第191話「「これがッ! 烈央我だあああッ!!!」」

 ゼロワンの、大胆不敵な策略。

 それに対し、辰巳たつみは。

「……。ふうー」

 あからさまに、大きな息をついた。

 少し、ゼロワンは訝しむ。精神統一のため、にしては妙な雰囲気。だがそれを誰何するよりも先に、辰巳は口を開いた。

「その前に、一つ聞かせて欲しいんだがな。何故『レツオウガ』なんだ?」

「なに?」

「だからさ。由来だよ。名前の。凪守なぎもりじゃあ皆疑問に思ってんだよ、二年前から」

 言って、辰巳は機体を操作。レツオウガ・エクスアームドが、己を指差す。

「オーディン・シャドー。バハムート・シャドー。アメン・シャドー。今まで戦って来た機体は全て、参照元となる神々の名を冠していた。だがそうなると、ますます解らない。何故こんな命名規則になってるのか、ってさ」

「それは」

 ゼロワンは言い淀む。ますます訝しむ。

 答える事、それ自体は簡単だ。ゼロワンのモデルとなった男、令堂紅蓮れいどうぐれん。ヤツが使っていた愛刀『烈空丸』と『烈荒丸』がインスピレーションの土台としてあり、それをあえて貶める意味を兼ねて拡張ユニットに人食い鬼オーガを冠する名をつけた。

 要点をまとめるとそうした話になるが、詳しく説明するとなると相応に込み入った事になる。時間がかかりすぎてしまう。

 そうなれば上空の裂け目が想定以上に不安定となり、霊泉同調ミラーリングで虚空術式が完全になったとしても制御しきれるかどうか怪しくなるだろう。

 流石に、それは少し困るのだ。もし本当にこのフィールドが爆散してしまえば、ここ数百年間積み上げたほとんどのものが無に帰してしまう。積み上げ直すのは、流石に骨だ。どうにも苛立たしい――と、そこまで思考してゼロワンは気付く。

 苛立たしい。かつてモーリシャスでハワードと相対した時、辰巳はそうした感情を引き出していたのではなかったか。

 つまりこの質問は。最初から回答を期待したものではなく。

「撹乱……いや、時間稼ぎか! 何を狙っているゼロツー!」

 左右、直立していたヴォイド・シャドー群のうち最前列のものが臨戦態勢をとる。が、辰巳は僅かに片眉を上げるのみ。

「ああ、流石に露骨過ぎたか。だがまあ、ホントの所を言うとだな。どうでもいいんだ。オマエが何を考えて『レツオウガ』って名前をつけたかなんてのは、さ」

「は」

 一瞬。

 さしものゼロワンでさえ、毒気を抜かれて言葉を失う。

 そして、その遅延が。致命的な決定打となった。

「……起動準備、完了! いけるよ辰巳!」

「ああ」

 目を閉じる。呼気、短く一つ。今までにない術式。それをぶっつけ本番で。

 だがまあ、いつもの事だ。何より、心はとうに決まっている。

 故に、辰巳は迷いなく。目を開き、叫んだ。

「俺達の力を――見せてやる! モード! 烈央我レツオウガ!!」

 辰巳の声に、電子音声は応えた。

 だが残念ながら、そのか細い囁きはかき消える。突如発生した暴風のような爆音が、電子音声を飲み込んだのである。

 それは駆動音だ。霊力を通された術式が、それに連動する装置群が、目を覚ました兆しだ。

 しかし、今鳴り響いているその音は、あまりにも常軌を逸している。空間が揺れ、Rフィールドの壁すら軋むかのような――もとい、本当に振動を感知している事を、システムがゼロワンに知らせて来る。

 だが最早、ゼロワンはそんなものなぞ見ていない。その目は真正面、変貌を遂げたレツオウガ・エクスアームドに釘付けられている。

「な、ん、だ。それは。その、有り様は」

 指差す。相対する敵機を。

 形状、それ自体は変わっていない。今し方まで刃を交えていたレツオウガ・エクスアームドそのものだ。せいぜい違うのは関節や霊力装甲の隙間、及びスラスターなどから強烈な霊力光が発している事くらいか。

 だがその光こそが、ゼロワンを釘付けにする異変の元凶であり。

 レツオウガ・エクスアームドに起こった変貌の正体でもあった。

 現象の正体、それ自体は一目で分かる。レツオウガ・エクスアームドは今、機体内部で何らかの術式を展開した。それによって活性化した霊力が、Eマテリアル内で循環しているのだ。

 ごく単純な動き。しかしてその規模を、如何なる言葉なら表せるだろうか。渦。竜巻。台風。どんな自然現象とも、比較にならない程の超高速回転。それが今、レツオウガ・エクスアームドの機体内部で起こっている。

 それが、何を意味するのか。

 それで、何をする気なのか。

 事ここに至って、ゼロワンはようやく察した。

「き、さ、ま!」

 交渉は――最初からそんなものではなかったが――既に決裂している。そもそもゼロツーには最初から話を聞く気がない。

 舌打ち、ゼロワンは術式を操作。尖兵たるヴォイド・シャドーをけしかける。

 背部からスラスターじみた霊力光を噴出させ、高速接近する二機の先鋒。

 対するレツオウガ・エクスアームドは、素手。ただ緩やかに、拳を構え。

「しッ!」

 愚直に。真っ直ぐに。連続の拳打で迎撃した。

 頭部を狙うその鉄拳を、ヴォイド・シャドーは避けない。敢えての判断だ。

 レツオウガ・エクスアームドがどのような強化をしていようと、こちらには灼装しゃくそうの防御がある。一撃で撃破される可能性は低い。あるいは吹き飛ばされる程の威力があるかもしれないが、だとしても数で動きを封じれば良い。そしてその隙に、今度こそ。

 などという皮算用は、しかし。

 先鋒の二機と共に、四散した。

 そう、四散である。何の変哲もない正拳突きが、灼装を貫通、どころかヴォイド・シャドーそのものを爆破せしめたのである。

「な」

 言葉を失うゼロワン。一拍遅れて、レツオウガ・ヴォイドアームドの装甲を衝撃が撫でた。思考がまとまらない。その合間にもヴォイド・シャドーの一群は指令に従う。レツオウガ・エクスアームドを目指す。機体ごとに腕部を様々な武器へ変じながら。

「お、お、お、おッ!!」

 対するレツオウガ・エクスアームドは止まらない。止められない。拳打。蹴撃。手刀。二段蹴り。両手突き。途切れる事のない流麗なコンビネーション、それ自体はオウガの頃から幾度となく見て来たものだ。

 しかして、威力が違う。段違いに違う。たった一撃を受けるたびに、一機、また一機とヴォイド・シャドーが撃破される。粉微塵に爆砕されていく。

 距離を取り、援護射撃を行おうとしていた個体も同様だ。ファントム5が制御している、レツオウガ・エクスアームドの両手足に備わった霊力砲。今までとは明らかに違う輝きを持った弾丸が射出される度、紙細工のようにヴォイド・シャドーが吹き飛んでいく。

 明らかな異常事態。明らかに、ゼロワンの想定を超えた機体性能。先見術式には、影も形も映らなかったおぞましき現実。

「な、ん、だ。オマエタチは、一体何なのだ!?」

 狼狽え、叫ぶゼロワン。気付けば、もうもうと立ち込める霊力光。全て、ヴォイド・シャドーの残骸。そう理解したの同時に、レツオウガ・エクスアームドは残心を解く。改めて、レツオウガ・ヴォイドアームドを見据える。

「何ってな。さっき言った筈だぜ。これが俺達が――」

 言いつつ、辰巳は立体映像モニタを反射率最大で表示。背部シートの風葉へ笑いかける。風葉は気づき、微笑みを返す。

「そう、これが私達が……ファントム・ユニットの皆が、創り上げた力……!」

 一歩。レツオウガ・エクスアームドは踏み出す。

「「これがッ! 烈央我だあああッ!!!」」


 ◆ ◆ ◆


「で、だ。フォースアームドシステムを捨てるのは確定としても。それに変わる切り札は、あるのか?」

 辰巳と風葉がまだ別室に籠もっていた頃。レツオウガ・エクスアームドの設計を行っていた面々は、当然その問題に直面した。最初に指摘したのはいわおであったが、遅かれ早かれ誰かが口火を切っていただろう。

 そして開発陣の中で、唯一それに応えられるヘルガは。

「ふふふ。モチロンありますとも」

 自信満々に、そんな頷きを返した。

 ――これから再現されるイザナギ神、及びイザナミ神の権能。かの二柱は、創世神話において日本列島そのものを創り上げた。この逸話を拡大解釈し、空間そのものに干渉、書き換える能力を組み込む。大雑把に言えば、ヘルガの計画はそのようなものだった。

「オウオウオウ。正気で言ってンのかよ」

「モチロン。正気で言ってますとも」

 異を唱えたハワードに対しても、ヘルガは迷いなく頷く。

「もし、敵の本体がオリジナルRフィールドにあるとすれば。方法はどうあれ、何らかの形で虚空領域へのアクセスを試みるかもしれない……そう想定しちゃうと、これくらいの用意はむしろやって当然だと思っちゃうんですよね」

「成程、実際に虚空領域へ入った者の言葉は重みが違うな」

 納得しつつも、メイは問題点を洗い出す。

「だが、それだけで制圧出来る程容易い相手ではあるまい。機体性能そのものの強化も必要になると思うんだが?」

「ええ。ですので、今言った術式をレツオウガ・エクスアームドの機体性能向上に組み込みます」

「ふむ。具体的には?」

「レツオウガ・エクスアームドの中に銀河を作ります」

「はい?」

 その場のほぼ全員が首を傾げる中、ハワードは先んじて納得した。

「アー……アー成程。ムチャの上塗りにも程があンなあオイ」

「え。解るのかいキミ」

「そりゃなア。こちとらステイシス・ドライブっつーモンを扱ってたからなア」

 がりがりと、ハワードは頭をかきながら息をついた。

 ――オリジナルRフィールド内部。既に敵によって手が入れられ尽くされているだろう領域。

 如何に強烈に空間を操作する術式を投入したとて、そのような場所の主導権を握るのはなかなか難しいだろう。

 故に、まずレツオウガ・エクスアームドが掌握するべきは己の機体。Eマテリアル。及び内部を駆け巡っている霊力経路。

 それを、銀河の運行と擬似的に仮定するのだ。

「いやいや。意味ワカンネーんだけど」

 ツッコむグレン。いつもダメ出しするサラ及びペネロペも、今回ばかりは同意して頷いていた。

「アー、まア気持ちはワカルぜ。だが難しく考える必要は無エのさ。凄まじくデカくて早い回転運動。そう考えりゃイイ。オレがステイシス・ドライブで地球をそう定義したようにな」

 ――このまま計画が順調に進めば、レツオウガ・エクスアームドは空間を操れるようになる。それは創世神の権能によるものであり、神話世界の宇宙開闢に関わる力である。

 そして、諸説あるが。現在観測されている銀河の回転速度は、最大で秒速五百七十キロメートル。

 その絶大な運動エネルギーを、機体内部に生成出来たとしたら。

 その莫大な運動エネルギーを、攻撃に転用出来るようになれば。

 どうなるか。

 どうなったか。

 それらは既に、前述された通りである。

 そしてこのような威力を想定したからこそ、ファントム・ユニットは新たな名前を定義したのだ。

はげ』しき力を持ちて、『我』らは世界の中『央』に君臨す。

 即ち、烈央我レツオウガという名前を。

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