Chapter16 収束 06

◇ ◇ ◇


「ちょ、ちょっと待って下さい! 何がどうしてそうなったんですか!?」

「うんうん、ソイツは同感だねえ。複数の地点で物事が進むとどうしても見落としは出ちゃうもんだけど、これはいくらなんでもでかすぎる。術式の範囲外になるけど、ちょっと巻き戻してみようか。視点もファントム4に移してね」


**************

* 予測演算を中断します *

**************


◆ ◆ ◆



「グレン。俺と同じ顔というだけで、オマエはどうしてそこまで怒る事が出来るんだ」

 もう幾度目になるか解らぬ剣戟の向こう側から、ファントム4は、辰巳たつみは、改めて問うて来た。

「、は」

 グレンは、鼻をならした。度を超した怒りは、かえって脳髄を冷却するものだ。その事実を、改めて実感する。

「決まってんだろうが……!」

 更に、グレンは改めて思い出す。霊泉同調によって知らされた、もたらされた……いや、そんな言葉では生温い。一方的に叩き付けられたモーリシャスの戦い。ファントム5の喪失。それを受け止めた上で、なお戦場に立つ強さ。

 それは、己には無いなにか。ゼロスリーよりも、ゼロツーの方が優れている証明に、なりうるのでは――。

「……オレが、オマエじゃ、ねえからだよォッ!!」

 漲る膂力。唸る霊力経路。激昂に応えたフォースカイザーが、にわかに出力を上げる。オウガ・ヘビーアームドを押し斬らんとする。

「そう、かよっ!」

 だが辰巳はそれを察知、一拍早く跳び退いて間合いを離す。びょう。円弧を描くフォースカイザーの刃が、オウガの装甲を掠める。直後、損壊していた左シールド・スラスターの修復が完了。辰巳はそれを即座に噴射、間合いを更に大きく開ける。

 状況を仕切り直すため。何より、グレンへ問い質すために。

 辰巳は、問うた。

「だったら、おかしいと思わないのか」

「アァ? 戯れ言を――」

 ホザいてんじゃねえぞ。そう叫びながら突っ込んで来ていただろう。今までなら。実際、フォースカイザーのスラスターは唸っている。刀も振りかぶっている。猶予はあと数秒。

 だが、それで十分。

「何のために、その優秀さを証明するつもりだ」

 静かな、辰巳のつぶやき。

 だがその一言は、今までのどんな攻撃より、グレンの真芯を貫いた。

「――、は?」

 フォースカイザーの刺突が、ぶれる。予想以上の動揺。コクピットを狙った切っ先を、オウガは僅かな体捌きで回避。

 真横を過ぎるフォースカイザー。辰巳は、あえて攻めない。期せずして、背中合わせになるオウガとフォースカイザー。

「グレン! 何やってるんですか!」

「流石に犬死にはカンベンなんスけど」

「ク、ソ! 解ってんだよンな事ぁよ!」

 サラとペネロペにどやされ、グレンは操縦桿を操作。スラスター推力に物を言わせた高速旋回、ソレを乗せた薙ぎ払い。だがやはり動揺がある。辰巳は容易く見切り、それを回避。生じる隙。それを埋めるかの如く、フォースカイザーは攻める。攻め続ける。だがオウガは避ける。避け続ける。

「ち、ぃ!」

 グレンは舌打つ。そして考える。考えてしまう。なぜ攻撃が当たらなくなったか、という以上に。

 指摘された自身の怒りの、激情の根源を。

 ゼロツーアイツよりも、ゼロスリーオレの方が優れている。それを証明する。そのために全てを知らされてきた。霊泉同調で。ゼロツーの記憶を。一方的に。

 自分には無いものを、見せられ続けて来た。識らされ続けて来た。

『――それが、苛立たしい。いや、妬ましいって感じなのかねェ、アレはよ』

 かつてのファントム・ユニット秘密拠点。セカンドフラッシュ頭部付近へ昇った辰巳へ、ハワードはそう結論付けた。

 無論、流石のハワードも霊泉同調の存在までは知らない。だが、何らかの方法でグレンが辰巳の知識や記憶の一部を強制的に刷り込まれている事は、何となく察していた。

 そして、だからこそ。

『そンな理由がよォ、何でそこまでの殺意に繋がンのかねェ』

「――そんな理由が、どうしてそこまでの殺意に発展する」

 あの日、ハワードも口にした疑問。それを、辰巳は改めてグレンへと向けた。

『はン、考えてみりゃアおかしな話だな。ファントム4をマークする戦力に仕立てる……にしちゃあやり口がちと迂遠だ。ああまでイラつきをオッ立てる理由が見えねエ』

 グレンの言動。フォースカイザーの一挙手一投足。それらへ細心の注意を払いつつ、辰巳はハワードの言葉を思い出す。

『コレはあくまで推測だが。グレンとファントム4を争わせる、よしんばどっちかに殺させる狙いがあンのかもな。何かの儀式を行うためによ。古代アステカ、橋やら城やらを建てる時の人身御供、オールブラックスのハカも広義ではソレだな。とにかく世界中ありふれてるそのテのヤツをよ。だから……』

「言い方を変えよう。同じなんだろ? 俺と、オマエは。知ってるんだろ? オマエは、俺を。なら、解る筈だ」

『……またアイツと悶着する時が来たら、そのヘンをまず揺さ振ってみりゃアいいかもな』

ゼロツーオマエゼロスリーと同じ悩みを、怒りをかかえないのは、何故だ?」

 ハワードと行った思考実験。そこから導き出された糸口を、辰巳は突き付けた。

 辰巳からすれば、それはごく小さな違和感。今までグレンへ問いながら、しかし激昂ばかりを返された疑問の一つ。

 だが、グレンからすれば。

「何故って、それは、置かれた立場が」

 口に出して、改めて気付く。その薄ら寒さに。

 機体ごと鹵獲されて以降、辰巳が二年間宛がわれた冷飯喰らいの立ち位置。風葉かざはに出会うまで、辰巳の胸中に巣食い続けていた無常。

 その後、風葉との交流を通してそれらは改善された。

 だが、それから。

 風葉は。

 モーリシャスで――。

「だが、クソッ、そうなるかよ」

 そうだ。辰巳にはグレン以上の激情を抱えている。怒らなければならない理由がある。

 しかして、辰巳はそれをしない。弁えているからだ。

 そして、それ以上に。

「叩き付ける相手を、探しているからってかよ――!」

 びょう。

 フォースカイザーの太刀が空を切る。オウガが回避した、だけではない。間合いが明らかに遠すぎる。それ程の動揺が、グレンの中に生じ始めていたのだ。

 叱咤すべく、サラとペネロペは更に叫ぶ。

「グレン!」

「何してんスか!」

「怪盗魔術師エルド・ハロルド・マクワイルド。覚えているか」

 だが彼女らの叫びより、辰巳のつぶやきはグレンの脳髄を揺さ振っていく。

「さっきからお話が――!」

「とっちらかってっスよ!」

 フォースカイザーの動きが変わる。操縦系統をサブパイロット側に切り替えたか。一つ、二つ、三つ。翻る素早い斬撃。だがどこかぎこちない。機体のシステムとパイロットのリンクが不具合を起こしているのか、と辰巳は見て取る。

 実際、その見立ては正解だ。グレン、サラ、ペネロペ。複数のパイロットを同調させる操縦システムは、確かに強力だ。おぼろが良い例だろう。思考連結による判断力の向上、状況に応じた武器と操縦系統の切り替え等々、利点はいくつもある。

 だが当然、欠点も存在する。同調中の誰かの精神が極度に不安定になった場合、パフォーマンスが極端に低下するのである。歯車が狂うようなものだ。

 そしてその隙を、辰巳が見逃す筈も無い。

「怪盗魔術師エルド・ハロルド・マクワイルド。十九世紀、彼等はレギオンの高位分霊を封印した。死にかけの自分達を犠牲にして、な。だが、腑に落ちない点がある」

 ペネロペの制御による脚部キャノン攻撃。出力を絞った連射。シールド・スラスターで十分に防げる。だがそれは牽制。こちらの動きを阻むための。

「厄介な、パソですがっ!」

 本命はこっちだ。サラの制御による踏み込み刺突。シールドすれすれをかいくぐり、オウガ本体を抉らんとする一撃。見事な機体制動。しかし悲しいかな、やはりグレンの動揺が響いている。動きにブレがある。

「ふッ」

 鋭い呼気。同時に辰巳はロング・ブレード抜刀。構えは水平。刀身に逆手を添え、支える。直後、サラの刺突が着弾。

 ぎゃりぎゃりと削れる鎬。刃と刃が滑り、火花を散らす。どちらの刀も折れない。辰巳が絶妙に重心を制御し、フォースカイザーの重量ごと一撃を受け流したからだ。

「なっ」

 たたらを踏むフォースカイザー。その脇をオウガは滑るように一歩、二歩。鮮やかに背後へ回る。

「し、まっ」

 スラスターを駆動させ、即時の体勢復帰を試みるサラ。だが遅い。オウガのロング・ブレードが、後頭部へぴたと突き付けられる。

「悪いな、詰みだ。もう少し俺のとっちらかった話を聞いて貰うぞ」

 ロング・ブレードの斬撃拡大機構は、サラも良く知っている。加えて、この間合いだ。そんなものなぞ使わずとも、辰巳の技量なら致命斬撃を見舞う事なぞ造作もあるまい。

 思わず、ペネロペは毒づいた。

「ちぇっ、まるで悪役スね」

「そうだな、その辺は師匠に似たのかもしれん。さて、どこまで話したんだったか……」

 薄く笑う辰巳。一ミリたりともその手元を狂わさぬまま、続ける。

「……そうそう、怪盗魔術師の腑に落ちない点だったな。彼等は死の間際、レギオンを封印した。己の命と引き替えに、な」

「それが、どうした、ってんだよ。良い話、じゃあねえか」

 一語一句、区切るようにつぶやくグレン。妙な汗。予感が疼く。ブレードを超える、致命的な何かを突き付けられそうな。

「そうだな、それだけなら良かったんだが……彼等の英雄的所行には、一つ奇妙な矛盾がある。レギオンを封印する程強力な魔術を、一体どうやって手配したのか、という点だ」

『エルド・ハロルド・マクワイルドとして活動した以後ならいざ知らず、生きてた頃のアイツらは三流貴族ボンクラに尻尾振って日銭を稼ぐ三流魔術師だった。独力でンなもの用意出来る筈は、絶対に無ェ』

 辰巳は思い返す。ハワードの指摘を、神影鎧装の影に埋没していた矛盾を。

「だから、何だってんだ。知り合いに凄腕のヤツが居て、ソイツから助言とか道具、と、か……」

 窄んでいくグレンの反論。気付いてしまったからだ。辰巳は頷く。

「そうだ。もし、その仮定が正しかったとしても。事故が起きるかどうかなぞ、ましてどんな禍が生じてしまうかなぞ、解る筈がない」

 一つ、辰巳は息をつく。コメカミをつつく。

「だってのに、彼等は“偶然”生じたレギオンを、“三流とは思えないスピード”で封印した。まるで“最初からどんな禍が生じるか解っていたか”のような手際じゃあないか」

「そ、れは」

 言い淀むグレンの脳裏に、怪盗魔術師の記憶が蘇る。口喧しい興行師。暇さえあれば喋っていたような男。点数を貰ったのが遠い昔のよう。

 そして、そんな男が。エンターテイメント性を重んじた怪盗魔術師が。定期的に記憶をなぞって自己を再定義しなければならなかった男達が。

 自分達の原点となる武勇伝を、喧伝しない筈が無いのだ。

 だというに。グレンはそうした話を、一度たりとも聞いた覚えが無い。

 と、なれば。

 理由は、一つしかあるまい。

「制御、されてたってのか。思考を」

 辰巳は喋らない。オウガの首が僅かに上下するのみ。

 そして、その状況は。

「――似ているだろう? グレン、オマエが俺への怒りに、まったく疑問を持てなかった今までの状況と」

「う、ぐ、ぐ……!」

 思わず、グレンは顔を押さえる。ぎりぎりと、仮面が軋む。怒り、不安、混乱、困惑。到底処理しきれない感情が、頭の中をかきむしる。

 だが、何故だ。何故このタイミングで辰巳は、ファントム4は、こんな話を切り出すのか。

 その答えが、予想だにしない場所から現れた。

「そこまでにしてくれないか、ゼロツー。ゼロスリーをいじめるのは、さ」

 何の前触れも無く割り込んだ通信に、辰巳はコメカミをつつく手を止める。ぎりと握り締める。

 その声は。一度たりとも忘れた事無い、襤褸めいたローブ姿の男――無貌の男フェイスレスの声であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る