第169話「二年だぞ、二年」
「……」
「……」
久し振り過ぎて。感慨が、深過ぎて。
何を言えばいいのか。見当が、つかないのだ。
それから、しばらくして。
「……あー。えーと。なんだ」
意を決して、と言うよりも。沈黙に耐え切れなくなった感じのファントム4が、おずおずと口を開いた。
「髪」
「えっ?」
「いや。前と違うんだな、って思ってさ」
「あ、うん、そうだね。フェンリルは、色々あったからね」
「そう、だな。色々あった……あり過ぎた」
息をつく。ようやく少し落ち着いた辰巳は、ようやく気付いた。もっと他に聞くべき事があるだろう、と。
「つーか、おいオマエ、ファントム5? どこなんだここはよ!?」
だがそれは、傍らのグレンに先を越された。
辰巳は、イラっとした。
「あ、それは」「ソレに関してはアタシが話すよ」
不意に。一瞬で現れた女性が、グレンの肩を叩いた。
「うおッ!?」
身を翻すグレン。声には出さなかったが、辰巳も同じ顔をした。良く似ている。当たり前だが。
「アンタ、は」
「あなた、は」
絶句する辰巳とグレン。やはり同じ顔だ。苦笑しながら彼女は、風葉の共犯者は挨拶する。
「初めまして、で良いかな? アタシはヘルガ。ヘルガ・シグルズソンって言うんだ」
言いつつ、頬をかくヘルガ。彼女なりの照れ隠しだ。
「そ、ん、な?」
一歩。辰巳は、半ばよろけるように下がった。
「あな、たは。ファントム1、の。いや。それ以前に、俺が」
俺が。二年前に。握り潰した――そう続きかけた辰巳の後悔を、ヘルガは手を上げて止める。
「ストップストーップ。その辺の恨みは全然無い、ワケじゃないんだけどさ、まあアレだ。キミも知っての通り、状況が押してるワケさ。だから、その辺の込み入った四の五のは後で、ってコトで一つ」
「……」
辰巳は、首を振る。姿勢を正す。一つ、大きく息をつく。
「……分かりました。実際その通りの状況ですし。何より、あなた自身が、そう言って頂けるなら」
「うん、ありがと。キミならそう言ってくれると思ったよ。はてさて次は」
「いや待てよオイ!」
と、そこでグレンが声を荒げた。
「うっかり流されかけちまったがテメエらだけで話進めてんじゃねえよ! そもそもオレはゼロツーとケリをつけるつもりだったってのによォ!」
「お前、まだそんな事を」
呆れ顔の辰巳を、グレンは睨む。
「そんな事、だと!? 確かにテメエが言った話は――」
グレンは言い淀む。思い出す。自分の激情が、他人に植え付けられた紛い物だったという推論。だが、だとしても。
「――それがオレの根幹である事は、間違いねえんだよ……!」
ぎしぎしと、拳が軋む。応えるように、辰巳もゆるりと構え――。
「はいはいはい、キミもストップストップ。つまりは落としどころが欲しいワケでしょ?」
ぱきん。
指を鳴らすヘルガ。直後、辰巳とグレンはまったく別の場所へ一瞬で移動していた。
「な、何だまた今度は!?」
辺りを見回すグレン。辰巳も同様に首を巡らし、すぐに気付いた。
遠くに見えるフェンスと並木。敷地の端には
砂の地面には大きく弧を描く消えかけの白線が伸びており、振り向けば連絡棟で繋がっている二つの校舎。空模様だけは先程と変わっていないが、間違いない。
「ここ、
「せーかい!」
「うおっ」
辰巳とグレンが横を見ると、そこには壁が立っている。金属製のそれは、先程秘密区画でアリーナやターナーを驚かせたものと同形状。
つまりは演算容量削減なのだが、それが辰巳達に分かる筈もない。ただ扉に内蔵されたスピーカーが、ヘルガの声を中継してくる。
「さっきアタシが話すよって言ったけどさ。実際はもうちょい時間がかかるんだよねー準備に。だからその間に済ませといて貰えると助かるナーってワケさ」
「助かるナー、ってオイ! ヒトの因縁を何だと――」
「そうだな」
壁を向き憤慨するグレンに、同意するような辰巳の声。
違和感。グレンの眉根が寄る。ゼロツーが自分と同じ意見だから、ではない。
声の、発せられた位置が。
先程より、近い。
反射的に、グレンは右手を掲げる。
衝撃。グレンの掌が、辰巳の拳打を受け止めていた。
「て、め、え」
一拍遅れて、グレンの顔が正面へ戻る。
双眸が捉えた辰巳の顔は、不敵に笑っていた。
「どうした? もっと嬉しそうにしたらどうだ。色々あったが、今度こそお前の言ってた決着をつけてやろうってんだからよ」
「てめえ、なあ……!」
グレンは、拮抗を崩す。同時に逆手で脇を狙う打突。
辰巳は、上腕で受ける。同時に逆手で二度目の拳打。
グレンは防御、反撃のローキック。辰巳は回避、反撃の中段蹴り。グレンは回避、掴んで投げ飛ばす。辰巳は逆らわない、空中制御の後着地。そこへ、グレンが飛び込み突きを放ってくる。
速度と全体重の乗った、右の鉄拳。辰巳もそれに応えるかの如く、深く腰を落とす。
そして、左。正拳突きで迎え打つ。
激突。再び拮抗状態となる辰巳とグレン。その頃にはもう、グレンの目も笑っていた。
「分ーったぜ、ノッてやるよその煽り。どの道このままじゃあオレも到底納得できねえだろうしよぉ……!」
五秒。二つの拳はぎりぎりと震えた後、弾かれたように離れて。
「吠え面かくんじゃねえぞ、五辻辰巳ッ!」
「こっちのセリフだ、グレン・レイドウ!」
数奇な運命に翻弄された二人は、遂にここで全力激突を迎えた。
◆ ◆ ◆
「うわッ」
決着をつけ、扉を潜った辰巳は、思わず立ち止まってしまった。
「ンだよ止まんなよどうし」
次いで扉を潜ったグレンは、辰巳の肩越しに見た。
ファントム2、
ファントム3、
ファントム5、
ファントム6、マリア・キューザック。
ファントムⅩ、ハワード・ブラウン。
特別技術官、
加えてヴァルフェリアのサラとペネロペまでもが一堂に会している。
まさに揃い踏みだが、辰巳とグレンを絶句させたのは、そうした顔ぶれではない。むしろ今上がった全員も似たような、微妙な顔をしている。
その原因は、彼らの中央で向かい合っている一組の男女――即ちファントム1、
「……」
巌は、何も言わない。腕を組み、ヘルガを真正面から見つめたまま、じっと黙っている。
「……って、いうわけで、さ。ははは」
ヘルガは対照的に、妙な笑顔を浮かべている。今まで何を話していたのだろうか。
「ファントム6、一体何があったんだ?」
「あ、ファントム4。ええとですね」
丁度近くに居たマリアは、微妙な表情のまま思い出す。
「私達、一人ずつこの空間に呼び出されたんですよ。その際も多少は悶着があったんですが、そのたびあちらのヘルガさんが軽く説明してくださって、その辺は納得したんですけど。でも最後に呼び出されたファントム1が、その。すごい声を出されまして」
「すごい声」
平素からではちょっと想像もできないが、考えてみれば当たり前かもしれない。
せいぜい二ヶ月程度の別離でさえ、辰巳には相当堪えた。
それと同等――いや。それ以上の辛さを、巌は二年間も味わって来たのだ。
しかもヘルガは二年間、巌の労苦と嘆きを見ていながら、便りの一つも寄こさなかった。寄こせなかったのだ。
だから。巌の胸中は。閉じた目蓋の裏には。
果たして、如何なる感情が渦巻いているのか。故に誰もが、口火を切れずにいたのだ――もっとも、ファントム3だけは事の推移を面白そうに眺めていたのだが。
「まあ、みんなにも言ったんだけど、ここは現実の時間とは流れが違くてさ。あんまりのんびりするのもアレなんだけど、こうしてゆっくり話すくらいは出来るっていうか」
その時。
無造作に、巌はリストデバイスを操作。鎧装のヘッドギアを解除し、顔を露にする。
同時にヘルガへ歩み寄る。微塵の迷いなく。拳は固く握られている。
「わ、わ、でも状況、ごっ、ごめ」
有無を言わさず、巌は左手でヘルガの肩を掴む。見下ろす。
必然、ヘルガも見上げる格好になる。
そして。
唇を、奪った。
「――」
三秒。もしくは四秒。
時が止まったのはそれくらいだった筈だが、その場の誰にとっても、体感時間はずっと長かった。
やがて、巌は顔を離す。やや赤らんだ顔で、ヘルガは巌を見上げた。
「……。そんなに、情熱的だった、っけ」
「二年だぞ、二年。こうもなる。何より」
「何、より?」
「言ってたろう? 前に。映画みたいなのいっぺんしてみたい、ってよ」
「……。そうだっけ。覚えてないなあ」
柔らかく、ヘルガは笑った。
「なあグレンくんよ」
「なんだ辰巳」
「俺達、もうしばらく殴り合ってればよかったな」
「だな……初めて気ィ合ったんじゃねえかオレら」
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