



「うわーお。びっくらタマゲタ門左衛門だなコリャ」

 口調こそ飄々とした利英りえいだが、表情に余裕の色は無い。生唾に喉を鳴らしながら複数枚の立体映像モニタを展開、状況を解析する。

 今し方特火点へ放った最大出力モードの大口径霊力砲。その砲弾一発に使われた霊力量は、実にI・Eマテリアル一個の四分の一。まだ余裕があるとはいえ、それでも相当量の霊力を攻撃につぎ込んだ筈なのだ。

 それを、易々と無力化された。オマケに、I・Eマテリアルが一個カラになってしまった。

「タマんねぇなぁまったくホントにもー」

 唇を舐めつつ、利英は別の立体映像モニタへ視線を移す。そこにはディノファングを両断するビャッコと、グラディエーターを砲撃するゲンブの姿が、それぞれ映っていた。

「白い虎と、黒い亀……白虎ビャッコ玄武ゲンブがモチーフなのか? だったら――」

 ――朱雀スザク青龍セイリュウも居なけりゃ収まりが悪いんじゃないか。そこまで言いかけて、利英はハッと目を見開く。立体映像モニタをもう二枚追加し、大急ぎで砲撃し損ねた二つの地上特火点、その基礎部分を拡大。

「ち、ぃ。こういう時ばっかり予想があたっちゃうんだなーモー!」

 特火点の中央に聳え立っている巨大砲台、その基部がぽっかりと口を開けていた。内部は最大望遠でも判然としないが、それでも大鎧装の格納設備らしい装置がある事は、何となく見て取れる。

「やはり、か」

 利英の眉間にシワが走る。あの特火点はこちらの迎撃のみならず、格納中のビャッコとゲンブを守るためにも造られていたのだろう。

 そして。

 先の砲撃で潰した二つを合わせれば、特火点は合計四つ。

 四神の数と、丁度釣り合ってしまうではないか。

「急速! 充填! でも間に合わねえなコリャよ!」

 忙しくコンソールを叩く利英。その入力に従う大口径霊力砲が急速に光をたたえていくのだが――それでも、一手遅い。

「だったぁ、ラッ!」

 微妙に巻き舌なスタッカートを交えつつ、利英は上部特火点の近くを拡大。幸運にも、かつ不運にも、その望遠カメラ上をセカンドフラッシュ率いるインターセプター編隊が横切っていく。

「ヘイそこなキューザッくん! おトモを借りるよイイよねそうかい悪いねアリガットウ!」

「は? え!? なんですか!?」

 唐突に、しかも味方からクラッキングをくらうなぞ夢にも思っていなかったマリアは、危うく機体のバランスを崩しかける。その隙に追従していた四機のインタセプターは完全に制御を利英へ奪われ、二機ずつの組となって上部特火点へと突貫。

 これなら霊力砲よりも早い――そう、利英が言おうとした直前。

「アーマー2! 『セイリュウ』!」

「アーマー3。 『スザク』」

 ビャッコの爪でグラディエーターを引き裂きながら、サラが凜とした声で。

 ゲンブの巨砲でディノファングを撃ち抜きながら、ペネロペが眠そうな声で。

 各々の対となる機体の名を呼んだ。

 直後。

 瓦礫と化し、未だもうもうと煙を吹き続けている上側二つの特火点。その基部が展開し、二機のアーマーユニットが満を持して発進する。

 青い装甲と、蛇のようにうねるボディが特徴的な機体――アーマー2ことセイリュウの牙が。

 赤い装甲と、巨大な翼が特徴的な機体――アーマー3ことスザクのビーム砲が。

 今まさに武器を展開しかけていたインターセプターを、ズタズタに引き裂いた。

「グ、ぬぅ」

 歯噛みしつつも利英の手は冷静にコンソールを操作し、霊力砲の充填を中断。あんなにも早く小さい的が相手では、まず当てられないからだ。

「それに、しても」

 すごい速度の貧乏揺すりをしながら、利英は四枚の立体映像モニタを見比べる。

 ビャッコ。ゲンブ。スザク。セイリュウ。機体性能もさる事ながら、特筆すべきはやはりパイロットの技量だろう。

 凪守側のディノファングを、グラディエーターを、小石か何かのように容易く蹴散らしていくのだ。

「まるで、四機全てに人が乗っているかのようじゃあないか……!」

 四機の戦闘パターンから鑑みるに、乗っているのは恐らくサラとペネロペとか言う少女達だろう。ならば四機のうちの半分は、分霊による遠隔操作なのだろうか。

 だが、だとしても。

「二機の大鎧装を、まったく遜色なく同時に操縦するなんて芸当が、出来るものなのか……?」

 頭に浮かぶ疑問符を、利英は努めて振り払う。

「……今は戦う事が先決、だわな」

 そうして振り払いついでに、利英はまずクラッキングのまま繋いでいた回線を開いた。



「おや」

 それは、サラが何機目のストライカーを切断した時だったろうか。少なくとも十五は超えていた筈だ。

 どうあれ、ビャッコの進撃は中断させられる。

「ぐるるあアアアアっ!」

 横合いから、凪守の虎型大鎧装が跳び込んで来たからだ。

「おおっ、とっ!」

 身を翻すビャッコ。二センチの鼻先を通り過ぎる、恐るべき速度の体当たり。一拍遅れて装甲を撫でる風圧が、マリアの背に冷たいものを滲ませる。

「ぐハっ! 儂よりも猫科っぽい動きじゃのう!」

 豪快に笑いつつ、雷蔵らいぞうは迅月を素早くヒューマノイドモードへと変形。その合間にも尾部ビームガンでビャッコを狙い、撃つ、撃つ、撃つ。

 当然サラはそれを容易く避けて、避けて、避ける。だがそうした一連の射撃は、そもそも雷蔵が動きを誘導するための威嚇射撃であり。

「ちと羨ましくなるでは、ないかぁ!」

 かくて着地直後のタイミングへ合わせて、雷蔵は本命のシールドバッシュを叩き込む。

「な、ん、とッ」

 打撃、というよりも最早押し潰さんとするかのような撃力の塊。サラはそれをバックステップで避ける――のではなく、思い切りビャッコを這いつくばらせて下を潜った。柔軟な可動フレームを持つビャッコだからこそ可能な動きであった。

 そしてその回避は、そのまま迅月の懐をとったという事でもあり。

「そんなに強引なパソがお好きなら――」

 ビャッコが口を開く。霊力で構成された巨大な牙が、コンマ二秒で精製される。

「――こんなのは、いかがですっ!?」

 ゼロ距離。全身の膂力とともに振り上げられた刃は、迅月のボディを引き裂きながら喉笛へ食らいつく。

 と、サラは思っていた。

「それも想定済みじゃのう!」

 食らいつくどころか、振り上げるところまでいかなかった。シールドバッシュを避わされるや否や、迅月は即座に丸盾を手放した。そして身軽になった両腕で、ビャッコの顔面を強引に掴み取ったのだ。

「ッ!」

 動きを封じされたサラは、即座にビャッコの脚部スラスターを噴射。全身を捻るようにスピンさせ、迅月の拘束から脱出を、あわよくば手首の切断を狙う。

「何とおっ!」

 当然、そんな見え見えの斬撃を受ける程マヌケな雷蔵ではない。だがサラの狙い通り、迅月はビャッコの頭から手を放す。間髪入れず、サラはスラスター噴射込みのバックステップで大きく間合いを取る。着地。睨み合いは、しかしごく短時間。自動制御で戻った丸盾を掴み取ると同時に、雷蔵は口を開いた。

「あー。確か、サラ君だったかのう」

「はい、お久しぶりです。覚えていて下さったんですね、ファントム3」

 迅月のカメラアイ越しに、雷蔵は自機のビーストモードよりも更に猫科に近いシルエットを持つ機体、ビャッコを見据えた。



 同時刻、その上空。

「お久しぶりですね、サラさん」

「はい、お久しぶりです。覚えていて下さったんですね、ファントム6」

 セカンドフラッシュのカメラアイ越しに、マリアは赫龍かくりゅうとはまったく違う構造の龍型大鎧装、セイリュウを見据える。

 頭部から尾部にかけて、大きく四つのブロックで構成された龍型大鎧装。形状はまったく違うが、それでもマリアはつい先程分離した拠点コンテナを思い出してしまう。

「ふ」

 他愛ない雑念を苦笑で洗い流し、マリアは操縦桿を操作。セカンドフラッシュが急加速する。いかな新型が相手だろうと、此方の背にはあのアームドブースターがある。

 いわおのかつての愛機、赤龍せきりゅう。その数々の武勇伝を支えた装備があるなら、そうそう後れを取る事はあるまい――そんなマリアの認識は、しかし甘かった。

 確かに加速性能ならセカンドフラッシュの方が上だ。ブースターに物を言わせた凄まじい高速機動を見せつけながら、セカンドフラッシュはセイリュウへ照準する。

 ブレイズ・アーム。速射性に優れた弓が、セイリュウを照準。発射し、発射し、発射し、発射する。

 激しく降り注ぐ赤い雨に、セイリュウはまったく動じない。蛇のように身をくねらせ、最小限の動きで赤い雨の隙間を縫う。剰え、その口を開いて内部に霊力砲らしき光をたたえ始めたではないか。

「なっ」

 尋常では無い旋回性能こまわりに舌を巻きつつ、マリアは回避行動に移る。全神経とセンサーを、セイリュウへと傾ける。

 それこそが、向こうの思う壺であった。

 確かにセカンドフラッシュの加速力とマリアの技量なら、セイリュウの攻撃へ対応出来ただろう。

 だが今、セカンドフラッシュに狙いを付けているのは。

「ガラ空きッスね」

 地上。新型の砲撃機ことゲンブを駆る狙撃手、ペネロペであり。

 凍り付きそうな程に静かな照星が、空を駆けるセカンドフラッシュを捉えた。

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