Chapter16 収束 03

「ど、どうしましょうファントム3!?」

「落ち着きたまえアルトナルソン君。僕に考えがある」

 そう言って、メイは笑った。

 不敵で、邪悪な笑みであった。

 ごくりと、アリーナは唾を飲む。

「い、一体どうするつもりなのです?」

「うん。まず差し当たっては――」

 言いつつ、冥は跳躍。開けっ放しだったコアヘッダーのコクピットへ、ひらりと乗り込む。

「――適材適所。状況の最適化から始めよう」

 コアヘッダーを起動しつつ、冥は転移術式を一旦消去。座標を変え、乗機の正面壁へと再展開。

「じゃ、ちょっと行ってくるよ」

「えっ、ちょっ、もうすぐ敵の潜入工作員スリーパーが入ってくるんですけど!?」

「すぐ戻るよ。なーに、堂々としてれば何もされないものさ、意外とね」

「そんな無責任な……きゃあ!?」

 おろおろするアリーナを余所に、冥はキャノピーを遮蔽、コンソールを起動。

「ああそれと、そっちの壁際で待機しといてくれ。一気に片付けるから。バイザーも下ろしとくようにねー」

 冥の通信と共に、唸りを上げるスラスター。そうしてコアヘッダーは、ヘルズゲート・エミュレータへと消えていった。

 この場にきちんとしたハッチが無い以上、このような発進も想定されてはいたが……。それでいいのかと混乱する内に、転移術式の紫光すら消え失せる。

「ど、どうしよう……上の人達をほっとくワケにもいかないし……」

 アリーナは途方に暮れた。ターナー達がバズーカで天井を吹き飛ばして入ってきたのは、間も無くの事であった。


◆ ◆ ◆


「さ、て、と」

 操縦桿を軽く操作し、冥はコアヘッダーを上昇のち旋回。幻燈結界げんとうけっかいの空に緩い弧を描きつつ、モニタ越しに地上を見下ろす。

 人影をそのまま立ち上がらせたような、非常にのっぺりとした異形の巨人――シャドー共が、一様にコアヘッダーを見上げていた。ディノファングとの取っ組み合いすら中断して、だ。

 まあ無理もあるまい。向こうからすれば突然崖に紫の術式陣が現われ、データに無い小型戦闘機が飛び出して来たのだから。

「手早く行かないとな。アルトナルソン君を待たせちゃいけない」

 まず転移術式を消去し、次に通信を繋ぐ。立体映像モニタへ映るスタンレー・キューザックは、目を丸くしていた。

「ふぁ、ファントム3!? なぜ今ここに!? それにその機体は!」

「なに、順々に状況を解決していこうと思ってね。おっと」

 鋭く冥は操縦桿を倒す。直後、コアヘッダーが居た位置を火線が薙ぎ払った。直下のシャドーによる射撃だ。腕部がガトリングガンに変形している。

「見た目に反して芸達者なヤツめ、面白い!」

「……どうやら、思った以上に不測の事態が起こっているようですね」

 モニタへ映るスタンレーに、動揺の色はもう無い。精神を切り替えたか。流石だ。

「で、私は何をすれば良いのでしょう」

「幾つかあるけど、何、簡単な事ばかりさ」

 執拗に続くシャドー共の射撃。急加速、急旋回、バレルロール等でそれらを回避しながら、冥は地上を見下ろす。

「今出てるディノファングの、ええと、岩壁に一番近いアイツが良いかな。アイツに捕縛術式……いや、対人制圧用の電撃術式を使わせられるかい?」

「ええ、その程度ならすぐにでも」

「結構。では――」

 幾度目かになる回避の後、冥はコアヘッダーの機首を岩壁へ向ける。同時にディノファングの一匹が、スタンレーの遠隔操作で壁へ向き直る。

「――その中へ、一気にぶちまけて欲しい」

 そうして冥は、またもやコアヘッダーからヘルズゲート・エミュレータを投射。紫の転移術式は、ディノファング鼻先の壁で像を結んだ。


◆ ◆ ◆


「そもそもこの拠点となったモジュールユニットは、BBBビースリーが用意したものでした」

「ディスカバリーⅣを運用するための、設置型簡易拠点、だったかな?」

「その試作型を作戦に合わせて急遽改造した」

「その手引きにスタンレー・キューザックが一枚噛んでいたとしても、何らおかしくはない」

 彼等の言葉は質問というより威圧に近い。あるいは音の反響で室内の計測でもしているのか。

 どうあれ、彼女はその疑問に応える事にした。

「……そうですね。イイ線いってる推理だと思いますよ、ホントに」

 点灯する照明。ターナー達は目を細めつつ、声の主を見据えた。

 アリーナ・アルトナルソン。いつのまにかオフィスから消えた人物が、鎧装姿で壁を背に立っていたのだ。

 めいめい武器を構えながら、ターナー達はアリーナの前に並ぶ。

「アリーナ・アルトナルソン。ここに居たのですか」

「この空間は何です? 一体何のために?」

「アナタが今までしていた事。洗いざらい教えて頂きましょうか」

 無表情に、しかし有無を言わさず迫って来るターナー達。対するアリーナは冥の助言通り腕を組み、必死に虚勢を張っていた。

「フフ……」

 ゆっくりとバイザーを遮蔽するアリーナ。表情が解らなくなる。傍目から見れば、いかにも何か隠し球を持っているように見える。故にターナー達は迂闊に手を出さない。

 だが悲しいかな、それは虚仮威しであり、錯覚なのだ。額、背中、心の内。だらだらと冷や汗を流しながら、アリーナは祈るしかなかった。

(い、一体どうすれば良いんですかファントム3ーっ!)と。

 そんな神頼みが通じた、と言って良いのかどうか。とにかく、救いは現われた。

「えッ」

 それは、巨大な紫の光であった。

 ヘルズゲート・エミュレータ。冥のみが使えるその転移術式は、イギリスのディノファングが放射した電撃術式を、寸分狂い無く転移させる。

 対人制圧用に出力を調整された電撃は、コアヘッダー格納庫中央で竜巻じみて荒れ狂う。

「「「ぎゃあああああ!!」」」

 悲鳴を上げ、ばたばたと倒れ伏すターナー女史達。その一部始終を見た後、アリーナはへなへなとへたり込んだ。

「なっ、なんだ今度は!?」「こんな所に空洞が!?」「おーい! 何があったんだー!」

 上の穴から恐る恐る覗いてくる職員達の声。耳を素通りするそれを無視し、アリーナはリストデバイスを操作。いつのまにか着信していた通信が繋がる。

「壁際に居ろっていうのは、こう言う事だったんですね……」

「正解。と言う訳でアルトナルソン君、彼女らの捕縛と他職員達への説明を頼むよ」

 そう言って、冥の通信は切れた。紫の転移術式も消える。残されたアリーナは、一人呟く。

「簡単に言ってくれるなあ……」


◆ ◆ ◆


「正解。と言う訳でアルトナルソン君、彼女らの捕縛と他職員達への説明を頼むよ」

 そう言って、冥は通信を切った。紫の転移術式も消去。直後、シャドーの放った火線が岩壁に突き刺さった。幻燈結界が揺らぎ、射線上の制御ディノファングも引き裂かれ爆散。あと数秒ヘルズゲート・エミュレータの解除が遅れていたら、アリーナやターナー達に被害が出ていただろう。際どいタイミングだった。

「しかし、ちとマズイか」

 冥は僅かに眉をひそめる。一部のシャドー共のガトリング斉射がまだ続いているからだ。制御ディノファングは既に撃破しているのに、だ。そこまでする理由は一つしか無い。

「幻燈結界を破壊する気だな」

 いつぞやのキクロプスと同じだ。ただし、今回の目的は逃走ではない。純粋な破壊だ。冥との連携を崩すため、スタンレーの秘密拠点を潰すつもりなのだ。

「ま、させないがな!」

 コアヘッダーを旋回、突撃しながらバルカン砲を撃つ冥。標的は無論幻燈結界を壊そうとしているシャドー共だ。

 だが当たらぬ。後方跳躍し、これを避わしたのだ。だがそれで良い、攻撃は止んだ。その隙に、冥は立体映像モニタへ叫んだ。

「今だキューザック卿! 残りのパーツを――ボディを射出してくれ!」

「ええ、解っておりますとも」

 スタンレーはコンソールを操作した後、最後のスイッチを叩き付けるように押した。

 直後、岩壁のきわに生えていた並木がナナメ四十五度に倒れる。次にそれらのやや上方岩壁へ偽装されていた隔壁が開き、秘密基地が顔を出す。

 内部では作業用アームなどが壁に収納され、代わりに床の各所から霊力の線が幾本も立ち上がる。精密回路のような紋様を描く線の群れは、やがて天井のやや下で長方形により合わさる。中二階を、光のカタパルトを形成する。

 その光は、階下に並ぶ四つのパーツを照らし出す。辰巳たつみの手引きでスレイプニルⅡを内側から破壊した未完成大鎧装――だったものだ。今は砲撃前の五パーツに戻されている。即ち左右分割された一対の上半身、左右分割された一対の下半身、そして二門のキャノン砲を備えたバックパックだ。

 それらが、続々とリフトアップされる。カタパルトへ装填されていく。その発進口の先にあるのは、先程開いた秘密隔壁だ。

「そろそろ私も、その機体の完全な性能を見たいと思っていましたのでね!」

 最後に射出レバーを、勢いよく押す。引金は引かれた。

 天来号と同型のものを小型化した、それでも相当な射出力を持つカタパルトによって、五つのパーツが連続射出。向かう先は、無論コアヘッダーだ。

「良ぅし……!」

 コアヘッダーとパーツ群のデータリンクを確認し、冥は口端を吊り上げる。敵弾幕をかいくぐりながら立体映像モニタを操作し、合体システムを起動。そして叫んだ。

「僭越ながら言わせて貰おうか……! 黒銀くろがね! ビーストモードッ!」

 冥の声に従い、コアヘッダーと五つのパーツ群に霊力が走った。

 まず大鎧装本体を構成する四つのパーツが砲撃時と同様に合体。上から見れば首の無いずんぐりした人型のそれが、両腕を収納する。代わりに肩部装甲が分割し、蹄を備えた獣脚が展開。両足も大腿部が下腿部へと格納された後、やはり蹄を備えた獣脚が展開。四足獣の胴体じみた形状を形作る。

 そうした胴体の上側へ五つ目、バックパックパーツが合体。キャノン砲が折り畳まれ、代わりに中央部位が首をもたげるように展開。そうして空いたスペースに、コアヘッダーは降りたたまりながら合体。

 最後に首をもたげるよう展開した中央部位が、赤い目をぎらと光らせる。そう、この部位は比喩で無く本当にビーストモードの首パーツだったのだ。

 一対の角をコメカミから生やす黒い頭部が、地上を見る。真下、たまたまこちらを見上げていたシャドーが見えた。

「丁度良い」

 スラスター方向を調整し、冥はそのシャドーへ一直線に急降下。気付いたシャドーがガトリングを撃ってくるが、もう遅い。

「まずは挨拶だ、なっ!」

 多少の被弾なぞものともせず、冥機はシャドーを踏み潰した。声も無く飛び散り、霊力光となってただようシャドーだったもの。

「GGOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

 鋼鉄の獣の咆哮が、その残滓を吹き飛ばす。ソニック・シャウトだ。迅月じんげつと同様のそれで敵群を威圧した後、冥は言い放つ。

「さぁて……ご覧に入れようじゃないか。この機体の、黒銀の性能を!」

 かくてファントム・ユニット最後にして最新の大鎧装、巨大な牛の姿をした黒銀が、もう一度吼えた。

「GGGGOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

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