Chapter15 死線 14

 さて、メイは一体どこにいってしまったのか? その答えが、この秘密格納区画にある。

 ターナー女史達が場所を割り出す少し前。冥はヘルズゲート・エミュレータで一足先にこの場へやって来たのだ。

「さて到着、と」

 何の前触れも無く現われた紫の転移術式と、そこから現われたファントム3及びレックウの姿。予定も連絡も無かった来客に、アリーナは当然狼狽えた。

「え。えッ!?」

 たまらずアリーナはコクピットハッチを開放、機体の外へ飛び出た。そう、機体だ。ターナー達が潜入した時こそ何も無かったが、もともとここにはコアヘッダー――とある新型大鎧装の頭部となる小型戦闘機が格納されていたのだ。ターナー女史が読んだ通り、スタンレーが資材等のどさくさに紛れて搬入していたのである。辰巳の潜入を補助し、あわよくば敵の目を攪乱するための秘密通信拠点として。

 実際、攪乱はうまくいっていた。いずれはこれをヘルズゲート・エミュレータで搬出し、戦場へ投入する計画も立てられていた。だがそれはアリーナが降りて自動操縦で行う予定だったし、何よりいわおが命令を下す筈。

 それを抜きにして冥が現われたため、アリーナは泡を食った。

「ファントム3!? ど、どうしてこちらに!?」

 走り寄るアリーナ。着慣れぬ鎧装をがちゃがちゃさせる彼女を、冥は片手を上げて押し止める。

「おおっと待ちたまえアルトナルソン君、今解析結果が……良し出た」

 立体映像モニタを操作していた逆手が止まり、データが表示される。ヘルズゲート・エミュレータを潜り抜けた波長の痕跡が。

「やはりか。まったく、利英りえい以上に不遜なヤツだ」

「何か、あったんですか?」

「ああ。今の転移術式を、僕より先に通った不届き者が居たってだけの話さ」

「へぇーそうなんですか」

 言って、アリーナは目をしばたく。

「……えぇっ!? ヘルズゲート・エミュレータを!? 普通の生物が通ったら死んじゃうヤツじゃないですか!」

「うんうん、説明ありがとう。でも意外と抜け穴があるんだってのは、キミ自身よく知ってるんじゃないか? 潜入中の辰巳と連絡してた時みたいにさ」

 だが、それが逆に向こうへヒントを与える事にも繋がったのだろう。オウガローダーのような自動操縦の無人機のみならず、通信波のようなものでも問題無くヘルズゲート・エミュレータを通れるのだ、と。

「アレがこんなカタチで役に立つ日が来るとはなぁ」

 しみじみつぶやく冥。風葉かざはと知り合うずっと前、辰巳たつみが今以上に未熟だったあの頃。そう、二年くらい前だったか。

『イキモノ以外も何が通れて何が通れないのか調べといたホーが良さげと思うんでがすよアッシわ!』などと力説する利英に押され、色々なテストをさせられたものだ。冥が利英に対して異様な塩対応となったのも、そもそもあれが発端だったか。

「まぁそんな事はさておいて、だ。アルトナルソン君、ここのカメラ映像は、当然拾っているね?」

「え? え、ええはい、それは勿論」

 面食らいつつもアリーナはリストデバイスを操作、呼び出された幾枚もの立体映像モニタが周囲を回遊開始。監視カメラを始め、アリーナが各所に設置した隠しカメラ、果てはクラッキングしたPC備え付けのウェブカメラ等から送られる映像群。それを、冥は手早く見回す。映り込む者達の行動を、把握する。そして指差す。

「このお嬢さんの名前は?」

「エミリー・ターナーさんですね。USCの所属で……私が居たオフィスに侵入してきた方です」

「成程? 標的ターゲットSの憑依者だったワケだ。そして今は……」

 素早く、冥はモニタ群へ視線を走らす。映像元の差はあれど、同じような挙動を見せる者達は、この上なく浮き彫りになっている。

 即ち、ターナー女史が指揮する標的Sの集団が。

「……ふふん。当然こちらを探しているワケか」

「でも、どうしていきなりこんな動きを」

「別に不思議な事じゃあないさ。あの時無貌の男フェイスレスは自分の思考データを、不敬にも僕に先駆けて転移術式越しに送ったんだ。それを転写術式のように上書きされた連中が、こうして探し始めたってだけの話さ」

 恐らく最初に知識を読み込まされたのはターナーだ。そして彼女が中継器ハブとなり、他の潜入工作員スリーパーへと伝播したのだろう。

 モニタ越しでも見て取れる、同じ色をした目の者達。予備戦力として温存していた連中を、ファントム3捜索の為に慌てて出して来たというワケか。

「くく」

 知らず、口角が吊り上がる。さもあらん。長い間こちらを悩ませていた標的Sへ、ようやく一矢報いたのだから。

「とはいえ、楽しんでる時間は無いか」

 向こうが人海戦術をして来た以上、この秘密格納区画を割り出されるのは時間の問題だ。その辺はアリーナも理解しており、緊張の滲む眼差しを冥へ向けてくる。

「どう、するんですか」

「うむ」

 腕を組み、冥は思案する。そもそも冥はコアヘッダーと合体する新型大鎧装を起動し、アフリカの人造Rフィールドへ戻って戦線復帰するつもりだった。巌に無断の上、当初の計画を前倒す事になったが、間違ったとは思っていない。微塵もだ。

 だから冥を今悩ませているのは、標的Sの予想外の動き――ヘルズゲート・エミュレータを通った事についてだ。

 これにより、情報が隔絶されている筈だった監視拠点の潜入工作員が、思いも寄らぬ団結で動き始めた。

「いや、それだけじゃない」

 ひょっとするとそれ以前――転移術式越しに砲撃をしかけたあのタイミングでも、誰か通っていたのではないか。だがどこかも解らぬ先々に、そう都合良くターナーのような受け皿となる潜入工作員がいるのか……。

「いや、いや。ひょっとすると、分霊のように現出する事が出来るとしたら?」

「誰がですか?」

「事ここに至って、未だまともに顔を見せない恥ずかしがり屋さ」

 生返事をしつつ、冥は手早く立体映像モニタを操作。通信を繋ぐ。

「さてと、やぁ――」

 やぁスタンレー、そっちの様子はどうだい。冥はそう言おうとして、しかし出来なかった。

 ずむ、と揺れる重低音。画面の向こう、恐らくは机の上から投射されているのだろうモニタ越しの部屋が、がたがたと揺れていたのだ。

「む? おお、ローウェル……や、今はファントム3だったか。すまないな、少々立て込んでいてね」

 間断なく揺れ続ける部屋の中、それでも零れない紅茶を一口、スタンレーは傾ける。

「ご覧の通り、ノックの作法も知らない来客の最中でね。是非ともお帰り願いたいのだが」

 ずぅむ、と。一際大きく画面が揺れる。ティーカップの琥珀が跳ね、しかし零れない。

「――いやいや、どうも。上手くいかないものだね」

 冥とは別の、壁に投射されている大型立体映像モニタへ、スタンレーは目を向ける。切り取られているのは外の光景。暴れ回っているのは、影絵じみてのっぺりとした異様な姿――シャドーと呼ばれた巨人共であった。

 それらを退けるべく、スタンレーは新たな迎撃システムを起動。秘密格納庫外縁部、崖に刻まれていた術式が起動し、大型霊力武装の砲塔が四つ編み上がる。更にその下ではディノファングまでもが現出し、一斉攻撃を開始。

「GYAAAAOOOOOOOッ!」

 砲塔の援護射撃を受けながら、果敢に突撃するディノファング部隊。対するシャドー共はのらくらとしたつかみ所の無い動きをしながら、しかし的確に動き続ける。

 砲塔の射撃が、シャドーの一体に被弾。片腕が飛ぶが、しかし致命傷ではない。何より動きがまったく鈍らぬ。重心が変わっているのに、だ。

「GYAAAAOOOOOOOッ!」

 故に眼前へディノファングが迫っても、カウンターのタイミングは完璧。すれ違いざまに刃と化した逆手が、顎を避わしながら一閃。直後、ディノファングの首がずるりと落ちる。

 見事な手並み。だが動きは止まった。その隙を、当然スタンレーは逃さぬ。

「そ、こ、だっ!」

 振り抜く指揮棒。キューザック家伝統のカルテット・フォーメーションを応用した迎撃システムが応える。右から二番目の砲塔が照準。射撃。爆発。

 しかして当たらぬ。サイドステップでギリギリ回避したのだ――が、その挙動もスタンレーは織り込み済みだ。

「GYAAAAOOOOOOOッ!」

 横合いから突撃したディノファングが、シャドーの右腕を胸の辺りまでごっそり食い千切る。くずおれるシャドー、更にダメ押しとばかりに振るわれる尻尾。吹き飛ぶ残骸。秒単位で揮発する霊力塊は、別のシャドーに激突しながら消滅。

 流石に致命傷ではない。だが墜とすには絶好の機会――なのだが、スタンレーは舌打つ。

「ぬぅ、またか」

 ちらと見た別の立体映像モニタ。映り込んでいたのは、染み出すように立ち上がる新たなシャドーの姿。それも三体。流石の冥もこれには舌を巻いた。

「今の追加を加えると、向こうの戦力は……十七体か。何ともはや、尋常では無いな」

 とは言え、あれ程の戦力を捻出する霊力はどこから来たのか。周囲の霊地や霊脈は、キューザック家が全て管理下に置いているだろうに。冥の眉間へシワが寄る。

「マズイ、か」

 スタンレーの秘密拠点がこうまで激しく攻撃されているとは、流石の冥も予想外だった。更に今視界の端を横切った立体映像モニタ内では、ターナー達が集まって話し込んでいるのが見えた。

 どちらの問題も放置しておけない。おけるはずが無い。

「く、くく」

 だから。

 冥は、嗤った。

「面白い。ああ、面白い! この僕が直々に参戦しているんだ、これくらいのサプライズはむしろ当然だな!」

「面白、って」

 アリーナは途方に暮れた。さもあらん、ここと、イギリスと、何よりRフィールド。全ての地点で窮地が広がりつつあったのだから。

 そして、何気なく見たモニタの一枚。アリーナもまた、ターナー達の立ち話を見た。しかも彼女らがいる場所は、この秘密格納区画の真上ではないか。

「ど、どうしましょうファントム3!?」

「落ち着きたまえアルトナルソン君。僕に考えがある」

 そう言って、冥は笑った。

 不敵で、邪悪な笑みであった。

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