第190話「そもそもここは現実の空間……だよね?」

 轟、轟、轟。

 爆裂的な異音を響かせながら、術式が励起する。空気すら震わせ、霊力が蠢き始める。

「こ、れは」

 センサーで確認するまでもない、明確な異常。オリジナルRフィールド全域、及び今し方レツオウガ・ヴォイドアームドに伝播した術式が、動き始めたのだ。

「まさ、か」

 風葉かざはには解る。確かにヘルガから施された処置のため、あの時の記憶はほとんど無い。辛うじて輪郭を覚えている、ような気がする程度だ。

 だが、それでもわかる。わかってしまう。心のどこかに焼き付いた記憶が、声高に訴えてくるのだ。

 威容の輪郭を。

 術式の名前を。

「虚空、術式」

「そう、その通り! と言いたい所だが、少し違うんだなあ!」

 風葉の呟きを耳ざとく拾いながら、ゼロワンは哄笑する。

「確かにコイツは虚空術式だ。が、今までのものとは一線を画する改良点が三つある」

「そう、かよっ」

 辰巳たつみはレツオウガ・エクスアームドを操作。レツオウガ・ヴォイドアームド目がけ加速開始。ゼロワンの話が気にならない訳ではないが、だからと言ってむざむざと発動待つ理由もない。その御高説が終わるよりも先に、アメノサカホコ・レプリカを叩き込んで黙らせる。

 そんな辰巳の目論見は、しかし接近警報によって中断された。このタイミングで新たな敵機が現れたのだ。

「辰巳、右!」

「ああ!」

 風葉のナビに従い、レツオウガ・エクスアームドは姿勢制御。身体を捻って横合いからの攻撃を回避しつつ、推力を乗せた鉄拳を敵機の腹部へ叩き込む。

「っ!?」

 確かに敵機は吹き飛んだ。しかし、辰巳は目を見開いた。

 理由は二つある。一つは手応え。明らかに灼装しゃくそうのそれであった。流石にレツオウガ・ヴォイドアームド程の強度ではないが、それでも防御力は相当なものだ。並の大鎧装であれば、今の拳撃で吹き飛ぶどころか穴が空いていただろうに。

 だが、辰巳を驚かせたのはそれだけではない。敵機の形状、そのものだ。

「コイツも、ヴォイドアームドなのか!?」

 辰巳が叫んだ通り、そのシルエットはヴォイドアームドと瓜二つだ。だが、細部は異なっている。具体的には腕部、脚部、胸部の装甲が減っている。更に頭部は燃える炎のような形状――すなわち、スルトと同型だ。

「ちょっと違うねえ。確かにレツオウガ・ヴォイドアームドの構成データを流用してはいるが、オウガまでは組み込んでいない。無駄だしね」

 くつくつとゼロワンが笑う合間にも、敵機は床から壁から続々と現れてくる。先程と同じように。

「そうさな。名付けるならば、差し詰めヴォイド・シャドーとでもしようか」

 現れる、現れ続ける異形の敵機ヴォイド・シャドー。

 必然、辰巳はその対処へ回らざるを得ない。

「ぬ、う!」

 レツオウガ・エクスアームドは切瑳にブレードを再生成。風葉による両手足の射撃も加えて迎撃を開始。

 振るわれる斬撃、及び射撃。叩き込まれる素晴らしいコンビネーションはヴォイド・シャドーの軍勢を圧倒するが、しかしあと一歩のところで倒しきれない。灼装による防御能力と、何より生産数が戦闘能力の差を覆しているのだ。

「ははは! そう、これが改良点の一つ目。最適化された迎撃機構だ。次に二つ目だが――上の方を見給え。見る余裕があればだが」

「フザけた、事、を」

 回し蹴り、及びその遠心力を乗せた連斬撃。ヴォイド・シャドーをまた一体撃破しながら、辰巳は立体映像モニタを表示。サブカメラが捉える上空映像を映し出す。

「な」

「え」

 そして、風葉ともども言葉を失った。

 何故なら。そこにはいつの間にか、空間の亀裂が生じていたからだ。

 レツオウガ・ヴォイドアームドの直上を中心とするそれは、霊力の流れからも分かる通り周囲の術式――すなわち虚空術式による作用なのだろう。だが辰巳達を驚愕させたのは、そうした類推ではない。

 今現在も、凄まじい速度で広がり続けている亀裂に。

 その向こうに見える巨大術式陣、及び名状しがたい黒色の空間に。

 二人は、嫌と言う程、見覚えがあったからだ。

「あ、れは」

「虚空、領域――!?」

「そう、その通り!!」

 叫び、哄笑するゼロワン。すぐさま我に返った辰巳は、しかし歯噛みする。奴は、レツオウガ・ヴォイドアームドは、先程からほとんど動いていない。恐らくRフィールド全域で稼働している術式と連動しているからだろう。ならば、ヤツを破壊すれば止まるのか? そもそもあの亀裂は霊泉領域で生じるものだったのでは?

 そんな疑問へ応えるかの如く、ゼロワンは吠えた。

「霊泉領域の更に深奥にある世界、それが虚空領域だ! 僕達は、我々は、そこへ恒久的にアクセスする方法を遂に確立した! そう! そのフィールドそのものを、私であると定義する事によってだ!」

「な、っ」

 辰巳は、絶句した。この戦いが始まってから数え切れぬ程驚かされた彼であるが、それでもその言葉はとびきりであった。真正面から飛び込んできたヴォイド・シャドーの斬撃に、一瞬反応が遅れる程に。

「あ、ぶ、なっ!」

 切瑳に風葉が機体を操作、両脚部キャノン砲が火を吹く。連続着弾する砲弾は灼装を貫き、際どい所でヴォイド・シャドーを破壊する。

「わ、悪いな風葉」

「いいけど、どうしたの辰巳? そんなに驚くコトなの?」

「そりゃあ、な。びっくりもするさ」

 ヴォイド・シャドーの爆煙をとりあえずの壁とし、レツオウガ・エクスアームドは一旦後退。距離を取りながらセンサー全開、全周囲を、床に至るまで改めて最警戒。

「このフィールドの全てがゼロワンである……のみならず。今この戦場そのものが、ヤツの霊泉領域と化しているってんだからな」

「え、……えっ!?」

 思わず風葉も周囲を見回す。さもあらん。辰巳の言葉が正しければこの場所はヤツの、ゼロワンの体内であり、精神の中でもあるという事なのだから。

「そ、んな事、出来るの!? そもそもここは現実の空間……だよね?」

「ハハハ! 君がそんな心配をするのかねファントム5! 気持ち一つでフェンリルと同化するなどという離れ業をした君が!」

 ゼロワンの哄笑をBGMに、ヴォイド・シャドーの群れは距離を詰めてくる。更には左右後方から新たな個体が現れ続ける。

 辰巳は、レツオウガ・エクスアームドは、二刀を改めて構えた。

「そう、霊力とはそもそも現実を塗り潰す絵筆だ! そうあれかしと望んだ術式さえあれば、その通りに全てを書き換える事が出来る!」

 右から襲い来るヴォイド・シャドーを、一刀で切り伏せる辰巳。一拍遅れて左から来たもう一機を、逆手の刺突で迎撃。敵機は爆散、しない。両腕で刃を固定。その隙に新たなヴォイド・シャドーが攻撃を狙ってくる。

「ち、い!」

 舌打つ辰巳。敵機の攻撃パターン自体は単調だ。対応する事、それ自体は問題なく出来る。だがそれはあくまで拮抗状態の維持だ。本体たるレツオウガ・ヴォイドアームドへはまったく攻撃できていない。

 そしてその合間にも、ゼロワンは上空の亀裂を、虚空領域への裂け目を広げていて。

「オ、マ、エ! バカか!?」

 叫びながら、辰巳は左の刀を手放す。一歩下がり、胴を捻り、繰り出すは掌打。標的は、先程離した刀の柄尻。

「分かっているのか!? そんな事をすれば精神が崩壊――」

 言葉を止める辰巳とは真逆に、真っ直ぐな打撃を打ち出すレツオウガ・エクスアームド。その衝撃を受けた刀は、ヴォイド・シャドーの胴体を突き抜け、勢いよく射出。その切っ先が狙うのは、当然のようにレツオウガ・ヴォイドアームドだ。

 並み居る敵機の間隙を突いた奇襲は、灼装の防御を遂に突き抜けて突き刺さる。刃はレツオウガ・ヴォイドアームドの腹部を貫通し、背中に抜ける。ゼロワンの笑いが、止まる。

 そして、それだけだ。レツオウガ・ヴォイドアームドは平然と刀を抜き取り、叩き折る。ゼロワンも、演説を再開する。

「ハハハ! 察したようだなゼロツー! そうとも、僕の精神なんてものはとっくの昔に壊れている! そうでなければ全世界に並列化した分霊を配置するなんて真似が、出来る筈も無いからな!」

 哄笑するゼロワン。だがそれだけでもあるまい。思考しつつ、辰巳は残った一刀を両手で構える。新たに踏み込んできたヴォイド・シャドーの刃を受け止める。

 衝撃。即席の大量生産機にしては眼を見張る威力。更に左右から回り込んで来る連携能力。これ程の性能を備えた機体群をただの狂人が作れる筈がないし、またここまで精密な指揮がとれるとも思えない。

 恐らくは、このフィールドのどこか。今笑っているゼロワンとはまた別の、理性を保った上位個体とでも言うべき存在が、状況を俯瞰しているのだろう。

 だが、どこにいる。どうやって、引きずり出す。

 辰巳がそう思考する合間にも、レツオウガ・エクスアームドは絶妙に体勢を変える。力を流され、姿勢を崩されたヴォイド・シャドーがたたらを踏む。

 何とか踏みとどまる、よりも先にレツオウガ・エクスアームドの拳打が顔面を破砕。吹き飛ぶ。それと同時に襲いかかろうとしていた左右の敵機へ、風葉が射撃を叩き込む。爆発。損傷は、しかし軽微。灼装の防御があるためだ。

 しかし、辰巳にはそれで十分。一瞬のスラスター推力と共に間合いを詰め、振るわれるは大振りの薙ぎ払い。いっそ芸術的ですらある円弧を描く斬撃は、顔面を粉砕されたヴォイド・シャドーも含めた三機を、纏めて両断した。

 爆発。吹き荒れる霊力光。それをかき分けて前進したレツオウガ・エクスアームドは、そのツインアイで捉えた。いつの間にか、すっかり配置を変えた敵集団を。

「こ、れは」

 右、左。大まかに二つの隊列を組むヴォイド・シャドーの群れ。それでいて、レツオウガ・エクスアームドの正面には一機も配置されていない。道を作ってやったぞ、とでも言うかのよう。

 それを裏付けるかのごとく、道の終着点へ佇むはレツオウガ・ヴォイドアームド。悠然としてさえいる立ち姿。その装甲表面には、完全に励起したと思しき術式陣の文様が脈動している。

 だが何よりも、辰巳達の視線を釘づけたのは。

 レツオウガ・ヴォイドアームドの頭上で、先程よりも遥かに巨大な口を開けている、異空間の風景であった。

 宇宙よりもなお黒い漆黒の中にあって、威容な密度と輝きと、何より霊力を発し続けている超巨大術式陣。

 すなわち。虚空領域側の虚空術式までもが、その威容を曝け出していたのだ。

 だが。

「な、なんか。おかしくない、辰巳?」

 そう、おかしい。具体的には霊力の流れが。素人の風葉ですら眉をひそめる程に。

 こちらとあちらの狭間、空間の裂け目辺りで激しく爆ぜる霊力光。明らかに術式が安定していない。

「何故だ……! なぜそんな状態で術式を動かした! 崖道でブレーキ壊したクルマを全力で走らせてるようなもんだろうが! このままじゃあ……!」

「そう、その通り。このままじゃあ大変な事になってしまうだろうねえ。二年前。霊脈が乱れた程度の事では済むまい。そもそもこのオリジナルRフィールドは、不安という、世界中の人間が垂れ流した無形の霊力の収束点なワケだからね」

 含み笑いを隠そうともせずに、ゼロワンはレツオウガ・エクスアームドを見た。

「そうさな。最低でも、地軸が変わる程の爆発が起きたりしてしまうかもな? あるいは虚空領域と通常空間が混ざってしまって、想像もつかないような魔術災害が起こってしまうか。くくく! 想像が止まらないな」

「お、ま、え」

 操縦桿を握りしめる辰巳。直後、空間そのものが揺れる。たたらを踏みかけるレツオウガ・エクスアームド。暴走する術式に連動し、この場所そのものが不安定になってきているのだ。

「だが安心したまえ。この状況を打破する手段が一つある」

 一本、指を立てるゼロワン。同時に辰巳の眼前、サブモニタへ回線接続のリクエストアイコンが灯る。相手はレツオウガ・ヴォイドアームド――だけではあるまい。敵神影鎧装を介した一帯の術式、そのものだ。

「ゼロツー。オマエとレツオウガはそもそも、この術式の心臓部として用意された道具なのだ。今こそその役目を果たすがいい。ワタクシと、ゼロワンと、霊泉同調ミラーリングするんだ。世界を、地球を守るためにな」

 言って、ゼロワンはまた嗤った。

 オマエがこの場所に踏み込んできた時点で、既に詰んでいたのだと言うかのように。

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