Chapter14 隠密 07

 轟。

 爆発的な音と熱が、一瞬で託宣の部屋を満たす。

 転移術式――ヘルズゲート・エミュレータ越しに撃ち込まれた二門の大口径霊力砲が、スレイプニルⅡの内側へと着弾したのだ。

「はは。玉屋、鍵屋、ってか」

 バイザー越しに目を細めつつ、辰巳たつみは対面を見やる。

「――」

 まだまだ照射が途切れぬ光柱の向こう。凄まじい炎熱に晒されながら、しかしギャリガンとファネルに動揺は無い。少なくとも表面上は。流石は大組織のトップとそのメイドだ。

 では、その光柱が向かう先はどうなっているか。

 当然、巻き起こっているのは破壊だ。

 起爆、誘爆、崩落、粉砕。辰巳が展開した立体映像モニタを中継して、光柱は執拗にスレイプニルⅡの内側を削り砕く。ギャリガンもまた半透明の立体映像モニタ展開、こちらは即席の遮光板としながら頬杖をつく。

「いやはやまったく。僕もそこそこ長生きしてる方だけど、ここまで情熱的なノックを受けたのは生まれて初めてだねぇ」

「もう少し頑丈な扉を造っておくべきでした」

 傍らのファネルもまた立体映像モニタを操作している。破壊先の隔壁を閉じたり、霊力経路の出力を操作して即席の壁を造っているのだ。

 無論、無駄な足掻きである。外壁のような特殊重装甲ならいざ知らず、今砲撃を受けているのは内側だ。居住性、可変システム、霊力伝導性等を重視した素材群に、砲撃の直撃なぞ受けきれる筈が無いのだ。

 幸いと言うべきか、機関部周りは独立制御系統の防御フィールドが守っているため、辛うじて致命傷ではない。

 だが先見術式は、託宣の部屋を軸として展開しかけていた術式は、根こそぎ吹き飛んでしまった。

「まったく。たまらないなあ」

 ギャリガンが息をつく合間にも、スレイプニルⅡの内部は爆砕し、融解し、雨粒のごとく紫の門へ降り注いでいく。スタンレーの操作で砲撃機は少しずつ後退しているが、それでも足下は瓦礫で埋まりつつあった。なので、砲撃が一旦止まる。

 ごあん。

 どこかでねじくれた鉄塊が立てた悲鳴を最後に、ようやく轟音は止まった。

 束の間の静寂。だからこそ、辰巳の声は響いた。

「次だ。ファントム3、オウガローダーを」

「ああ、解ってる」

 どこか上の空なメイの返答に、おや、と辰巳は片眉を吊り上げる。あの冥の注意をここまで引く敵がいるのか、と。まぁ実際、神影合体なぞを見せられたらファントム3でなくとも気が気ではあるまい。

「仕事はキッチリするさ。状況はどうあれ、な」

 刻一刻と組み上がっていくフォースカイザーを見上げながら、冥はヘルズゲート・エミュレータを操作。スタンレーの居る秘密格納庫の転移門が消え、隣の二番格納庫内壁が紫の光で満たされる。冥は確認する。

利英りえい、準備は?」

「オウケイですぞフホホ! EIGOでゆうトコロのDAIJYOUBUでござりまする! しかし見えとりますカナファントム3! 今まさにアソコでカッチョイイ合体をしちゃってるメカの数々!」

 当然半分以上を聞き流し、冥は辰巳へ答えを返す。

「大丈夫だ。呼んで良いぞ」

「了解。では……」

 短く息を整え、左手首デバイスを口元に寄せて、辰巳は叫んだ。

「……オウガローダーッ! 発進!」

 紫の転移門を超える発進シグナル。凄まじいエンジン音が、二番格納庫をびりびりと震わせる。点灯したヘッドライト光が内部空間を、巨大な六輪の車輌を照らし出す。

 光を反射して輝くは、紺青に染め抜かれた堅牢な装甲。大鎧装への変形機構と、神影鎧装への合体機構を併せ持つ、ファントム4の愛機。

 オウガローダーが、遂に発進の時を迎えたのだ。

 ダンプカーのそれよりも遙かに巨大なタイヤが、ゆっくりと、力強く回転する。正面隔壁に灯った転移門目がけ、一気に加速。

 スラスターすらも噴射して、紫の光を一気に突き抜ける。飛び出す。

 轟。

 重力の方向変化なぞものともせず、オウガローダーは跳ぶ。スタンレーの執拗な砲撃により、ずたずたに拡張されてしまった元託宣の部屋の空間は、優に大鎧装一機分以上。稼働は問題無く可能。

 故に、辰巳は叫ぶ。

「モードチェンジ、スタンバイ!」

『Roger Silhouette Frame Mode Ready』

 既に立ち上がったような状態であるため、車体下部スラスターは姿勢制御をする程度で留まる。そして、変形は開始される。

 運転席部が分割し、現われるは巨大な腕。

 後部コンテナ部が分割し、現われるは巨大な足。

 更に牽引ビームも照射され、ギャリガン達が見上げる前で辰巳は悠々とコクピットに登乗。現われたコンソールへ左腕接続。システムリンク。霊力が充ち満ちる。

『Get Set Ready』

 電子音声が響くと同時に、巨大な足は床を踏み締める。そう、床だ。紫の転移術式は既に無い。役目を果たした時点で消失している。

「大鎧装、展開ッ!」

 叫ぶ辰巳。応えるシステム。コクピット四方から霊力光の線が立ち上りると、それは電子回路の如く細やかに分割し、瞬く間に伸びる。幾重もの枝葉は針金細工じみて絡み合い、重なり合い、オウガの胸部及び頭部の骨組みを形成。

 そして、仕上げとなるキーワードを、辰巳は叫ぶ。

「ウェイクアップ! オウガ・エミュレート!」

 霊力細工が一際強い光を放ち、霊力装甲が形成される。パイロットを覆い隠しながら、欠損していたオウガの胸部と頭部が、疑似の実体を獲得する。

 ツインアイが、ぎらと輝く。

 大鎧装オウガが、完成したのである。

「ふむ。実に見事だね」

 その足下。先見術式をかいくぐって現われた敵機の勇姿を、ギャリガンは拍手と共に見上げた。

 ぱん、ぱん、ぱん。乾いた手拍子は、しかし三つ目で途切れる。

「だが、ここからどうする気かね?」

 レツオウガならいざ知らず、オウガの武装の威力なぞタカが知れている。

 確かに現状、スレイプニルⅡの傷口を押し広げる程度なら可能だろう。

 しかして、それだけだ。先程の砲撃を超える火力を、オウガは持たない。その程度の大鎧装に、機関部を守る霊力障壁は壊せない。必然、それ以上の堅牢さを誇るスレイプニルⅡの外部装甲なぞ、絶対に破壊不可能。脱出すら出来まい。改めて、ギャリガンは眉をひそめる。

「僕を人質にとって、逆に脅迫する算段だったりするのかね?」

「冗談。アンタ、そもそも分霊だろ」

 辰巳の軽口に合わせてオウガが肩をすくめる。

「確かにアンタは紅茶を飲んだし、マドレーヌも食ってた。なるほど確かに普通の分霊には出来ない芸当だろうさ。だがそれは、裏を返せば普通以上の作り込みをしていれば、出来無くも無い挙動マネゴトだ。そして俺は、普通以上の出来の分霊を、イヤってくらい知っていてな」

「ふむ。まあ確かにそうだね」

 ファントム3、冥・ローウェル。ギリシャ神話の冥王ハーデスの分霊が、日乃栄ひのえ高校近隣に居を構えているやまと屋なる和菓子屋を懇意にしている事を、ギャリガンはとうの昔に掴んでいる。

 だが、ならば。本当にどうするつもりなのか。

 その疑問に答えるかのように、オウガはぐるりと背を向ける。

「あれは」

 それは、追加装備された大型のバックパック。変形前からオウガローダーの背にマウントされていたのだろうそれには、五つものI・Eマテリアルが装備されており。

「ウェイクアップ、ヘビーアームドシステム!」

 辰巳は叫ぶ。電子音声が応える。

『Roger Plan-C Ready』

 光り、唸るI・Eマテリアル群。解放された霊力はオウガの内部経路を走り抜け、オリジナルである機体各部のEマテリアル上へと現出。

 両肩、両手首、両膝、両足首。各部から吹き上がる霊力光は、しかし即座に幾条もの線となって寄り集まる。光の針金細工はオウガの機体各所を覆い――一瞬の霊力光と共に、像を結ぶ。

 辰巳は、言い放つ。

「オウガ・ヘビーアームド。システムオールグリーン」

「……なるほど、これが答えか」

 その新たな勇姿を、オウガ・ヘビーアームドの姿を、ギャリガンは感嘆と共に見上げた。

「敵拠点の中心地へ殴り込むに辺り、新装備を用意する……くく、考えて見ればごく当然の選択肢だな」

 くつくつと笑いながら、ギャリガンは新たな――決戦仕様となったオウガを観察する。

 恐らくはレツオウガ時のデータがフィードバックされているのだろう、全身に追加された増加霊力装甲。それらの中でも一際目を引くのは、やはり肩、前腕、膝、足に追加された装備だろう。

「脚部のものは……増加スラスターか。となると、肩に装備されているアレは……?」

 思考を巡らすギャリガンの前で、オウガは両手を掲げる。辰巳は告げる。

「セット。ツインペイル」

『Roger Twinpale Buster Ready』

 グラディエーター・ジェネラルが装備しているものと似ている、盾とガトリングガンの一体化した複合兵装システム。それが迫り出し、可変し、オウガの鉄拳を覆い隠す。

 組み上がるは無骨な、棍棒のような拳。その鉄塊の上へ、青色の霊力光が渦を巻く。

「あれは、まさか」

 インペイル・バスターか。あれで外壁を貫くつもりか。そんな事が可能なのか。無理だろう。普通ならば。

 だが敵はハワード・ブラウンの回線を使った。であればスレイプニルⅡの霊力経路も、ある程度掴んでいる筈。

 そして何よりここまでの道中、辰巳は要所に炸裂術式を仕掛けていた。

 で、あれば。

「ファネル君」

「はい、社長」

 次に起こりうる事態を想定し、ギャリガンはメイドへ命ずる。

「シェルターへ避難していたまえ。どうやら想定以上の荒事になってしまいそうだ」

「解りました。社長はどうされるのですか?」

 淡々とした会話。対照的にオウガ・ヘビーアームドの両腕は、最大出力の渦でいよいよ空気を焦がし始める。

「勿論、応対を続けるさ。荒っぽいお客人のね」

 ウインクするギャリガン。直後、辰巳は叫んだ。

「ツインペイルッ! バスタァァァァァァッ!!」

 斜め上、対空砲の如く撃ち出される二つの竜巻。巻き起こる膨大な破壊の嵐は、スレイプニルⅡの内装と霊力経路をずたずたに引き裂きながら、外壁まで貫通爆砕した。

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