Chapter17 再起 02

「一体、どういう事なんでしょうか」

 不安げに、風葉かざはは入口を見上げる。

 ファントム・ユニット秘密拠点、となる以前。まだグロリアス・グローリィ所有の施設である建物の地階へ、風葉達はやって来ていた。なお、レックウ・レプリカには乗車したままである。狭い通路や階段も確かにあったが、風葉の操車術は特に問題なくそれらを走破した。

 外の戦闘の影響がため、天井からはぱらぱらと舞い散る埃。通り過ぎた地上階には、ヘルガが行った戦闘の傷跡がいまだ残っており。いずれいわおが建造する事になるヘルガの再生装置は、影も形も見当たらない。

 ここは本当に、二年前のあの場所なのだ。

「うーんつくづく感慨深い……け、ど! そんな浸ってるヒマは無いんだなコレが!」

 慌ただしくレックウ・レプリカから分離浮遊するヘルガ立方体。手近なコンソールへアクセスし、ハッキング開始。終了。部屋の隅、床のハッチが音立てて開く。

「オーケー。これで当面の準備は出来たワケだけど、その前に」

 くるりと、立方体が風葉を見る。

「風葉。アレがなんなのか、覚えてる?」

「え? そりゃまあ」

 ヘルガの計画。特に説明は無かったが、知っている。そもそも言葉なぞ、自己と他人を線引きする薄紙に過ぎないのだ、あの虚縺上≧繧翫g縺域に置いては――。

「う、ぐッ」

 痛み。風葉は頭を抱えた。何故そんな感覚を覚えるのか。混乱する風葉を他所に、ヘルガは続ける。

「あれは、地下にいくつかある霊力タンクへのアクセスハッチの一つ。これから行われる凪守なぎもりの調査において、地上の戦闘で破損したのだろうと判断される箇所。そして……今まで見て来たchapterに、まったく出て来なかった場所。オハナシの、進行上の、盲点」

 淡々と語る立方体を、風葉は茫然と見上げる。

 茫然としながら、つぶやく。

「そこに、私達の、拠点をひとつつくる」

「うん、そう、その通り。よく出来ました」

 軽く言う立方体。手があれば拍手もしていただろう。

 だが、風葉の表情は強張るばかりだ。片手で、額を抑える。

「どう、して」

「どうしてそんな事も思い出せなかったのか? まあ不思議だよネー」

 ハッキングしたハッチ上へ移動しながら、ヘルガは続ける。

「けど無理もない事なんだよ。なんせ虚く、ぅ――や、あそこで得られる知識の量は、人間の脳みそに到底収まるもんじゃないからネ」

 虚空領域。その名を出す事を、ヘルガは直前で押し止めた。

「どういう、事でしょう」

「そだねえ。たとえ話をしようか」

 言うなり、ヘルガ立方体が明滅。霊力はレックウ・レプリカへと伝播し、フロントライトが点灯。プロジェクターのように、前面の壁へ映し出される映像。風葉は目を瞬いた。

「海?」

「そう、海。風葉にとっちゃああんま良い思い出じゃないかもだけど、一番分かりやすい例えとなると、やっぱコレだからねえ。で、だ」

 波の上に二つ、紙コップが追加表示される。ヘルガが操作し、それらを海中へ沈める。

「今まで、アタシらはこんな感じの状態だったワケ」

 海――つまり虚空領域に、紙コップ――つまり風葉とヘルガは今まで浸かっていた。一体化していたのだ。

「この状態の紙コップアタシらは、中も外も関係ない。海水は、霊力は、水平線の向こうまでなみなみと存在している。そこに存在する全てを、当たり前に認識出来ていた」

「はあ」

「で、今の風葉はこんな感じなワケ」

 ヘルガが操作すると、紙コップの片方が海面の上へ移動する。海水れいりょくは、紙コップの中になみなみと入っている。

「たっぷり、入ってますね」

「うん。けど、裏を返せば紙コップの中にしか入ってないってコトでもある。海の中には、こんなに海水があるっていうのにね?」

「そ、れは」

 言いかけて、風葉は再度頭を押さえる。

 違和感。

 思い、出せない。あたまの中の重要ななにかが、すっぽり抜け落ちてしまったかのよう。

「おおーっと、ストップストップ。それ以上考えない方が良いよホントに」

 割と本気で押し止めるヘルガ。さもあらん、一瞬とは言え風葉の輪郭が砂嵐のように揺らいだとあれば。

 今の風葉は霊力で出来た仮初めの存在――分霊のようなもの。そんな状況でコップの外の海水――虚空領域の莫大な情報を思い出そうとすれば、当然負荷が生じる。

 無線機能が壊れたスマートフォンをインターネットに繋ごうとするような無謀だ。スマートフォンならエラーを返すだけで済むだろうが、仮初めの風葉がそれに耐えられる保証はない。紙コップは破けてしまう。

「今のアタシでさえ、だんだんと記憶がアヤしくなってる感あるからネ」

 虚空領域を出る前、自らを変換生成した立方体。この姿はレックウ・レプリカのコントロールユニットとなるだけでなく、自らの霊力容量を拡張、かつ強固に保つための防護壁も兼ねているのだ。

「記憶?」

「んんーつまりね」

 ヘルガは立体映像モニタを操作。海中に沈んでいたもう一つの紙コップが浮かび上がる。ただし、今度は大量の水と共に。

 そうして巨大な海水球の核となった紙コップを、ヘルガは示す。

「コレが今のアタシってワケ」

「はあ。なんかシュールですね」

「まあねえ。で、今このたっぷりな海水を移す場所をここに決めたってワケ」

「なるほど。ですけど」

 改めて、風葉はまじまじとハッチを見る。

「……大丈夫、なんでしょうか」

「その辺に関しては先見術式の性能を信じるしか無いワケだけど、まあ多分きっと大丈夫ダイジョーブ! 未来の自分が舞台袖でイロイロ企んでても、見られなけりゃ何とかなるもんらしいし!」

「何の話ですか?」

「有名な映画の話だよ。ある程度状況が落ち着いたら一緒に見てもイイかもネ。けどまずは」

 言うなりヘルガはハッチ内へ移動、コントロールパネル前で止まる。

「さてさて、コイツだ。ああ、あとレックウは消しといてね?」

 パネルを操作し、扉を開く。薄暗い階段。霊力タンクのある部屋へ繋がっているのだろう。そのタンクのセンサーをクラッキングし、計量システムの空白を作る。あとはタンク内部の空白領域に篭っていれば、見つかる事は絶対にない。

 ヘルガはハッチ外へ飛び出る。途端、覗き込んでいた風葉とぶつかりかけた

「わわっ!」

「おっとっと、ゴメンゴメン。けど準備は問題なくできたよ。さ、籠城を始めようか」

「はい。こっちこそすみません」

 頷き、ハッチの梯子を下りていく風葉。その姿を見やりながら、ヘルガは音声通信を繋いだ。ハッチを開いたのと同様、強制的に。

 通信帯域を知っているからこそ出来る芸当。程なく確立。

 時間は合っている。静かになった天井の埃が、それを裏付けてくれる。

 けれども。

 電波の向こうからは、何も反応がない。

「……」

 ただ、かすかに。

「……、」

 ひきつけをおこしたような音だけが、聞こえて。

「――」

 ああ、

 ああ。

 赤龍の戦いぶりは、先の先見術式chapterで知っている。だがそれは、あくまで外側。機体の動きのみ。

 今、この瞬間。

 五辻いつつじ――いや。葛乃葉巌くずのは いわおが、コクピット内でどんな顔をしているのか。

 どれだけの、悲嘆に暮れているのか。

 分かる。解ってしまう。

 まったく我ながらなんたるヘタレぶりだろうネエ、もっとこう気の利いたセリフの一つ二つ言ってやりゃあよかったのに――風葉が来るずっと前、虚空領域でヘルガは何度も独りごちたものだ。

 実際、幾つか言葉も考えていた。

 だが。ああ。

 無理だ。一体、どうしろと言うのだ。

 どんな言葉を、かければ良いのだ。

「、ぅ」

「――なんだ。誰だ。状況報告か」

 そうこうする間に、巌が着信へ気付いた。まずい。通信場所の隠蔽は万全だが、このままでは怪しまれるのは必定。

 故に、結局ヘルガは。

「彼を、ゼロツーを、許して……とまではいかないけどサ。生かしといて欲しいんだよネ」

 真っ白な思考のまま、予知された自分の言葉を、なぞる事しか出来なかった。

 そして、躊躇なく通信を切る。答えは聞かない。聞ける自信がない。

 逃げるように、風葉が待つ通路の先へ飛び進む。

 辿り着く霊力タンク制御室。手持ち無沙汰な風葉は、不思議そうに首を傾げた。

「どうか、したんですか?」

「うん。ちょいと心残りというか、そういうのをネ」

 少しだけ、ヘルガは今の自分の姿に安心した。今の自分の表情なんて、自分自身でさえ見たくなかったから。

「さて。じゃあ、まあ。始めようか、一世一代の悪だくみを!」

「おー」

 ぱちぱち、と何となく拍手してしまう風葉。

 だがすぐに止め、首をかしげる。

「で、具体的には何を?」

「うん、やる事はモリモリに盛りだくさんなんだよネ。活動拠点の捻出、協力者の選定、切り札となる大鎧装の開発。けど、何よりも優先して始めなきゃなんないのは――」

「なんないのは?」

「ゲームアプリの開発だね!」

「なるほど、ゲームアプリの開発……」

 風葉は、眉間にしわを寄せた。

「マジですか」

「マジですよ」

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