Chapter12 激闘 06
「ン、だ、とォ!?」
モニタへ映る光景に、思わずグレンは拳を握り締めた。紙コップがひしゃげ、スポーツドリンクに似た飲料が飛び散る。
「何で四番から量産機が出て来んだよ!?」
叩きつける拳。だぁん、と悲鳴を上げるデスク。ヒビと飛沫で酷い事になったその反対側で、サラは無表情にストローから口を離した。因みにサラが飲んでいるのはオレンジジュースだ。
「ご不満は分かりますけど。それはそれとして、拭いて下さいね」
「ああ、クソ、わかってんだよンなコトはよ」
苛立ちを放射しながら立ち上がり、グレンは備え付けのペーパータオルで手を拭う。
――ここは、スレイプニルⅡ内部。その大鎧装格納庫内に備え付けられた、パイロット用の待機スペースだ。塗装も壁紙もない鉄筋打ちっ放しの狭い室内には、申し訳程度に椅子が数脚と、今し方グレンが天板を叩き割ったやや大振りのデスク、そして壁から投射される一枚の立体映像モニタくらいしか目を引く物がない。
フォースアームシステムによる
「……あークソ」
がりがりと頭をかいた後、結局デスクもペーパータオルで拭くグレン。その様子を仮面の下で微笑んだ後、サラも改めて立体映像モニタを見やる。
「でも確かに、ちょっとヘンですよね。あんなに堂々とナンバリングしてあるのに」
グレンも、サラも、四番コンテナにはオウガローダーが格納されているとばかり思っていた。だが実際に出て来たのは、モニタへ映った通りに
「一番二番からは番号どーりに
それまで壁にもたれて眠そうにしていたペネロペが、鋭く指摘する。
そう、タイミングとしてはグレンがペーパータオルを取った辺りだろうか。開いた一番と二番のコンテナから、満を持して赫龍と迅月が姿を現したのだ。
二機はすぐさまビーストモードへ変形し、緑色のグラディエーターを引き連れて突貫。パイロットの恐るべき技量を存分に振るう二機は、四方八方に爆炎を撒き散らし始めた。まさに破竹の進軍である。
まぁケタ一つは違う物量がこちらにある以上、本陣たるスレイプニルⅡへ到達するには、まだまだ時間がかかるだろう。
だが。それでも無視出来ぬ脅威である事は違い無い。
そして、それ以上に。
「幾ら何でも、恣意的に過ぎる動きですよね」
「ジブンらに注意を引きつけたいんスよ、たぶん」
最も派手に動き回っている赫龍――セカンドフラッシュと連携し、並み居るタイプ・ホワイトを薙ぎ払っている――を自動追尾する立体映像モニタを、サラは操作。最初に出て来た零壱式へ、改めてカメラを向ける。
「おや、おや。やはり此方が本命でしたか」
バイザー下で目を細めるサラ。四角く切り取られた風景の中で、二機の零壱式は最後尾五番のハッチ開放を待っていた。
「なにしてんスかね」
そうペネロペがぼやいた直後、格納されていたものが姿を現す。
暗がりの中からスライドして来たのは、大鎧装並に巨大なパネルと、それを補強する無骨な骨組み。いわゆる大鎧装の整備用簡易ハンガーを改造したそれに、しかし作業用のアームなどは一切ついていない。
代わりに、そこへ据え付けられているのは。
「あらあら、何て綺麗なんでしょう」」
サラが微笑んだのも無理はない。そのパネル上には、宝石のように輝く極大容量の霊力貯蔵装置――I・Eマテリアルが一面に並んでいたからだ。
その内の二つから霊力線が延び、コンテナの左右へ幾何学模様を描く。僅か数秒で、幾何学模様は巨大な術式陣となって編み上がる。
そうして完成した術式の意味を、サラは知っていた。
「アレ、は」
サラが言い切るよりも先に、術式は発動する。結果が姿を現す。
びぢゃり、びぢゃり、びぢゃり。
独特の足音を響かせながら、前傾姿勢をした巨大トカゲが、術式陣の中から続々と姿を現す。I・Eマテリアルに物を言わせ、続々と頭数を増やしていく恐竜型の
その名を、グレンは叫んだ。
「ディノ、ファング、だと!?」
それは完全に想定外の存在だった。発動用術式の回収だけなら、なるほど確かにモーリシャスでも可能だったろう。
だが、それを起動するためのパスコードは限られた者しか知らぬ筈。
暗号処理を突破したのか? それにしては、かかった日数が余りにも短すぎる。
「ク、ソ。どうなってやが――」
グレンの悪態は、そこで途切れた。
新たに生成されたディノファングと、ヘルズゲート・エミュレータで召喚されたグラディエーター・ストライカー。それらを指揮し、満を持してグロリアス・グローリィの大部隊へ突撃を敢行する二機の零壱式。
そんな零壱式へ随伴するストライカーの一機が持っている武器を、グレンは見たのだ。
見間違える筈が無い。現代的にアレンジされてはいるが、その肉厚の両刃剣を使う者を、グレンは二人と知らない。
ファントム4。オウガローダーを温存しているのは、ヘルズゲート・エミュレータによる奇襲を狙っての事だったか。
いや、それ以前に。
「――ナメてやがるな」
ぎちぎち、ぎりり。
折れ砕けんばかりに、奥歯を噛み締めるグレン。
モニタ越しに見える風景の中で、ストライカーがグラディウスを振るう。斬撃の軌道上にいたディノファングが、易々と首を落とされる。
その隙を狙い、横合いから切り込んだのはタイプ・レッド。大上段に振り上げられた両刃剣は、しかし振り下ろされない。グラディウスの逆手、左上腕部へ装備されたシールド一体型のガトリングガンが、その顔面を蜂の巣にしたからである。
紫電を散らし、ぐらりと傾ぐタイプ・レッド。その横を走り抜けるのは、零壱式に指揮されたストライカーとディノファングの混成部隊だ。
それを牽制すべく、遠方に展開するタイプ・ブルー部隊が一斉に引金を引く。
雨霰と降り注ぐ霊力の弾雨。それに対し一歩進み出たのは、
例えるなら、それは三節根だろうか。円柱に関節を埋め込んだような奇妙な右腕、その先端には術式の幾何学模様が輝いており。
その幾何学模様を基点として、霊力の障壁が速やかに展開。数秒でディノファングの巨体を覆う丸盾となったそれは、タイプ・ブルー部隊が放った弾幕をやすやすと受け止める。改良によって与えられた名称――ディノファング・ガーダーの名前通りの防御性能だ。
なお余談だが、改良と命名を担当したのはアリーナである。
更に注がれる弾雨を耐えながら、ディノファング・ガーダー隊は空いている左手へ、同型の盾を形成。
ただしこちらの目的は防御でなく、攻撃だ。
「GRAAAAAAAAッ!」
咆吼と同時に、ディノファングが掲げた丸盾外周へ鋭い刃が生える。一瞬で巨大な丸ノコと化したそれを、ガーダー隊は一斉投擲。西部劇のタンブルウィードめいて転がるそれは、進行上にいたグラディエーターやディノファングに突き刺さり、爆発。そうした一部始終に、ペネロペとサラは揃って声を上げる。
「わーお。攻防一体スな」
「地面の術式は傷一つつかないでしょうけどそれでも中々の威力ですね」
二人ののんきな批評とは裏腹に、もうもうと立ちこめる爆煙と霊力光。それを突き破って飛び出したのは、ガーダーとは別の調整を施された凪守のディノファングだ。
「GRRAAAAAAAAッ!」
尾部スラスターを全開にした高速突撃は、しかし通常仕様のディノファングを大きく上回る加速度で戦場を駆け抜け、遂には突出していた迅月に合流。瞬く間にその戦端を補強する。
その加速力の源は、翼のように大きく開いた刃の両腕にあった。
ディノファング・スラッシャー。追加ブースターを内蔵した肉厚のブレード・アームは、水平に構える事で即席の安定翼、兼加速補助装置として機能するのだ。
『良ォし! 行くぞぉォォッ!!』
吼え猛りながら人型へと変形する迅月。二つの丸盾と尾部ビームガンを巧みに操りながら、雷蔵はグラディエーターとディノファングの混成部隊をこじ開ける。その隙間へストライカーとスラッシャーが斬り込み、広げていく。
その快進撃を、当然許すグロリアス・グローリィではない。四箇所の
生き物のように蠢く火砲群。剣呑な輝きを砲口へくわえ込んだ四つの群れは、右下のものが迅月部隊へ、左上のものが赫龍部隊へ、残り二箇所が着地した拠点コンテナへと、それぞれ顔を向ける。
そして、放たれる。
轟。轟。轟。轟。轟。
連動し、間断なく、矢継ぎ早に放たれ続ける霊力の砲弾、砲弾、砲弾。大鎧装が携帯するような豆鉄砲とは訳が違う、大口径の熱量が乱れ飛ぶ。
例えるなら五月雨だろうか。空を切り、地面を穿つ大量の雨粒。しかしてそれらが生み出すのは水飛沫ではなく、盛大な爆発と霊力光なのだが。
赫龍と迅月は巧みな操作で――それでも僚機のインターセプターとスラッシャーは何機か巻き込まれた――五月雨を回避していくが、身動きの取れぬ拠点コンテナはそうもいかない。
爆発、轟音、飛び散る霊力光。モニタ越しですら伝わってくる破壊の手応えに、グレンは知らず呟いた。
「……やったか?」
「あーあー、だめスよ。ンなコト言ったら」
「あ? 何でだよ」
怪訝顔でグレンが言い返す合間に、煙の帳は晴れていく。その中から現われた凪守の拠点コンテナは、やはりというか何というか、無傷であった。サラは肩をすくめる。
「ほらぁ。やっぱりこうなっちゃったじゃないですか」
「そッスよ」
「……は? オレのせいなワケ? なんでだよ!?」
「なんででもです」
「なんででもスよ」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ三人。その合間にも砲撃は続くのだが、拠点コンテナはやはり傷一つ負わない。巨大かつ大出力のドーム状霊力障壁が、コンテナ全体をすっぽりと覆い尽くしているためである。
霊力の供給源は、やはりあの大量のI・Eマテリアルだろう。どこから調達したかは知らないが、小規模な霊地にすら匹敵する霊力を蓄えているのではなかろうか。それを元にドーム障壁のみならず、ガーダーやスラッシャーといった大量のディノファングを生成したのだ。
しかも生成した術式陣は、ドーム障壁の下で今なお無傷で稼働中だ。誰が制御しているのかは知らないが、その気になれば霊力の続く限り幾らでも増やせるだろう。
禍とはそういうものだ。
「GRAAAAAAAAッ!」「GRAAAAAAAAッ!」「GRAAAAAAAAッ!」「GRAAAAAAAAッ!」
気付けば敵味方のディノファングが入り乱れ、戦線とでも言うべき膠着箇所が幾つも出来上がっている始末だ。
「GRAAAAAAAAッ!」「GRAAAAAAAAッ!」「GRAAAAAAAAッ!」「GRAAAAAAAAッ!」
噛み、斬り、刺し、撃ち、穿ち、乱れ、爆散する軍勢と軍勢。
グラディエーターの破片が飛び散り、ディノファングが断末魔と共に霧散していく。闘志と爆音。咲き乱れる霊力光。かき混ぜられたミルクコーヒーじみて、混沌を深めていく戦場。
そんな只中をセカンドフラッシュが、赫龍が、迅月が、零壱式が、縦横無尽に駆け抜けて行く。どのパイロットも、無人制御の大鎧装や禍に後れを取るような技量では無い、という事なのだろう。
とは言え、その勢いはきっと一時的なものだ。霊地と接続しているグロリアス・グローリィと違って、凪守側の霊力にはどうしても限界がある筈だ。
「攻め続けていりゃあ、いつかは破れるだろう、が」
グレンがぼやくと同時に、二度目の五月雨が拠点コンテナに叩き付けられる。莫大な衝撃と熱量を生んだそれは、やはり霊力障壁を突破出来ない。
無論これ程の堅牢さを維持する以上、その霊力消費量は膨大な筈だ。いかな大量のI・Eマテリアルだろうと、遅かれ早かれ限界は来る筈なのだ。
筈なのだ、が。
「そないだ、どんだけこっちを引っかき回されるか。分かったモンじゃねえなぁ」
椅子を蹴立て、グレンは立ち上がる。
ああ、分かっている。このままこちらのグラディエーターとディノファングが壊滅したとて、グロリアス・グローリィは揺るぐまい。
だが、だからこそ我慢ならない。
「グレン? どうしたんです?」
小首を傾げるサラを無視し、グレンは言い放った。
「
一向に姿を現さぬ
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