Chapter12 激闘 05

 ごうん、ごうん、ごうん。

 ヘルズゲート・エミュレータの向こうから、轟音と共にリフトアップして来る直方体の群れ。紫の霊力光に導かれるその数は、十や二十では効くまい。

「ふむ。流石に少々看過できない、か?」

 モニタ越しに状況を俯瞰していたギャリガンは、おもむろにコンソールへ手を翳す。霊力を介し、思念が走る。内容は、紫の転移術式の破壊。

 受諾した制御術式はその思念を実行すべく、最も近い位置に居る何頭かへ突撃指令を下す。

「GRAAAAAAAAッ!」

 返答の唸り声を上げながら、五匹のディノファングが尾部ブースターを展開。霊力光を吹き上げる群れは、大質量の砲弾と化して術式の要――即ちファントム3ことメイ へと迫る。

「おやおや、トカゲからのラブコールか。初体験だなこんなの」

 着弾すればチリすら残らぬだろうその突貫を、照準された当人こと冥は、ハンドルへ頬杖を突いてのんきに眺めている。

 だがまぁ、当然ではあろう。

「色ボケのアイツだったら――」

 何せ、当るはずがないのだから。

「喜んでヤるのかねぇ」

 ごう、と風が唸る。レックウのすぐ脇を、巨大な質量が通り過ぎたからだ。

 今し方転移門から出て来たその質量は、一秒前までは直方体の形をしていた。

 今は違う。各部の装甲が展開され、収納されていた脚部フレームが、力強く地面を踏み締める。折り畳まれていた上半身フレームも展開され、骨組みのようなシルエットへと成り代わり。

「GRAAAAAAAAッ!」

 迫る砲弾ディノファング。その牙が今まさに衝突する直前、骨組み大鎧装の上へ霊力装甲が灯る。

 色は緑。左肩へ装備された盾でディノファングの突撃を受け止めた大鎧装――グラディエーターは、返す刀でコンバットナイフをディノファングの横腹へねじ込んだ。

「GRAAAAAAAAッ!?」

 金切り声を上げ、霊力光となって霧散するディノファング。随伴していた残りの四匹も、同じような位置に同じようなタイミングで致命打を受け、次々消滅。

 そうした一部始終を特等席で見上げながら、冥は口端を吊り上げる。

「さぁ初陣だ。頑張って活躍してくれたまえよ? グラディエーター・ストライカー」



「ほほう」

 知らず、ギャリガンは唸った。グラディエーター・ストライカーの挙動は、それぐらいに鮮やかであったのだ。

「モーリシャスで鹵獲した機体を使っているワケか。しかし」

 モニタを操作し、ギャリガンは凪守なぎもりのグラディエーターを改めて拡大、つぶさに観察する。

 最も目を引く点は、やはりその霊力装甲だろう。レッドでも、ブルーでも、ホワイトでもない。暗緑色アーミーグリーンなのだ。

 しかも、装備も大分違う。

 その差違を、サトウは画面越しに睨み据える。

「あのような仕様のグラディエーター、我が社には登録されていませんね」

「うん。十中八九、凪守むこうが使いやすいようカスタマイズしたんだろうけど……随分とバランス良く纏まっているねぇ。一体誰が造ったのやら」

 もしその賞賛を利英りえいが聞いたなら、十分くらい小躍りした上でエビ反りレベルに胸を張った事だろう。

 どうあれ、ギャリガンは今し方ファントム3を守った勇姿、グラディエーター・ストライカーを、改めて見やる。

 外観から見た限り、基本仕様はタイプ・レッドが元となっているようだ。ただし上半身を中心に幾らか装甲が増しており、全体的には大分異なったシルエットへと仕上がっている。

 より現代的になった、と、言うよりも。

「そうか、零壱式れいいちしきのデータを流用したのか」

 立体映像モニタをもう一枚呼び出し、ギャリガンは零壱式の情報を表示。迫るディノファング群と挌闘戦を繰り広げているストライカーの映像を比較する。

「うん、やはりそのようだな」

 肩部、及び胸部が特に零壱式と類似している。動作プログラム移植の都合を含んでいる可能性もある。タイプ・レッドと同様に盾を装備してはいるが、円形ではなく長方形だ。スパイクは見当たらず、サイズも二倍近くなっている上、装備箇所も左肩部へと変わっている。

 これを前面に構える事で先程の、そして現在もディノファングの突撃を受け止められていると言う訳だ。

「GRRAAAAAAAAッ!」

 苛立たしげな声を上げるディノファング。その背を狙うべく、別のストライカーが背部スラスターを噴射して跳び上がった。

 構えるは零壱式と同型のアサルトライフル。無防備な背中へ叩き込まれる三点バーストは、狙い違える筈も無くディノファングを撃ち貫く。

「GRAAAAAAAAッ!!?」

 悶えるディノファング。その息の根を止めるべく、受け止めていたストライカーが盾の裏からコンバットナイフを引き抜き、脳天へ突き立てる。今度は断末魔を上げる間も無く、巨大トカゲは霊力光となって霧散消失。その一秒後、援護射撃したストライカーが着地。わだかまっていた霊力光を完全に吹き飛ばす。

「おやおや、ひどい事をする。ならば、これはどうかな?」

 モニタを操作し、新たな指令を飛ばすギャリガン。その五秒後、援護射撃したストライカーの頭部が吹き飛んだ。

 もう一機のストライカーは即座にシールドを構え、センサーで僚機の損傷原因を捜索。果たしてそれは、すぐに見つかった。

 群れなすディノファング部隊の向こう、片膝をついてこちらを狙う砲撃主ガンナー――タイプ・ブルーが、こちらへ照準を合わせていたのだ。

「さぁ、どう出る?」



「おー、やるねえ。流石はオリジナルだ」

 すっかり観戦ムードの冥へ、照準を向けるタイプ・ブルー。だが、その砲口が二発目を撃ち出す事は無い。

「でもねぇ。こっちだって、ガンナーはいるんだぜ?」

 タイプ・ブルーは答えない。その代わりと言うべきか、何もせずゆっくりとくずおれる。機能停止したのだ。

 何故か。決まっている。冥の後方で変形を終えたグラディエーター・ガンナーが、返礼の精密射撃でタイプ・ブルーの脳天を撃ち抜いたからだ。

 二年前、雷蔵らいぞうの零壱式が右肩へ装備していたキャノン砲。その同型を両肩に装備し、腕部にはそれぞれロケットランチャーとマシンガンを携えたガンナーが、冥の背後で陣形を組んでいく。

 それは円陣だ。あたかも何かを守るような組み方であるが、肝心の円内には何も無い。冥ですら陣の外側だ。だが、それで良いのだ。

「おーいファントム6、こっちは用意終わったよー」

 防衛対象は、そもそも冥ではないのだから。

「了、解、ですッ!」

 見上げた上空、タイプ・ホワイトの大部隊と終わりの見えないドッグファイトを続けていたセカンドフラッシュ・フォートレスが、鋭いターンを決める。その間際に放たれた矢がタイプ・ホワイト数機を爆散させたが、当然セカンドフラッシュが振り返る筈も無い。

 どうあれフルスピードでグラディエーター・ガンナーが構築する円陣上へ差し掛かったセカンドフラッシュは、減速もそこそこに後部の多目的大型コンテナ群を切り離す。

「よしッ、これで!」

 一気に身軽になり、今までを遙かに超える運動性で空を駆けて行くセカンドフラッシュ。霊力光の軌跡が空を裂くたび、軌道上のタイプ・ホワイト達が次々と爆散していく。

 そんな空模様とは対照的に、切り離されたコンテナ群はガンナーの円陣中央を目指し、ゆるゆると降下を開始。

「おっと、その前に」

 ぱきん。冥の指が乾いた音を鳴らす。それと同時に、地面へ展開していた紫の転移術式――ヘルズゲート・エミュレータが消失。鹵獲グラディエーター全機のリフトアップが完了した以上、展開を続ける理由はもう無いのだ。

 そしてそれと入れ替わりに、巨大コンテナがガンナー円陣中央へと着地。砂塵代わりに吹き荒れる霊力光が、冥の鎧装を撫でていく。

 コンテナが着地に用いたスラスターの噴出、だけではない。ガンナー円陣の周囲に出現していた立方体――新たなグラディエーターの十数機が、変形しながら一気に離陸した余波である。

「さて、今度のはどんな活躍を見せてくれるかな?」

 手でひさしを作りつつ、冥は空へ刻まれる残光を目で追う。上空では編隊を組むタイプ・ホワイトを、身軽になったセカンドフラッシュが翻弄していた。

「おー、やってるやってる」

 新型のカスタム機であるセカンドフラッシュ、しかもその背にはかつて赤龍せきりゅうが使ったアームドブースターが装備されている。

 推力も、旋回性能も、タイプ・ホワイトが勝てる道理は無い。

「せぇー、のッ!」

 操縦桿を一気に傾けるマリア。ほとんど直角のような宙返りで、セカンドフラッシュが空を切り裂く。後を追うタイプ・ホワイト部隊が顔を上げる。

 そのカメラアイへ、ブレイズ・アームから放たれた赤い矢が、過たず突き立つ。

 びくりと動きを止め、紫電を散らすタイプ・ホワイト部隊。そのすぐ傍を通過するセカンドフラッシュ。一秒後、爆散するタイプ・ホワイト部隊を背後にマリアは紅茶を一口含んだ。因みにこれ程激しい軌道を行っても、紅茶は一滴たりとも零れていない。

「流石は新型ね、っと」

 またしても響くアラート。新たなタイプ・ホワイト小隊が二つ、セカンドフラッシュを挟撃にかかったのである。機体性能はともかく、やはり数の差はどう足掻いても覆せないのだ。

 しかして当然、ファントム・ユニットも無策である筈が無い。

 響く爆音。レーダー上、右から迫っていたタイプ・ホワイト小隊の反応が半分程消える。先程冥のすぐそばで飛び立ったファントム・ユニット側のグラディエーターが、エーテル・ビームガンで一斉射撃を仕掛けたからである。

「わお」

 片眉を吊り上げるマリア。地表からこの高度まで、結構な距離があったはず。それを、僅かな時間で駆け上がった。素晴らしい加速性能だ。そんな速度を生み出した装備の先端に取り付けられた武器を、グラディエーターはタイプ・ホワイトへと叩き付ける。

 それは巨大なドリル――スピニング・アンカーに良く似ていた。

「流石はBBBウチの技術力ね」

 かつてディスカバリーⅢが使用していた装備の一つ、ハイブーストアーム。それを霊力で擬似再現、改良した機構をファントム・ユニットのグラディエーターは搭載しているのだ。

 その名をグラディエーター・インターセプター。やはり緑色の霊力装甲に身を包む無人の僚機達と合流しながら、マリアは残っていた左のタイプ・ホワイト部隊を見据える。

 突貫。一蹴。更に別のタイプ・ホワイト隊へ突撃。正に破竹の進軍だ。そんなセカンドフラッシュを撃ち落とすべく、周囲の特火点トーチカ上部へ据えられた砲門が、一斉に火を噴いた。

「盛り上がって、来ました、ねっ!」

 弾幕、弾幕、弾幕の嵐。タイプ・ホワイト部隊と連携して追い込もうとする制圧射撃を巧みに回避しながら、マリアはティーカップをとって一口含んだ。



「ウヒョほー! ノッてるねぇガンバってるねえマリアクン! そんな君をおじさん応援しちゃおうかなー!」

 地上、着地したコンテナ上部の艦橋内。マリアの焦燥なぞ知るはずも無い利英が、いつも以上に元気な奇声を上げていた。総力戦である以上、後方支援要員としてこの坊主も駆り出されたワケだ。

 どうあれ切り離された事で主導権が移行した――されてしまったコンソールを、利英は操作。コンテナの翼基部に装着されていた大型砲二門が、セカンドフラッシュの軌跡を追うように首を上げる。

 チャージ。照準。狙うは左上方からセカンドフラッシュを狙おうとしている不埒なトーチカ上部の対空砲。

「ほいじゃーポチッとな」

 轟。

 軽い声とは真逆の激しさに燃える奔流が、一直線に空を昇る。狙った箇所へ着弾、たまたま近くに居たタイプ・ホワイト数機を巻き込んで爆発が連鎖する。

「ふッひゃははは! たぁまやァぁあん!」

 ぱんぱんと勢いよく手を叩きながら、目だけは冷静にモニタを見る利英。四角い枠の中に映る敵の大部隊、その何割かが此方へ顔を向けている。

 予定通りだ。

「ほんじゃまー第二段階ツギいってみようか! 新人さんカムヒャー!」

 やはりハイテンションとは裏腹に、利英は冷徹にコンソールを操作。コンテナの三番、四番が解放され、固定されていた二機の大鎧装が遂に姿を現す。

 それは緑を基調とした、角張った装甲に身を固める、現代兵士然とした大鎧装――零壱式であった。

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