Chapter02 凪守 03

 翌日、午後二時十八分。

 辰巳たつみは住宅街を東西に横断する、車道の真ん中に立っていた。

 服装は昨日と同じトレーニングウェア。両手をポケットに突っ込んだまま、辰巳は淡々と眼前の光景を眺める。

「十五、十六、十七……随分居るな。日曜くらい休めば良いだろうに」

 何となく数えてみようとした辰巳だったが、両手分を超えてもまだ沸いてくる竜牙兵ドラゴントゥースウォリアーの群れに、すぐさま匙を投げた。

 そう、竜牙兵だ。

 数は少なく見積もっても三十、見た目は先日交戦した時と変わらない。白骨の身体、古代の武具、虚ろな瞳に燃える敵意。

 唯一違うのは、その大きさだ。辰巳と同じくらいの、等身大になっているのだ。

 徒党を組んだ骨共は、閑静な住宅街の中を目的も無くうろうろしている。

 無論、幻燈結界げんとうけっかいは既に展開済だ。その証拠に竜牙兵団の中を、どこぞのおじさんが運転する軽トラが平然と突っ切っていく。

 日曜日の午後、日乃栄高校の北東にある住宅街に発生したこのまがつの群れは、件のスペクター ――ギノア・フリードマンの差し金、ではあるまい。

 何らかの理由で霊地が乱れた場合、仮にその原因を調伏したとしても、揺らいだ霊力によって禍が発生する事があるのだ。言わば残響である。

 十中八九、今回もそうだろう。使役術師を持たないこの手の禍は、残骸の構成術式に従って野放図に暴れ回るものだ。

「GIGI、GI」

 実際正面の竜牙兵団も、辰巳を視界に捉えるなり、足並みをそろえてにじり寄り始めた。

 目的は無くとも徒党を組む本能だけあるのは、術者の調整なのか、それとも神話時代の名残なのか。

「どうあれ、調伏するのは変わらないけどな」

 ぎらぎらと双眸を光らせる髑髏の群れを前に、辰巳は一歩も引かぬまま左腕を突き出す。

 更に袖をまくり、腕時計を露出。そのまま拳を握りつつ、手の甲を竜牙兵達へ見せつけるように翻した。拳が、灰色の空を突く。

 そのまま辰巳は腕時計に手を伸ばし、文字盤をスライド。カシン、という音ともにEマテリアルが現れ、システムの起動準備完了を告げる。

「セット、プロテクター」

『Roger Get Set Ready』

「ファントム4! 鎧装展開ッ!」

 放たれた起動コードに応じ、速やかに駆動を開始する鎧装展開がいそうてんかい術式。

 Eマテリアルから青い光の線が延び、機械基板のように分岐しながら辰巳の身体の上を走る。

 線は数秒の内に両手足の先端まで延び――直後、強烈な閃光を発して消滅。

 強烈な白光に一瞬たたらを踏むが、すぐさま体勢を整え直す竜牙兵団。

「GI、GI……!」

 そうして彼等は、窪んだその目に捉えた。

 黒いプロテクターと、銀色の機械腕に身を包む戦士、ファントム4の姿を。

「機密対魔機関凪守なぎもり、特殊対策即応班『ファントム・ユニット』所属、ファントム4」

 左手首のEマテリアルを掲げ、朗々と名乗りを上げるファントム4こと辰巳。

「「GIIIIIIIIッ!」」

 人語を解しているのかどうか怪しい相手ではあったが、どうやら宣戦布告の意志を受け取る本能はあったらしい。ない交ぜになった咆哮と骨の軋みを上げながら、突撃を開始する竜牙兵団。盾を構え、横一列に隊を揃えるその様は、まさに古代ローマの密集陣形ファランクスだ。もっともそう言うには盾はいささか小さく、槍類も一切存在しないのだが。

「スペクター以上に話が通じないな……ま、そもそも聞く耳が無いか」

 どうあれ、その密集陣形に対して辰巳が撮る手段は一つだ。

「なら、容赦の必要も無いな」

 最後通牒代わりのバイザーを下ろし、辰巳は竜牙兵団との距離を目算。

 こちらは拳、向こうは剣。白兵戦が始まるのは必定の理だが、その前に少しでも敵の頭数を減らす事を辰巳は選んだ。

「セット! ハンドガン!」

『Roger Handgun Etherealize』

 辰巳の指示に応じ、左手首のEマテリアルが青い光を投射。義手上に編み上げられる青色のワイヤーフレームを、辰巳は右手で無造作に掴み取る。

 直後、ワイヤーフレームは辰巳の命令通りに銀色の自動拳銃ハンドガンとして実体化した。サイズこそ違えど、オウガにも搭載されていた術式、霊力武装である。

 先日学校で戦った時に使わなかったのは、万が一にも風葉への跳弾を防ぐためと、捕えられたいずみにケガを負わせないためだ。

 だが、今ここには辰巳しかいない。そんな心配をする必要は微塵も無い。

 故に辰巳はバイザーのシステムに照準を任せ、宣言通りに容赦なく引き金を引いた。

 一つ、二つ、三つ、四つ。

 マズルフラッシュが幻燈結界を照らすたび、銃声がアスファルトに跳ねるたび、竜牙兵団は一体、また一体と数を減らしていく。

 実在する銃器とは違い、霊力で編まれた自動拳銃に弾切れは無い。一応弾の種類を変える為に術式の弾倉カートリッジを変える機能はあるが、今は必要ない。

「GIIIIIIIIIッ!!!」

 だが、そもそもこの程度の火力で竜牙兵団を止められる筈も無い。道の向こうから、ブロック塀の影から、電灯に集まる虫のようにうじゃうじゃと集まってくるのだ。

「こんなもん、か」

 かくして辰巳の火線を押し潰し、竜牙兵の群れが殺到しながら我先にと刃を振るう。

 薙ぎ、斬り、突き、払い、徹底的に振るわれる竜牙兵団の両刃剣グラディウス。高い頑健さと切断力を併せ持つ刃の群れが、肉よ裂け鉄よ砕けろと荒れ狂う。

 ただ一撃受けただけでも、腕の一、二本は切り落とされかねない敵意の嵐。

 その只中を、辰巳は己の技量のみで強引にかき分けていた。

 ―― 一対多の状況に置いて、最も避けるべき事態は多方向からの挟撃だ。殺気を読めば敵の動きを先んじる事は可能だし、実際辰巳はそうやってスペクターの猛攻をいなした。

 だがそんな辰巳でも、真正面から対応できるのは両腕分、せいぜい二方向が限度だ。それも、守りに徹するという前提があって、だ。

 ならば、どうするのか。

 単純な話だ。真正面からぶつからなければ良いのだ。

「GGIIIッ!」

 真正面から斬り込む竜牙兵。大上段から振り下ろされる一撃。その手首に、辰巳は義手の拳を打ち据えて逸らす。

フンッ!」

「GIIッ!?」

 当然怯む竜牙兵だが、この隙を狙って別の竜牙兵二体がが斬りかかる。

「GIIIッ!」

 左、右。辰巳の逃げ場を塞ぐように襲い来る連続斬撃。それをに対し、辰巳はたたらを踏んでいた正面の竜牙兵の手首を掴む。

「GIッ!?」

「そらよっ!」

 更にローキックを叩き込み、左側へ重心を崩させる。

「GIIIIIッ!?」

 ぶつかり合う二体の竜牙兵、中断される連続斬撃。その隙を縫って辰巳は右、正面、左の順に自動拳銃を照準、射撃。

「GIIIIIッ――」

 脳天に穴を穿たれ、霊力の残滓となって消滅していく竜牙兵達。

 だが辰巳はそんな光景に見向きもせず、新たに現れる髑髏を打ちながら、あるいは撃ちながら、奥へ奥へと突き進む。

 辰巳は、自ら望んで敵陣へと飛び込み、乱戦状況を造り出しているのだ。

 敵の身体そのものを、盾として立ち回るために。

 故に、辰巳は足を止めない。突風のように、稲妻のように敵陣を駆け巡りながら、辰巳は竜牙兵の剣を避け、逸らし、いなし、受け流す。

 更に反撃の拳を打ち込み、銃撃を撃ち込み、手近な髑髏を蹴り飛ばして盾にする。

 その様はまさしく台風の目だ。辰巳に近寄られたが最後、嵐のような攻撃とそれに伴う乱闘が、一帯全ての竜牙兵を打ち崩してしまうのだから。

 スペクターと拳を交えた時とは、また趣を異にする絶技だ。今この瞬間は押していようとも、次の一秒で僅かでも対応を誤れば、一方的に斬殺されかねないのだから。

「――!」

 だからだろうか。

 そんな辰巳の脳裏は今、ひたすらに空虚だった。

 走る。打つ。回避。撃つ。走る。倒す。防御。打つ。また走る。

 あくまでもシンプルに、どこまでも正確に。

 並み居る敵を倒して、倒して、倒して、倒して、倒す。

 耳に届くは竜牙兵の断末魔、つんざく銃声、骨を穿つ拳、そして燃え盛る心臓の鼓動。

 五体全てが竜牙兵を討つための装置となり、思考は反射能力のみを残して漂白されていく。

「は――」

 いつしか、口元には小さな笑み。

 そうだ、これで良い。平和そのものの学校だろうと、張り詰めた空気の凪守だろうと、咎人である自分に居場所など無い。

 その事実を、今この瞬間だけは忘れる事が出来る。

 命を研ぎ澄ませる、この瞬間だけは。

「――ん」

 そうして、どれだけの時間が経ったろうか。

 ふと歩みを止め、辰巳は辺り一帯を乱舞する光の霧――竜牙兵だった霊力の残滓が晴れるのを待つ。

「GI……ッ」

「GIGI、II……」

 果たして霧の向こうから現れた竜牙兵団は、総崩れの状態になっていた。十字路の向こう、ブロック塀で挟まれた道の真ん中で右往左往している七体が、最後の生き残りのようだ。レーダーで調べても反応は無いので、間違いないだろう。

 まぁ、あれだけ縦横無尽に暴れ回っていれば無理もない。

「術者が居なけりゃこんなもん、か」

 淡々と呟く辰巳。その嘆息と同時に、残党達はじりじりと距離を取り始めた。一時後退し、体勢を立て直す腹積もりなのだろう。恐らくは、新たな竜牙兵を補充するために。

 ――いくら霊地を整えようと、禍がその場に存在する限り、霊力の流れは少なからず歪んでしまい、それに引きずられてまた新たな禍が生まれてしまう。まがつわざわいと書くのは、それが所以だ。

 もちろん例外の個体も存在するが、どうあれ眼前の髑髏共を逃す理由はどこにもない。

 さりとて、今までの戦法では逃げられる可能性も少なからずある。どんな速度で突っ込もうと、四方に散られれば対応できる範囲に限度が生まれる。

 ならば。

「カット、ハンドガン」

『Roger HandGun Return』

 まず自動拳銃の制御を解除。これみよがしに消えていく飛び道具を囮としながら、辰巳は左腕を口元に寄せ、告げる。

「セット。モード・ヴォルテック」

『Roger Vortek Buster Ready』

 辰巳の指示に従い、新たな輝きを灯すEマテリアル。両手足の青いラインが連動し、全身の霊力が左手の平へと収束。以前リザードマン達を駆逐した時と同じ青い光が、竜巻のような渦を巻き始めた。

 ――これこそ辰巳の大技の一つである広域撹拌霊力砲術式、ヴォルテック・バスターである。

 本来ならば、オウガへ霊力を伝達するだけだった左腕部コネクター。大鎧装の駆動を支えるその大容量と、構成素材の凄まじい頑丈さに目をつけたある技術者が、それ以外の用途にも使えないかと知恵を絞った結果がこれだ。

「GI……!?」

 ここでようやく竜牙兵達が辰巳の狙いに気付いたが、もう遅い。

 引き金となる言葉を叫びながら、辰巳は真正面に向けて正拳を放つ。

「ヴォルテックッ! バスタァァァァッ!」

 かくして放たれた青色の竜巻が、竜牙兵の残党達を飲み込んだ。

 ――左腕部コネクター自体を砲身と見立て、大量の霊力を砲弾として撃ち出すヴォルテック・バスター。その名の通り螺旋状に収束された砲弾は、着弾した一帯を霊力の量と勢いに任せ、言葉通りに捻り潰すのだ。

 断末魔すら残す事無く、消滅する竜牙兵団。

「すぅ……」

 残心しつつ、辰巳はレーダーで周囲を確認。

 反応は、あった。

 数は一。距離は近い。と言うよりもすぐそこ。目の前のブロック塀の裏に――!

「GIGIIIIIIッ!!」

「ち、ぃっ!?」

 幻燈結界の効果でブロック塀をすり抜けながら、まっすぐに突撃してくる最後の竜牙兵。一直線に突き出された刺突を辛くも打ち払いながら、辰巳は襲撃者の姿を見た。

 他の個体と同じ、鎧を着込んだ真っ白い髑髏。

 その、右目の上。放射状にヒビの入った、丸い穴が開いていた。

 考えるまでも無く銃撃痕だ。どうやらこの竜牙兵は撃ち漏らした個体であるらしい。ひょっとすると、最初に足払いで攪乱した竜牙兵のどれかかもしれない。

「GIッ! GIッ! GIIッ!」

 斬り上げ、振り下ろし、薙ぎ払い。流れるように放たれる斬撃の数々を払い、あるいは避けながら、辰巳は少し考える。

 本当にその竜牙兵なのかは確認のしようが無いが、切磋のタイミングでブロック塀に飛び込み、ヴォルテック・バスターを逃れたのは事実だ。

 更にそれを好機と見なし、こちらの死角から急襲をかけてきた。

 流石は勇猛果敢な蒔かれたものスパルトイである。

「セット。モード・インペイル」

 故に辰巳はその闘志に向けて、もう一つの大技を持って返礼する事にした。

『Roger Impale Buster Ready』

 電子音声がシステムの起動を告げ、全身の青いラインが再び脈動。Eマテリアルを介して集中する霊力を絞り込むように、辰巳は鋼の拳を握る。

 弾頭となる青い光が、鉄拳を包む。更に左肩部装甲がスライド展開し、噴出する霊力光がマフラーのようにたなびく。

「GI、IIIIIッ!」

 それを阻止せんと剣を振り下ろす竜牙兵。だが、まさにその斬撃の隙を突き、辰巳がカウンターの正拳を放った。

ッ!」

 交錯する辰巳の拳と竜牙兵の刃。

 軍配が上がったのは、やはり辰巳の方であった。

 ほんの僅かに辰巳の装甲を削った後、だらりと垂れ下がる竜牙兵の両刃剣。

 対する辰巳の鉄拳は、竜牙兵の胸部から背中へ向けて、半ば突き刺さっていた。

「GI、GI」

 声なき声で呻く竜牙兵。既に致命傷なのだろう。だが、辰巳は手を緩めない。

 手向けの一撃を、裂帛の気合いと共に叫ぶ。

「インペイルッ! バスタァァァァァァッ!」

 直後、辰巳の拳を基点とした青い光が、竜牙兵の内側から炸裂した。

 ――辰巳が持つもう一つの大技、インペイル・バスター。基本的にはヴォルテック・バスターと同じく大量の霊力を撃ち出す術式だが、根本的に違う部分が二つある。

 一つは、左肩部から展開されるマフラー状のラピッドブースターを用いて瞬間加速する事。

 もう一つは、霊力コネクターという左腕本来の性質を利用し、接触した対象の固有霊力へ一時的に接続する事だ。

 無理矢理なものであるため、接続は数秒間しか持たない。だが、炸裂術式を込めた霊力をねじ込むには、それで事足りる。

 そうしてこの一撃を叩き込まれた対象は、全身の霊力経路をズタズタに引き裂かれた挙げ句、内側から爆散する事になるのだ。

 ちなみに同様の一撃がスペクターへ叩き込まれた時に泉が無事だったのは、霊力センサーで位置を確認した上で、爆発が泉に向かぬよう指向性を制御していたためだ。

 ともあれ、戦いは終わった。念入りにレーダーで調べても、今度こそ反応は無い。

 小さく息をつく辰巳は、消えていく青い光の残滓を眺めながら、左腕のコンピュータに告げる。

「鎧装、解除」

 青色の霊力光をなびかせながら、元のトレーニングウェアへと戻る辰巳。

 同時に役目を終えた幻燈結界が解除され、世界が色と喧噪を取り戻す。

「……」

 何となく手でひさしを作りつつ、辰巳は極彩色の世界を見回す。

 曇天気味の空はそれでも青くて、忙しく行き交う自動車は赤白青その他色んな色。

 耳には鳥の声やら騒ぐ子供の声やらが飛び込んできて、どこもかしこも忙しい。

 そんな中に、血生臭い臭気を漂わせている自分が居る。

 いつも思う。果たしてそれは、許される事なのかと。

「……いいさ。帰ろう」

 首を振って妄想を追い出し、辰巳は踵を返す。

 下らない感傷に浸る前に、やらなければならない事があるのだ。

「何で昔の人って言い回しがいちいち難解なんだろなぁ……」

 竜牙兵よりもよっぽど手強い古文の宿題を思い返しながら、辰巳は頭をかいた。

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