第171話「ブラスターな?」

「いやオイ待てよ! 待ってくれ! なんでスレイプニルの中なんだよ!?」

 声を荒げるグレン。その混乱ぶりが、逆にいわおへ平静を取り戻させる。

「……いや、そうか。ヘルガ、君は一年半ぐらい前にそちらのファネル女史と接触したと言ったね?」

「言いましたよ」

 頷くヘルガ。ファネルも同意する。

「つまりその頃から、スレイプニル……いや。グロリアス・グローリィ本社ビルへ、仕込みを行っていたというワケか」

「けど、だが、どうやってだ?」

 と、声を上げたのは辰巳たつみである。グレン程ではないが、その顔にも動揺が張り付いている。

「そうだね。敵は世界最高水準をなお上回る精度の先見術式を有していて、アタシとファントム5アナザーが仕掛けた奇襲を、ものの見事に防いだ。予知を覆す事が出来なかったんだ」

 一旦言葉を切り、ヘルガはオレンジジュースで唇を湿らせる。

「けど、だったら対処方法は簡単だ。予知を覆さずに敵を騙せばいい。ダミー情報をまきつつ本命を見えないところで進めて、ね。そうやって目論見はまんまと成功したってワケ」

「ダミー情報……つまり、私とやってた色んなあれの事ですよね」

 控えめに挙手する風葉かざは。その怪訝顔に、ヘルガは苦笑を返す。

「そうだね。何せ、この本命については風葉へ話すわけにもいかなかった。先見術式の性質上、どうしてもね」

「ふむ……先見術式を用いる場合、まずその観測範囲を設定する必要がある。そうしなければ予測演算にかかる時間が右肩上がりになるし、何より霊力がどれだけあっても足りなくなるからだ」

 独りごちる巌。それは自分の思考整理であったが、ふと見たヘルガは悪戯っぽい笑みを口端に浮かべている。

 巌は、受けて立った。

「……敵は。恐るべき精度の先見術式と、それを苦も無く運用できる程に潤沢な霊力資源を有している。その出所がどこなのかは、とりあえず置くとして。とにかく敵は覆しがたい精度の未来予知情報を持っている」

 湯飲みを半分一気飲みした後、巌はファネルを見やる。

「だから、さっきも言ったようにヘルガはそれを逆利用する事にしたんだ。そちらのファネル女史の協力で、な」

「だから、なんでそれがファネルさんの裏切りに繋がんだよ?」

 いらいらと机を小突きながら、グレンは眉間の皺を深める。なお現在、グレンはバイザーを外している。先程辰巳に殴り壊された事も関係しているのだろうが――もはや彼にとって、無用の長物なのだろう。

「さて、そこだ。ここから先は僕の推測なのだが……ヘルガ。レツオウガ・フォースアームドとやらが起動した後、巨大な術式が起動する。そうだったな?」

 chapter16-07。ヘルガから伝えられた未来予知の内容を、巌は確認する。ヘルガは頷く。

「イエース」

「ならば。それに連動して、スレイプニル内部には莫大な霊力が循環する事になる。アフリカのRフィールド一帯を這いずっている巨大術式陣を、動かすほどの莫大な霊力だ」

「それがどうし……あ」

 机を小突いていたグレンの指が止まる。巌は頷く。

「そう、理解できたようだな。それ程の術式が動くとなれば、経路の中を動く霊力は凄まじいものになる。詳しい計測は出来ないからわからないが、ひょっとするとヴォルテック……いや、君の場合はトルネード・バスターだったか」

「ブラスターな?」

「おっとすまない。仮説の上に立つ仮説で恐縮だが、とにかくそれに、トルネード・ブラスターに匹敵するかもしれない」

 一旦言葉を切り、巌は改めてファネルを見据える。

「アナタがどれ程の給与待遇で雇われたのかは存じませんが。最終的に殺人竜巻の中で放置されるだろう、という未来予知情報がヘルガとの接触でもたらされていたのだとしたら」

「成程。主を裏切るこの行動もやぶさかではない、と思う事か」

 うっすらと、底意地悪い微笑を浮かべるメイ。対するファネルは緩く首を振る。

「それは見解の相違ですね。私とギャリガン様との雇用契約は、更新までまだ半年ほど時間があるのです。先見術式越しとは言え、先に反故にしたのはあちらですよ」

「ドライだなァオイ」

 ぼそりと。ようやく一言、ハワードが口を開いた。手元にはコーヒーがあるが、まだ一口もつけていない。

「とにかくファネル。オマエさんはオレが裏切られ、こんな立場になっちまう事まで織り込み済みだったってェワケか」

「そうなりますね。実際、月面でアナタが狙撃されるまでは両天秤にかけていた所もあったのですが……アレが決定打でしたね」

「あァそーかい。まァ実際ギノア・フリードマンが倒される前の時点で「この先こんな事になりますよ」なんて言われた所で信用しきれるワケもねエからな。オレはリトマス試験紙だったワケか」

 あからさまに顔をしかめるハワード。同時にヘルガも意外そうな顔をした。

「あれ、そうなの? 最初話した時から結構ノリノリで協力してくれたと思ってたんだけど。二人でグロリアス・グローリィ本社の変形システムの隙間を縫って色々仕込んだりしてさ」

「そこはそれ、ですよ。こちらとしても我が身は大事ですから。最も理にかなった選択をしたかった、という訳です」

「そっかー。そりゃまあ仕方ないですかねー」

 ころころと笑いあう二人の女。その有様に、グレンは微妙な表情をしながら牛乳を飲んだ。

「……なんつーか、すげえな」

「どうあれ、ファントム1様が予想された通りです。私はヘルガ様と契約し、スレイプニル内部へ秘密裏に術式陣などを設置していきました。ギャリガン様の先見術式を掻い潜りながら、ですね」

「……いえ、待って下さい」

 小さく挙手するマリア。手元には言わずもがな、紅茶入りのティーカップがある。

「色々と話題が出ましたけど、根本の疑問はそこです。敵は、世界最高レベルの先見術式を所持しているんですよね? だったらお二人は、それをどうやって欺いたんです?」

 そう、そこだ。今まで遠回りになっていた、大きな疑問の一つ。

 その答えを、ヘルガはあっけらかんと言った。

「ああ、そりゃカンタン。手品だよ」

「てじな」

「そう、手品。アシスタントはこちらの美人メイドさんね」

「どうも」

 緩やかにお辞儀するファネル。その手元は既に巌へのお茶くみを終えており、実に流麗な動きである。

「さっきも巌が言ったけど、先見術式を使用するためには、まずその予測演算範囲を設定する必要がある。それは場所であったり、人であったり……まあ要するに、観測対象を細かく設定しなくちゃいけないってワケだね」

 恐らく敵は、ファントム・ユニット全員と関連する場所を先見術式で演算した筈だ。必然、その中には日乃栄高校が――引いては地下の霊地が含まれている。chapter17でヘルガ達の動きが筒抜けだったのは、むしろ当たり前の話だ。

「観測対象が何をするのか。その予測内容自体は、調整すればいくらでも精度を上げられる。やろうと思えば二十四時間監視するVR映像みたいのも出来るだろうね」

「酷いストーカーがあったものですね」

 つぶやくサラ。その肩に、舟を漕いでいたペネロペが寄りかかった。

「ふふ、言い得て妙だね。けど、敵は恐らくそこまでしなかった――いや、出来なかった筈だ。間違いなくね」

「霊力がかかりすぎるから、というのもあるだろうが……」

 湯のみの水面を見下ろしながら、巌は述べる。己の推論を。

「……最大の理由は、情報を追いきれないから、だろうな」

「そう、その通り。今言ったようなVR映像でファントム・ユニット全員の動きを追うなんて、無茶も良いトコ。まして奴さんは、辰巳くんと風葉が出会った時からレツオウガ・フォースアームドが完成する頃までの情報を得ている。そのデータ量はとんでもなく膨大な筈だ」

「成程。確かに小説に起こして文字数を数えれば九十万字を楽に超えそうな戦闘をしてきましたからねい!」

 妙に具体的な数字を述べる利英りえい。ヘルガは続ける。

「換算はともかくとして。いくら術式で記憶容量を拡張したとて、それだけの情報を一人で全て受け止めるなんてのは、土台無理な話。しかも敵はそれを踏まえた上で悪巧みを組み立ててたワケだから、尚更ね。だから、その予測はかなり簡易化されたものだと思うんだ」

「成程。大量に並んだ監視カメラ映像のような……いや、それよりもっと単純化していた可能性もある、という事か」

 巌の補足に、ヘルガは頷く。

「そう。そもそもメインで追ってるのはファントム・ユニット、特に鍵の石を持ってる辰巳くんの可能性がいちばん高い。そうでなきゃモーリシャスであんなにつっかかって来なかっただろうし」

「まあ、確かに……ん?」

 その説明に妙な違和感を覚える辰巳だったが、ヘルガは気づかない。

「そっちへ意識が集中してる以上、おまけで見てるアタシの動きを細かく追う余裕は無いだろう、と言うのがまず大前提」

「ふむ。で、本題は……ああ、そこでそちらの美人アシスタントメイドさんの登場か」

 ファネルを見やる巌。件のメイドは恭しく目礼した。

「そう。アタシは一年半前にファネルさんへ連絡を取り、協力を取り付けた。彼女も先見術式で観測されてはいたけど、それでも登場頻度は低かった。なら、あとは簡単だ」

 オレンジジュースを一口のみ、ヘルガは少し息をつく。そうして一同を見回す。

「未来予知で観測された行動はそのまま行って貰い、観測外の時間はアタシに協力して貰う。なんというか、そう、推理小説の犯人みたいな動きをしてたワケだね」

「成程。そうやってスレイプニル内部……霊力プロペラント周りでしょうか? その辺から秘密裏な霊力経路をバイパスしたりしていた、と」

 半ば本気で感心するサラの呟きで、冥は得心する。

「成程。つまりこの空間は……この場にいる全員の意識を繋げた上で、現実の時間からは何倍も加速する事でこうしてゆったりと話し合えているこの空間は、スレイプニルに蓄えられていた莫大な霊力を、湯水のように使う事で成り立ってるワケだ」

「その通りですね。こうして話してる間にもスレイプニル、えーと、バハムートモードだっけ? あれの翼が片方消えてたりするかもですね」

 悪戯っぽく笑いあう冥とヘルガ。

 その言葉通り、スレイプニルの右側の翼は急速に霊力を失い、揮発し始めているのであった。

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