Chapter06 冥王 10
フレームローダーが転移術式を潜ったのと、ほぼ同時刻。
『Rフィールドが、発動しただと……!?』
月面の
概算とはいえ、起動に必要な霊力はもう確保出来ないはず。だが、ならば、どうやって?
脳裏に渦巻きかけたそんな疑問を、しかし巌はすぐさま閉め出す。
検討と検分は後でいくらでも出来る。今必要なのは解決手段であり、そのために伏せていたカードを巌は今こそ切る。
『ファントム4! 出番だ!』
「了解!」
それまで膝立ち姿勢でクレーターの縁に佇んでいた鋼の巨人が、ゆらりと立ち上がる。
『
『あいよーッ! ヤベエなこりゃフハハ!』
同時に、クレーターを包んでいた試製三十六号酒月式乙種結界術式が解除。続いて今し方クリムゾンキャノンを転送した転移術式が、利英の操作に従って紋様を変える。転移座標が書き換わったのだ。
「結局こうなっちまったか……行くぞ、ファントム5!」
「う、うん! 分かってる!」
ふんす、と鼻息も荒い
霊力の残光をたなびかせながら、光の陣羽織を纏う巨人は、躊躇無く転移術式の中へ飛び込んだ。
行き着く先はウェストミンスター区、ではない。ただひたすらな真っ暗闇の中だ。
「ここ、どこ?」
辺りを見回す風葉。だが光源代わりだった転移術式は既に消えており、霊力装甲の輝きも辺りを照らしきれるほどではない。
辛うじて大鎧装でも入れるくらいの部屋らしい事は察せられるのだが――と、風葉が首を傾げていた矢先、ポツリポツリと照明が灯りだした。
手前から、奥へ。床の両壁際、きっかり一秒おきに灯っていく松明のような輝き。全貌を照らし出すにはまだ弱いが、それでもこの部屋が平坦に細長く続いている事は、照明の間隔から見て取れる。
「んんー?」
目を細める風葉。そうして見据えた、最奥の照明。その更に先にあった壁が、音を立てて開いた。
ごうん、ごうん。軋みを上げる鋼の扉。巌の申請の元、上下に展開していく重厚なシャッターは、これからレツオウガが向かう場所を風葉の眼前へさらけ出した。
即ち母なる青い星、地球の姿を。
「……ねぇ、
「どこって、天来号のカタパルトだよ。あと、ファントム4な」
「あ、うん」
ヘンなとこ頑固だなぁ、と思いながら風葉は頬をかく。そう言えば、キクロプスと戦った時もこんな事を言っていたような覚えがある。
少し、気になった。
「ねぇ、どうしてそんなに――」
呼び方に、こだわるの。
そんな風葉の何気ない疑問を、唐突な電子音声が塗り込める。
『メインカタパルト、緊急発進モードスタンバイ』
サイレンが鳴り響き、床に更なる光が灯る。どうやら何かの金属製らしい、無骨な壁面を照らし出す青い光は、電気では無い。
レツオウガの足下から、部屋の外に浮かぶ地球を目指して一直線に伸びる青色のライン。その表面には、良く見ると精密回路のような紋様が見て取れる。これもまた術式なのだ。
『射出術式、展開』
霊力が充填され、徐々に光を増していく青色。更にその光に連動し、レツオウガの背後へ同じ色の円陣が像を結んだ。
『リニアカタパルト接続完了。発進準備よし』
かくて展開した天来号のカタパルトに、風葉はイヤな予感を憶える。
「こ、これって、ひょっとして」
「歯を食いしばらんと、また舌を噛むぞ? ――レツオウガ、発進する!」
「うぇっ!? やっぱひ!?」
急いで口を閉じる風葉。直後、凄まじい衝撃がレツオウガのコクピットを叩きつけた。
術式の効力によって、レツオウガがカタパルトから射出されたのだ。重力制御術式である程度緩和されているとはいえ、それでも凄まじい衝撃である。
振り向けば涙滴型をした天来号の全景と、その下部に備え付けられたカタパルト、更には射出口からたなびくレツオウガのスラスター光なども見えたろう。だが生憎と今の風葉には、首どころか指一本すら動かす余裕が無かった。
「ん、んぐっ」
レックウのハンドルを握り締め、強烈なGに耐えながら、風葉は息を飲む。
辰巳の背の向こう、視界に収まりきらぬ青色の巨大な球体――地球が、コクピットの下で回転している。レツオウガが地球の表層を滑っているため、そう見えるのだ。
壮大な雲海の流れに圧倒される風葉。だがその海にうっかり飛び込んでしまえば、待っているのは大気摩擦による炎の洗礼だろう。
それを受けぬギリギリの高度を、パイロットの辰巳は精妙に操作している。
「……ん」
その背中に、風葉はなんだか、少し安心した。
が、それも束の間だ。
「見えた、あれだな」
独りごち、目を細める辰巳。
レーダーを使うまでもない。青く輝く水平線の向こうに、一筋の赤色が一直線に走っている光景は、肉眼でも見て取れる。
「あ、」
その赤に、風葉はぞくりとする。彼女は、フェンリルは、直感で理解したのだ。
アレはRフィールドなのだ、と。飲み込むべき神話の現われなのだ、と。
だから、やらなきゃ――そんな、自分自身でも意味が分からない衝動を、刺すような敵意が塗り潰す。
「っ!? 五辻くん!」
「!」
そう風葉が叫ぶのと、辰巳が反応するのはほぼ同時だった。
星空の向こう、索敵半径の更に先。眼下に輝く地球、その青い水平線上で、キラと小さな星が光る。
「
その星を、レツオウガの鉄拳が叩き落とした。夜に零れる隕石のごとく、軌道を反らされた星――もとい霊力弾は、地球の大気圏へと燃え落ちる。
「すんなり行けるとは思ってなかったが……成程、凄まじい精度だ。きっと針に糸とか一発で通せるんだろうな」
半ば本気で感心する辰巳。そうこうする合間にも霊力の流星はレツオウガへと襲いかかり、その全てを辰巳は丹念に叩き落とし、あるいは反らしながら前進する。
流星自体に大した威力は無い。仮に直撃したとしても、霊力装甲は微塵も揺らぐまい。もっとも、カタパルトによる加速は減衰してしまうだろうが。
だがそれ以上に恐るべきは、この射撃精度そのものだろう。
空気抵抗のない宇宙において、地球以上の距離の狙撃を行う事は、それ程難しくはない。
だが敵はカタパルト射出によって超高速状態にあるレツオウガを、センサーでも感知できない遠方から、正確無比に狙撃しているのだ。恐るべき技量である。
もっとも辰巳とて、その全てを問題なく捌いてはいるのだが。
「しかし、何のつもりだ?」
十三個目の流星を裏拳で破壊しながら、辰巳は眉根を寄せる。
こちらの位置が分かっているなら、もっと威力の高い弾丸がやって来ても不思議はない筈。
だが敵はそれをしない。と言う事は、それを行うだけの余力が無いのか、あるいは――。
「歓迎のクラッカー、なのかね」
そうこうする内に、赤い糸は線と言って良いくらいの太さになっている。相当近付いたのだ。
同時に、今まで流星を放っていたらしい敵の姿もおぼろげに映り出す。赤い線を守るように浮かぶその姿は、白い装甲に身を包んだ人型だ。やはり大鎧装であるらしい。
その大鎧装もレツオウガを本格的に捕捉したのか、流星の密度がいよいよもって上がり始めた。
吹き付ける霊力弾の雨。それをやはり丁寧に捌きながら、レツオウガの双眸がぎらと輝く。
「となると、お返しをするのが礼儀か、なっ!」
辰巳が、一計を講じたのだ。
「疾、イッ!」
もう何十度目かになる流星を弾いた直後、レツオウガはあろう事か地球へとやや落下。すぐさま重力がその質量を捉え、コクピット内に警報が吹き荒れ始める。
「えっ、ちょっ、五辻く……じゃなかった、ファントム4!? 何してんの!?」
「なに、ちょっとした一発芸をな」
あと一歩降りれば即座に燃え尽きるだろうギリギリの位置で、辰巳は降下を停止。さながら大気の表層でスケートをするような体勢だ。
更にレツオウガはそのまま足を傾け、霊力装甲をほんの少し大気に晒す。途端に凄まじい摩擦熱が霊力装甲を焼き始め、術式が損壊。結合を解かれた霊力は、光の粒子となって星空の底へ舞い落ち始める。
その様はさながらオーロラだ。高密度の霊力装甲が、音を超える速度で削られているとあらば、そうもなろう。元から吹き上げていたスラスターの光なぞ、足下にも及ばぬ大瀑布である。
「わ、あ」
溜息をつく風葉。凄まじくも美しい霊力光に、思わず振り返っていたのだ。
なので、次の辰巳の動作に反応が遅れた。
「細工を少々――」
射線から逸れた獲物を、改めて狙い来る流星群。その最初の一発を、レツオウガは指先で弾き飛ばす。後方へ。
そんなレツオウガの後ろには、まさに今霊力装甲から剥離した霊力が大量に吹き上げており。
その光の中に、流星が突っ込んだ。
そして、炸裂した。
「わ、あああああああ!?」
叫ぶ風葉。今まで宇宙を彩っていたオーロラが、一瞬で炎の嵐と化したのだから、まぁ無理もない。
「――仕上げをご覧じろ、ってな!」
流石の狙撃手も動揺したのか、流星群が一瞬途切れる。その隙を、辰巳は見逃さない。
大気の表層を蹴り上げ、レツオウガは大きく跳躍。その意図に気付いた狙撃手が新たな霊力弾を放ってくるが、遅い。
爆発の加速に加わるは、断続的なスラスター噴射。これによりレツオウガは、雷光のような軌道を宇宙のカンバスに刻み込む。
その筆先たる神影鎧装を撃ち落とすべく、食い下がる狙撃手の霊力弾。だが慣性に縛られぬレツオウガの軌道を先読みするのは、流石に不可能であり。
「いた、なっ!」
かくて辰巳は、今まで散々流星を送り込んできた狙撃手の姿を、その目に捉えた。
敵は、細身で真っ白い大鎧装であった。
外見的特徴はさほど多くない。全身を包む装甲は白くつるりとしており、恐らくスラスター類も最低限しかあるまい。まるでマネキンか、マリオネットのような出で立ちだ。
それだけに紫色の
マリオネットはその籠手を、レツオウガに向けてまっすぐに突き出している。そして今、その表面から散々撃墜してきた霊力弾が射出された。どうやら今まで、あれを使って狙撃していたらしい。
「あんな拳銃のようなもので、まぁ、よくも」
呆れ半分に呟く辰巳。
だが、ここまで来ればそんな事はどうでも良い。今最優先するべきは、刻一刻と伸びている人造Rフィールドの破壊だ。こんなひ弱な狙撃手など、速度と霊力装甲に物を言わせて――。
「――」
無視、出来ない。
そう断言しうる鉛色の悪寒が、辰巳の背を撫でた。
このまま通り過ぎれば、やられる。あの大鎧装に背を見せたなら、その瞬間に斬られる。
根拠は無い。ただの直感だ。しかして、この皮膚を焼く冷気を無視できる筈も無く。
「ッ!」
故に辰巳は霊力弾を撃ち落としながら、機体を旋回させ、急速上昇を仕掛けた。
大きく円を描きながら、微妙な減速をかけつつ足を振り上げ――そのまま踵落としで、マリオネットを強襲。
天来号のカタパルトとレツオウガのスラスター、二つの加速を掛け合わせた電光石火の一撃は、しかし虚しく空を切る。
激突の直前、マリオネットがスラスターを噴射して回避したのだ。
一瞬、交錯する二機のカメラアイ。
表情など無い。だが辰巳はマリオネットの丸い目の奥に、敵パイロットの微笑を見た。
「――っ!
叫ぶ辰巳。レツオウガがスラスターとタービュランス・アーマーを噴射し、体勢を急転換。後ろのパイロットがさっきから騒ぎ続けているが、辰巳は気にも留めずに間合いを詰める。
裏拳、回し蹴り、肘打ち、正拳突き。硬軟織り交ぜた連打を放ち続けるレツオウガ。
対するマリオネットは身を翻し、スラスターを吹かし、あるいは籠手で打撃を逸らし続ける。
舌打つ辰巳。相手が防御に専念しているとは言え、有効打がまったく決まらない。水面を叩いているような手応えのなさだ。
つまりは、それ程まで見切りに長けたパイロットなのだろう。
「おっかねぇ、なっ!」
そうして、十数度打撃を見舞っただろうか。不意に、二機の大鎧装の動きが止まった。
十字にブロックしたマリオネットの籠手が、レツオウガの拳を受け止めたのだ。
「ぬ、ぅ」
ぎりり、と鍔迫る拳と籠手。攻めているのは辰巳だが、不利なのもまた辰巳の方だ。
ちらと視界の端に捉えた赤色は、こうしている今もじりじりとニュートンの遺産へ接近し続けている。猶予は数分、あるかないか。
もしアレが遺産を浸食してしまったなら、どうなるか。わかったものではない。
「……どこの誰かは知らないが、ちと道を空けて貰えないか? 急ぎの用事があってよ」
『あら、そうなのですか? つれないですね』
答える声は意外に高い、と言うよりも若い。風葉と同じぐらいかもしれない、と辰巳は直感する。
実際、その直感は正解だ。マリオネットのパイロット、サラは十八歳である。
が、今はまったく関係が無い。
『と言いますか、そんなに急いでいるのでしたら、私ごとき気にせず行かれても良かったのですよ?』
ほんの少し、サラの駆る大鎧装が体勢をずらす。受け止めていた拳の勢いを反作用とし、ひらりと後ろに飛び退る。舞うような、しかし隙の無いその身のこなしは、明らかに熟練者のそれだ。
「そうしても良かったんだが、実はクラッカーで気前よく出迎えてくれたヤツがいてな。是非ともお礼がしたくなったのさ」
もはや完全に静止したレツオウガの体勢を整えながら、辰巳は敵を見据える。
あの大鎧装がこちらの足止めのとして配置された事は間違いない。現状で人造Rフィールドを突破出来るのは、フェンリル憑依者のオラクルと風葉のみ。故に、防衛担当は一機で十分と判断したのだろう。あるいは、向こうも手駒が少ないのかもしれないが。
『そうなのですか。では――』
通信の向こうで、何かを操作するサラ。途端、マリオネットは装甲を全身の展開した。
目を見開く辰巳と風葉。その眼前で、マリオネットの霊力が目に見えて膨れ上がる。
「な、に」
「な、なんで脱いだの!?」
「……斬新な目の付け所だな、ファントム5」
「え、違うの?」
きょとんとする風葉だが、辰巳は振り向く事無く前方を睨む。
頭、両腕、胸部、腰部、脚部。鞘から剣を引き抜くかのように、開いていく装甲。だが内部から現われたのは刃ではなく、内部機構そのものであった。
機体の根幹を成す
大きさ自体はさほどでも無い。畳一枚分と同じか、あるいはもっと小さいか。だが内包されているだろう霊力は、そのサイズに見合わぬほど膨大である事が見て取れる。
しかもそのプレートは、抜き放たれたあらゆる装甲の間隙で、一直線に敷き詰められているのだ。ヘタをすれば、レツオウガの霊力量に匹敵するかもしれない。
そんなプレート群に刻まれていた術式を、サラは今こそ発動する。
『
轟。
サラの操作に従い、全てのプレートからまばゆい炎が吹き上がる。
ほとんど爆発するような勢いで、宇宙を照らし出す紫色のたてがみ。埋め込まれたプレートと、何よりサラのバイザーと同じ紫に揺らめく霊力の火は、やがてマリオネットの装甲上へ巻き付くような軌跡を刻み――数秒の間を置いて、実像を結ぶ。
現われたのは、末端から炎のような霊力を立ち上らせる、霊力の鎧だ。しかもそれは、明らかに武者鎧と言うべき出で立ちであった。
ゆらゆらと揺らめきながら、紫の霊力光を放つ武具。その中にあって、一際妖しい闘気を纏う得物に、サラは手をかける。
『お礼ついでに、一曲踊って頂けませんか? 私と、私の大鎧装――ライグランスと、一緒に!』
かくてサラの駆る大鎧装ことライグランスは、流れるように獲物を抜き放つ。
地球光を吸ってぬらりと光るそれは、大鎧装の身長にも匹敵する長大な太刀であった。
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