Chapter16 収束 01

「何も解らねェまま……! 死ねえェエ!!」

 激昂するハワード。突貫するアメン・シャドーⅡ。その必死さに、ギャリガンは苦笑すら浮かべた。

「やれ、やれ」

 さてどうしたものか。今までの手加減は、かつての協力者であったが故の温情のようなもの。性能差を思い知り、考えを改めてくれるなら、それでも良かったのだが……どうしたワケか、ハワードは理解出来ない理由で食い下がり続けている。

 悲しい話だが、仲直りは期待出来そうに無い。ならばいい加減に始末し、他の場所へ加勢すべきだろう。

 そうギャリガンが決めた矢先、大上段から振り下ろされるゴールド・クレセント。またぞろ刃は五枚に増えている。構えも何も無い。破れかぶれか。丁度良い、カウンターの刺突をコクピットへ――。

「むっ?」

 ――叩き込めない。早い。切磋にグングニル・レプリカを掲げ、アメン・シャドーⅡの斬撃を受け止める。重い。きしりと、フレームのどこかが鳴ったような気がした。初めてのダメージではなかろうか。

「だが、何故」

 言って、気付く。アメン・シャドーⅡの全身に装備された霊力装甲。それらが全て発光……いや、燃えているとでも言えば良いのか。すぐさまギャリガンは思い至る。

「なるほど灼装しゃくそう! ライグランスの!」

「ハ! 半分ハズレだ!」

 渾身、アメン・シャドーⅡは鎌を振り抜く。しかし、既に斬撃上へネオオーディン・シャドーの姿はない。素早いバックステップ。間合いを離している。

 が、それはハワード側も織り込み済み。ゴールド・クレセントの五枚刃、うち四枚が振り抜かれた勢いのまま射出。ブーメランじみて回転しながら、ネオオーディン・シャドーの四方から襲いかかる。

「こんな、小手先でっ!」

 斬撃、石突、裏拳、バックキック。流れるように放たれた四連撃が、回転刃を瞬く間に撃墜。

「どうにか、なるとっ!」

「思ッてるわきゃアねえだろォ!」

 飛び込むアメン・シャドーⅡ。これが本命。放たれるは刺突。鎌も変形し、刃が上を向いている。まるで槍だ。しかも早い。だがまだ対応出来る。ネオオーディン・シャドーは槍を突き出す。

 激突。このままギャリガンは弾こうとして、しかし果たせない。ゴールド・クレセントが重いのだ。

「む、う」

 唸るギャリガン。アメン・シャドーⅡの膂力が向上しているのか。だが。

「ライグランスの灼装は、疑似斥力場を発生させる防御用の代物だったと記憶しているのだが、ねっ!」

 踏み込む。斬り込む。強引に。アメン・シャドーⅡは装甲を引き裂かれただろう、今までならば。

「ハ! オレがそんなヌルい調整するかよオラア!」

 受ける。耐える。押し返す。思わずネオオーディン・シャドーはよろめき、立て直しのためバックステップ。改めて間合いの離れた敵機へ、びょう、とアメン・シャドーⅡは鎌を突き付ける。

「どォよ! 全身に配置された灼装、その霊力放出方向とタイミングを調整し、機体の動きを加速強化する――名付けてハイパワーモードの威力はよ!」

 びょう、とネオオーディン・シャドーも槍を打ち振る。

「成程、いやいや、大したモノだ。灼装とタービュランス・アーマーの合わせ技というワケだね? まるでオーバードライブモードのようだ」

「ま、そォかもな」

 にやと笑うハワード。苦笑を漏らすギャリガン。二秒。奇妙な空白は、しかし裂帛の気迫にかき消える。

「ンじゃまァ改めて……行くぞオラァァ!」

 猛るハワード。唸るスラスター。砲弾じみて撃ち出されるアメン・シャドーⅡは、瞬きする間にネオオーディン・シャドーへと着弾。爆発じみた威力を伴う応酬が、瞬く間に開始される。

「オ、オ、オ、アァァッ!」

 速度、威力、精密さ。一撃必殺の威力に充ち満ちている、アメン・シャドーⅡの連続攻撃。空を裂く、どころか摩擦熱で焼き焦がしかねないその怒濤は、しかしやはりネオオーディン・シャドーに届かない。

 斬撃、グングニルで弾かれる。石突、同じく石突で弾かれる。五枚刃薙ぎ払い、門壁スリサズで止められる。

 五撃。十撃。十五撃。何度打ち込もうとも有効打無し。忌々しい、だがそれすら想定内。

「だッたらよォ――!」

 カウンターのグングニル薙ぎ払い。弾いて防御しつつ、勢いのままバックステップ。スラスターも噴射して更に距離を開く。だが追撃の手は緩まぬ。打ち込まれるは雹嵐ハガラズ。射出刃でそれを相殺しつつ、ハワードは背部術式展開。光輪が瞬く間に編み上がる。霊力が充填される。

 照準、発射。

「――コイツで、どォだよ!」

 コロナ・シューター。曲線を、あるいは螺旋を描きながら、四方八方から殺到する光線の群れ。

「やれやれ、またコレか」

 時間差で襲い来る弾幕を、ギャリガンは避け、裂き、叩き落とす。門壁を使う素振りすら見せない。もはや見切っているのだ。

 最後に弾いた一発がオーディンの後ろへと反れ、たまたま居たグラディエーターを貫通。爆発。吹き付ける光を背に浴びながら、ギャリガンは鼻をならす。

「こんなモノで、どうにかなるとでも?」

「応とも、思っちゃいねエよ。解ってンだよンな事ァ」

 ごう。

 いつのまにかアメン・シャドーⅡの霊力装甲が、一際激しく燃えていた。灼装の炎が、かつてのライグランスよりも二回り以上大きくなっている。

「ふ、む」

 グングニルを構え、ギャリガンはやや警戒。センサーを走らす。ローダーから変形した本体側に、そこまで高い霊力反応は無い。霊力装甲に構築されたネットワーク上で術式を走らせていると言う事か。

 一体何を――そんなギャリガンの疑問へ答えるかのように、コクピット部を除いたアメン・シャドーⅡの霊力装甲、その全てが光り始めた。

「こ、れは」

 ギャリガンは眉をひそめた。眩しいのだ。カメラの遮光機能は最大だというのに、尚も目を焼かんとする凄まじき白光。放射される熱も、こちらの装甲をちりちりと焦がし始めている。

 まるで太陽――そこまで思考して、ギャリガンは更に顔をしかめた。

「これは! 太陽コロナか!」

「そォだ! これがッ! コイツこそがッ!! アメン・シャドーⅡ最大の術式――!」

 頭部以外の灼装が切り離される。装甲は爆発するように燃え上がり、しかし瞬く間に凝集していく。掲げられたゴールド・クレセントの先端へと。

 鎌はいつのまにか五枚刃になっており、それらが炎を握り込む。歪な拳の隙間から膨れ上がる炎は、瞬く間に天を突く巨大な柱となり。

 それを、アメン・シャドーⅡは振り下ろす。

「コロナァァァァァァッ!! スマッシャぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 コロナ・スマッシャー。その名の通り、ブレード・スマッシャーを基礎とする術式である。

 アメン・シャドーⅡの全身へ展開した灼装へ、更に膨大な霊力とコロナ・バスターの術式を流し込んだ上、太陽神アメンの権能を用いて過剰活性化。暴走状態になったそれは、太陽表面にも匹敵する熱エネルギーの塊となる。

 ただの大鎧装であればたちどころに爆散するだろうそれを、やはり太陽神アメンの権能でもって集束、方向性を付加して一気に放出する――これがコロナ・スマッシャーなのだ。

 熱核兵器にも匹敵する炎の暴力は、もはや門壁だろうと防御不可能。直撃すれば蒸発は免れまい。

 そう、直撃すれば。

「成程、大したモノだ」

 心底からの関心を込めて、ギャリガンは呟いた。

「だが、惜しかったな」

 そして心底からの嘲笑を込めて、ギャリガンは嗤った。

 ごごう。

 斜め上。突如として撃ち下ろされた巨大熱線が、コロナ・スマッシャーを飲み込む。膨れ上がる。大爆発を起こす。

「ぐうッ!?」

 ハワードが歯噛みするよりも先に、叩き付ける爆煙と轟音。霊力装甲の大部分をコロナ・スマッシャーへと変換していたアメン・シャドーⅡは、その衝撃をまともに受けた。刃の無くなった鎌を杖代わりとしながら、ハワードは辛うじて耐える。そして、吐き捨てる。

「メガフレア・カノンかッ!」

「その通り。攻撃は最大の防御、というヤツだ、なっ!」

 ぶん、と。

 路傍の石じみた気軽さで、ギャリガンはグングニルを投擲。ただし方角はアメン・シャドーⅡでなく、斜め後ろの遙か上方。

「ぐあっ!?」

 悲鳴を上げたのはいわおだ。今まさに引金を引こうとしていたクリムゾン・カノンを、ネオオーディン・シャドーの槍投擲によって破壊されたのだ。

 凄まじい膂力と技量。だがそれ以上に恐ろしいのは、そうした一部始終を俯瞰把握している事実そのものだ。

 スレイプニルⅡと視覚情報を共有しているから? 確かにそれもあるだろう。だが、それ以上の理由がある事をハワードは知っていた。

 そしてそれを打破する布石を、ハワードは打っていたのだが。

「ク、ソ。まだかよ――!」

 矢継ぎ早にダメージ申告を吐き出す立体映像モニタ群。それらをどうにか宥めつつ、ハワードはアメン・シャドーⅡを立ち上がらせる。同時に霊力装甲の再構成も開始。

 だが、どちらも鈍い。今し方のダメージが尾を引いている。そんなアメン・シャドーⅡを嘲笑うかのように、ネオオーディン・シャドーはゆっくり近付いて来る。

「実際、威力だけなら大したモノだったと思うよ。だが、こちらの方が一枚上だったようだね」

 再精製されるグングニル。びょうと音を立てて振りかぶる。

「チ、イ!」

 不本意だが、ここで切り札を切るしかない。決断したハワードは、あろう事かコクピット部の霊力装甲を解除した。

「……? 何のマネだ? 負けを認めたという事かね?」

「なワケねェだろ。まァ、ある意味ではそォかもしんねェけどよ」

 モノリスから投射される立体映像のハワードは、苦虫を噛み潰したような顔で空を睨む。間に合わなかったのか。ここまで注目が向いているなら、むしろ好機だろうに――そう思った瞬間、ハワードは見た。立体映像モニタに映る、その映像を。

 それは後方、拠点コンテナに程近い辺り。

 何かを狙う二条の光線が、赤い空へ放たれたのだ。

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