Chapter14 隠密 06

 ハワード・ブラウン。

 何故その声が、今になって立体映像モニタから聞こえた? 

 何故その声は、ファントム・ユニットの機体から聞こえてきたのだ?

 疑問は、しかし数秒。結論はすぐに出た。

 即座に、ギャリガンは傍らのメイドへ指示を飛ばす。

「ファネル君! ブラウンの通信帯域を塞ぐんだ!」

「了解しました」

 右の霊力武装ジャマダハルを消去し、ファネルは手早く立体映像モニタを表示、操作。だが幾らシャットダウンを試みても、返ってくるのはエラーのみ。形の良い眉が僅かに歪む。

「……ダメですね、クラッキングを受けています。相当な手練れのハッカーが介入しているようです」

「そりゃそうさ。何たってアリーナさんは、このテの電子戦も相当な腕前だからな」

 答える辰巳たつみは、いつのまにかテーブルから随分離れた位置に居た。背を向け、つかつかと遠ざかりつつある。

「ぬう」

 小さく唸りながら、ギャリガンは思考を巡らす。敵はどうしたワケか、ハワード・ブラウンへ宛がわれていた通信帯域を抑えている。優位性は消えた……どころの話ではない。こちらが不利だ。

 なれば戦うか。だがもう一足で踏み込める間合いではない。であれば飛び道具か――と一瞬でも思ってしまった浅薄な自分を、ギャリガンは叱咤する。

 ファントム・ユニットの鎧装を貫ける威力の火器なぞここには無いし、あったとて必中の保証はない。もしも外したり、あるいは跳弾したりしたなら、部屋内を走る術式が破損する可能性が出て来る。不具合が起きるかもしれない。

「さて、と」

 恐らくそうしたギャリガンの躊躇を知った上で、辰巳は立ち止まる。ゆっくりと、ギャリガンへ向き直る。

 その左手首は、腕時計型の多目的デバイスは、既に口元へ寄せられており。

 ブラウンの通信帯域を通じる事で、当然ながらそれは繋がる。

「待たせたな、ファントム3」

 もはや猶予無し。ギャリガンはメイドへ命ずる。

「ファネル君!」

「はい」

 メイドの反応は早かった。右手のジャマダハルを再構成しつつ、滑らかに、かつ目を見張る速度で駆け出す。

 標的は無論辰巳。疾走の勢いを加えた右刺突が空気を引き裂く。

 びょう。目の覚めるような一撃を、辰巳は半歩体をそらして避わす。

「ようやくか。中々際どいタイミングだぞ、ファントム4」

 開口一番、通信機越しに聞こえて来るメイの悪態は、しかし少々聞き取りづらい。全力疾走するエンジン音が邪魔をしているのだ。

「……? 何だ、今レックウ、走って、るのか?」

 払い、ローキック、突き、振り上げ、フェイントからの唐竹割り。流水じみて途切れないファネルの連撃を、辰巳は丁寧に捌く。捌く。捌く合間にも冥は続ける。

「ああ。今のままだと、少々荷が勝つ事態になりそうなんでな」

「へぇ? そいつは、難儀な、事だなっ!」

 バイザー内部の投射モニタで通信を継続しつつ、辰巳の戦闘は続く。

 振り下ろされる斬撃。グリップを掌打で弾き、踏み込みながら逆手鉄拳。ファネルはサイドステップでその軌道から逃れつつ、着地と同時に回転回し蹴り。翻るスカート。やや不自然な動き。慣性制御系術式でも仕込んであるか。腕を掲げクロスブロック。衝撃。重い。だが想定内。続く刺突も予想通り。

 だから。

「疾ッ!」

 寸分違わず、辰巳はそれを完遂した。

 即ち、白刃取りである。

「う」

 ファネルの呼気が乱れる。だがそれは一瞬。即座にグリップを放す。同時にバックステップ。妥当な判断。霊力武装なぞ再構成すれば良かろう。

 もっとも。

 それで生じた隙を、辰巳が見逃す筈が無い。

 霊力武装は基本的に、術者の制御を離れれば消える。設定にもよるが、猶予時間は基本的に約五秒。

 それだけあれば、辰巳は掌中の刃をファネルへ投げ放てる。しかも標的はバックステップ中。空中での姿勢制御は至難。至極簡単な話。

 だが、だからこそ。

 辰巳はジャマダハルを捨てる。代わりに踏み込み、ファネルの右手首を掴む。

「あッ」

 驚愕。それは一瞬。それで十分。更に左手をファネルの腰へ。押し当てる。重心を崩す。動かす。かつて月面でレックウを投げ飛ばしたように。

「ふっ」

 溜息よりも軽い息。同時に、辰巳の両腕が動く。円を描く。

 それだけで。それ故に。

 ファネルの身体は、羽のように吹き飛んだ。

 斜め上。瞬き。迫る天井。動揺。されどコンマ数秒。身を翻す。天井。柔らかく着地。重力。始まる自由落下。直前、ファネルは床を見上げる。

 そして、見た。左腕を掲げる辰巳を。床に走る霊力光を。

 ブラウンの通信帯域を介する事で、ジャミングをかいくぐった紫色の術式陣――ヘルズゲート・エミュレータが広がっていく一部始終を。

 それはフォースアームシステムと同様、離れた二つの地点を繋ぐ術式。しかしてその接続は強引な代物。冥・ローウェル――冥王ハーデスの権能を応用して冥界を、生者の存在を許さぬ異界を経由する、異形の術式。

 故にもし、生物がそれに触れたなら。

「物理。魔術。あらゆる法則を飛び越えて、必ず死ぬ――」

 呟いたファネルの背に、改めて冷たいものが走る。落下は既に始まっている。慣性制御は行っているが、範囲外へ逃れるにはあと一手足りない。

 故に。

「――仕方ありませんね」

 ファネルは、残る左手の霊力武装ジャマダハルを投擲。方向は下。

「よっ」

 それを、蹴り飛ばす。

 当然、刃は明後日の方向へ飛ぶ。同時にファネルの自由落下も、反動で方向を変える。着地点は転移術式の縁、抜け目なく退避していたギャリガンの隣。

 ふわり。スカートが翻り、踵が床を鳴らす。ギャリガンはそれをちらと見た後、再び術式陣へ視線を戻す。眉間には微かに、しかし確かにシワが増えていた。

「おおむね先見術式で見た通りになってしまった、か」

 他のメンバーが敵の目を引きつけている間に、ファントム4が単身で敵地へと強行潜入。深部重要拠点にヘルズゲート・エミュレータを展開し、オウガでそこを破壊する――成程、実に見事な連携だ。だが、先見術式で見た光景とは違う点もかなりある。

 細かい点を上げればそれこそキリがないが、最も大きいのは展開したのがこの託宣の部屋だった点だろう。

 先見術式はギャリガンに、ファントム4がヘルズゲート・エミュレータでオウガローダーを召喚するだろう事を予見した。であれば必然、出現地点は限られる。スレイプニルⅡ内部で大鎧装サイズの巨大車輌が活動出来る空間は、どう考えても格納庫がせいぜい。もしそこで召喚をしようものなら、設置したトラップを全て叩き込んで監視カメラ越しに笑ってやろう――そう考えていた。

 だが、実際はコレだ。確かに託宣の部屋は広い。ご覧の通り、オウガローダーの幅に合わせた転移術式を展開してもなお余りがある。

 しかし、ならば、高さはどうか。考えるまでもなく、ギャリガンは首を振る。

「足りない。足りるはずがない」

「そうだな。その辺はコッチも織り込み済みさ」

 紫に輝く巨大術式陣の反対側。ギャリガンの独り言を、辰巳は耳ざとく拾う。

「だから。拡張するのさ」

 にやり。不敵に吊り上がる口端。

 巨大術式陣から巨大な二つの光柱が立ち上ったのは、その直後だった。



 その、少し前。

 イギリス某所、キューザック家が所有する大鎧装用秘密格納庫の内部。

「来たか」

 閉め切られた搬入用シャッター内側へ現われた、紫色の巨大術式陣。その一部始終を、スタンレー・キューザックは格納庫上部、管制区画から窓ガラス越しに見ていた。

 大鎧装が二機は悠々と入れるだろう、巨大空間を走る紫の光。それに照らし出されるは、床に安置されている五つの巨大なカタマリ。

「私も出番、という事だな」

 読みふけっていた資料を一旦置き、スタンレーはコンソールを操作。非常灯だけだった格納庫内に光が満ちる。カタマリが、輪郭を現す。

 それらは、分割された大鎧装のパーツであった。

 分割された上半身が関節部に繋がっている、角張った巨大な腕が一対。

 分割された下半身が関節部に繋がっている、角張った巨大な足が一対。

 そして巨大な二対のキャノン砲を突き出している、バックパックと思しき部位が一つ。これらがこの格納庫に安置されていたのだ。

 これらは全てファントム・ユニットから――正確には、酒月利英さかづきりえいから貸与されたパーツ群だ。

 より良い戦果を導くための技術交換……と、言うのが表向きの名目である。

 真の目的は二つ。一つは、先行試作型ディスカバリーⅣのフレームをファントム・ユニットへ渡す事。

 そしてもう一つは、この五分割された大鎧装のパーツをスタンレーへ輸送し、完成させる事だった。

「しかしまったく、何度見ても凄まじい造りをしている」

 格納庫のシステムを起動しながら、スタンレーは片手間に立体映像モニタを見やる。

 酒月利英が設計したこの新型は、成程確かに高性能な代物だ。全身を包む重装甲は相当な防御力を誇っており、バックパックから展開する大型キャノン砲も高火力とユニークなギミックを両立内蔵している。完成したならば、相当強力な大鎧装となった事だろう。

 そう、完成したならば。

 これらのパーツ群には、大鎧装として決定的なパーツが欠けているのだ。

「ビルドアップ開始」

 スタンレーの操作に従い、霊力で編み上げられた半透明のリフトやアームが、五つのパーツを手早く組み合わせていく。

 接合部から余剰霊力光を散らしながら、露わとなるのは無骨なシルエット。

 鉄塊じみた手足、折り畳まれた二対の背部キャノン砲、大推力を匂わせる各部大型スラスター。それらを内包した巨躯が、黒と銀を基調としたカラーリングに包まれている。

 いるのだが、しかし。この大鎧装には、肝心の部位が欠損していた。

 即ち、頭部である。

 脱出ポッドを兼ねた小型戦闘機にも変形する頭部コクピットの設計データは、流石の利英も渡さなかった。必要以上の技術流出を防ぐためであり、良くある話である――と、周囲に誤認させるためだ。

 如何に強力な機体だろうと、パーツ単位では意味を成さない。ましてやコクピットが無いのでは、そもそも大鎧装として完成しない。そして何より、搬入された場所が遠すぎる。

 こうした情報を意図的にバラ撒く事で、この機体は標的ターゲットSの、引いてはグロリアス・グローリィの探知網から外れた。未完成機にかかずらわうよりも、情報を徹底秘匿しているファントム・ユニットの動きを追うべし。そう判断されたのだ。

『先見術式を欺きてェなら、その予想範囲外から一気に接近してブン殴るのが、イチバンてっとり早ェだろォなァ』

 内通者の、ハワード・ブラウンの助言は、実に的確だったのである。

 そもそも先見術式とは、乱暴に言えばビッグデータを基に未来を予測する術式だ。

 ならば。そのデータに含まれない攻撃ならば、予測を上回れるのは道理であり。

 今、ここに。未完成とはいえノーマークとなった大鎧装が、開かれた転移術式の前に立っており。

「では、まずノックから始めようか。紳士的にね」

 頭のない大鎧装はスタンレーの操作に従い、左足を一歩引く。上体を僅かに落とす。同時に背部キャノン砲が展開し、正面の転移術式を、そこから繋がる託宣の部屋の天井を捉える。

「ファイア」

 轟音と共に、巨大な二つの光柱は放たれた。

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