Chapter15 死線 01

 破壊、破壊、破壊が渦巻く。

 轟音、轟音、轟音が連鎖する。

 大鎧装サイズまで拡大された上、両手となった事で規模と威力を拡大させたインペイル・バスター、改めツインペイル・バスターが、スレイプニルⅡの内蔵を食い破る。

 更にはそれへ同期して、艦内に仕掛けられた爆発物――辰巳たつみが道すがら仕掛けていた炸裂術式が、次々に爆発する。アリーナが遠隔起爆させたのだ。

 恐ろしく強引ではあるが、これである程度の空洞がスレイプニルⅡ内部に生じた。ツインペイル・バスターの噴流はその間隙へ流入、モンロー効果じみて、あるいは楔へ叩き込まれる槌のように、更に破砕が加速。遂には外壁を、格納庫の扉があった一帯を吹き飛ばした。

 素晴らしい爆音が外に、戦場に轟いた。


◆ ◆ ◆


 轟。

 凄まじい爆音がスレイプニルⅡから轟いた。何の前触れもなく、格納庫の扉があった部分が、派手に吹き飛んだのだ。

「おぉっ!?」

 と、驚いたのはグレンである。まあ「どこだ! ファントム4はどこ行きやがったぁぁ!?」と叫んだ直後にこんな爆発が起きたのだ、むべなるかな。

「な、何だどうなってんだ!?」

「スレイプニルⅡが爆発したみたいスね」

「見りゃ解るわンなコトは!」

 ペネロペにツッコむグレン。当然、その隙を冥は逃さぬ。

「愉快な漫才を、見せてくれるじゃあないか!」

 スラスター推力を合わせた踏み込み、その速度を乗せられた斬撃が、フォースカイザーを襲い――。


◆ ◆ ◆


「ふ、ぅ」

 残心し、オウガ・ヘビーアームドは拳を下ろす。手首部の追加ユニットが可変し、元の位置に戻る。次に辰巳は肩部に追加されたランチャーと、脚部に増設されたスラスターを同時起動……する前に、立体映像モニタへサブカメラの映像を呼び出す。

 足下の後ろ。この惨状を半笑いで見上げているザイード・ギャリガンの、更に後方。背をピンと伸ばし、つかつかとメイドが一人。無論ファネルである。

 ファネルが壁際で立ち止まると、足下の床が唐突に迫り上がる。巨大なその円筒の正体は、非常用シェルターに直通するエレベーターの入り口だ。

 まだ下があるのか、あるいは乗り継いで別の場所へ行くのか。辰巳がそう考えている間に、ファネルは開いたエレベーターの扉に入る。スカートの裾を摘まみ、オウガへ――辰巳へ向けて一礼する。辰巳も軽く手を上げる。ファネルが、薄く笑う。

 直後にエレベータの扉は閉まり、急速下降を開始。金属円筒も下降し、元の平らな床へと戻る。

「よし」

 頷く辰巳。オウガの頭部もそれに連動する。だが逆にギャリガンは首を傾げた。

「一つ聞かせて欲しいんだが、なぜファネル君が退去するまで待ったんだい? その素敵な追加装備なら、ここら一帯へトドメを刺す事なぞ簡単だろうに」

「ああ、そりゃ当たり前だ」

 サブモニタに映るギャリガンを横目に、辰巳は機体を操作。オウガの両肩部に垂下された長方形のコンテナ状パーツ――シールド・スラスターが首をもたげる。

「あんな美味い紅茶やらマドレーヌやらを作れる人を、むざむざ巻き込むワケにはいかんさ」

「ふむ、違い無い」

 納得するギャリガン。同時に、オウガ脚部の増設装甲が展開。大型のスラスター四機が顔を出す。霊力光を、吹き上げる。

「じゃあな。先に外で待ってるぜ?」

「良かろう。埋め合わせは、きちんとして貰うぞ?」

 今までと変わらぬギャリガンの口調。だがその裏に凝った殺意は、冷ややかに辰巳の首筋を撫でた。

「上等」

 口元を歪めながら、辰巳は脚部と肩部の増設スラスターを起動。轟音を撒き散らしながら、オウガの巨体はふわりと浮き上がり――二秒後、一気に最大加速された推力が、オウガの巨体を砲弾じみて撃ち出した。

 ツインペイル・バスターがこじ開けた穴を潜り抜け、あたかも艦載機のように堂々と出撃するオウガ・ヘビーアームド。

 背部にスラスターが集中したその勇壮な後ろ姿を、しかし見送る者は居ない。ギャリガンすら見ていない。

 まあ、さもあらん。加速をかけたのと同じタイミングで、シールド・スラスターは装甲をスライド展開。裏側に格納されていた二連ロケットランチャーが、ほぼ残骸と化していた託宣の部屋を、ギャリガンごと吹き飛ばしたのである。

 崩れる鉄。迫る爆炎。それらを全て置き去りにして、オウガ・ヘビーアームドは遂にスレイプニルⅡ外部へと飛び出した。


◆ ◆ ◆


「愉快な漫才を、見せてくれるじゃあないか!」

 スラスター推力を合わせた踏み込み、その速度を乗せられたグラディエーター・ジェネラルの斬撃が、フォースカイザーを襲い――。

「二人とも、油断しすぎですよ?」

 しかし、寸前で阻まれる。

 ぎゃりん。

 完膚無きまでに弾き返されるグラディウス。その反動へ逆らわず、グラディエーター・ジェネラルは全力で飛び退る。

 びょう。

 そのコンマ一秒後、右前腕部を恐るべき速度の斬撃が撫でた。ごくごく浅い、ミリ単位の傷が、塗装を削り飛ばす。

「これは、」

 まともにもらったらヤバイやつだな。盾なんぞまるで意味が無い。刹那の結論と同時に、フォースカイザーは間合いを詰めて来る。背部大型スラスターが唸りを上げている。

「なんと」

 目を見開くよりも先に振るわれる銀閃。正中線を両断せんとする一撃を、コンマ三秒前に半身となって回避。だがもはやフォースカイザーは驚く暇すら許さぬ。返す刀で跳ね上がる振り上げが、柄尻を用いた打突が、コマのように回転する薙ぎ払いが、何より恐るべき速度の突きが。悉く致命の威力を伴って冥を狙う。

「はッ」

 対する冥にも慢心はない。振り上げをグラディウスで弾き、打突を盾で受け、薙ぎ払いをしゃがんで潜り、突きを斜め後方へのバックステップで回避。同時にスラスターを全力駆動、大きく間合いを取って仕切り直しを計る。

「やれ、やれ。ちと驚いたな」

 油断無く着地しながら、冥は手早く自機の状態を確認。盾が少々へこんだくらいで、目立った損傷はない。回避は完璧だった。

 だが、それ故に。コンソール越しでもひしひしと伝わってくる技巧が、冥の表情を歪ませた。

 もっとも、それは恐怖ではない。

「……いつ以来だろうな? これ程の使い手に巡り会ったのは」

 歓喜、だ。

 予想を超えた強敵。その逢瀬に感謝しながら、冥は注意深くフォースカイザーを見る。フォースカイザー側も、油断無く太刀を下段に構え直す。

 そう、太刀だ。数瞬前まで影も形も見当たらなかった得物。霊力武装だろう。

 強度、生成速度、どちらも素晴らしい。だが何より冥を驚かせたのは、パイロットの技量そのものだ。

 構え、攻め方、立ち振る舞い。何もかもが今までとまるで違う。操縦系統を切り替えたか。複数のパイロットが乗っている以上、十分にありえる話だ。

 そしてそれは、フォースカイザーが持つ機能の一つに過ぎまい。次はどう攻める? 何を繰り出して来る? 大いに楽しみではある、が。

「ま、そっちが先だよな」

 轟。

 片眉を吊り上げる冥の視線の先。

 ただでさえもうもうと煙を噴き上げていたスレイプニルⅡの格納庫跡から、一際大きく吹き上がる黒煙と霊力光。

「むっ、あれは」

 なんスかね、とペネロペが言い終えるよりも先に、それは現われた。

 数は一。脚部と肩部の増設スラスターから霊力光を吐き出しながら、砲弾のように飛び出す機影。

 紺青色の機体の上に、アイスブルーの増加装甲を全身に纏った凪守の大鎧装。サブモニタへ映ったその機影に、グレンは目を見開く。

「な」

 シルエットは随分違うが、見間違う筈も無い。オウガだ。ファントム4だ。五辻辰巳が、ようやくこの場に現われたのだ――!

「な、ん、で」

 遂に現われた宿敵は、着地した後油断無く周囲を警戒している。正しい行為だ。

 だが、だからこそ。

「何で! そこから!! 出ていらっしゃるんですかねえェ!!!」

 その正しさに、グレンはキレた。

 激情が走る。フォースカイザーの合体システムが揺らぐ。膨大なエラーを吐き出す立体映像モニタに、サラは顔をしかめる。

「うッ、ちょっ、グレン!?」

 リンク切断、同時にフォースカイザーの胸部及び頭部ブロック、すなわち烈荒レッコウが強制分離。ビークルモードのままスラスター噴射で空を飛び、偶然近くを飛んでいたタイプ・ホワイトを轢き潰し、更に加速。

 空中でヒューマノイド・モードに変形し、オウガ・ヘビーアームドへと襲いかかる。

「ファああああントム4ォォォォォォォッ!!」

 小型機特有の身軽さとスラスター推力、二つを乗算した鋭い回し蹴りがオウガを襲う。

「なに!?」

 対する辰巳は近くのタイプ・ブルーを両腕の増設ガトリングガンで蜂の巣にしながら半身になる。右肩部シールド・スラスターが、突き出される恰好となる。

 ビークルモードの烈荒と同じぐらいの大きさを誇る複合盾は、奇襲の一撃をやすやすと受け止める。

「へッ」

 グレンは笑った。霊力武装のハンドガンを生成し、盾へ向かって撃つ。撃ち続ける。オウガの動きを封じる為に。

 撃ち続けながら、叫んだ。

「ペネロペェッ!」


◆ ◆ ◆


「は」

 突然飛び出したフォースカイザーの頭部ブロック、もとい烈荒に冥は面くらう。

 だがすぐさま刃を水平に構え、少しつまらなそうに鼻をならす。

「流石に僕を舐めすぎじゃあないか?」

 察するに、辰巳の姿を見て辛抱溜まらなくなったか。だがそれで無防備になった敵機を見逃す理由なぞ、冥にあるはずも無し。

 踏み込む。スラスター推力全開。斬撃圏内まであとコンマ数秒――といった矢先、刀を握るフォースカイザーの手が、ぴくと動いた。

「む」

 反射的に機体を傾ける冥。ねじ曲がるスラスター推力により、半ばスライディングするような恰好となるグラディエーター・ジェネラル。

 直後。その頭上を銀弧が薙いだ。頭のないフォースカイザーが、その太刀を振るったのだ。

「あ、やっぱりハズレですか」

 恐るべき剣筋を見せたパイロットことサラの声が響く。距離を取る冥の機体を、ツインアイがぎろりと追う。

 そう、ツインアイだ。いつのまにかフォースカイザーは、烈荒の離脱によって生じた胸部から上の欠損を、霊力装甲などによる疑似パーツで補っていたのだ。オウガからフィードバックした機構だろう。

「ふふ、道理で無茶な分離を晒すワケだ」

 更にあの疑似パーツ頭部は、今し方の斬撃を振るうまで出ていなかった。あのサラとかいうパイロットは、めしいたままであれだけの斬撃が放てるのだ。

「イイねえ、楽しませてくれる」

 笑みを深めながら、冥は思考する。果たして次はどう攻めるべきか――そんな矢先、それは聞こえた。

「ペネロペェッ!」

「ういうい、解ってるッスよ」

 グレンの叫びに応え、フォースカイザーの胸部装甲が消える。宙に浮く頭部のみを残した、どうにもシュールな光景に、しかし冥は笑わない。

 欠損した胸部中央。そこに、人影が一つあったからだ。オウガのコクピットへ立つ辰巳のように。

 それは分霊だ。本人は今も機体内部のコクピットに座っている。

 だがそこに現われた彼女は――ペネロペは、床から展開した台座上のライフルを、淀みなく構える。

 グレイブメイカー。装填されるはADP弾。ペネロペはその照星をオウガへ向ける。

 引金が、引き絞られた。

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