Chapter16 収束 04

「では、ぶっつけ本番だ。行ってみようか」

 メイは操縦桿を倒す。スラスターが唸りを上げ、黒銀くろがねがにわかに加速。標的は言うまでも無くキューザック基地を攻撃しているシャドーの軍勢。そして、それらを率いてきただろう指揮官である。

 あの砲撃の最中、転移術式を潜った手管は確かに見事。だがギャリガンの態度などから鑑みるに、先見術式で黒銀の攻撃を予測していたとは考えにくい。咄嗟の判断だった筈だ。

 恐らく向こうも万全の攻撃布陣ではない。そこに何か付け入る隙が、無貌の男フェイスレスを攻略する糸口が掴める、かもしれない。

「雲を掴むような話だがな――おっと」

 口端の苦笑を消し、冥は操縦桿を操作。右に曲がる黒銀。直後、躍り出るシャドーが一体。頭部を変形させたモーニングスターが、間一髪で地面へと突き刺さる。

「へえ、頭が伸びるのか。ユニークだな」

 言いつつ、冥は脇の立体映像モニタを操作。武器の一つを起動準備。

「だが、似たコンセプトはこっちにもあるんだぜ。セット! ホーン!」

『Roger Blade Horn Etherealize』

 応える電子音声。起動する攻撃術式。

 雄牛型大鎧装たる黒銀の、巨大な角に霊力光が走る。それは見る間に拡大し、一対の巨大ブレードとなって現出した。突撃武装、ブレード・ホーンである。

「仕、掛、けるっ!」

 言い放ち、冥は出力を上げる。黒銀のスラスターが全開し、最高速の巨体がシャドーの群れへと突っ込んでいく。

「なんと」

 瞠目したのはサトウである。露骨なまでに凄まじい速度と質量が乗った斬撃。あんなものを受けてはシャドーなぞ一撃で破壊されてしまう。故に彼は立体映像モニタを操作、黒銀の軌道上へ立つシャドーへ退避命令を下す。

「GGOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

 だが、シャドーは動かない。動けないのだ。黒銀が放った攻勢音波砲、ソニック・シャウトを受けたために。

 迅月じんげつが搭載していたものとは違い、威力自体は高くない。だが射程が長い上、その振動波は駆動系に干渉する術式を帯びている。一秒程度であるが、動きが鈍るのだ。

 そして黒銀のスラスター推力があれば、その一秒で十分。

「貰ったっ!」

 走り抜ける黒銀。長大なブレード・ホーンが振り抜かれる。ばらばらと、輪切りにされていくシャドーの群れ。

「ふふん。たまにはこういうのも荒っぽいのも悪くないね」

 スラスターを調整し、急制動をかける冥。だがシャドー共も黙っていない。残った個体が黒銀を囲まんと近付いて来る。

 前。後ろ。左。右。全方位から睨んでくる無表情達を、冥は鼻で笑った。

「おやおや、大人気だな。そんなに僕と踊りたいのかね?」

 とは言え理に適った攻め方ではある。現状の黒銀はブレード・ホーンを主武装に据えた突撃形態だ。多方向からの同時攻撃には対処しきれない。故に次の手段を――。

「GYAAAAOOOOOOOッ!」

 ――使おうとした矢先、咆吼が響き渡った。

 見やれば、一直線に突っ込んでくるディノファングの群れ。スタンレーに制御された軍勢だ。次々にシャドー共へと跳びかかっていく。

「GYAAAAOOOOOOOッ!」

「これは、これは。一気に賑やかになったな」

「そりゃあ当然ですとも」

 応えるスタンレーの声。冥はコンソールを操作し、映像も受信。かくてサブモニタに映った老人は、いつのまにか淹れた紅茶を片手にしていた。

「忘れておられるかもしれませんが、ここはキューザックの土地です。いつまでもお客人にばかり面倒をかけていては、それこそ名折れというものですよ」

 ウインクし、一口傾けるスタンレー。水分と、霊力の補給も兼ねているか。額の汗。疲労の色。まあ無理もあるまい。黒銀の砲撃以降、予定外の敵とずっと戦い続けてきたとあれば。

「GYAAAAOOOOOOOッ!」

 どうあれ黒銀の周囲は、ディノファングとシャドーによって乱戦の坩堝と化した。牙が、打突が、霊力弾が乱れ飛ぶ。まるでタチの悪いダンスホールだ。

「さ、今の内ですよ。黒銀の更なるギミックを発動するおつもりだったのでしょう?」

「ふ。お見通しだったか」

 微笑み、冥は立体映像モニタへコマンド入力。ロック解除。

「ではリクエストにお答えして、ご覧に入れよう――黒銀のもう一つの姿を!」

 音声入力を行いながら、冥は操縦桿を押し込む。コンソールが変形し、黒銀の双眸がぎらと光る。そうして、変形は始まった。

 まずコアヘッダーが一旦分離、戦闘機へと戻りながら上昇。次に黒銀の牛首が折り畳まり、変形前の状態へと戻る。更に牛の四本足も収納されていき、これまた変形前の状態へと戻る。

 かくて巨大な鉄塊と化した下部から、スラスターが噴射。ごうごうと唸りを上げ、向きを九十度変える。垂直に立ち上がる。

 折り畳まれていた脚部パーツ展開し、人型の大腿が顔を出す。一目で剛健と分かる足が形を為し、薄墨の地面を踏み締める。底部スラスターから余剰霊力光が噴出。

 同時に腕部も展開し、折り畳まれていた人型の腕部が現れる。一目で剛健と分かる腕が形を為し、先端部からマニピュレータが展開。鋼の拳を握り締める。装甲の隙間から余剰霊力光が噴出。

 そうして組み上がったのは、巨大かつ鉄塊じみた大鎧装のボディだ。ただし頭は無い。あるべき部分には四角いシャッターが閉じており、その四隅から牽引トラクタービームが立ち上る。

 それを受け取ったのは、上空で旋回していたコアヘッダーだ。直前に下向けていた機首の付け根へ、牽引ビームが着弾。コアヘッダーはまっすぐ吸い寄せられながら、翼を折り畳んで変形。

 その間にボディのシャッターが開き、コアヘッダー機首がまっすぐ収まる。球状コクピットは水平を保っており、システム系統の切り替わったコクピットに新たな霊力光が灯る。

 更にコアヘッダー後部装甲に隠されていた頭部が展開、百八十度回転して正面を向く。最後に背部バックパックに折り畳まれていたキャノン砲が展開し、両肩上部で固定。

「黒銀、ヒューマノイドモード――変形完了だ」

 宣言する冥。黒銀は拳を打ち合わせ、ツインアイをぎらと光らせた。

 新たに現れた形態に、サトウは目を細める。

「何ともはや、そんなギミックまで搭載されているとは……」

 口角が上がる。興奮を抑えられない。

「……その性能、味見したくなってしまうじゃあありませんか」

 立体映像モニタを操作し、サトウは背後へ巨大な術式陣を展開。同時にシャドー共へ指令を下す。

 一斉突撃。標的は、無論黒銀。それまで戦っていたディノファングを無視し、すりぬけ、飛び越えて、のっぺりとした人型共が殺到する。

「GYAAAAOOOOOOOッ!?」

 困惑の声を上げるディノファング達。何体かは無防備なシャドーの背中を攻撃し、撃破せしめる。が、到底倒しきれる数ではない。加えてサトウの後方、展開された巨大術式陣から、新たなシャドーが現れ始めたではないか。

 二体、四体。八体。まだ途切れない。たった一人の分霊が、如何にしてこれ程の霊力を携行できているのか。実に奇妙な一部始終を、ツインアイ越しに冥は見る。

「気になるカラクリだけど……」

 冥は操縦桿を操作。左腕を振り上げる黒銀。直後、その掌がシャドーのモーニングスターを受け止めた。

「……まずは、露払いからだな」

 直撃は防がれた。だがこれは二段構えの攻撃だ。黒銀の動きはモーニングスターで制限されている。この隙に全方位から襲いかかれば――というシャドー共の目論見は、脆くも弾かれた。

「そぉーら、よっ!」

 鉄球を左手で、伸びる鎖を右手で掴み、黒銀は敵機を全力で引いた。その恐るべき出力に、シャドーは抗えない。ふわと浮く黒い身体。間髪入れず黒銀はスラスター噴射、全力旋回を敢行。当然シャドーの身体は振り回される。モーニングスターのように。

 跳びかかりかけた他のシャドー共は、当然それに巻き込まれる。吹き飛ばされる。

「まだまだこんなもんじゃない、ぞっ!」

 旋回を停止しつつ、黒銀は手を離す。綺麗な放物線を描き、吹っ飛んでいくモーニングスター代わりのシャドー。墜落。爆散。だがもはや冥はそんな雑魚なぞ目もくれない。操縦桿を操作、新たな術式を起動。

 両掌から立ち上る霊力光。ワイヤーフレームを形作るそれを、黒銀は掴む。直後、ワイヤーフレームは実体を得て現出する。

 トマホーク・マグナム。その名の通り、拳銃と片刃斧を合わせたような黒銀の主武装。重量級の大鎧装に相応しい、肉厚の刃と太い砲身。二つを兼ね備えるそれを、黒銀は構えた。

「さ、て」

 冥は操縦桿を操作。黒銀が右斧を掲げる。火花が散る。横合い、跳びかかってきたシャドーの斬撃を、刃で受け止めたのだ。

「ふん」

 返礼とばかりに黒銀は左斧を振るう。薙ぎ払い。大質量の一撃は、シャドーの胴体を易々と両断。だが敵もさるもの、今度こそ数で押し潰さんと攻め立てる。

 反対側からの斬撃。黒銀はスラスター旋回を乗せた斜め振り上げで迎撃。シャドーは刃ごと両断。

 正面からの刺突。黒銀は大きく振りかぶって右斧を投擲。シャドーは顔面を粉砕。

 背後からの強襲。黒銀は何とコアヘッダーを分離。面食らって足を止めるシャドーへ機関砲を浴びせ、撃破。素早く再合体。しかもその間、投擲した斧を抜け目なく再構成している。

「なんとなんと、接近戦では勝ち目がありませんね」

 肩をすくめるサトウ。その合間にもシャドー共は攻撃を続けているのだが、二斧がため鎧袖一触にされている。話にならない。だが、サトウの狙いは果たされた。

「では、射撃ならどうでしょう?」

 幾体目かになるシャドーを斬り散らした後、ふと黒銀は顔を上げる。正面、ガトリングを構えたシャドーが五体。今の攻勢はあれを隠すブラフも兼ねていたか。しかも投擲では届かぬ絶妙な間合い。

 だが。

「子細ないね」

 まったく慌てず、冥は操縦桿を操作。黒銀は腕を突き出し、トマホーク・マグナムを水平に構える。銃口へ霊力光が灯る。

「撃てっ」

 命じるサトウ。まったく同じタイミングで火を噴くシャドー共のガトリング。だがその弾丸は装甲表面で火花を散らすばかり。黒銀にはまったくダメージが無い。

 では、対する黒銀側の攻撃はどうか。

 一言で言えば、比較にならなかった。

 確かに連射力だけはシャドーが上だ。だが、威力が段違いなのだ。伊達にマグナムの名を冠していない。

 加えて冥の照準はペネロペ並に正確だ。引金が引かれる度に一体、また一体とシャドー共の脳天へ正確に穴を開けていく。このままでは全滅も間近だ。

「遠近隙無しですか。いやはや、参りましたね。ですが……」

 サトウは立体映像モニタを操作。背後の術式陣から、更なるシャドー共が現れる。今までの全撃破分を合わせても尚多い数だ。波状攻撃にも程がある。

 ただし代償は大きい。保持していた霊力の大部分を使ってしまった。もはや己の分霊体を保つ事すら危ういレベルだ。だが構いはしない。いつもの事だ。

「これなら。どうなされます、ファントム3?」

 優に二ダース近いシャドーを従えながら、サトウは呟く。その双眸が見据える前で、黒銀は不意に構えを解いた。

「さて、準備運動は終わりだ。操作も大体分かったし、僕はそろそろアフリカへ戻らせて貰うよ」

「おや、もうお帰りで? 名残惜しいですなあ」

 後方、シャドーと組み合っているディノファングの一機が黒銀の方を向いた。スタンレーの通信を中継しているのだろう。

「ふふ、まあそう言ってくれるな。最後に土産を置いていくからさ」

 黒銀は無造作に両手のトマホーク・マグナムを投擲。左右から挟み込もうとしていたシャドーが一体ずつ、胸に刃を打ち込まれて消滅。気勢を削がれる敵群。その隙に、黒銀はスラスターを全開。上空へと飛び上がる。

「充填も、照準も、丁度終わった所なんでね」

 丁度背後の崖よりもやや高い程度の位置で、黒銀の上昇は止まる。同時に肩部キャノン砲が稼働し、真上を向く。本体から供給された霊力が、砲身内部へ急速に満ちていく。

「グランド・キャノン。スフィアモード」

 それが、発射される。真上へ。眩い霊力に、サトウとシャドー共は身構える。

「バカな、どこを狙って……?」

 サトウの疑問は、中途で途切れる。射出された二条の霊力は、黒銀のやや上で滞留し、寄り集まる。一つの球体スフィアを造り上げる。

 明らかに、何かの術式を内包した霊力の塊。表面には何らかの紋様が、竜巻のように渦巻いている。

 その図形はサークル・ランチャーのものに似ている――とサトウが思った瞬間、球体は霊力弾の連射を開始した。味方のディノファングを巧みに避けながら、一帯全てのシャドーを破壊し、破壊し、破壊し、破壊する。凄まじい霊力の豪雨。その様に溜息をつきながら、サトウは得心した。

「成程。全方位へ向けたミサイルランチャーだった訳ですね」

 そう呟いた三秒後。抜け目なく照準していた弾丸により、サトウは背後の術式陣ごと蒸発した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る