Chapter15 死線 15

◆ ◆ ◆


「アンタに聞きたい事がある」

 アフリカRフィールドへの突撃前、まだファントム・ユニット秘密拠点で準備を進めていた頃。調整中のセカンドフラッシュを囲むキャットウォーク最上段で、辰巳たつみはそう言った。

「ほォ? 珍しいヤツが来たと思えば」

 セカンドフラッシュのモノアイが光る。霊力光が投射され、一人の人物を編み上げる。

 即ち、ファントムXことハワード・ブラウンの立体映像を。

「面白ェ、答えてやるよ。で、何が聞てェんだ? ちなみにオレの好きなモンなら砂糖マシマシのカフェオレと、ウイスキーと、酢昆布だ」

「そんな情報を仕入れに来たんじゃない……というか、なんでそんなのが好きなんだ」

「何でも何も。グロリアス・グローリィに引き抜かれてから食ったモンの中で、特に気に入ってンのがその三つだからよ」

「ああそう」

 憮然とする辰巳。けたけた嗤うハワード。

「で。マジな話ナニが聞きてェワケ? 昨日のブリーフィングで大体のコトは説明したと思うンだがよォ」

 ハワードは腕を組んだ。一瞬前まで表情にあった軽薄さはもう無い。知らず、辰巳は居住まいを正した。

「ゼロスリー……いや。グレン・レイドウという男について、教えて欲しい」

「はン?」

 ハワードの片眉が少し上げる。

「ベツに構わねェけどよォ。性格、乗機スペック、製造された目的予想。ブリーフィングで話した以上のコトは何も無ェぞ?」

「ああ、構わない」

 即答する辰巳。ハワードの眉がますます上がる。

「それでも。俺は、改めて知らなきゃならないと思ったんだ。俺を、五辻辰巳を……ゼロツーを、何故ああまで憎んでいるのか。その、根幹の理由を」

「成程、理解したぜ。殊勝な心がけじゃねェか」

 ハワードの眉が戻った。が、今度は眉間に浅くシワが刻まれる。

「だがよォ。グレンの事はホントに何も知らねンんだよ。あとはもう、ちょっとした雑談とか日頃どうしてたかとかの覚えしか無ェわけなんだが」

「ああ、それでいい。それがいい」

 迷い無く、辰巳は即答した。

「多分、そういう所にあると思うんだ。アイツが、どうしてあんなにも俺を憎むのか。それを掴むための、とっかかりが」


◆ ◆ ◆


「イツツジタツミぃぃぃぃぃい!」

 怒声と共にフォースカイザーが迫る。こちらも、あちらも、背部スラスターは全開。だというのに、距離はじりじりと狭まりつつある。

「まったく元気なヤツだな、ホントに俺と同じツラなのかよ」

 言いつつ、辰巳は機体ステータスを映す立体映像モニタを見やる。オウガ本体のダメージは軽微。だが先程防御に使用した左シールド・スラスターの再構築が、まだ終わっていない。先程距離を離した切り結びの際、一撃を貰ってしまったのだ。

「しかし、あの動きは……」

「GGGGGYYYYYYYAAAAAAAAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOッッッ!!!!!!」

 辰巳の思考を、凄まじい咆吼が吹き飛ばした。顔を向けずとも、視界の端にメガフレア・カノンを放つスレイプニルⅡが見える。あんな大火力砲台から距離を取れるのは、せめてもの救いだろうか。

「う、お、あァァァアァァッ!!」

「似たような、モノかっ!」

 フォースカイザーが太刀を振りかぶる。背部、迸る霊力光が翼を更に拡張している。捉えられるのは時間の問題だ。シールド再構成はもう間に合わぬ。

「だった、らっ!」

 丁度居たタイプ・レッドを蹴り、方向反転。弾丸じみた飛び込み姿勢で、フォースカイザーへ一気に距離を詰める。その間際、右シールド裏から抜刀。刀身に霊力光がひらめく。

「あれ、はッ!」

 即座にグレンは看破する。ロング・ブレード。斬撃範囲を瞬間的に拡張する霊力武装。あの刃はこちらの間合いを超える代物だ。あれで先手を取る算段か。

「だった、らァッ!」

 推力減衰、姿勢制御、脚部キャノン展開。三つの機動を同時に行いながら、グレンは照準。充填。発射。

 迸る二条の光線。ロング・ブレードの更に先手を取るグレンに、しかし辰巳は笑みすら浮かべた。

「ああ。そうするよな、俺なら」

 未だ再構成の終わらぬ左シールド・スラスターを、自ら切り離すオウガ。当然バランスが崩れ、機体が回転。脚部と胸部の装甲を掠めつつ、キャノンを紙一重でかいくぐる。

 それと同時に、オウガはブレードを手放す。置いて行かれた刃の霊力塊は、当然オウガの後方へと流れ――それが足下に達した瞬間、辰巳はそれを一気に踏んだ。

 当然、霊力塊は爆散。放射されるエネルギーは、オウガの加速力へと合一加算。最大推力をなお超えて、オウガは飛び込んで来る。

「ケッ! そうするわなぁ、オレなら!」

 見ればオウガの両腕、複合盾が展開している。ツインペイル・バスターの気配こそ無いが、あの盾自体が強固な打突武器である事は自明の理。

 しかも踏み込みが早い。フォースカイザーが刃を振るうよりも、オウガの拳打が先んじるのは明らか。

「なら、よォ!」

 再び、グレンは太刀を手放す。術者の制御を失った霊力武装は、僅か五秒にただの霊力へと戻る――よりも先に、オウガの拳は放たれた。

 一撃、二撃、三撃、四撃。目の覚めるような連撃を、フォースカイザーは受け、反らし、避わし、相殺する。穿ち合い、押し止め合う拳と拳。有効打ならず。

「む、う」

 辰巳は唸る。まったくもって的確な、かつ覚えのありすぎる体捌き。まるで鏡像と打ち合っているかのようだ。そう言ったら間違いなく今まで以上に怒り狂うだろうが。

 どうあれ状況は互角。このままならば。

 そう、このままならば。

「良い眺めッスね」

 右肩上。ふらりと現われたのはあの狙撃手、ペネロペの分霊だ。慣性制御術式も併用しているのか、安定なぞ程遠い足場の上で、平然とライフルを携えている。あの特殊大型狙撃銃、グレイブメイカーを。

 そう、フォースカイザーにはサブパイロットが同乗している。ヴァルフェリア、サラとペネロペ。それぞれが刀術と狙撃の凄まじい腕前を持っており、フォースカイザーは操縦系統を彼女らへと一瞬で切り替える機能を搭載している。左シールド・スラスターを切断されたのもそのためだ。急激に変わった動きへ対応しきれなかったのである。

 そして今、グレンはもう一人のサブパイロットを、ペネロペを投入してきた。

 否応なく、脳裏を過ぎる。コクピットからどうにか放り出した間際、グレンが叫んだあの宣言。

『ゼロ――いや、五辻辰巳! オレは、テメエに、勝つ!』

 あの時、グレンの目は燃えていた。あの宣言通り、グレンは勝つつもりなのだ。あらゆる手を尽くしてでも。

「上、等っ!」

 ペネロペからすれば、ライフルでなくとも狙い放題であろう至近距離。それを解りきった上で、辰巳は自らコクピットの霊力装甲を解いた――いや、砕いた。

「へ」

 目をしばたくペネロペ。引金を引きかけた指が止まる。その視界を、ガラス片のような霊力装甲残骸が埋め尽くす。知らず、ペネロペは呟いた。

「なんと、大胆な」

 仕掛けの種は、インペイル・バスターなどに使われている炸裂術式だ。辰巳はこれをコクピット前面の霊力装甲に打ち込んで発動、即席のショットガンとしたのである。

 無論、フォースカイザー本体へはダメージなぞまったく望めまい。

 だが、肩へ現出している狙撃手がそれを浴びれば、どうなるか。

「あー。歯痒いスね」

 装甲に空いた穴の向こう、ファントム4の顔が見える。しかも肉眼だ。ペネロペの腕であれば、鼻歌を歌いながらでも当たる距離。

 だが、その合間には殺到する残骸の散弾。射線が通らない。そして、退避も間に合わない。

 かくて大量に降り注ぐ霊力装甲片は、フォースカイザーの装甲を雨のように叩いた。

 そして肩の上に居た狙撃手の分霊を、吹き飛ばしたのだ。

「なっ」

「ぺ、ペーちゃん!?」

 動揺は、しかし一秒。斃されたのは分霊であり、コクピットにいるペネロペ本人はあくまで無傷。意識を移していたが故のフィードバックダメージはあるかもしれないが――命を脅かすまでには至らない。ハズだ。

 だが、モニタに映るペネロペ本体は目を覚まさぬ。痙攣すらしている。

「テ、メ、エェェェェェッ!」

 自分でも解らぬ激情に突き動かされ、グレンは操縦桿を倒す。呼応するフォースカイザーが、目まぐるしい打突を繰り出す。

 一撃、二撃、三撃、四撃。目の覚めるような連撃を、オウガは受け、反らし、避わし、相殺する。穿ち合い、押し止め合う拳と拳。またも有効打ならず。

「解らないな、グレン・レイドウ」

 その、拮抗状態の最中。

 ぼそりと、辰巳は呟いた。

「何故、そこまで俺を憎むんだ?」

「……、……あ?」

 この時。

 グレンの中のなにかが、切れた。

「テメェが――」

 脚部展開、キャノン砲照準。

「それを――!」

 オウガが跳び退く。構いはしない。引金を引く。迸る光線。オウガがバレルロール回避。織り込み済みだ。その隙に太刀を再精製、スラスター全力噴射。機体重量も余さず乗せた刺突。

「言うのかよォォォッ!」

 空気を抉る一撃を前に、オウガもまた改めて抜刀。激突。削れる鎬。ぎゃりぎゃりと火花を散らして滑る刃と刃は、やがて互いの鍔元へと到達。拮抗。

「もう一度聞く。グレン・レイドウ。お前は何故そこまで俺を憎む。何がお前をそうまで怒らせるんだ」

「ホザけよ! テメエがペネロペを――!」

 フォースカイザーが拮抗を崩す。薙ぎ払い、回し蹴り、唐竹割り。スラスター推力で強引に高速化した連撃を、オウガはブレードとシールドで弾き、受け、防御。

「やったんだろうがああア!!」

 グレンの攻撃は続く。斬撃、打突、射撃、斬撃。速度と激しさを増していく連撃を捌いていた辰巳の脳裏を、不意に過ぎる既視感。

 二年前、保護された直後――それもある。拳や言葉こそ無かったが、似たような色を含んだ目は、そこかしこにあった。

「ああ」

 だが、辰巳が思い至ったのはそこだけではない。もっと最近だ。

 ファントム1、五辻巌いつつじいわお。出撃する以前、秘密拠点の地下で激昂を叩き付けられた。

 あの怒りには理由があった。ヘルガ・シグルズソンという、理由があった。

 だから、尚更だ。

「グレン。俺と同じ顔というだけで、オマエはどうしてそこまで怒る事が出来るんだ」

 もう幾度目になるか解らぬ剣戟の向こう側へ、理由が見えないその怒りの根源を、辰巳は改めて問うた。

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