Chapter15 死線 02

 雪の降り積もる、黒い森。

 幻燈結界げんとうけっかいとはまた違う、酷く現実感に乏しい、影絵じみた場所。その只中で、ペネロペは片膝を突いていた。

 ライフルは構えている。モシン・ナガンM28狙撃銃、ではない。それよりも遙かに巨大で無骨な銃と、グレイブメイカーと、ペネロペは一体になっている。

 ああ、寒い。靴裏から、膝当てから、容赦の無い、酷く懐かしい、冷気が染み込んで来る。

「は、あ」

 息を吐く。白い靄となったのも一瞬、全て氷の粒となってぱらぱら落ちる。それは雪上に細かい穴を穿ち、荒ぶ風が穴ごと雪を攫っていく。

 ――それらは何もかも錯覚だ。ヴァルフェリアの権能が見せる幻に過ぎない。ペネロペ本人は今もフォースカイザーのコクピットに居るし、分霊は烈荒れっこうが分離した箇所に生成、備えている。

 だが極限の狙撃を敢行する時、ペネロペは常に黒い森の中に居る。荒ぶ風雪と、空を突き刺す木々の群れ。その向こうに、撃つべき標的を探すのだ。冬戦争の時のように。

「見つけた」

 やがて、ペネロペは捉える。白い丘の上、吹雪のカーテン越しに映る標的。

 正確には、それはフォースカイザーのセンサーが捉えたオウガの霊力装甲のゆらぎだ。バイザー内側へ投射されたパイロットの大まかな位置が、今のペネロペにはそう見えるのである。

 これらは全て、埋め込まれた英雄エインフェリアの代償だ。サラですらここまで酷くはない。

 憑依者の精神を犠牲にしてでも、英雄の力を可能な限り引き出す。そうした調整がなされたが為だ。

 そしてそれ故に、ペネロペの能力は強力だ。フィンランド軍の白い死神。シモ・ヘイヘに並ぶ、神がかり的な腕を持つ狙撃手――スロ・コルッカの技能は。

「ペネロペェッ!」

 グレンが叫ぶ。吹雪が、フォースカイザーの胸部霊力装甲が消える。

 視界が開ける。敵影が、オウガ・ヘビーアームドの姿が良く見える。

「ういうい、解ってるッスよ」

 冷たく。静かに。正確に。

 ペネロペは、引金を引いた。

 劈く銃声。踊る発火炎。迸るADP弾――対竜鱗徹甲弾。

 ドラゴンの鱗をも突き破る威力を持つ特殊弾丸は、狙い違わず貫いた。

 オウガのコクピットを形作る霊力装甲、その最も弱い部分である、目を。

「うっ!?」

 寸前でペネロペの狙いに気付いた辰巳たつみは、反射的に身を屈める。直後、右目があった部分から弾丸が侵入、オウガのコクピット内部を跳ね回った。

「ち!」

 舌打ち、右手を翻す辰巳。直後、ぴたと止まる跳弾。鋼鉄の雨粒を掴み取ったのだ。

「システムチェック――!」

 立体映像モニタへコマンドを打ち込みながら、辰巳は即座にスラスターを全開。メイのグラディエーターによる牽制射撃も加わって、グレイブメイカーの射線からは何とか退避できた。

「逃、が、す、か、よォォッ!」

 だが当然、グレンがその隙を逃がさない。烈荒のスラスターが全力駆動し、オウガ・ヘビーアームドへ追い縋る。

「邪ァ魔だぁああ!」

 進行上のディノファング・ナイトを踏み台にし、烈荒は跳躍。その間際、抜け目なく銃弾を眉間に叩き込む。

 結果、ディノファングは爆散。生じた熱と反動を余さず背に受け、烈荒は遂にオウガへ追いついた。右のシールド・スラスターをがっきと掴む。

「何だと?」

 辰巳の驚きは、しかし一瞬だ。いかな多機能大楯とはいえ、所詮それは霊力装甲の一種。一旦実体を解いてしまえば容易に振り払える――そんな目論見は、即座に消し飛んだ。

 グレンが烈荒のコクピットを解放、あろう事か生身でシールド・スラスター上に降り立ったのだ。

「はあ!?」

 辰巳が目を剥く合間に、グレンは一直線に駆け上る。駆け上りながら、右手首のデバイスを口元へ寄せる。

「セット! モード・スティンガー!」

『Roger Stinger Blaster Ready』

 電子音声を待つ間も惜しく、グレンはシールドの端から跳躍。未だ修復が終わらぬオウガ・ヘビーアームドの右眼目がけ、全身で右腕を引き絞る。

「スティンガぁぁッ! ブラスタアアアーッ!」

 そして、解き放つ。

 鉄拳は過たずオウガの右目を穿ち、爆砕し、頭部を崩壊せしめる。

「うぐぁッ!?」

 当然ながら辰巳はたまったものではない。重力及び慣性制御術式系統がエラーを吐き出し、凄まじい振動がコクピット内を跳ね回る。

 コクピット自体を形成する霊力装甲もひび割れ破壊され、廃墟もかくやといった有様だ。

「く、そ。なんつーデタラメを」

 頭を振り、辰巳はもう一度立体映像モニタを呼び出す。コクピット周りの霊力装甲を張り直すためだ。

 しかして、それは叶わない。

「わーるかったなァデタラメでよぉ」

 辰巳の右隣。爆散した頭部跡から侵入した敵が、悠々と着地したからだ。

「よう」

 凶暴に口端を吊り上げながら、侵入者は片手を上げる。その名を、辰巳は呟く。

「グレン、レイドウ」


◆ ◆ ◆


 爆風を即席のカタパルトにし、オウガ・ヘビーアームドの肩部に組み付く烈荒。鬼気が透けて見えるその後ろ姿に、冥は思わず口笛を吹いた。

「へぇっ、思った以上にやるなあアイツ」

 辰巳とはまた違った芯が通っている感じか――そんな所感も数秒、冥は目下の案件へ向き直った。

「ま、どうとでもなるだろ」

 今し方の牽制射撃により、こちらへ注意が向いた異様の機体。

 烈荒が分離したため、今まであった胸部と頭部はない。代わりに空いたスペースへサブパイロットの分霊が立っており、その頭上には霊力細工の頭部が未だ浮遊している。

 実に異様だ。その鋼鉄の手に握られた太刀が、膝立ち姿勢のペネロペが構える照星が、同時に冥機を睨んでいる。

「フォースカイザー、と呼んでもいいのかね」

「いンや。あの姿の時はデュアルカイザーって呼ぶのが正解だ」

 冥機の上空、緩やかに旋回する大鎧装が一機。一見するとただのグラディエーター・インターセプターだが、違う。セカンドフラッシュのハイブーストアームを装備しているのだ。

 先程デルタ・バスターを放った機体であり、それを操る者の名を、冥はにこやかに呼んだ。

「なら、もう少し詳しく教えてくれないかね……ファントムXくん?」

「ケ。正直に話すと思ってんのか、俺がよ!」

 ファントムXのインターセプターは旋回を止め、スラスターを全開。一直線に加速を開始。

「おや、どこに行く気だね」

「決まってンだろ、よーやく顔を出せたんだ! イチバン会いてえヤロウへのご挨拶だよ!」

 飛行機雲じみた霊力光をたなびかせ、ごうごうと遠ざかっていくインターセプター。冥は肩をすくめようとして、止めた。

 肌を撫でる敵意。放射してくるは、当然ながら名の判明した敵機デュアルカイザー。下段に構えられた刃が、グレイブメイカーの照星が、グラディエーター・ジェネラルを見据えている。

 危機的状況。だが冥・ローウェルは、冥王ハーデスの分霊は狼狽えない。

 盾を構え、腰を落とし、グラディエーター・ジェネラルは低く構える。

「さて。どう攻めたものかな」

 そのコクピットで、冥は口端を吊り上げた。


◆ ◆ ◆


「ちょっ、ファントムX!? 何するつもりですか!?」

 面白がる冥とは対照的に、泡を食ったのはファントム6ことマリアである。

「挨拶つったろ! いいから黙って見てろ! 溜まってンだよフラストレーションがよォ!」

 協定を結ぶ際の取り決め――存在そのものが切り札であるため、マリアが許可するまで潜伏する――が解かれた今、ファントムXの、ハワード・ブラウンの動きを制約する事は出来無いのだ。

 加えて間の悪い事に、敵方のタイプ・ホワイトが編隊を組んでやって来るではないか。

「ん、も、う!」

 マリアは指揮棒を振るう。セカンドフラッシュ・フルアームドは、その指揮に応える。

 加速。瞬く間に間合いを詰めながら、マリアはカルテット・フォーメーションを操作。周囲を旋回していた一対のブレイズ・アームが矢面に立ち、赤色の矢を連射開始。対するタイプ・ホワイト部隊は一機が撃墜されたが、構う事無く腕部ガトリングガンを照準。銃声のコーラスが始まる。

「ぬるいですね!」

 しかし、それらの火線は一つとしてセカンドフラッシュに届かない。フルアームドの大推力は、今までを超える急加速と急旋回を可能としているのだ。

 故に、マリアは指揮棒を翻す。セカンドフラッシュ・フルアームドが、敵陣を舞うように駆ける。駆け抜けながらエーテル・ビームガンが、オスミウム・カッターが、ブレイズ・アームが唸りを上げる。

 撃ち抜かれ、両断され、破壊されていく無人機の群れ。だが多勢に無勢。第二波がセカンドフラッシュを追い込みにかかる。

「新手ですか――」

 撃滅せんと、銃を構える。

「タイガァァァッ! ロケットパァァァンチ!」

 そして、銃口が火を噴く前に叩き落とされた。

 頭部、及び胸部。凄まじいかけ声と共に射出された一対の鉄拳に撃ち抜かれ、爆散する二機のタイプ・ホワイト。しかし残りの機体は健在であり、腕の射出方向へと一斉に銃口を向ける。

 だが、それら全ての銃口は一発たりとも撃つ事無く沈黙した。

「いくぞぉぉぉぉぉぉっ!」

 スラスターを全開し、突っ込んで来たおぼろ。タイガーロケットパンチに代わって腕部を補うは、巨大な爪の生えた赤い腕。ランページ・アタックモードを展開しているのだ。

「ぐぅるるるるおおああああああアア!」

 雷蔵らいぞうは吼える。朧は突撃する。迎撃せんと構えるタイプ・ホワイト部隊だが、遅すぎる。

 爪撃が引き裂き、蹴撃が叩き潰し、胸の虎が吼え猛る。タイガーロケットパンチもいわおの操作で朧の周囲を旋回、バルカンで撃ち洩らした敵機を的確に潰していく。

 更にセカンドフラッシュの連携も加わって、一帯のタイプ・ホワイト部隊は瞬く間に壊滅した。

「よし、少し静かになったな」

「うむ」

 一息つく巌と雷蔵。朧もランページ・アタックモードが解除され、頭部シャッターが開き、赤い腕も消失。それから元の腕部を再接続したところで、マリアから通信が繋がる。

「支援感謝します、ファントム1、ファントム2」

「なんのなんの、朝飯前よ」

 ニッ、と牙を剥きだして笑う虎頭の雷蔵。少し引き気味だったが、マリアも笑顔を返した。

「……それで、これからどうしましょう」

「そう、だな」

 言いつつ、巌はコクピット狭しと滞留する幾十枚もの立体映像モニタへ視線を走らす。

 メインカメラ映像。サブカメラ映像。拠点の利英りえいから送られる観測データ。そして今し方、ヘルズゲート・エミュレータ越しに送られて来たスタンレーの最新解析資料。

 全ての情報を総合しつつ、巌は思考を巡らす。

 決断は、数秒で出た。

「僕達はファントム3の加勢に向かう。ファントム6、キミは一旦拠点の方へ後退してくれ。あの機体を出すために、ね」

「解りました、けど……その、良いんですか? ファントム4は」

 ちらりと、セカンドフラッシュの双眸がオウガを捉える。烈荒が取り付き、頭部が損壊し、動きがぎこちない。だが巌は首を振る。

「どうにかするさ。ファントム4……五辻辰巳なら、な」

 信頼、と呼べるかどうかは解らない。

 それでも歪な確信を持って、巌は断言した。

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