Chapter16 収束 02

◆ ◆ ◆


 たっぷり、一分の黙考。

 しかる後、いわおは眉間にシワを刻みながら言った。

『……。その話を、信用しろと?』

『応とも』

 ファントム・ユニット秘密拠点、その会議室。モニタに映るハワードは、自信たっぷりに頷いた。モノリスから無線が繋がっているのだ。

 巌。辰巳たつみ雷蔵らいぞうメイ。マリア。利英りえい。程度の差はあれ、会議テーブルに腰掛けるファントム・ユニットの面々は、一様に渋面を作った……いや、冥だけは面白そうに笑っていたか。

 更に一分の黙考の後、もう一度巌は言った。

『……要点を纏めよう。ハワード・ブラウン、君にはザイード・ギャリガンを討たねばならぬ理由が出来た。それもごく最近に』

『応』

『もはや裏切るつもりはない。全ての技術を用いてファントム・ユニットへ協力する』

『応』

『更に君はグロリアス・グローリィの首魁、ザイード・ギャリガンを無力化する手段を知っている。故に、君がザイード・ギャリガンへ敗北する事は絶対に無い』

『応』

『ただし、その方法が何なのかを説明する気は無い。また、それを行うタイミングは君自身の一存に全て任せる』

『応ともよ。簡潔かつ解りやすい纏めぶり、実に痛み入るねェ』

 四角い画面の中、くつくつと笑うハワード。愉快そうなその顔と対照的に、巌の渋面は深まっていく。

『何ともはや。今まで以上に都合の良い話じゃのう』

 口を挟みつつ、雷蔵は湯飲みを巌の手元へ置いた。雷蔵だけはエプロン姿でお茶くみをしているのだ。なお巌は四杯目である。

『まったくだね。しかもキミに対してじゃあない。僕達ファントム・ユニットに対して、だ。どう使い潰してやろうかって企んでたのに、これじゃあパーだよ』

 両手を挙げる冥。その後ろから回り込んだ雷蔵が、湯飲みへお茶を注ぐ。こちらは二杯目だ。

『おお酷ェ、なんて言い草だ。血も涙も無ェのかよ』

 笑い続けていたハワードは、しかし唐突に真顔へ戻る。

『ま、そっちが信じ切れねェってのも無理ねェわな。昨日の敵が何の前触れも無く掌返すなンざ、疑わねエ方がどうかしてる』

『それが解っているなら、何故そんな宣言を?』

『ああ、決まッてンだろ』

 聞いてきたマリアに、ハワードは視線を向ける。

『仇討ちだ。ダチのな』

 双眸は、ぎらぎらしていた。少しだけ、マリアは身を固くする。

『それは、つまり。ザイード・ギャリガンに、友人を、殺されたと?』

 一語一句、区切るように巌は問うた。

『あー、まア。ンなトコだ、大体な』

 目を逸らすハワード。僅かに片眉を上げる巌。妙な所で言葉に詰まる。全面協力の姿勢を見せても、そこだけは明かせない信念というワケか。

 つまり全面協力は、それを為すための対価。そして先程マリアへ向けた目から察する限り、その信念を捨て去るような事はするまい――そう巌は結論付ける。湯飲みを傾ける。

『成程? まあ実際、良い提案ですよね。何せグロリアス・グローリィは人造Rフィールドという防御陣地に加え、先見術式まで持っている。まともに戦っていたのでは、あまりに分が悪い』

 先見術式。現存する未来予知系の術式の中で、最高峰の代物。インターネットやテレビ番組といった分かりやすいものから、魔術組織の日報や霊地の稼働状況に至るまで。とにかく術式が敷設された周囲で観測されうる、ありとあらゆる情報を多角的に収集、検分する。

 そしてその上から改めて、既存の未来予知の術式――例えば北欧神話のスクルドや、トロイア王女カサンドラの権能を再現した術式を重ねる。これによって近い未来に起こりうる事象を、高い精度で導き出す。それが先見術式であると、表向きはそうなっている。

『ですが、ハワード・ブラウン。貴方は世間一般からは、既に死んだものと思われている。先見術式の、ザイード・ギャリガンの目から、外れた存在となっている』

『その通り。この決戦において、この俺は存在そのものがワイルドカードってェワケだ』

『しかも裏切る心配がないという、ね。まったくこれ以上心強い援軍も無いものだ』

 ころころと笑う冥。その笑顔を横に、巌は改めてハワードへ向き直る。

『貴方の提案は理解しました。ザイード・ギャリガンを捕縛……あるいは抹殺するため、ハワード・ブラウン氏と改めて連携する。異議のある者は?』

 挙手はなかった。巌は頷いた。

『では。改めてよろしくお願いしますよ、ファントムX?』

『おう、こっちこそヨロしく頼むぜ? ファントム1。もっとも……』

 一旦言葉を句切り、ハワードは改めて腕を組む。

『ギャリガンを仕留めた程度で、何もかも終わるたァ思えねエがな』

『……どういう事です?』

『あの、襤褸を着た男の事か』

 首を傾げる巌の斜向かい、それまで黙っていた辰巳がようやく口を開いた。ハワードは頷く。

『そォだ。ギャリガンの野郎の落とし前、それも確かに重要ではある。だが、そいつァ結局のところあの野郎を、無貌の男フェイスレスを引きずり出すための前座でしかねェ。忌々しい話だが、な』

『……一体、どういう事なんです?』

『あア。ソイツも今から説明してやるよ』


◆ ◆ ◆


「く、お、アッ!」

 光線、光線、光線が降り注ぐ。四方八方から降り注ぐ灼熱の雨を前に、雷蔵は牙を食いしばる。おぼろのスラスターが唸りを上げる。

 右上方から射撃。朧は急加速で回避。光芒が右足を掠める。

 左下方から射撃。朧は急旋回で回避。光芒が鼻先を掠める。

「ぬ、う、ウッ!」

 左下方と右下方から同時射撃。朧は宙返りで回避。光芒が翼を掠める。ダメージ軽微。だが余波がバランスを崩させる。朧はきりもみ回転落下していく。

「し、まッ」

 ロックオン警報。左上方と右上方、迫る射撃。雷蔵は操縦桿を倒す。朧は即座に体勢復帰し、U字を書くように急上昇。だが僅かに間に合わぬ。

 迫る光芒。切磋に朧は両腕シールドを上げた。全身を守るべく、盾を基点として巨大な霊力甲が展開。直後、着弾。

 轟。凄まじい衝撃が朧を、雷蔵を揺らした。霊力装甲はみるみるヒビが入る。割れ砕けるまであと五秒。

「ぬ、あっ!」

 一瞬だけスラスターをオーバーブーストさせる雷蔵。霊力装甲が割れ砕ける直前、朧は射線から逃れる。標的を失った光芒が、スラスター残光を消し飛ばす。

「これで、何とか……!」

「まだだ! 正面!」

 同乗する巌の叫びに、雷蔵は瞠目する。

 言われた通りの真正面。乱杭歯をむき出す超巨大禍――スレイプニルⅡ・バハムートモードと、目が合った。今まで執拗に朧を追っていた光芒は、スレイプニルⅡの翼上特火点からの砲撃だったのだ。

 そのスレイプニルⅡの目が、嗤った。錯覚だろうか。あるいは、充填される霊力光がためそう見えたのか。

 どうあれスレイプニルⅡのアイ・ビームが朧目がけて放たれ――る直前、その鼻先を爆発が打ち据えた。

「GGYYYYYYAAAAAAAAAOOOOOOOッッッ!!??」

 逸らされる首、苦しげな咆吼、同時に放たれるアイ・ビーム。並の大鎧装であれば一撃で撃墜されかねない光線は、しかし明後日の方向へと直進。不運なタイプ・ホワイトを蒸発させる。

「ご無事ですか!?」

 直後、飛んできたセカンドフラッシュが朧の隣で静止。その姿はいつのまにかフルアームドになっており、右ブレイズ・アームが硝煙じみた霊力光を立ち上らせている。

「君の射撃だったか、ファントム6。恩に着る」

 言いつつ、巌はコンソールを展開、一本の弾倉カートリッジを取り出す。ブーストカートリッジに良く似た、大容量霊力貯蔵デバイスを。

そして言い放つ。

「チェンジ、カートリッジ」

 応えたのは正面コンソール。その中央部が二つに割れ、一本のアームが迫り出してくる。

 先端にはソケット。その窪みへ、巌は弾倉を装填。かつてのアメン・シャドー戦時と同じく、朧へ霊力が満ちていく。

「あと二本、か」

 ファントム・ユニットの立ち上げ以降、巌はほとんど術式を使っていない。その代わり巌は自身の霊力を、これら弾倉型大容量霊力貯蔵デバイスに溜め込み続けた。約二年間も、だ。

 懐に残る二本の感触を確かめながら、巌は思い出す。

 ――二年前。ヘルガを奪い、神影鎧装を造り上げた謎の敵。当時は今以上に正体不明だったが、それでも推測できる事は幾つかあった。

 その一つが、様々な魔術組織の裏へ浸透している存在が居る、という事だ。そうでなければああまで大規模な魔術実験なぞ出来まい。強大な敵だ。

 そんな敵といずれ決戦になったなら、権力を振るって巌から霊地のアクセス権を取り上げるだろう予測は、容易に行えた。

 故にそれを避けるため、当時まだ開発途上だったI・Eマテリアルの技術を応用して、利英に弾倉型大容量霊力貯蔵デバイスを作らせた。そして、ひたすらに溜め込み続けたのだ。

 なお弾倉型なのは、持ち歩いていても特に怪しまれない形状を模索した結果である。

「GGGYYYYYYAAAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOッッッ!!!」

「おっと」

 雷鳴のようなスレイプニルⅡの声が、巌の感傷を中断させる。モニタを見やれば、異形の竜の相貌がぎらぎらと睨んでいる。四箇所の翼上特火点が、朧とセカンドフラッシュを狙っている。

 だが、巌とてこのまま良いようにされるつもりも無いのだ。

「ファントム2! ファントム6!」

「応ともよ! 攻撃は最大の防御じゃのう!」

「はい! 援護します!」

 左右のブレイズ・アームを構え、スレイプニルⅡへ連射するセカンドフラッシュ。その弾幕を背に受けながら、朧はスラスターを全開。雷蔵は吼えた。

「ぐ、る、あああああああああああッ!!」

 ソニック・シャウト。出力最大で放たれた音波砲は、しかしスレイプニルⅡの装甲に傷一つつけられない。だがそれでもアイ・ビームの照準を狂わすには十分。空気を焼く光芒を横目に、朧は両腕を振りかぶる。

「タイッガアアアアアアアアアアッ!」

左右丸盾が展開。霊力のスパイクが生える。そして推力と撃力と野性の赴くまま、雷蔵は解き放つ。

「ダブル突撃パアアアアアアアンチ!!」

 激突。朧の全霊を込めた両手突きが、スレイプニルⅡの胸部中央へと突き刺さる。突き破る。

「GGGYYYYYYAAAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOッッッ!!!???」

 吼えるスレイプニルⅡ。その背が内側から爆ぜ飛び、朧が飛び出す。

 朧はしばらく滑空した後、急制動。丸盾を元に戻し、残心。直後、スレイプニルⅡの胸に空いた穴から一際大きな爆炎が吹き出した。

「どうじゃい!」

振り向けば、確かに今も背の穴からもうもうと煙を吹き出しているスレイプニルⅡの姿。その長い首がぐたりと垂れ――しかし弾かれたように持ち直す。

「んな」

 雷蔵は息を飲んだ。相貌の迫力に、ではない。口中。牙の隙間から輝く霊力光を、メガフレア・カノンの兆しを見たが為だ。

「バカな! あんな風穴開けられといてまだ撃てるんかい!」

「どうやら頑健さには、見た目以上に自信があるらしいね」

 言いつつ巌はコンソールを操作、スレイプニルⅡの向こうを拡大。モニタ上には翼上四箇所の特火点から狙われ、それでもどうにか避け続けているセカンドフラッシュの姿が映っていた。

「……いや。遊ばれていると見るべき、か」

 地上、アメン・シャドーⅡの方も旗色が悪い。もう一押し援護が必要だろう。

「やむを得ないな――ファントム2! クリムゾン・カノンだ!」

「応!」

 幸いと言うべきか、周囲に無人敵機の姿は無い。スレイプニルⅡの巨体が壁となっているワケだ。巌は直ちにクリムゾン・カノンを展開、照準をスレイプニルⅡ頭部に合わせ――。

「ぐあっ!?」

 そうして引金を引く直前、ネオオーディン・シャドーの投擲したグングニルが、クリムゾン・カノンを粉砕した。

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