Chapter16 収束 05

 ごう、ごう、ごう。

 撃鉄を引かれたグランド・カノンが、四方八方へと荒れ狂う。嵐のような激しさながら、その狙いは正確無比。身構える、あるいは回避を試みるシャドー共の急所を、的確に貫き破壊していく。

「……こんなものかな」

 程なく、照射は止まる。後に残ったのは、今し方までシャドーだった残滓の霊力光。それと、標的を見失ったディノファングの群れだけだ。

 思わず、スタンレーは拍手してしまう。

「いやはや、実に見事な薙ぎ払いぶりでしたなあ。実にすがすがしい」

「ふふ、そうだろうとも。何せコイツの下地になったのは、ハンドレッド・バスターだからね。しかもウチの技術者がアメン・シャドーⅡに負けられない、とばかりに張り切って調整したもんだからさ。誘導性能は相当なものだよ」

 かつてバハムート・シャドーとの戦闘時、ウェストミンスター区全域の二階建てバスルートマスターを狙った砲撃術式。その性能に満足しつつ、メイは操縦桿を操作。黒銀くろがねをサトウが居た辺りへ移動させる。

「反応……無いか。まああれだけ撃ち込めばなあ」

 目視に加えてセンサーも走らせるが、サトウ及びシャドーを発生させていた術式陣の痕跡は無い。まああれだけ派手に撃ち込んだ以上、残っていられても困るのだが。

「敵を探しているのですか? こちらでもセンサーを走らせていますが、跡形もありませんよ」

「だろうね。だから解せないんだよ」

 改めて、冥は思考する。あのサトウはいつ、どうやってここに現れたのか? 決まっている。グランド・カノンでバハムート・シャドーⅡを砲撃したあの時、ヘルズゲート・エミュレータを逆に通って来たのだ。まともな生き物が通れば、たちどころに死ぬ冥界の門を。

 それはつまりサトウがまともな生き物でない事を逆説証明した事に繋がるが、今重要なのはそこではない。

「ヤツは、あれだけの手駒を生み出す霊力を、どうやって持ってきたのか」

 今はもう全て撃破したが、サトウが投入したシャドーの数は相当なものだった。術式陣を破壊しなければ、まだ発生していたかもしれない。

「成程……言われてみれば、確かに謎ですな。向こうもEマテリアルのような大容量の霊力貯蔵装置を使っていたのでは?」

「うん、多分そうなんだろう」

 生返事しつつ、冥は注意深く地面を、幻燈結界の向こうを観察する。

「けど、そんな物が持ち込まれた形跡は無かった。今までの交戦データでも、グロリアス・グローリィがそんな装置を使った記録は無い。もしあったなら、モーリシャスとかでもっとスマートに立ち回っていただろうし」

「ふーむ、確かに。では怪盗魔術師がかつて使っていた、あの霧を発生させるタンクのようなものを持ち込んだのでは?」

 最低限の警戒は続けつつ、スタンレーは立体映像モニタを操作。役目の終わったディノファングを順次消滅させていく。

「いや、それもないだろう」

 冥は断言する。辰巳たつみの潜入によって内側から放たれたグランド・カノン。威力はともあれ、照射時間は短かった。その短時間中にあんなデカブツを移送できるか? 不可能だろう。切磋の判断で持ち出せるくらいの大きさである筈だ。

 で、あれば。消去法で、答えは一つしか無い。

「これ、かな」

 やがて、冥はそれを見つけた。黒銀のカメラを更に拡大させ、じっと注視する。

 それは平たい、歪曲した、何かの欠片であった。

 つるりとした質感だが、陶器では無い。色は黄ばみがかった白、だろうか。既に幻燈結界の向こう側であるため、今ひとつ判然としない。

 資料で見たものより随分と大きいが、あれだけの量のシャドーを生成出来たとあらば、比例するのは当然か。

「何か、気になる所でも? こちらでも調べますが……ああ、やはりその周囲に霊力の反応はありませんよ」

「うん、そうだろうとも。無い事を確認してたのさ」

 言いつつ、冥は思考を続ける。

 グロリアス・グローリィが用意しうる大容量霊力貯蔵装置。思い当たる選択肢の幅は少なかったとはいえ、よもや本当にコレが出て来るとは。

 だが、そうなると。

「コレは一体、誰の……」

 呟いて、脳裏に閃きが走る。ハワード・ブラウン。あの男がグロリアス・グローリィに、いや、ザイード・ギャリガンに拘泥する理由。

『仇討ちだ。ダチのな』

 あの時、ハワードは確かにそう言った。だと、すれば。

「……見えてきたな、今更だけど。ファントムXの戦う理由が」

 口端をゆがめつつ、冥はリストデバイスを操作。ヘルズゲート・エミュレータを起動。興が乗ったので、丁度サトウが術式陣を展開していた位置に同じく投射する。

「おや、もう帰られるのですか? せっかく良い葉を用意しようと思っていたのですが」

 通信越しにスタンレーが冗談めかして――いや、画面内の彼は術式で湯を沸かしている。割と本気かもしれない。

「ご相伴にあずかりたいのは山々だけど、こちらも色々立て込んでいるからね。全て終わったら、改めてゆっくり味わわせて頂くよ」

 苦笑と共に手を振りながら、冥と黒銀は紫の転移術式を潜って消えた。


◆ ◆ ◆


**************

* データ読み込み完了  *

* 予測演算を開始します *

**************


「これでよし、と。まー不確定要素が多いから、的中率は七割ってトコかなー。エラーも吐くかも」


◇ ◇ ◇



「やむを得ないな――ファントム2! クリムゾン・カノンだ!」

「応!」

 幸いと言うべきか、周囲に無人敵機の姿は無い。スレイプニルⅡの巨体が壁となっているワケだ。いわおは直ちにクリムゾン・カノンを展開、照準をスレイプニルⅡ頭部に合わせ――。

「ぐあっ!?」

 そうして引金を引く直前、ネオオーディン・シャドーの投擲したグングニルが、クリムゾン・カノンを粉砕した。

 直前で雷蔵らいぞうが手を離したため、朧に大したダメージはない。だが大きくバランスを崩してしまい、回転しながら墜落開始。地面がぐんぐん近付いて来る。

「くッ! ファントム2! 姿勢制御を!」

「今やって、おおっ!?」

 がくん、と中空で静止するおぼろ。明らかにスラスター制御では無い動きに、巌は立体映像モニタを呼び出す。機体状況を確認する。

「く、一体何だ!? 敵の新手か!?」

「半分正解だな。新手である事は否定しないがね」

 ころころと、笑うような通信音声が届いた。雷蔵は操縦桿を捻り、腹筋運動をするように朧の上体を持ち上げる。そこにはつい今し方転移したばかりの大鎧装が、スラスターを噴射しながら浮遊していた。

「よう。精が出ているじゃないか」

 逆さの朧の片足を掴んだまま、ひらひらと手を振る一機の大鎧装。非常にマッシブかつ角張ったシルエットを形作るその機体の名を、朧のパイロット両名は良く知っていた。

「黒銀!? どうしてここに!?」

「まさかファントム3が乗っとるのか!? 利英はどうしたんじゃ!?」

 頓狂な声で雷蔵が言った通り、本来黒銀には利英が登乗する予定だった。実際コアヘッダーのコクピットシートには、怪盗魔術師戦で月面からハンドレッド・バスターなどを転送した利英謹製のいびつな転移術式がセットされてもいるのだ。

「僕なら相変わらずここにおりますぜYO! せっかく六角改良した転移術式で跳んでいけると思っちゃったりしてたのに! ナズェだ! 銀河に向かってないからか!」

「ああうん。そのナチュラルハイっぷりも理由の一つではあるんだがな」

 冥は操縦桿を操作、黒銀に朧の足を離させる。朧は今度こそ姿勢を制御、小さいU字を描きながら黒銀の隣へ移動して静止。直後、朧が今だ墜落していない事に、スレイプニルⅡはようやく気付いた。

「GUUUOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」

 左右上部、異形の翼に備わった砲門が、二機の大鎧装を向く。砲撃が放たれる。

「!」

 男達に言葉は無い。朧は右へ、黒銀は左へ。弾かれるようにスラスターを噴射し、射線から逃れる。唸る爆光、追い縋る照準。吼え猛る敵意を置き去りにしながら、黒銀は地表を駆ける。駆けながらモニタ内の利英を見やる。

「怪盗魔術師の時は、帯刀からウェストミンスター区のデータを逐次送って貰ってた。だから幻燈結界への転送も何とか上手く行ったんだ」

「GYAAAAOOOOOOOッ!」

 突撃してきたディノファング共が黒銀目がけて牙を剥く。冥は両手へトマホーク・マグナムを生成。連射しながら突撃。混成していたグラディエーター共々、纏めて蜂の巣にしていく。

「だがここはどうだ? オマエ自身が今まで手すがら解析調整してたとは言え、ここは人造の――」

「GYAAAAOOOOOOOッ!」

 撃破しきれなかったディノファングが肉薄。グラディエーターも間合いを詰める。黒銀はトマホーク・マグナムを斧モードへと変形。

「――Rフィールドだろうに」

 銀色の円弧、円弧、円弧を振るう。

 敵機が切断、切断、切断されゆく。

 正に鎧袖一触の様相を繰り広げる黒銀とは対照的に、冥は淡々と事実を述べていく。

「確かにグレンの小僧のフォースアームシステムは問題無かった。ギャリガンの手すがら調整……幻燈結界の除外処理みたいのがされてるだろうからだ。同様にヘルズゲート・エミュレータも問題無い。僕の権能が強力だからだ」

「ウホん。ハッキリと言っちゃってくださりマスなあ」

「当然だろ、包み隠す理由が無い」

 左から群れなして接近するディノファング。黒銀はスラスター制御で一回転、左手のトマホーク・マグナムを投擲。高速回転飛翔する複合武器は敵群中央を通過、その際砲身から弾丸を発射、発射、発射。最後に最奥ディノファングの眉間へと突き刺さる。

「GYAAAAOOOOOOOッ!?」

 撃たれたもの、斬られたもの、一斉に断末魔を上げて消えていくトカゲ共。冥はそれらに一瞥さえくれない。

「だが利英、オマエが作ったいびつな転移術式はどうだ? 魔術組織で使われてる汎用型を、どうにかコピーした代物。試作品の域を未だ出てない。それがRフィールド内でどんな影響を及ぼすのかは未知数だ。黒銀にもしもがある可能性を踏まえれば、使わないに越した事はあるまい?」

「グムーッなんと的確な判断でありEIGOでゆうトコロのHANDANであられませうか!」

「だろう?」

 実際のところは成り行きでこうなったようなものなのだが――冥はその辺を伏せた。興が乗ってきているからだ。

「さてと」

 そうこうする間に、黒銀はスレイプニルⅡの正面へ辿り着いた。左側を大きく回り込んでいたのだ。

「そこだッ!」

「タイガー突破パァァァンチ!」

 やや遅れて、右側を大きく回り込んでいた赫龍かくりゅう迅月じんげつがグラディエーターを破壊しながら合流する。

「おや、いつのまに分離したんだい?」

「なぁに、敵の目を分散させるための小技じゃよ」

「それに、仕切り直すには丁度良いだろう……いけるか? ファントム3」

「当然だ。僕を誰だと思っている?」

 並び立つ三機の大鎧装。即ち赫龍、迅月、黒銀。相対するはスレイプニルⅡ・バハムートモード。数は減ったがそれでも未だ蠢いているディノファングとグラディエーター。

 そして首魁の搭乗機、ネオオーディン・シャドー。腕を組み、悠然と浮遊している。

「……なんだ?」

 その様子に、冥は眉をひそめた。ネオオーディン・シャドー――そのパイロットのザイード・ギャリガンに、ハワードは執着していた。今し方まで切り結んでいた筈だ。あの男がそう簡単にやられる筈は無い。執着の原点を垣間見た冥には、尚のことそれが解った。

 だが、だったら、どうして?

「ぐあああああああああっ!!」

 それに応えるかのごとく、ハワードの絶叫が響いた。

 見やる。そこで、三人は言葉を失った。

「な、」

 後方、ディノファング部隊のずっと向こう。ツインペイル・バスターでアメン・シャドーⅡを貫くオウガ・ヘビーアームドの姿が、そこォ縺ゅった。


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